温泉に行くにあたって、参加するメンバーを確定させないといけない。
僕の中では5人は決まっていて、あと1人どうしても参加してほしい子がいるから、彼に会いに行った。
場所は時空管理局本局の無限書庫。
大体の人はこれだけ聞けばわかると思う。ユーノくんだね。
闇の書事件の時にその才能を遺憾無く発揮した彼は、無限書庫の司書にスカウトされた。
長い間まともに稼働していなかった無限書庫を整備したのがユーノくん。
実際にはまだ道半ばだけど、優秀な同僚も揃いつつあって、その内ユーノくんなしでも動くようになる。
学者としても頭角を現し始めているから、今が頑張りどころだと年中無休を掲げて日夜励んでいる努力家だね。
僕としてはそんな彼のことが心配で仕方ない。はやてちゃんを彷彿とさせる忙しさだ。
栄養はとれているのか、睡眠時間は確保できているのか。
大丈夫だと彼は言うけども、そんなわけはないと僕は思う。そこをはっきりさせるためにも、半年に一回の健康診断にユーノくんも加えるべきだと常々言っているのだけど、クロノくんの妨害もあって上手くいっていないのが現状だ。まあ、ユーノくんに対しては今のままでも十分だと思ってる。彼を気にかけてくれる子はたくさんいるからね。もう少し増やしてもいいかもしれないな。
健康診断はさておいて、たまの休暇に文句を言う人はいないはずで、疲れを癒すのに温泉は最高の選択肢だ。きっとユーノくんも浸かりたいに違いない。
そんなわけで、僕はユーノくんに温泉の約束を取り付けるために、無限書庫に乗り込んだ。
「敵襲ー!!」
「やあやあ。こんにちは」
無限書庫の中には防御陣地が築かれていた。
全てはユーノくんに会わせまいとする司書さんたちの抵抗で、一致団結した彼女たちは僕に酷い言葉を浴びせてきた。
ざっと周囲を見回して、ユーノくんがどこに隠れているのか把握したあと、用済みになった彼女たちを無視してユーノくんの元へ向かう。
背を向けた途端に魔法が飛んでくる。それらは全てあらぬ方向へ飛んでいった。
ちょっと離れたところにいたユーノくんに近づき、その様子を観察する。
彼は自分の周りに結界を張って僕を寄せ付けまいとしていた。
一目見て相当に強い魔法だと知れた。そんなところに籠るなんてどうしたんだろう。まるで僕に会いたくないみたいじゃないか。
「やあ、久しぶり」
「……話ならここで聞くよ。仕事が立て込んでいるんだ」
まだ何も言っていないのに、第一声からやけに冷たかった。挨拶には挨拶を返すべきで、それは最低限の礼儀だと思うけど、ユーノくんは激務の中でそれすらも忘れてしまったのかもしれない。思い出させてあげよう。温泉で。
「そっかそっか。クロノくんから何か頼まれてるんだっけ?」
「知ってるなら話は早いね。急ぎの仕事なんだ。僕がいないとみんなが困る。だから――――」
聞く意味はないので言葉の途中で結界を壊した。
ぽかんと呆けたユーノくんをバインドでぐるぐる巻きにして終了。
仕事が立て込んでるんだって。大変だね。頑張ってね。
「ここは騒がしいから、あっちで話そうか」
「待ってくれ! 今回は本当に大変なんだ! みんなに任せて僕一人だけ遊び呆けるなんて……!」
「大丈夫だよ。みんな優秀なのは知ってるから。徹夜すればなんとかなるから」
「ね?」とみんなに同意を求めてみれば、黄色い罵声が飛び交った。
まだ子供とはいえ、将来性バツグンのユーノくんは女の子たちに人気がある。
出入り口を封鎖しようと頑張ってる司書ちゃんたち。僕はユーノくんの未来に思いを馳せながら、「頑張ってね!」とみんなにエールを送ってその場を後にした。
◇ ◇ ◇
ユーノくんに温泉の約束を取り付けたので地球に帰る。
せっかく無限書庫まで足を運んだのだから、お土産にユーノくんを持って帰った。
ユーノくんは無限書庫でしか手に入らないから貴重なんだよね。
地球に帰ってから、予定通りなのはちゃんの家に行くことにした。
フェイトちゃんよりなのはちゃんを優先したのは、別になのはちゃんがチョロいからじゃなくて、なのはちゃんと仲直りしないとフェイトちゃんとも仲直りできないからだった。
フェイトちゃんとの仲直りには仲介になる人間が必要で、それにはなのはちゃんが適任だ。
だから、僕はなのはちゃんの家に赴いてインターフォンを鳴らし、カメラに向かって挨拶する。
「こんにちは! なのはちゃんとお話しに来ました!」
明るく元気でにこやかに。
カメラの向こうに誰がいるのかは知らないけど、なのはちゃんじゃないことは分かってた。
ユーノくんを戸口の前に立たせてバインドで固定する。
慌てふためくユーノくんの背中に隠れるようにして、扉が開くのを待った。
ゆっくりと開いた扉の向こう、臨戦態勢のなのはちゃんがレイジングハートの先から桃色の光を放ちながら、砲撃準備を整えて現れる。
「――――ディバインバス……ユーノくん!?」
「なのはっ!?」
桃色に光る杖先に慄きながら、ユーノくんは震える声でなのはちゃんに話しかける。
「な、なのは? 僕何かしたかな……?」
「こ、これは違うの! 俊くんが来たって聞いたから……俊くんっ!」
「やあ、こんばんは」
ユーノくんの背中越しに話しかける。
「話をしようよ、なのはちゃん。そんな物騒なものしまってさ」
「なんでユーノくんがいるの!? 盾にするのは卑怯だよ! 話がしたいなら顔を見せて!」
「もちろんだよ。なのはちゃんに頼まれたら嫌とは言えないからね。普段お世話になってるから」
完全栄養食ちゃんの頼みは断れない。ユーノくんの肩越しに顔を見せる。
途端になのはちゃんの指先から光の線が放たれた。
「シュート!!」
ユーノくんの耳をかすめるように放たれた魔法に、ユーノくんが恐怖に叫び、僕は隠れた。
「ユーノくんどいて! 俊くん撃てない!」
「話を! 話をしよう! 見ての通り僕は今動けない! 僕を間に挟んでる内は話をしようよ!」
「でも、俊くんが逃げるかもしれないし……! もうこうなったら……!」
なのはちゃんの目が爛々と輝く。
いけない! このままじゃユーノくんがやられる……!
ユーノくんがやられたところで僕は無傷だからただの無駄死にだ! 住宅街の真ん中でディバインバスターを水平射撃するなのはちゃんのイカれ具合が大衆に知られるだけで有意義なことは何もない!
そんな未来は僕が許さないぞ!
「やめるんだなのはちゃん! そんなことをしても誰も喜ばない! 復讐に囚われたらいけない! 目を覚まして!」
「どの口が……!」
なのはちゃんの魔力が荒ぶっている。
誠心誠意心を込めた説得すら効かないなんて……! もう手遅れなのか!?
「僕の話を聞いてほしい! なのはちゃんにとっても悪い話じゃない! 僕を信じて! トラストミー!」
「信じられないよ!」
僕の言葉を疑ってしまうぐらいなのはちゃんの心は傷ついていた。
もう駄目だ。ユーノくんが死ぬ。僕にできるのは街に被害が出ないように逸らすことだけ。ユーノくんに当たったあとに逸らそうかな。
そんな感じで、正直僕はどっちでもよかったんだけど、実際に命の危険に晒されているユーノくんがなのはちゃんの説得を始めてくれた。
「なのは! 俊の話を聞けなくても僕の話は聞いてほしい! お願いだ!」
「……ユーノくん……」
「なのはの気持ちは分かる。僕も散々俊にやられてきた。今日だって滅茶苦茶やられて、無限書庫は大変なことになってる。殴りたい気持ちは僕だって一緒だ。それでも、関係のない人を巻き込むのは違う!」
「で、でも!」
「計画を練るんだ。一人じゃ駄目だ。フェイトとはやても入れて四人でやろう。大丈夫。クロノにも言っておくから、どんなことをしても無罪に決まってる」
「うぅ……!」
なのはちゃんが揺れている。
さすがはユーノくんだ。なのはちゃんの心に寄り添って親身に語りかけている。
僕がどれだけ心を込めて語りかけてもびくともしなかったなのはちゃんの心が溶けようとしていた。その調子で頑張ってほしい。
「なのは、お願いだ……この場は武器を収めてほしい」
「うぅーっ!」
「なのは!」
「…………仕方ないの」
ついに、なのはちゃんがレイジングハートを下ろした。
「ユーノくんに免じて、今だけは我慢する! 俊くん! 話って何!?」
「温泉行かない?」
ユーノくんの背中からピースサインを出しながら本題に入る。
「温泉?」
「そう。費用は僕が出すよ。仲直りしたいからね」
「……」
疑わしげに見られている。
「仲直りしたいなら謝って」
「ごめんねなのはちゃん」
「軽いの!」
なのはちゃんの言う通りにしたのに気に入らなかったらしい。すごく我がままに見えるけど、そこがまたいいんだよねえ。
「なのはちゃん。僕は今、自分に出来る精一杯の謝罪をしてるんだ。もし土下座してほしいって言うのなら、そんなことはできない。だって、もしそんなことをしたら、なのはちゃんが悪者になるじゃないか。僕はなのはちゃんを悪者になんかできないよ! だからごめんねなのはちゃん!」
「ディバイン――――」
「待って! お願い! 僕のことを考えて!」
撃つ直前でユーノくんの命乞い。それがよく効いている。
目の前で必死に命乞いをしている人がいるのに、それを無視して撃てるほど非道じゃないからね。あんまり言い過ぎると撃つみたいだけど。
「温泉だけじゃダメかな? じゃあもう一つお話があるよ」
「……なに?」
「次の健康診断は手を組もうか」
「……続けて」
興味の惹かれる話題だったらしく、なのはちゃんは続きを促してきた。
「上手く逃げられるように僕がアシストしよう。シャマルちゃんに怒られることなく、フェイトちゃんに追いかけられることもないよ。だって僕も一緒に逃げるからね」
「どうせまた裏切るんでしょ」
「そんなことしないよ。僕らは一蓮托生じゃないか」
ピースしながら語りかける。
なのはちゃんは信じられるわけがないと言う目をしながら色々考えていたけど、ユーノくんとの秘密の念話を経て、一つ条件を出してきた。
「一つだけ約束して。裏切らないって」
「もちろんだよ」
「裏切ったらスターライトブレイカーだからね」
「甘んじて受け入れるよ」
なのはちゃんは杖を下ろし、僕もユーノくんの背中から進み出る。
二人でゆっくり歩み寄り、固く握手を交わした。
「裏切ったらスターライトブレイカーだよ」
「裏切らないと誓おう」
明らかに信じていないなのはちゃんに僕は優しく微笑みかける。
なのはちゃんにも色々と思惑はあるようだけど、全部お見通しだから何の意味もない。
半年後、僕はなのはちゃんが敗北に打ちひしがれる姿をこの目に焼き付けるだろう。それは確定的に明らかだ。
「それじゃあ、温泉に来てくれるかい?」
「うん。せっかくだから行ってあげる。いいところなの?」
「もちろん。最高の宿をおさえてあるから楽しみにしててよ」
握手をしたまま二人で笑い合う。
ギシギシと僕の手が軋むほどのその握力が、なのはちゃんの心情を表していた。