フェイトちゃんとの約束を破ってしまった。
そのことに後悔はないし怒られることを恐れてるわけでもない。むしろ望むところと言うか、ついでになのはちゃんも怒ってるから、栄養補給が二倍捗るわけで、やりようによってはとても楽しいことになるのは見なくても分かる。ただ面倒だよね。
捕まったらそのまま病院に直行する未来も見えるしさ。
健康診断を受けたくなくて約束を破ったのに、馬鹿正直にフェイトちゃんの前に出て、結局病院に行くなら最初から逃げるなって話。
初志貫徹を目指すなら逃げ切る他ない。面倒を避けるために更に面倒なことになってるかもしれないけど、フェイトちゃんとの鬼ごっこは楽しいから問題ないよ。
フェイトちゃんはいつだって可愛いけど、怒った顔もとても可愛いんだ。どうせ怒ってるなら余計に怒ってほしいぐらいさ。怒髪天を衝かれるとさすがに面倒だからほどほどに煽っていきたいね。
そんなわけだから、僕は健康診断の日に病院に行かなかったし学校にも行かなかった。
学校に行くとアリサちゃんとすずかちゃんの呆れ顔が見れたけど、光の速度でチクられた後、フェイトちゃんが音を置き去りにして駆け付けるから、それは出来なかった。
今回のフェイトちゃんはとても怒っていて、たくさんの同級生たちが見ている前で身体強化して襲い掛かって来るからとても面倒だったんだ。
「私、執務官だから」のノリで魔法を使わないでほしいな。誤魔化すのは僕なんだ。大した苦労じゃないけどね。
まあ、別に勝てないわけじゃない。だけど面倒だよね? 遅れてなのはちゃんとはやてちゃんも応援に駆け付けるから面倒は増すばかりなんだ。
三人を相手にしても完封できる自信はあるけれど、それをすると僕への対応が苛烈になるんだよね。
「どうせ何しても懲りないし、やっちゃえ」ってノリで魔法の乱舞を食らうとどこかの時点で負ける。いくら僕が天才と言っても弱点はあるんだ。それを分かってほしいな。
そういうわけで、僕は朝から逃亡することにした。
どこに逃亡したところでフェイトちゃんに僕は見つけられないし、そう言う未来を選んでるけど、どうせだから快適に過ごしたいってことでスーパー銭湯に来てみた。
普通の銭湯はただお湯に浸かるだけだけど、スーパー銭湯はお湯に浸かるだけじゃない。リラクゼーションが一杯なんだ。
漫画は見れる。マッサージは受けれる。食事はとれる。個室だってあるんだよ。一人の時間をゆっくり過ごして、気が向けばお風呂に浸かって、お腹が減ったらご飯を食べる。
こんなに快適な逃亡劇があるかい? 途中から逃げてることなんて忘れてたさ。たまにある着信で思い出してたね。
マッサージチェアに座りながら直前まで震えていたスマートフォンを眺める。いくつかの未読メッセージと着信履歴。
一番多いのはフェイトちゃん。次点でなのはちゃん。はやてちゃんは少ないね。「覚悟しいや」の一言だけだ。明日会うからその予告だね。わくわくしちゃうな。
フェイトちゃんとなのはちゃんはしばらく会わない。だから今のうちに何かしておかないと尾を引いちゃうみたい。
なのはちゃんは放っておいてもいいや。ぷんぷん怒ってるだけだから。次の健康診断の時は一緒に逃げようって誘ったらコロっと機嫌が直るね。直前で裏切ろうかな。
そうなると問題はフェイトちゃんだ。今もはやてちゃんに指示して僕のスケジュール調整してるよ。でも次の休みは二週間後だし、その時はフェイトちゃんがお仕事だから一か月後かな。楽しみだね。
現状の把握を終えて、スマートフォンに取り付けてある鏡を見ながら考える。
どうしようかな。どういう未来が一番ましだろう。フェイトちゃんの機嫌が一気によくなる未来はないかな。見つからないね。
さて困ったな。フェイトちゃんの機嫌を損ね続けるのは本意じゃない。可愛い女の子とは仲良くしたいからね。中学生になったら疎遠になるから、今のうちに思いっきり仲良くしたいんだ。本音だよ?
やっぱりあれかな。こういう時は時間を置くに限るね。
次に会うのは一か月後だから、その時の自分にお任せしよう。味方と言うか生贄を増やせば楽に済むみたい。今日のところはなのはちゃん一人だけ。フェイトちゃんが一晩中僕の家に張り込む未来が見えたから、それだけどうにかしてしまおう。徹夜は身体に悪いからね。
僕はなのはちゃんに電話をかける。
言う言葉は決まってる。「とても大事な用があるんだ」ってね。
◇ ◇ ◇
さて、なのはちゃんを僕の家に誘い出した後、僕は悠々と自宅に戻った。
フェイトちゃんが監視してるのは分かってたし、むしろ見つけてもらわないと困る。
そんなわけで、フェイトちゃんが僕の前に現れた。
「俊」
「やあ、フェイトちゃん。こんなところでどうしたの? そろそろ暗くなるから、家に帰った方がいいんじゃない?」
面と向かったフェイトちゃんは僕のことを凄く真面目な顔で見ていた。
僕はいつもの笑顔でフェイトちゃんを見返す。はやてちゃんによく「胡散臭い」って言われる顔だね。
「どうして逃げたの?」
「うん? なんのこと?」
「健康診断。今日だって言ったよね? 何か急な予定が入っちゃった?」
「そう言えばそうだったね。でも僕にそれは必要ないから」
真面目なトーンで聞かれたから、僕も真面目に答えてみた。うん。やっぱりこれ以上の理由はないかな。
フェイトちゃんはじっと僕のことを見ていた。それから俯いて寂し気に笑った。
「私ね、ちゃんと分かってたよ。俊のこと」
「そうなんだ。でも僕以上に僕のことを分かってる人はいないと思うよ」
「そうかも。でも、私もちゃんと分かってた」
フェイトちゃん自虐的に笑っている。
「俊が嘘つきで、すぐに人のことを裏切って、他人が困ってる様子を見るのが好きな変態さんだって言うのは、私もちゃんと知ってた」
うん。純粋無垢な女の子に面と向かって変態って言われると心に来るものがあるね。心を入れ替えた方がいいかなって思っちゃう。
でもこの楽しみを知ってしまった僕としては、やっぱり手放す気にはなれないな。人生は短いんだから、目いっぱい楽しまないとね。
「でも、信じてた。信じようと思ってた。それなのに、俊は私との約束を守らなかった。絶対って言ったのに」
うん……あれ? どういう流れだろう。この言葉は知らないな。ひょっとして失望させちゃったのかな?
僕みたいな人とは付き合えないって言うなら、予定とは違うけど、それはそれで問題はないかな。ちょっと早いけどね。
「だから、俊を信じるのはやめる。言うことを聞いてくれないなら、力づくで聞かせる。なのはとはやても賛成してくれたし、アリサもそれがいいって言ってたから」
……え? なに? どういうこと?
そこは付き合い切れないって言うところじゃないの? 魔力を迸らせてどうするつもり? やる気満々に見えるけど?
……はやてちゃん? 覚悟しいやってこのことだったのかな? 違うよね? 明日のことだよね?
「バルディッシュ」
『Yes sir』
おっと、セットアップ。
バルディッシュくん? 主の命令に従うだけじゃ良いデバイスとは言えないよ? 時にはその愚行を思いとどまらせないと。わかってる? わかってないね。わかるわけないや。所詮は機械だもの。
「大人しく着いて来て。抵抗するなら拘束します」
「着いて行くってどこに?」
「病院予約してあるから」
「今から行って間に合う病院なんてないでしょ」
「シャマルにお願いしたから大丈夫」
あ、そっか。シャマルちゃんがいたね。大変だね。あの子も。
「うーん……セットアップはやりすぎじゃない? 大丈夫?」
「大丈夫……じゃないかもしれないけど、俊が逃げるから」
「まあ、それはそうだけど」
ただ普通に追いかけてくるものとばかり思ってた。セットアップまでしちゃうか。そんな未来はなかったはずだけど。
「あのね、フェイトちゃん。僕がここで大人しくする人間なら、そもそも約束は破らないから」
「抵抗するってこと?」
「うん」
「じゃあ捕まえる」
「やってごらん」
フェイトちゃんが動くのと同時に僕も動いた。
今しがた歩いて来た道を逃げる。フェイトちゃんは追いかけてくる。
ここから先は予定通りかな。なのはちゃんが待ちぼうけにならなくて良かったよ。
◇ ◇ ◇
とりあえず走る。
途中、フェイトちゃんは何度か結界を張ろうとしてきたけど全てレジストした。
あらかじめ分かっていれば対抗魔法を用意するのは簡単だ。ついでに、僕たちが目立たないよう小細工する。
そうこうする間に、向こうの方からやって来るなのはちゃん。遠くからでもなのはちゃんの姿はわかる。僕ぐらいになると目に入った途端わかるよ。わからないわけないよね。
とても大事な用があるんだって匂わせぶりに呼び出されて、ドギマギしながらここまでやって来たなのはちゃん。想像だけでも栄養補給に十分だ。ご馳走様。
「なのはちゃーん!」
「あ、俊く……っ!?」
遠くから走って来る僕の姿を見て、なのはちゃんはびっくりしていた。それはそうだよね。だって後ろからフェイトちゃんが追いかけてきてるから。
「なのはちゃーん!」
「え……?」
「助けて、なのはちゃん!」
「えぇーーー!?」
あっという間に目前に迫った僕らを見て、なのはちゃんは慌てて逃げ出した。
しかし咄嗟のことでセットアップは出来ていない。魔力を使ってるみたいだけどその程度じゃ置いてけぼりだ。一人だけ仲間外れは可哀そうだから、すれ違いざまに横抱きに抱え上げて逃走を続ける。
「やあ、なのはちゃん。今日も君は可愛いね」
「俊くん!? なにこれ!? どういう状況!?」
「見ての通り。フェイトちゃんを怒らせてしまってね。逃げてるんだ」
「見れば分かるけど! でも、私、関係ないよね!?」
「一人旅は寂しいから、道連れが欲しかったんだ。丁度良かったよ」
「大事な用があるって言ったのは!?」
「だから言ったじゃないか。助けてって」
「……ひ、酷いよ!!」
うん。ごめんね。その顔が見たかったんだ。
僕が栄養補給に勤しんでいる間に、なのはちゃんはフェイトちゃんに向けて身の潔白を主張していた。
「フェイトちゃん! 私無関係だから! むしろフェイトちゃんの味方――――は、速い……」
僕の肩越しに後ろを覗き込んだなのはちゃんが引いちゃった。
そうだね。フェイトちゃんは速いよね。たまに追いつかれるからね。あれでもまだ本気じゃないって本当に凄いよ。だからそんなに引かないであげて。若干スローダウンしちゃったじゃないか。
「ところでなのはちゃん。診断はどうだった? 何か悪いところは見つからなかったかい?」
「今その話する必要ある!? それどころじゃないよね!?」
「え? どうして? フェイトちゃんに追いかけられてるだけだよ。大したことじゃない」
「フェイトちゃん、舐められてるよ! 早く俊くん捕まえて! 私も手伝うから!」
なのはちゃんがレイジングハートを握り締めている。レイジングハートを突きつけられる未来が見えちゃった。
うん。じゃあ、頃合いだね。
タイミングを見計らって、ぽいっとなのはちゃんを後ろに放り投げる。
「え!?」
「……え?」
なのはちゃんのびっくりした声。
フェイトちゃんが呆気にとられて動きが止まる。僕はそのまま走り続けた。
「な、なのは!?」
「俊くーーーーーーーん!!!!!?????」
断末魔は僕の名前だった。犯人の名前を叫んでも仕方がないんじゃないかな。フェイトちゃんを呼びなよ。
フェイトちゃんがなのはちゃんをキャッチするのと、なのはちゃんがレイジングハートをセットアップするのは同時だった。
わざわざフェイトちゃんが助けるまでもなく、なのはちゃんは自分でどうにか出来たからね。そうなるように放り投げたし。
結果論にはなるけど、フェイトちゃんはそのまま僕を追いかけるべきだった。出来るわけないけどね。僕以外は。
二人は揃って安堵の息を漏らし、そして僕を睨みつける。
「許さないからぁ!!!!!」
怒髪天を衝いたなのはちゃんが空を飛んで追いかけてきた。それを追うようにフェイトちゃんもやって来る。
けれども距離は随分と離れている。これぐらい離れてるなら逃げ切りは確定。捕まる未来はもうない。
僕は十字路を曲がって二人の視線から逃れた。そして魔法を使う。
僕がこれを使えることを知っている人はいない。はやてちゃんなら薄々気づいてるかもしれないけど、あの二人の前で使ったことはないから、どうすることも出来ない。知ってたとしても今の二人に止める手段はなさそうだけど。
空高くに移動した僕は、二人が僕を探してウロウロするのを眺めていた。
五分ほど周辺を探っていた二人だけど、やがて諦めて肩を落とした。
一縷の望みをかけて僕の家に戻ってみて、当然そこには誰もいない。
やっとのことでフェイトちゃんは諦めた。未だにプンスカしているなのはちゃんをなだめた後、家に送ってあげて、フェイトちゃん自身も帰って行った。
よしよし。
高みの見物をしていた僕はこの状況に満足する。
フェイトちゃんを家に帰すために随分と寄り道をしてしまった。
僕としては楽しければ何でもいいけど、やりすぎた感は否めない。いや、二人そろって怒髪天を衝いてるのはどう考えてもやりすぎちゃったかな。
まあ、次に会う時に何とかしよう。
それにしても、あの二人は意外と根に持つタイプなんだね。何をどうしても中々機嫌直してくれないや。どうしようかなあ。やっぱり温泉かな。じゃあユーノくんだね。よし、そうしよう。