なのはちゃんと無事に仲直りできた後、ユーノくんを無限書庫に返す前に食事に連れて行くことにした。
久しぶりの地球と言うこともあって、何だかんだ満喫しているユーノくんの意見も聞き、ラーメンなんて四文字は聞かなかったことにして、折角だからフレンチをご馳走することにした。
ユーノくんは現在のところは学者の卵で、将来的には先生なんて呼ばれる立場になる。
そういう時に備えてテーブルマナーを学んでもらうのは悪いことじゃない。
もちろん、ミッドチルダと地球とではテーブルマナーも大いに違うと思うけど、先々を見通した感じでは役に立たないわけではなさそうだったから、またとない機会を堪能してもらうことにした。
一ヶ月前から予約していたレストランにはドレスコードがあったから、馴染みのお店でユーノくんの服をレンタルしてから向かった。サイズに関しては事前に伝えてあったから、ユーノくんの着せ替えは短時間で終わったよ。
「俊? どこに連れてくつもりだい? こんなかしこまった格好に着替えてまで……」
「美味しいお店があるんだよ。アリサちゃんのオススメでね」
さて、地球といえば日本食と言うユーノくんの価値観を真っ向からぶち壊してあげようかな。
向かったのは、都心の一等地ど真ん中にある高層ビル。
何十階とエレベーターで上った先にある一見さんお断りのレストラン。
佇まいから高級感溢れる雰囲気で、店内にいたお客さんからも金持ちの香りしかしない。
綺麗な夜景を眺められる席に案内されて、「今日は友人を連れてきたんだ」とオーナーにユーノくんを紹介しながら「とびっきり美味しいものを食べさせてほしい」と頼んだ。
出される料理の数々は芸術品と見紛うほどに手が凝っている。
何を食べたところで結局はお尻から出てくるなんて無粋なことを言うつもりはないけど、たかだか料理を芸術の域まで高めようとする料理人の努力は評価してるつもり。
最初はガッチガチに緊張していたユーノくんも、段々とこの雰囲気に慣れてきて、魚料理を食べ始めた頃にはすっかり馴染んでいた。
これなら先生なんて呼ばれることになっても大丈夫そうだね。
ユーノくんの緊張もほぐれたところで、ずっと聞きたくてウズウズしていたことを聞いてみる。
「ユーノくん。職場の人間環境はどうかな? しばらく見ない内にまた人が増えていたけど」
「あ、うん。実は最近また縁があって、新しく人が増えたんだ」
「へえ。無限書庫に入れるぐらいだから、さぞかし優秀なんだろうね」
「みんな優秀で助かってるよ。僕なんていらないぐらいだ」
聞きたかった言葉が聞けて満足する。
無限書庫がきちんと稼働してくれれば、たくさんの命が救われる。その可能性が生まれる。そんな未来を目指して頑張ってきた。今のところ、望み通りの未来を掴めている。もちろん、僕自身の実益も兼ねてるけどね。
「新しく入った子も女の子だったね。やっぱりユーノくんの趣味なのかな?」
「違う。前も言ったじゃないか。偶然だよ」
「誤魔化さなくてもいい。男の子はそういうものさ。内緒にするから教えてくれないかい。胸の大きい子と小さい子、どっちが好きなの?」
「違うって言ってるよね? 胸なんてどっちでもいいよ。それより、こう言う場所でそういう話をするのはやめてくれない? 人に聞かれたらどうするのさ。恥ずかしいよ」
どうやら、ユーノくんはまだまだ子供みたいだね。
この話題を続けてもいいけど、あまり人の嫌がることをするのは趣味じゃないから、その要望は聞き入れてあげる。
「それもそうだね。こういう話は旅館で寝転びながらするって相場が決まってるんだ。温泉の楽しみにとっておこう」
ワイングラスを傾けてブドウジュースを楽しむ。
ユーノくんの顔をじっと見つめて、ふと用事を思い出した。なのはちゃんに連絡しないといけない。
「ちょっと席を外すね。電話をかけてくるよ」
「わかった」
ナプキンを椅子の上に置いてトイレに向かう。
鏡の前で自分の顔を数巡見つめた。スマートフォンを取り出して電話をかける。
数コールでなのはちゃんが出てくれる。
「俊くん? どうかしたの?」
「言い忘れてたことがあってね」
実際は、あえてその場では言わなかったこと、だけど。
「お願いがあるんだけど、僕の代わりにフェイトちゃんを温泉に誘ってくれないかい?」
「自分で言えば?」
冷たい声音。まだまだ怒ってる。半年後が楽しみだね。
「意地悪だな。僕が誘ったら面倒になるって分かってるよね」
「俊くんが困るだけなら、私は全然大丈夫だから。むしろ見たいかも」
この言い方。さては僕のことを栄養食にするつもりだね?
残念だけど、僕が本当の意味で困ることは早々ないから、僕から栄養を補給するのは諦めたほうがいい。栄養不足で死んでしまうからね。フェイトちゃんの困り顔が見たいって言うなら協力するよ。
「僕が連絡すると、まずはフェイトちゃんと直接会って話をしなきゃいけなくなるんだ。そうなるとどうなるか。考えたくもないよ」
「どうなるの? 教えて?」
電話越しに聞こえる声が明らかに弾んでいる。
まさか本当に僕を栄養食にしようと言うのか。そんな未来は許さない。
鏡に写る自分を見つめる。未来を辿り、数多ある可能性から、なのはちゃんが喜ばない未来を見つけた。
「監視するって名目でフェイトと同棲することになるかもしれない」
「……え?」
「バインドで拘束して一日中一緒ってこともあるかもね」
ざっと未来を見てみた感じ、ありえないわけじゃないのがフェイトちゃんの怖さを物語っているね。
「えぇ……?」
「もしそうなったら、一人じゃ寂しいからなのはちゃんも一緒に住もうね。僕たちは一蓮托生でしょ?」
「温泉のこと聞けばいいんだよね? 今すぐフェイトちゃんに連絡するね。すぐ折り返すから」
慌て気味のなのはちゃんと通話が切れる。
数分待って、言っていた通りなのはちゃんから折り返しの連絡が来た。一方的な約束をきっちり守ってくれるなんて、やっぱりなのはちゃんは良い子だなあ。
「もしもし」
「俊くん? フェイトちゃんに連絡ついたよ。行くって」
「それはよかった」
「それとね。伝言があるんだけど」
「聞こうかな」
聞かずとも知ってはいるけど、いくつかバリエーションはあるからね。
「『まだ怒ってるから』だって」
「なるほど」
まだってことは大分怒りは冷めてるね。温泉の奢りが効いてると見た。これはいいぞ。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
「ううん。私もフェイトちゃんがいてくれた方が嬉しいし。他には誰が来るの?」
「ユーノくん、はやてちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん。ヴィータちゃんたちはまだ分からないね」
「そうなんだ。……そう言えば、俊くんがくれた戦闘機のゲームだけど――――」
少しの間、なのはちゃんとの会話を楽しんで席に戻った。
ちよっと時間をかけ過ぎたこともあって、肉料理を食べていたユーノくんが聞いてくる。
「遅かったね。何かあったの?」
「フェイトちゃんを温泉に誘うのに手こずってね」
「ああ……。それならむしろ、どうやって誘ったのか聞きたいぐらいだよ」
「なのはちゃんに手伝ってもらったんだ。おかげで助かった。少し雑談もしてきたよ。もうあまり怒ってもいないのかな」
「どうだろうね。なのはは意外と根に持つよ」
そうかな?
僕はそういう風には思わないけど。数多の未来を見てきた僕が言うんだから間違ってもいないだろうし。
「さ、料理を楽しもう。これはなんのお肉かな?」
ナイフとフォークを手に取りながら今後の予定を考える。
フェイトちゃんの怒りが冷めてるなら、もうちょっとやってもいいのかな。
◇ ◇ ◇
温泉旅行当日。
わけあって、またユーノくんを無限書庫から持ち帰ることになりはしたけども、それ以外は予定通り進んでいる。
車を調達した後、バインドでぐるぐる巻きにしたユーノくんを助手席に置き、みんなとの待ち合わせ場所に急いだ。
本当は一人ずつピックアップしていくつもりだったけど、フェイトちゃんとはやてちゃんがなのはちゃんの家に集まることになって、それならばとアリサちゃんとすずかちゃんもなのはちゃんの家に集合することになった。みんな良い子だから気を利かせてくれたんだね。幸せになってほしいなあ。
集合時間ギリギリでなのはちゃんの家に着いた時には、みんなが玄関前に集合していた。それぞれキャリーケースやリュックなどを持っていて、僕の到着を今か今かと待っていたのが伺える。
家の前で車を停止させて下りる。
時計を見ると、丁度待ち合わせの時間になったところだった。本当にギリギリだったね。
「ごめんねみんな。待たせちゃったかな」
返事はなかった。全員が全員、呆気にとられたように僕を見つめていた。
僕は小首を傾げて振り向く。車は10人乗りのワゴン車だ。ここにいるのは7人だけど、荷物のことを考えて大きめの車を調達した。女の子は男の子より荷物が多いからね。
みんなが呆気にとられて動かないから、その間に助手席のユーノくんを後部座席に放り込んだ。これでみんな仲良くお話できるね。
「さ、みんな。乗って!」
催促しても誰も動かない。何か信じられないものを目にして思考が止まっているようだった。
どうしたんだろうと再び小首を傾げたところで、ようやくアリサちゃんが言葉を発した。
「あんた、今運転席からおりてこなかった……?」
「え?」
聞き返す。
運転席からおりてこなかったか、だって?
車をのぞき込む。中には誰もいない。いるのはユーノくんだけだ。それ以外は誰もいない。
みんなと向き合い、親指を立てて告げる。
「今日は僕がみんなを温泉まで連れて行くよ! 安全運転で行くから安心してね!」
アリサちゃんとすずかちゃんが顔を見合わせていた。
なのはちゃんが信じられないものを見る目で僕を見つめ、はやてちゃんは天を仰ぐ。
状況を理解して、プルプルと震え始めたフェイトちゃん。僕の胸ぐらを掴もうと近づいてきたところをバインドで拘束した。
「〜〜〜っ!?」
暴れるフェイトちゃんを後部座席に放り込み、改めてみんなに告げる。
「さ、みんな車に乗って! 出発するよ!」
沈黙ばかりの数秒間。
最初に諦めたのはアリサちゃんだった。深いため息を吐いて堂々とした足取りで車に乗り込む。
その後をすずかちゃんが続き、化物を見るような目のなのはちゃんが乗り込んだ。
最後に、はやてちゃんが助手席の扉に手をかけたので「後部座席に乗りなよ」とみんなと一緒の席を勧めた。
「何かあった時、助手席にいればすぐに気づけるやろ」
「何かってなんだい?」
「何かは何かや」
心配症だなあ。事故を起こす未来は避けるから、ほとんど可能性はないけどね。
本人がそうしたいなら無理に拒否する理由もなく、僕らは並んで車に乗り込んだ。
「一つ聞いてもええか?」
「なんだい?」
シートベルトを締めながら、はやてちゃんが尋ねてくる。
「免許あるん?」
「何を言ってるんだい? 常識で考えなよ。小学生が運転免許をとれるわけないじゃないか」
「ほんまに一発殴ってええか?」
……しまった。この状況だと躱すに躱せない。事故のことばかり見てたから、細かい部分を見忘れていた。
どう答えようかと一瞬固まった僕の背後から、座席越しにアリサちゃんの可愛い声が聞こえる。
「わかってるでしょうね? 事故ったら殺すわよ」
「任せてよ。アリサちゃんの至高の身体に傷一つでもつけるわけにはいけないからね。細心の注意を払うよ」
アリサちゃんに肩を叩かれる。便乗したはやてちゃんにも同じところを殴られた。
「俊くん。ダメそうなら言ってね。私が変わるから」
「すずかちゃん運転できるの?」
「したことはないけど……でも私なら出来ると思う」
やったことはないのに凄い自信だ。流石は夜の一族だね。でも心配には及ばないよ。僕は天才だからね。
「さ、みんなシートベルトはつけたかな? してないと僕が捕まっちゃうからちゃんと締めてね」
「気にするところはそこちゃうやろ」
「フェイトちゃんとユーノくんがシートベルトしめれないの!」
全身をバインドでぐるぐる巻きにされ、ずっと僕を睨んでいる二人。
なのはちゃんが懸命にシートベルトを締めようとしていたけど無理だったみたい。
「うん。ほとぼりが冷めた頃にバインドを外すから、とりあえずそのままで」
「それっていつ?」
「どうだろうね。二人が僕のことを許してくれるって言うなら、今すぐにでも外すけど」
二人に問いかけてみる。
「許してくれるかい?」と。
口まで縛られている二人は、ただ首を縦に振ってくれれば良かったのだけど、それすらせずにじっと僕のことを睨んでいた。凄く怒ってるね。あとにしようか。
「それじゃあ、行こうか」
ルームミラーに写る二人を視界に入れないようにしながら車を動かす。
ええっと……シフトレバーをDに入れれば前に動くんだっけ?
……冗談だよ。