夜は更けていく。
血で血を洗うことになったトランプの戦いでは、僕は完全勝利を成し遂げ、アリサちゃんに地団駄を踏ませることが出来た。
わかるかな? この満足感は筆舌に尽くしがたいよ。
アリサちゃんからの栄養補給は実に貴重だ。女帝の異名を冠する彼女を完封することは、針の穴に糸を通すぐらい難しい。
今回はあっちから僕の土俵に降りてくれたから完封できた。これでもかとボコボコにして、僕の白雪姫であるすずかちゃんが寝返っても結果は変わらなかった。
魔法なんて使ってないないから、なのはちゃんとフェイトちゃんは役に立たないし、ユーノくんとはやてちゃんもアリサちゃんと言うハイスペック女子にとってはなんの助けにもならなかった。
アリサちゃんとすずかちゃんの無敵タッグを完封できたのは僕が天才であるがゆえ。つまりは僕って本当に凄いって言うわけ。
なのはちゃんとフェイトちゃんに取り押さえられながら神経衰弱をしていた時は身体が震えたね。
一度目隠しまでされそうになったんだけど、暗所恐怖症と言って切り抜けた。目が見えないと未来が見えないからね。僕の弱点が知られるところだった。危なかったよ。
妥協案として、フェイトちゃんをじっと見つめながらババ抜きをした。僕の代わりになのはちゃんが札を持って、僕はフェイトちゃんと手を繋ぎながらフェイトちゃんしか見ていなかった。勝利と可愛いを同時に味合うナイスアイデア。ぜひまたやりたい。次はすずかちゃんにしよう。
そんなわけで、僕は女帝を下して大王の称号を得たわけだけど、女帝は雪辱を果たすことを天に誓っていた。いつでも受けて立とうか。第三の完全栄養食が生まれるかもしれないからね。
負けず嫌いのアリサちゃんが疲れ果てて、ようやく場はお開きになった。随分と遅い時間になってしまっている。トランプ一つで興奮しすぎだよ。アリサちゃんにも困ったものだね。
部屋は女の子と男の子に分かれる。ユーノくんはフェレットになれば女の子たちと同じ部屋でもいいと思うんだけど、僕以外みんな拒否した。
おかしいな。朝目覚めた時に枕元にフェレットがいるって尊いと思わないかい? ……え? なのはちゃんの寝相が悪すぎてユーノくんが潰れるから無理? それなら仕方がないね。
みんなにおやすみを告げて部屋に戻る。
布団は敷かれていて、あとは寝るだけ……なんて言うと思ったかな?
ここからが本番さ。恋バナしようよユーノくん!
「夜は長いからね。さ、お話しようよ」
「寝かせてよ……」
布団にくるまるユーノくんは気乗りしない様子。
何を言ってるんだい? 徹夜は慣れてるだろう? 僕の目はギンギンさ。
「ユーノくんももう年頃じゃないか。そろそろ好きな人は出来たかな?」
「いない」
ユーノくんは短く言い切って反対を向いてしまう。
随分冷たい対応だね。それで僕が諦めると思っているのかな?
「隣の部屋に可愛い幼馴染がたくさんいるじゃないか。一人ぐらい気になる子がいるだろう? 教えてよ」
「いないって」
「そう言わずにさ」
「……俊ってそう言うところが面倒くさい酔っ払いみたいだよね」
ふふふ……。
今のはちょっと傷ついたかな。
「無限書庫にも可愛い子がたくさんいるじゃないか」
「そういう関係じゃないって。考えたこともないよ」
「どうして? 仕事が忙しいから?」
「うん」
まだ十歳を少し過ぎたばかりの子供が、何よりも仕事を優先している姿は僕には受け入れ難い。もったいないと思わざるを得ない。
「子供でいられるのは短いんだから、じっくり堪能すればいいのに」
「そんなこと言われても……。僕はやるべきことをやってるだけだし」
「やるべきことは他にもあるって言いたいのさ」
これから大人に成っていくユーノくんへ僕からのアドバイス。
「子供のうちにしか経験できないことは多いよ。それを経験すれば大人になっても悔いはないだろうね」
「なんのこと?」
「青春」
ユーノくんに向けてピースしながら言葉を重ねる。
「色恋なんて一番の青春だろう? そう思わない?」
「そうかもしれないけど……考えたことないからなあ……」
「君を好きな子は、多分たくさんいると思うよ」
具体例を挙げるなら司書ちゃんたちだね。
何のために彼女たちが無限書庫なんて面倒くさい職場に勤めてると思うんだい? ユーノくんのためさ。
「そうかなあ……」
「自覚がないのは良いことだ。その分僕が楽しめる」
「……そう言う俊はどうなの?」
「僕? 僕は絶賛青春中」
ぶいぶい、とピースサインを見せびらかす。
「え、恋人いるの?」
「そうやって、すぐに色恋に結びつけるのは思春期の悪い癖だね」
「……つまり、恋人はいないんだね?」
「今日みたいに、みんなと楽しく思い出を作ってるよ。これも青春だからね」
ユーノくんはため息を吐いた。
少しの沈黙の後、小さく言葉を呟く。
「恋ってどう言う気持ちだろう……」
「そうだねえ」
夜の帳の中、二人揃って布団に寝転がって天井を見つめている。誰の顔も見ず、誰の未来も見えない。僕は僕の言葉でその疑問に答える。
「胸の奥がムズムズする感じかな」
「ムズムズ?」
「ふとした瞬間に抱きしめたくなる感じ」
「ふーん」
「犬とか猫は可愛すぎて思わず触りたくなっちゃうでしょ? あれだよあれ」
「それ恋じゃないでしょ」
「いや、恋だね」
恋心っていうのは複雑なのさ。一言では言えないの。胸にしまっておきたくなる感じ。
「……俊は誰か好きな人いないの?」
「そうだなあ」
指折り数えて答える。
「フェイトちゃんは可愛くて綺麗でしょ。すずかちゃんは綺麗で可愛い。アリサちゃんは良い子で素敵。なのはちゃんは完全栄養食。はやてちゃんは見てて楽しい。みんな好きだね」
「まじめに答えてよ」
「ユーノくんに好きな人が出来たら、その時はきちんと話そうかな」
それはとても楽しい時間になるに違いない。男友達とお互いの恋愛事情について話し合うのは、青春の真っ只中じゃないと出来ないだろうから。
惜しむらくは、その未来はとっくに捨てていることだけ。
「ユーノくんの好きなタイプなどんな感じ?」
「タイプって……」
「外見でも中身でも、思いつくもの言ってご覧よ」
「んー……努力家、とか?」
「いいねえ。他には?」
ユーノくんとの恋バナ、と言うよりは、ユーノくんの気持ちを整理するのに盛り上がった。何度も何度も質問を繰り返し、その都度真面目に考えていたユーノくんは、時刻が深夜を回ったあたりで寝てしまった。
その寝顔を見ながら僕は微笑む。
恋をするには、まず自分を知ることから始めないといけない。どんな子が好きなのかを自覚するところから。
これを機に女の子を意識するようになってくれれば、僕としては物凄く嬉しい。
寝てしまったユーノくんを置いて、僕は一人部屋を出る。
旅館は古い作りになっていて、すべての部屋は縁側で通じている。
窓の外は雪が舞っているようだった。
明日の朝はきっと積もっているだろう。僕らにはあまり関係ないけど、雪道を走るのは大変そうだ。
窓の外に目を向けながら歩いていると、僕と同じように外を見ている人に出会った。すずかちゃんだった。
「あれ? 俊くん?」
「やあ。さっきぶり」
すずかちゃんは窓に手を当てながら外を見ていた。浴衣の上に羽織を着て、見るからに寒そうに見える。
「寝れないの?」
「うん……」
すずかちゃんは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
彼女は夜の一族と言う種族で、夜に強い体質を持っている。だからきっと、睡眠時間も人より少なくていいのだろう。
僕はすずかちゃんの事情を、この才能のおかげで知っているけど、彼女自身は人に知られたくないと思っているみたいで、だから僕は知らないフリをしなくちゃいけない。
「そっか。枕が変わると寝られない体質なのかな?」
「枕が変わらなくても寝られないの」
「そうなんだ。不眠症?」
「ううん。ただ、夜が得意なだけ」
すずかちゃんは微笑む。心配をかけさせまいとする笑みなのか、自らを包み込む殻を割られまいとする処世術なのか。
考えれば考えるほど興味深かった。けれども、そこに踏み込むことは彼女のプライバシーを侵害することと同義で、それをする資格は僕にはない。
「何か飲む? 買ってくるよ」
「ううん。喉は乾いてないから。景色を見てれば眠くなると思う」
二人で並んで外を見る。
暗闇の中に、微かに白い点が舞っている。
良い景色とは言えなかった。折角旅行に来ているのだから、もっと素敵な景色が見たい。綺麗な女の子が隣にいるならなおのこと。
すずかちゃんを抱きしめて空を飛べば、絶景なんて星の数も見ることが出来るだろう。良い思い出になるのは間違いない。
それをしないのは、その先に良くない未来が見えるから。僕たちはここでこうしているのがよかった。それが一番だった。
それ以外に道はないけど、ただ一つだけ我が儘は通そうと思う。
「すずかちゃん。手を貸してくれる?」
「え?」
僕の頼みを聞いて、すずかちゃんは不思議そうに片手を差し出してくる。
その手を僕は両手で包み込む。
「……俊くん?」
「寒いだろうと思ってね」
両手の中に冷え切った手がある。
それを暖めていると、なんだか胸の奥がムズムズしてくる。
僕に手を差し出したまま、困り顔で佇むすずかちゃんを見ると、抱きしめたくなる。
それはしない。しちゃいけない。未来はそれを良しとしない。
「手が冷たい人は心が暖かいと言うよね。すずかちゃんはきっと、とても心の暖かな人なんだろうね」
「どうしたの? 急に」
「すずかちゃんは優しくて可愛い女の子だよって伝えたくて」
「……私、口説かれてるのかな?」
首を横に振る。
この言葉が、将来すずかちゃんの心を慰めてくれることを願う。
「眠くなるまで付き合うよ。どこかに座れる場所はないかな」
「ううん。先に寝てて。無理に私に付き合う必要はないもの」
「ゲストに付き合うのはホストの役目。喜んで付き合うよ。トランプでもしようか?」
「トランプはもういいかな。俊くんが強すぎるから」
「じゃあ話をしよう。はやてちゃんと繰り広げた数々の冒険について、まだ話してなかったよね」
すずかちゃんをエスコートして歩き出す。
夜はまだ終わらない。
◇ ◇ ◇
翌朝。
朝風呂に浸かり、食事をたいらげ、あとはもう帰るだけとなった。
かかる時間を考えれば午前中には出ないといけない。雪も降ったから、その分タイムロスも大きくなるだろう。それが普通の思考。僕をそこらの凡人と一緒にしてもらっては困る。
「みんな、忘れ物はないかな?」
車の中でみんなに問いかける。
全員から大丈夫と言う返事を受けて微笑んだ。お父さん気分を味わってるようだった。
「じゃあ出発しよう。ところでみんな、ハリーポッターって知ってるかな?」
エンジンをかけながら問いかける。
ユーノくんは当然知らない。フェイトちゃんもピンときていない。
他の子たちは知っているようだった。
「知ってるけど、それが何よ?」
アリサちゃんが聞き返してくる。
まだそれほど頭が回っていないのか、僕の言いたいことは伝わらなかったらしい。
逆に、はやてちゃんは目を見開いて僕の横顔を見ていた。昨晩、ちょっとだけネタばらしを受けているすずかちゃんは、あからさまに緊張している。
「ハリーポッターって言うのは魔法使いの物語でね。魔法使いと言っても、僕たちみたいな魔導師とは全然違うんだけど。箒で空を飛ぶような、昔ながらの魔法使いのことなんだ」
エンジンの振動が伝わってくる。
ゴオッと言う音と共に暖気が車内に満ちていく。
「考えてみたら共通点が多くてね。空を飛ぶし、閃光も出す。物を浮かせたり飛ばしたり。車に魔法をかけて飛べるようにしたりね。で、思ったわけ。彼らがやってるなら、僕たちがやったっていいじゃないかって」
アリサちゃんが気がついた。なのはちゃんはポヤポヤしてて何も分かっていない。フェイトちゃんは「え?」という顔をしていて、ユーノくんは車内に満ちる妙な空気に気がついた。
「みんなも一度は思わなかったかな? 車で空を飛んでみたいって」
沈黙。聞こえてくるのはエンジン音ばかり。誰かが唾を飲む音が聞こえた気がする。
「その夢を、今日僕が叶えよう」
宣言のあと、それぞれの行動は迅速だった。
まず、はやてちゃんが僕の胸倉をつかんだ。僕はされるがままになる。
アリサちゃんとすずかちゃんが扉を開けようと苦心していた。残念ながら、この車は魔法の車。全ては僕の意のままとなる。逃がさない。絶対に。
「俊! 絶対にやっちゃダメだよ! もしやったら私俊のこと嫌いになるよ! それでもいいの!?」
「大丈夫。フェイトちゃんが僕のことを嫌いになっても、僕はフェイトちゃんのことが大好きだから」
「っ〜〜〜!?」
後ろから運転席を前後に揺らすフェイトちゃん。これ以上の説得の言葉はないらしい。執務官としてそれでいいのかな? まあ、いいか。
「なのはちゃん! これからこの車は空を飛ぶよ! どんな気持ちだい!?」
「すごくわくわくする!」
「なのは!?」
なのはちゃんは僕の味方だった。趣味友だからね。途中で運転を変われってねだられることだけを心配しているよ。
「じゃあ、そろそろ行こうか。みんな、シートベルトを……締めなくていいや。好きに座って」
「大丈夫なんやろうな!? ほんまに大丈夫なんやろうな!?」
「大丈夫大丈夫。飛行機事故に遭遇する確率は宝くじに当たる確率より低いから」
「それは普通の旅客機の話やろがぁっ!!」
窓すら開かないことに半狂乱になりつつあるアリサちゃん。僕の胸ぐらを掴んで絶叫するはやてちゃん。ルームミラーから見えなくなって、多分座席の下に沈み込んでるフェイトちゃん。
阿鼻叫喚の車内。ユーノくんの力強い言葉が響き渡る。
「みんな落ち着いて!」
その落ち着き払った美声に、車内中が注目する。
「落ち着くんだ。いいかい。こういう時、どれだけ取り乱しても事態が好転することはない。まずは現実を見るんだ」
ユーノくんは一つ一つ確認していく。
「まず、ドアは開かない。そうだね?」
「ええ。鍵を開けてもびくともしないわ」
「窓すら開かないんだね?」
「うんともすんとも言わないよ」
アリサちゃんとすずかちゃんが報告する。
「一応聞いておくけど、壊すことは出来るのかな?」
「AMFって言う結界が張ってあって、魔法は使えなくなってるね」
「え!?」
魔法組がそれぞれ自身の魔法が無力化されることを確認する。
「あれ? でも私なら――むぐっ」
「なのはちゃんはちょっと黙ってようね」
フォーミュラー関連は対策してないんだ。いざ事故った時の保険だね。
「ユーノくん。確認は終わったかな?」
「……終わった。確かに、魔法が使えない」
目を瞑ったユーノくん。
類まれなる頭脳が回転しているのが伝わってくる。
固唾を飲んで見守るみんなの前で、ゆっくりと目を開いたユーノくんは、断固たる決意をその目に宿して告げる。
「こうなった以上、僕たちにできることは一つしかない。――――シートベルトを締めていざという時に備えよう」
「諦めとるやないか!!」
はやてちゃんのツッコミが決まったところで僕はハンドルを握った。
「さあ、みんな。いい加減出発するよ。覚悟を決めてね。逃げられないし逃がさないよ」
「あぁ、もう……!!」
アリサちゃんが嘆いている。
覚えてなさいよ!と捨て台詞を吐いた。
……第三の完全栄養食なるか!?
「帰りは一時間もかからず着くよ。それぞれの家に止まるから、寄り道したい人は言ってね。どこでも行けるから!」
アクセルを踏み込み前進する車。
直後に浮遊感。外の景色が遠ざかる。
きゃーっという悲鳴。運転席と助手席の間から身を乗り出すなのはちゃん。
こうして、僕たちの空の旅が始まった。