半年に一回のお楽しみが近づいている。
子供心にウキウキしながら待っていた日だ。それが何かわかるかな? 年に一回なら誕生日とかお正月とかあるよね。子供ならクリスマスを楽しみにしているだろうし、運動会とかの学校行事も選択肢に挙がるかな。
僕の場合は普通とはちょっと違うよ。隠すようなことでもないからはっきり言ってしまおうか。健康診断です。
言葉が足りないかな。僕が受けるんじゃないよ。なのはちゃんとはやてちゃんが受けるの。嫌がる二人が無理やり健康診断を受ける日だね。
他人の健康診断なんて普通はどうでもいいことだけど、僕の場合はそうでもない。嫌がる二人ってところがキーポイントだ。
つまりどういうことかと言うと、僕にとっては栄養補給の日って言うわけ。
◇ ◇ ◇
待ちに待った健康診断が明日に控えている今日、僕はげんなりとしているなのはちゃんとはやてちゃんから栄養補給に励んでいた。
半年に一度の頻度で健康診断を受けている二人は、内心で無駄な時間と思っているみたいで、健康診断が近づくにつれて抗議したり逃げ出したりと自分の意思を表明するのに余念がないのはいつものこと。
その度に僕とフェイトちゃんはタッグを組み、時にシャマルちゃんを助っ人に呼んだりして、二人を捕まえたり説得したりしていた。
今日も今日とてその気満々で学校に来たわけだけど、当の二人はすでに諦めムード。
どことなくピリピリとした雰囲気のフェイトちゃんが二人から片時も離れようとしていない。さすがは執務官。その視線には一部の隙も見当たらなかった。
フェイトちゃんに追われたが最後、執務官の職権と異常な移動速度で追いかけてくるからね。僕ぐらいになれば逃げ切れるけど、二人には無理みたい。ご愁傷様。ご馳走様。
「なんでや……なんで一年に二回も受けなあかんねん……」
「……私も、もう身体は治ってるのに……」
恨み言を吐く二人の視線はなぜか僕に向いている。その視線はさも僕が犯人だと言いたげだ。勘違いを解いておかないといけないね。いいかい? この件に関しては僕とシャマルちゃんの共犯だからね? そこのところは誤解のないようにしてほしいな。
「だって、なのはちゃんは再生治療を受けたばかりだし、はやてちゃんは忙しいから。仕方ないよね?」
「仕方ないなんてことあらへん。一年に一回で十分やろ。世のサラリーマンの標準や。なあ、なのはちゃん?」
「うん。半年に一回はやりすぎだと思うな」
これも一体何度目になるんだろうって言う抗議。
そうは言っても、はやてちゃんは小学生のくせに朝から晩まで働いてるし、なのはちゃんは欠損部位の再生治療なんて僕としても非常に興味のそそられる治療を受けたんだから、半年に一回の健康診断は仕方ないことだと思うんだ。むしろ、なのはちゃんは月に一回ぐらい病院行きなよ。
「文句があるならシャマルちゃんに言うべきじゃないかな」
「何度も言うとる。聞き耳持ってくれへん」
仮にもはやてちゃんは主なのに、聞き耳持たないってところにシャマルちゃんの本気具合が伺えるね。唆した甲斐があったな。
「俊くん? はやてちゃんは置いておいて、私はもうそろそろいいんじゃないかなーって思うんだけど……」
言いづらいことを言う子供のように、指をもじもじさせるなのはちゃん。その可愛さに免じて、一応聞くだけ聞いてあげようか。
「フェイトちゃんはどう思う?」
「まだダメ」
「ダメだって」
執務官がダメって言うならダメなんだろうね。ダメです。
実際のところ、二人の健康診断は未来永劫半年に一回で固定する方向で動いてるんだよね。シャマルちゃんは主思いで仲間思いだから、今のうちにやることをやっておけば、僕がいなくなった後もそうなるからね。
「二人とも、そう気を落とさないで。これも二人のためなんだから。確かに、普通は年に一回の健康診断を二回も受けさせられるのは面倒かもしれないけど、無茶ばっかりしている君たちを心配してのことなんだから。だから拒否したり仕事に逃げたりしても無駄だよ? 僕たちの厚意を不意にすることになるからね。そんなことは許さないよ?」
「俊くんの厚意って、いつもそこはかとない悪意を感じるんだけど……」
それは気のせい。厚意は厚意だよ。むしろ好意かもしれない。なのはちゃんは可愛いからね。
「いらんお世話と言うか、ありがた迷惑と言うか……。シャマルを焚きつけたの俊くんやろ? そこまでしてうちらの嫌がる顔見たいん?」
「誤解だね。僕は君たちのことが心配なんだ。それだけだよ」
「完全栄養食とか言うてたやん」
「それはそれ。これはこれ。折角だから実益を兼ねてるんだ。二人とも今日は特に可愛いよ。これからも半年に一回その顔を見せてほしいな」
「殴りたいわあ……」
さすがにはやてちゃんは今さら可愛いって言ったぐらいじゃ狼狽えないね。なのはちゃんは照れてるけど。
「二人とも、明日の健康診断は私も付き添うから、逃げないでね」
照れてるなのはちゃんをニコニコと見ていると、フェイトちゃんが話をまとめ出した。
今回は僕の出番はないみたいだ。フェイトちゃんの都合がつかなかったり、二人が逃げ出そうとしてたら僕も一緒に行くんだけど、諦めムードの二人にその気配はない。だから僕が病院に行くという未来はないはずなんだけど、なぜだろうね。三人に着いて行く未来が見えるね。
「俊? 明日仕事休みでしょ? 俊も病院に来てね?」
「どうして? 必要?」
「うん。俊の検査も入れておいたから」
僕はにこりと笑う。フェイトちゃんも笑い返してくれたけど、その目は明らかに笑っていない。
「検査ってなんだろう。僕はなのはちゃんみたいに身体に悪いところはないけど」
「うん。でも、はやてに聞いたんだけど、俊もはやてと徹夜して休みなく働いてるんでしょ?」
僕ははやてちゃんを見た。
はやてちゃんは目を逸らす。自分の意思で密告したのか、フェイトちゃんに問い詰められたのか。その違いはとても大切なことだけど、この状況で問い詰めるのは自白に等しい振る舞いだ。
「フェイトちゃん。よく考えてほしいんだけど、僕がそんなことすると思うかい? 徹夜なんてしてごらんよ。頭回らなくてコストパフォーマンスは最悪だよ」
「それはそうだけど、それだけ切羽詰まってたってはやてが言ってたし。それによくよく考えてみれば、はやてが忙しいなら、俊も忙しいってことでしょ? 俊のデバイスのデータをはやてから貰ったんだけど、四六時中働いてない? いつ寝てるの?」
どうやら裏切者がいるみたいだね。
「はやてちゃん? どこの世界にパートナーの立場を悪くするコンビがいるのかな?」
「わ、私は悪うないで! 報告書が回り回ってシャマルの目に留まって洗いざらい吐いただけや! そこからフェイトちゃんに連絡行ったんや! 二人で俊の健康診断の予定を組んだんや! 私は俊のスケジュール調整しただけや! 何も悪いことはしてへん!」
「洗いざらいってどれぐらい?」
「全部」
つまりはあれだね。
未知のウイルスに感染したり、ロストロギアを守るロボットと戦ったり、自爆装置の働いた船に突入したり、そういうの全部教えちゃったってことかな?
僕にとってはそれは無茶でも何でもないんだけど、普通の人には無茶に見えちゃうんだよね。僕は天才で普通の人とは尺度が違うんだ。そこのところを説明しても、フェイトちゃんは絶対理解してくれないけどね。
「一ついいかな。考えたんだけど、半年に一回はやりすぎだと思うんだ。一年に一回にしない? どう思う?」
「いいと思うの」
「清々しいほどの掌返しやけど、私もそれがいいと思う」
なのはちゃんとはやてちゃんの賛同を得て、フェイトちゃんに立ち向かう。
フェイトちゃんは目の笑っていない笑顔で僕らにNOを突きつけた。
「ダメ」
「あかん。これ聞く耳ない奴や」
「こうなったフェイトちゃんは強敵と言うか無敵なの。諦めよっか」
早々に白旗を揚げた二人に代わって僕が話し出す。
「まずは話し合おう。話し合うっていうのは大事なことだ。きっとフェイトちゃんも分かってくれると思う。ね、フェイトちゃん?」
「ダメ」
「そもそも、半年に一回の診断で何が見つかるかって話があるよね。病気の早期発見は重要だけど、費用対効果を考えれば、一年に一回がベストじゃないかな」
「ダメ」
「僕の身体のことは僕が一番よく分かってるから、頻りに検査したところで無駄なんだよ。全くの無駄。だから、僕は除外して、なのはちゃんとはやてちゃんの二人に検査を受けてもらおうか」
「ダメ」
「フェイトちゃん。欲しいものあるかな。なんでも言って。なんでも買ってあげるよ。その代わり、便宜を図ってくれたら嬉しいんだけど」
「俊?」
「冗談だよ」
冗談を聞き分けるぐらいの理性は持ってるみたい。
だからこそ、話し合いなんて無駄だって悟るよね。絶対折れないよこれ。
「わかったよ。僕も半年に一回健康診断を受ければいいのかな?」
「……分かってくれた?」
フェイトちゃんが笑みを崩して僕を伺う。ちょっと疑ってるみたい。
「……逃げたりしないよね?」
「心配してくれてる人の気持ちを踏みにじるような真似はしないよ」
そう言ったらフェイトちゃんの表情が和らいだ。うんうん。やっぱりフェイトちゃんはそう言う顔の方が似合うね。
「明日の朝、いつもの病院で予約してるの。俊も何度も行ってるところ」
「いつものところだね。わかったよ」
「絶対に来てね。逃げないでね。逃げたら追いかけるから」
「大丈夫だよ。フェイトちゃんから逃げ切れないのは分かってるから、無謀な挑戦はしないよ」
そう言って僕は笑う。フェイトちゃんも笑う。
その後、どんな検査をするのかとか、何時に行けばいいのかとか、具体的な予定を聞いた。
一日が終わり、学校からの帰り際、念を押すフェイトちゃんに「絶対に行くから」と答え、その翌日。
僕は病院には行かず、フェイトちゃんからの連絡もシャットアウトした。
行く気なんかなかった。例えフェイトちゃんの厚意だろうと、そんなものはどうでもよかった。
逃げるに決まってるじゃん。半年に一回とか、馬鹿でしょ。