船の中だと時間の感覚が曖昧になる。
寝て起きてを繰り返すたびに少しずつ体内時計はズレていく。
窓から見える景色はいつ見ても星の光ばかりで新鮮味に欠ける。
どうしょうもなく退屈な船旅で、することもなくて暇を持て余している。
息が詰まるような密室で嘆く。だから、僕は管理局の船に乗るのは嫌いだった。
「しゃーないやん。これで速く帰れるならその方がええやろ。まさか行きみたいにテレポートで世界を一つ一つ経由して行くわけにもいかんて」
「僕としてはそっちのほうが楽なんだけどね」
はやてちゃんに愚痴を零したら正論が返ってきた。
言う通り、ロストロギアを見つけてしまった以上、我が儘が通るわけもなく、帰り道は大体船に乗せられるのが常だった。
はやてちゃんと言う話し相手はいるんだけど、毎日隣にいるのだから話題は尽きていく。
暇を持て余した僕がちょっとふざけても、はやてちゃんはあしらうのがうまくなっていてスルーされることもしばしば。独り相撲は寂しいよ。
暇を潰せるものはほとんど持ってきていないから、やることと言えば未来を見るか、占いじみた真似をするかの二択。管理局員相手に派手にやっていたら、自分の首を絞めることになるから自重しなくちゃいけない。
色々言ったけど、つまりは暇って言うわけ。
「暇な時間は有効活用せな。また勉強教えてや」
「もちろんだよ」
対面に座るはやてちゃんは勉強で暇を紛らわせていた。なんの勉強かと言うと、上級キャリア試験と言う管理局で出世するのに必要な試験だ。
はやてちゃんの夢の一つに自分の部隊が持ちたいというのがあって、そのための第一歩がそれになる。
今年はダメだったから、来年こそは受かりたいらしい。フェイトちゃんもそうだけど、そもそも小学生が受ける試験じゃないんだよね。どうして生き急ぐのだろう。もう少しゆっくりしてほしいんだけどな。
「地球は今ごろ正月やろか?」
「そうだね。学校もあるし、冬休み中には帰りたいね」
クリスマスに送られてきた写真を思い出す。
今年は僕たち以外はみんな参加してたみたいで、パーティの様子を送ってくれた。初めてのクリスマスに興奮しているリインちゃんは可愛かったな。楽しそうで何よりだよ。前もって送っておいたプレゼントは気に入ってくれただろうか。
「今年は初詣にも行けんかったなあ」
「帰ってからでも遅くないよ。むしろ空いてていいんじゃないかな」
「それもそうやな」
はやてちゃんもしばらく家族と会えてないから寂しそう。僕もろくに栄養補給出来てないから欠乏症になってる。帰ったら即座になのはちゃんの家に行こう。
「あー、どっこいせ」
「行儀悪いで」
ソファ型の椅子に寝転んだらはやてちゃんに注意された。
この船で僕を注意してくれる人ははやてちゃんだけだからありがたいよ。それはともかくとして栄養補給を始めようか。
「僕ぐらいになると、どんなに不格好な姿勢でも十分格好がつくから問題ないよ」
「何言うとるん?」
「つまり、どこかの王さまが玉座に足をかけたとしても、それを注意する人はいないでしょってこと」
「王を気取るんか」
「知らないの? 僕は自称大王様なんだよ?」
女帝に対抗するには大王ぐらい名乗らないとね。アリサちゃんに遅れは取れないから。
「家来が許しても私は許さへん。しゃんとしいや」
「家来八神はやて。これ以上僕に指図するなら死刑にするよ?」
「ほう? 返り討ちにしたろか?」
「はやてちゃんは弱すぎて張り合いがないからなあ」
「その喧嘩買ったわ」
立ち上がったはやてちゃんがツカツカと歩み寄ってくる。
僕の両手首を掴んで引き起こそうとしてきた。僕も負けじとはやてちゃんを引っ張った。
力比べではやてちゃんに負けるはずがない。
ぐいっと引っ張って、はやてちゃんを抱きしめながら椅子に寝転んで僕の勝ち。
「……」
「……」
「はやてちゃん。重いからさっさとどいてくれるかな」
「なんやねん!」
はやてちゃんが僕の上からどいた。
「俊くんのそういうところ分からんわ! 何がしたいん!?」
「はやてちゃんに構ってほしかっただけだよ」
「子供か!」
知らないのかな? 小学生はまだ子供だよ?
「もう少し構ってほしいなあ」
「もう構わへん。口車にも乗らんからな」
はやてちゃんは勉強道具を片付けてどこかに行こうとした。
静かな場所で勉強を続けるつもりみたいだ。良い判断だね。
「そっか。まあ、負け犬はよく吠えるって言うし、吠え声は十分堪能させてもらったから構わないよ。どうぞ勉強に戻って。少しでも負け犬から脱却できるよう、精々勉強だけは頑張ればいいんじゃないかな」
ピタリと立ち止まったはやてちゃんは、背中からでも分かる程度に息を吸い込む。
怒りを落ち着かせようとしているのが手に取るように分かった。この後、僕は自分が何を言うべきかを知っている。
「どうしたの? 一刻も早く負け犬から脱却しないと。ほら、駆け足。犬みたいに走ってご覧」
「我慢や。挑発に乗ったら思うツボ。我慢我慢……」
「そんなところでいつまでも立ちすくむなんて。ひょっとして、犬のほうが賢いんじゃないかな? だとするなら負け犬は犬に失礼だね。なんて呼べばいいかな。負けはやて……語呂が悪いな。負け鳥……アホ鳥……アホウドリ! これからはやてちゃんはアホウドリだ! 気に入ってくれたかな! ハッハッハッ!」
勉強道具を投げ捨てたはやてちゃんが襲いかかってきた。
◇ ◇ ◇
「ごめんよはやてちゃん」
「絶対に許さへん」
何度目かの謝罪はやっぱり拒絶される。
耳にかかる吐息も、はやてちゃんの体重が全部のしかかっていることも置いておいて、少しばかりまずい状況になっている。
「僕が全面的に悪かった。反省してる。許してほしい」
「こんなにしおらしい俊くんは初めてや……千載一遇のチャンス言うことやな」
僕は今、床にうつ伏せに転がされ、ヘッドロックの体勢ではやてちゃんに首を絞められている。
勘の良い人ならわかると思うけど、これは僕の望んだ形ではない。
なぜなら僕の視界には床しか映っていない。これだとはやてちゃんの顔が見れないよね。そうなると未来視が使えなくて、この先どうなるのか全くわからないんだ。
失敗したと言うのが正直なところ。常に未来を見ている僕ではあるけど、普段は並列思考のほとんどを遠い未来の観測に当てている。
今現在のことは重要度が低いわけで、しかも目の前にいたのは気心知れたはやてちゃん。ネタバレ防止の意味もあって、真剣には見ていなかった。
その油断がこの状況を作り出してしまったんだね。はやてちゃんに一杯食わされることになるとは思わなかったよ。はやてちゃんも成長しているってことだ。その調子でおっぱいも成長するといいね。
「確か暗所恐怖症言うとったな……」
「ちょっと? 何をするつもりだい? これ以上は断固とした処置をとらせてもらうよ。具体的に言うなら特に思いつかないけど、断固とした処置だよ」
目を塞がれる。途端に視界は闇に包まれた。
暗闇は人類が最も恐れてきたものだから、僕が忌避するのも仕方ないんだ。頭を垂れるぐらいはしちゃうよね。
「はやてちゃーん。ごめんよー。僕が悪かったよー」
「ほんま、ここまで弱々しい俊くんは初めてや……なんや、そそるな……」
「仲直りしようよー」
耳元で唾の飲み込む音が聞こえてきた。
息遣いは普通。沈黙は少しだけ。
「……ええけど、条件がある」
「なに?」
「二度と私で栄養補給しないこと」
「それは不可能」
「即答すな」
とりあえず、心の準備は出来たので反撃に移ろうと思う。
普段見えているものが見えなくなったら、途端に躊躇しちゃうのは僕の悪い癖なんだ。
「はやてちゃん。前に僕は暗所恐怖症だと言ったね」
「言うてたな」
「あれは嘘だ」
「なん…やと…?」
魔法で周囲の位置関係把握。
はやてちゃんを抱えたまま立ち上がり、そのまま椅子に向かってダイブ。
「いたぁ!?」
手応えあり。はやてちゃんを下敷きにしたことで拘束が緩んだので、即座に目隠しを外してはやてちゃんの顔を見る。
途端に頭の中に流れ込んでくる膨大な量の未来を並列思考で処理していく。
「ごめんねはやてちゃん。痛かったかな?」
「痛かった! 暴力的過ぎるで!? 手加減せえや!」
「ごめん」
でも未来を見る限り怪我をしたわけじゃなさそうだ。よかったよかった。
型通りの謝罪を繰り返し、ぶつくさ言ってるはやてちゃんの足元に腰を下ろす。ご機嫌取りを兼ねて、床に落ちてる勉強道具を集めることにした。
一々取りに行くのは面倒だから、魔力で浮かせて僕の手元に集める。
「ここに置いておくよ」
「ん……」
寝転んだ姿勢のまま天井を見上げているはやてちゃんは、ぼうっとして動くこともない。
僕もはやてちゃんの顔を眺めて暇を潰した。
その内、ちらりと横目に僕を見たはやてちゃんは、ぽかりと僕を蹴ってくる。
怪我なんてするはずがないほどゆっくりと動かされた脚は、僕の反応を伺ったあと、繰り返しポカポカと蹴ってきた。
「なに?」
「んー……」
言葉を濁したようなうめき声。
それなりに長い付き合いになる僕には、それだけで何を求めているのか分かってしまう。
「今度ははやてちゃんが構ってほしいのかな?」
「……」
返事はなくても伝わるものがある。
取り敢えず、はやてちゃんの足を捕まえて蹴るのをやめさせる。
何をしてあげようかなと考えて、さっき痛めたところのマッサージでもしてあげようと思った。
行き着く先はそこにして、はやてちゃんを引きずって艦内を1周するところから始めないといけない。みんなにはやてちゃんの恥ずかしい姿を見せる必要があるんだ。栄養補給を兼ねてね。さあ、足を持とうか。
「なんや一体!? 突然なんなん!? 放して!」
「大丈夫。僕が何とかしてあげるから、はやてちゃんは黙って引きずられてて」
「何言うてんの!?」
はやてちゃんの悲鳴を無視して行動に移す。
この情けない姿を見れば、歩くロストロギアなんて呼ぶ人もいないだろう。
と言うか、僕という存在を差し置いてロストロギアを自称するのはあり得ないよ。
まったく、はやてちゃんは自虐が好きなんだから。二度と自虐出来ないようにしてあげるからね。
「堪忍や! こないなところ人に見られたら恥ずかしすぎる! 堪忍してや!!」
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫なわけあるか!! もう全っ然理解できひん! さっきまでの空気どこ行った!? 誰か俊くん止めてや!!」
はやてちゃんの悲鳴には中々の栄養素が含まれている。
けれど完全栄養食と呼ぶにはまだ早いね。なのはちゃんはこんなものじゃないよ。精進してほしいな。