少し現状を話しておこうか。
僕は今、管理局で嘱託魔導師として働いている。
管理局の存在を知ったのはジュエルシードの時。その後闇の書の一件が続いて、良くも悪くも僕の人生は大きく変わった。
僕の数ある才能の中に魔導師の適性があったものだから、クロノくんからの強い誘いもあって、色々と悩んだ結果、アルバイト感覚で働いている。
そんな調子でやってるわけだから、それほど大した仕事はしていない。
はやてちゃんと一緒にロストロギアを探し回って、たまに人助けをしているだけ。
放っておいたら世界が滅びかねないというか滅ぶ予定のものから蒐集している。どこに何があるかは僕の才能で簡単に分かってしまうわけだから、地道に回っているってわけ。
健康診断の翌日も仕事の予定が入っていた。
遠出ばかりの仕事だから学校は休みがち。そうは言っても義務教育だから最低限は通わなければいけない。
その辺り、なのはちゃんとフェイトちゃんはストッパーになってくれる家族がいるけど、はやてちゃんはストッパーどころか加速装置じみた人たちに囲まれているから、僕がストッパーになってあげてる。
最近、お洒落に興味を持ち始めたはやてちゃんには、夜更かしによる肌荒れだとか、ストレスによる肌荒れだとか、寝不足による発育不全だとかの話題が効果てきめんなわけ。
喜んでストップさせるよね。生き甲斐だから。
そんなわけで、フェイトちゃんたちに怒髪天を衝かせた翌日も、ストッパーとしての役割を全うするために出勤したわけだけど、はやてちゃんときたら、僕が出勤した時点で机に齧りついて事務仕事に精を出していた。
「おはよう、俊くん。昨日の件について言いたいことは仰山あるけども、一旦は棚に上げようか。そんで早く手伝ってや。昼までに終わらせんといかん」
はやてちゃんは僕の方を見もせずにそう言った。
歯を食いしばって荒々しくキーボードを叩いている彼女に、僕は敬意を表して恭しく頭を下げる。そして隣の席に腰かけた。
「何をすればいいかな?」
「今送る」
送られてきたデータに目を通す。
何百ページに渡る書類。何をするにしても、まずは内容を把握してからだ。これを昼までに終わらせると言うのだから、中々に過酷な作業なのだろう。
「はやてちゃん! 追加です! 追加のお仕事が来ました!」
「どんと来いや! なんでも持ってこいって嫌味言っといてや!」
半ば叫びながら現れたのはシャマルちゃん。昨日、フェイトちゃんに頼まれて僕を診るはずだった金髪の女医さん。本来ここにいるはずはないけど、はやてちゃんが応援に呼んだらしい。
「他に応援はきいひん! やるんや! この三人で!」
「うおおおお!」っと雄たけびと共に仕事に取り掛かるはやてちゃんを横目に見ながら、僕はシャマルちゃんにコーヒーを淹れてくれるように頼む。
こんな修羅場で何を言っているんだと、正気を疑う目を受け流しながら、僕も仕事に取り掛かった。
ま、どんなに複雑で難解な仕事だろうと、答えは分かり切っているから、そんなに時間はかからないんだけどね。
◇ ◇ ◇
昼間際に仕事は終わった。
僕としてはゆったりと、はやてちゃん的には全力での仕事だったようで、お昼を迎える頃には息も絶え絶えのはやてちゃんが机に突っ伏していた。
「だ、大丈夫ですか? はやてちゃん?」
「……大丈夫やあらへん。もう二度とごめんや」
僕はコーヒーを飲みながら二人の様子を眺めていた。
昼食はどこにしようかといくつか候補を上げつつ、気分的にはパンかな、なんて自分の気分と相談していた。
「めっちゃ疲れたわ。やりすぎた……。……さすがの俊くんも疲れたやろ? ……ちっ。余裕そうやないか」
「うん。あの程度なら別に」
「……ほんま、俊くん見てると自分が凡人に思えてくるわ……」
はやてちゃんが嘆く。
こういう時にすかさずフォローできるのが良い男の子の条件だ。
「はやてちゃんだってそこそこの才能はあるんだから、そんなに自分を卑下しちゃダメだよ。僕がはやてちゃん以上の天才っていうだけだからね。言ってしまえば凡人と天才の狭間だね。それで自分を凡人だとか勘違いしちゃダメだよ? 中途半端に天才よりの人間が凡人を自認するのは厭味ったらしいからね」
「喧嘩売っとる?」
机に突っ伏しながら僕を睨みつけていたはやてちゃんは、「どっこいせ」とおばさん臭い声を漏らしながら体を起こし、にやりと笑みを浮かべた。直前までの不機嫌そうな顔は引っ込んで、自信に満ちたその視線は明らかに僕に向けられていた。
「でも、さすがの天才様も今回ばかりは気づかんかったみたいやな」
「気づかなかったふりをしてほしいのかな?」
言いながら後ろを向くと、シャマルちゃんが僕の背後に立っていた。
はやてちゃんは笑みを一層深めて立ち上がる。自分は勝者であるという自負がその全身から放たれていた。
「仕事が忙しい言うたな。あれは嘘や!」
「うんうん」
「今やった仕事は大体三日分の書類仕事や! ついでに吸い取れる仕事全部吸い取って俊くんに投げたで!」
「なるほどなるほど」
「これで午後丸々空いたからな! このまま検査に直行や!」
「よく頑張ったね」
僕はコーヒーを飲みながらはやてちゃんを褒める。
僕の反応が薄いことにはやてちゃんは不満みたいで、不機嫌そうに顔をしかめていた。
「もうちょいなんかあるやろ。俊くん、はめられたんやで?」
「特にはないよ」
そもそも分かっていたことだしね。
「それよりはやてちゃん。三日分の仕事を片付けたってことは、あと二日ぐらい休みとれるかな?」
「なんや。どういうこと?」
「温泉に行こうかと思ってね」
僕の、恐らくは突拍子のない発言に、はやてちゃんは眉を上げた。
「二人で?」
「みんなで」
詳しい事情を説明する。
「フェイトちゃんとなのはちゃんを怒らせすぎてね。機嫌をとっておきたいんだ」
「ああ……。フェイトちゃん、とてつもなく怒っとったで。あんなに怒っとるフェイトちゃんは初めてや。今日も朝からここに来るつもりみたいやったし」
「もしフェイトちゃんがそうしていたら、僕はここにいなかっただろうね」
「さすがの危機察知能力やな」
ありがとうとその賞賛を受け取っておく。
「ちなみになのはちゃんはどんな感じ?」
「めちゃ可愛かった」
「知ってる」
可愛く怒るなのはちゃんを想像し、全身に栄養が満ちていくのを感じる。さすがは
すっかりお腹もいっぱいになったところでくるりと振り向き、シャマルちゃんにも声をかける。
「シャマルちゃんもどう? 普段みんなが迷惑をかけてるし、その謝罪と慰労もかねて」
「あ、え……どうでしょう……予定を確認しないと」
「うん。他のみんなも予定が合えばぜひ」
ヴォルケンリッターって言うのは夜天の書の守護プログラムで、ありていに言えば生命体ではないから、僕の力の及ぶ範囲にない。だからみんなの参加の是非はよくわからないんだよね。
「誘っておいてなんだけど、フェイトちゃんとなのはちゃんのお休みに合わせるから、全員の予定をすり合わせるのは難しいかな。それでも出来る限り参加してほしい。費用は僕が持つから、心配しないでね」
「太っ腹やな」
「これぐらいしないと許されそうにないんだよねえ」
普段から管理局でアルバイトしててお金に余裕はあるし、いざとなれば実家から引っ張って来れるから、金銭面の心配はしていない。こういう時に使わないと余しちゃうからね。両親に相続させるのも馬鹿らしいから。
「宿を予約しないといけないから、出欠は早めに教えてね。とりあえずはやてちゃんは参加にしておくよ」
「まだ行くとは言ってへんよ」
「そう? 美容効果のある温泉に行くつもりなんだけど、不満かな?」
「不満なんかあるわけないやろ? 行くに決まってるやん。何言うてんの」
はやてちゃんの確約が取れたので、残りの面々も自然と確定していく。ヴォルケンリッターは無理っぽいね。残念だな。
「さて。健康診断だっけ? はやてちゃんの頑張りに免じて受けようか。案内してくれるかな?」
「あ、はい。こっちに……。病院は予約が取れなかったから、管理局の設備を使わせてもらいます」
「折角受けるならきちんとしたところで受けたいんだけど、予約が取れなかったなら仕方ないね」
「そない言うなら昨日受けたらよかったやん」
「昨日は気分じゃなかったんだよ」
本当は今日だって受けたくなかったけど、はやてちゃんのお休みを作るために仕方なく受けることにしたんだ。
半年後の健康診断からが本番だよ。なのはちゃんと僕のコンビを打ち砕けるかな? なのはちゃんの絶望に染まった顔が楽しみで仕方ないよ。