車は北に向かう。
目的地は美肌の湯で有名な温泉旅館。一般には美人の湯なんて言われることもあるらしい。特に有名なところは女性がひっきりなしに訪れて予約を取るのも困難だ。それだけみんな美容に興味があるということ。
今回は可愛い女の子たちがたくさんいるから、温泉だって喜ぶだろうね。ユーノくんも男の子ではあるけれど、そっちのカテゴリーに入れてもいいと思うよ。何ならみんなと一緒に浸かってほしいぐらいだ。僕は気にしないからさ。
高速道路を経由して、大きな通りを外れて山道を進む。
前もって調べた感じだと積雪があるみたい。慎重に行かなくちゃ。
温泉には行くだけで何時間もかかってしまう。途中でお昼ごはんを挟まなくちゃいけないんだけど、フェイトちゃんとユーノくんを残して行くことはできないから、事前にお弁当を用意してきた。
それぞれ食べたいものを用意しておいたから、不満はないはずだよ。
みんながお弁当を食べる中、相変わらず縛られている二人は、悲しそうな表情でみんなのことを見ていた。
口までバインドで縛ってあるから、食べさせてもらうことも出来ないんだよね。いい加減可哀想になってきたかな。
「ユーノくん。そろそろ僕のことを許してくれるかな?」
「……」
「フェイトちゃんはどう? お腹空いたでしょ?」
「……」
ユーノくんは緊急の仕事が入ったところを僕に連れてこられてご立腹。フェイトちゃんは……なんで怒ってるんだろうね。よくわからないな。
「そろそろ素直になりなよ。お腹空いてるんでしょ? さっきからお腹が鳴りっぱなしじゃない。我慢は身体に毒だよ? 細かいことは忘れて楽になっちゃいなよ」
「まるで悪役の台詞ね」
「誰か正義の味方に成敗してほしいわ」
「私がやるよ!」
突然レイジングハートを手にしたなのはちゃんをすずかちゃんが押し留める。
お弁当の入った袋をひもじそうに見ているフェイトちゃんに、そろそろ僕の良心が痛み始めたので口の部分だけバインドを解除してあげた。菩薩の心だよ?
「フェイトちゃん。ご飯の時間だよ。ゆっくりお食べ」
「あ……。でも、腕が……」
「なのはちゃん。食べさせてあげて」
「任せて!」
いつかの意趣返しなのか、嬉々として箸を手に取ったなのはちゃん。手ずから食べさせられて、羞恥心で頬を染めているフェイトちゃん。絶景を超えた絶景を目の当たりして、僕のお腹は満たされていく。
「……あれ? 俊くん? お弁当が足りないけど、俊くんのお弁当は?」
「何言ってるの? 今食べてるじゃないか……」
「前向けぇ! ドアホウ!」
折角栄養補給をしていたのに、はやてちゃんに怒られて中断してしまった。
仕方ないからルームミラーでフェイトちゃんを見つめる。
「ああ……可愛いなぁ……」
「ダメや! こいつフェイトちゃんのことしか見てへん! こんな山道で事故起こしてみいや! 車ごと落っこちて死ぬで!」
「あ、あんた! 落ちたら殺すわよ! 殺してやるからね! 殺されたくなかったら前向きなさい!」
「運転変わろっか! ね! 良い子だから変わって!?」
山道と言うのはカーブの連続で運転しづらい。勾配もかなり急だ。おかずにフェイトちゃんが苦手なピーマンも入ってるから、ちゃんと残さず食べてね。あまり往来がないせいなのか、道路がデコボコしてる。こういうところはちゃんと直してほしいな。そっちのお肉はどうかな? フェイトちゃんが好きな味付けだと思うんだけど。標高が上がるほどに積雪も多くなっていて、滑ったら一巻の終わり。慎重に運転しなくちゃね。あ、なのはちゃん? フェイトちゃんの次はユーノくんだから、そっちも同じように食べさせてあげてね。
「前見ろやぁっ!!」
「うお。びっくりした。なに? 急に」
「前見ろ言うとんのや! 落ちるやろがい! 責任取れるんか!? あぁ!?」
「言葉遣いが荒れてるね。わかった。前見るよ。フェイトちゃん、お粗末さま。お腹いっぱいになった? 美味しかったかな? 実は持ってきたお弁当は全部僕の手作りで――――」
「前や前! そっちは後ろ! 進行方向を見ろぉ!」
「――――気に入ってくれたなら嬉しいな」
「前ぇぇっ!!」
そんな調子でドライブは快適に進み、もうそろそろ旅館に着くってところでバインドを解除した。
「さあ、そろそろ着くよ。はやてちゃんがはしゃぎ過ぎて疲労困憊だから、誰か肩を貸してあげてね」
「誰のせいよ、誰の」
「すごいスリルだったね。すごかったな……」
楽しんでくれたなら何よりだよ。
ハンドルの角度を少し間違うだけで崖下に落ちちゃうから、実はそれなりに緊張してたんだよね。やった甲斐あったな。
「ユーノくん。外を見てご覧。絶景でしょ? 一歩踏み外したら奈落まで落ちそうだ。こんなところに温泉があるんだよ。始まりは何百年も前らしくてね。その頃はこんな道すらなかったはずだから、昔の人がどれだけ温泉に魅了されていたのかが分かるね」
「凄い」
「フェイトちゃん。下手な真似はよしたほうがいい。見てご覧。僕の手にはハンドルがあるんだ。これを少し回し過ぎただけで奈落に落ちてしまう。もちろん、僕にそんなつもりはないけれど、フェイトちゃんが妙な真似をしたらうっかりなんてこともあり得る」
「ずるい」
フェイトちゃんが僕の左腕にバインドをかけようとしていたから、機先を制しておく。
すずかちゃんとアリサちゃんからも止められて、フェイトちゃんはしぶしぶ引き下がった。
ポリポリとスナック菓子を食べているなのはちゃんの横で、フェイトちゃんはジトッとした視線を向けてくる。
「俊は私と仲直りしたかったんじゃないの?」
「もちろんそうだよ。フェイトちゃんと仲直りするために温泉旅行を企画したんだから」
「それならどうして私を挑発するようなことばかりするの?」
「フェイトちゃんが可愛いからだね」
そろそろフェイトちゃんを第二の完全栄養食に認定していいかもしれない。
なのはちゃんだけでなくフェイトちゃんと言うバリエーションまで増えるなんて。僕の食卓は豪華絢爛だよ。ヨダレが止まらないね。
「ごめんね。フェイトちゃんが可愛すぎて、つい意地悪したくなっちゃうんだ。好きな女の子に意地悪する思春期男子の心理だね」
「ぁ……ぅ……」
勾配のきつい山道から平坦な場所へ着く。古い建物が遠くに見え、近づいてみれば今日泊まる予定の旅館だった。
出入り口の前に車を止めてみんなを急かす。
「みんな、先に行っててくれるかな? 僕は駐車場に車を停めてくるよ。僕の名前で予約してるから、受付で言えば通じるはずだよ」
旅館の人が来る前に急いで駐車場に行かなきゃいけない。
子供ですよね?とか言われると言い訳のしようがないからね。
全員を下ろしてから駐車場に向かう。
生まれて初めてのバック駐車だ。緊張するなあ。
◇ ◇ ◇
旅館に着いて、夕飯にはまだ時間があるから温泉に入ることにした。
僕としては、是非ともユーノくんにはフェレット姿で女湯に行って欲しかったのだけども、さすがのなのはちゃんにも羞恥心というものが生まれていて、昔のようにはいかなかった。
仕方ないから二人で男湯に浸かる。
ここのお湯はアルカリ性で肌に良いらしい。肌のきめ細かさでは女の子も羨む僕と、女装させれば女の子にしか見えないユーノくん。きっとこの温泉は僕たちのために湧いてきたに違いない。
二人で足を伸ばしてまったりと浸かる。
「ふえー」というなのはちゃんの声が女湯の方から聞こえてきて、ユーノくんが壁の向こうを意識し始めた。
ニコニコとその様子を見ていた僕に気づき、バツが悪そうな顔で話題を振ってくる。
「なんだかんだ色々あったけど、連れてきてもらってよかったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
手のひらてお湯を掬う。透明なお湯からは湯気が立ち、水面に僕の顔を映した。
あっという間に指の隙間から逃げてしまったそれを惜しんで、再び手のひらで掬う。
「ユーノくんは働きすぎだよ。たまには息抜きしなくちゃね」
「うん。分かってはいるんだけどね……」
無限書庫に人材が集まり始めているとは言っても、ユーノくんに比べればまだまだ能力不足。今の内に育てないといけないんだけど、ユーノくんだってまだ子供だし、優しすぎる性格をしている。みんなが一緒に成長するのを待っている時間が僕にはないから、たまにユーノくんを連れ去って、司書ちゃんたちに地獄を味あわせているわけ。愛の鞭だね。別に全部が全部趣味っていうわけじゃないんだ。
「そうは言っても、みんなで集まれるのはこれが最後かもしれない」
「え? どうして?」
「中学からは、男女別れて疎遠になるんだよ」
理由を聞いても、ユーノくんは不思議そうにしている。
学校どころか住んでいる星すら違うユーノくんにとって、その程度で疎遠になるのは理解できないのだろう。そうだね。今のは失言だったかな。
「みんなどんどん忙しくなって、会える機会も減るだろうからね。ユーノくんだって、これからもっと忙しくなるでしょ?」
「ああ、うん。そうかもしれない」
なんて言うんだろうね。この寂寥感。大人になりたいわけじゃないのに、時間は勝手に進んでいく。普段忙しくしている分、こういう時に立ち止まって周りを見てみると、みんな同じように前へ前へと進んでいる。
昔みたいに、みんなで集まって楽しくやれれば、僕はそれで満足なのに。大人になりたいわけじゃないんだ。大人にはなれないからさ。
水面に写る自分の顔を見つめていると、壁の向こうから声をかけられた。なのはちゃんの声だった。
「俊くん、ユーノくん、いるー?」
なのはちゃんの声に混じり、フェイトちゃんの慌てた声が聞こえた。「他の人に迷惑だよ」なんて言っている。
「いるよー」と答えてみれば、「いたー!」と楽しそうな声。
「他にお客さんはいないかい?」
「いないよー。そっちは誰かいる?」
「こっちもいないよ」
他人の迷惑にならないのであれば、まあいいのかな。これも旅の良き思い出ということで。
「なのはちゃん。この温泉はね。肌がツルツルになるんだよ」
「うん。もうツルツルになってるかも!」
凄い効能だ。それだけなのはちゃんの肌にダメージがあったということなのか。
「凄いね。でも僕ほどじゃないかな。お肌が喜んでるのを感じるよ。元々きめ細かかったけど、おかげでより綺麗になっちゃった。なのはちゃんなんて目じゃないぐらいにね」
「うん。それはないかも」
見え透いた挑発だったけど、なのはちゃんは即座に乗ってきた。
心の奥底に眠る女性の本能が刺激されたんだね。いつか目覚めるといいね。
「なのはちゃん。僕はね。お風呂上がりは化粧水、美容液、乳液を毎回つけてるんだ。たまにフェイスパックもしているんだよ。なのはちゃんはそんなことしないでしょ? 勝ち目なんてないのさ」
「そ、そんなことないよ……。私だってそれなりに……」
それなり? それなりってなんだろう。
スキンケアは一日サボれば三日後退する。勉強と一緒だ。
「負けを認めるんだ、なのはちゃん。そうすればスキンケアのやり方を教えてあげよう。お風呂から上がったら、フェイトちゃんと一緒に僕のところに来なさい。二人ともほっぺたモチモチにしてあげる」
「わ、私はちゃんとやってるよ! 義母さんに教えてもらってるから!」
あのねフェイトちゃん。申し訳ないけど、君のお義母さんより僕の方がフェイトちゃんに合うスキンケアを教えられるよ。だって僕は未来が見えるからね。
「……フェイトちゃん。一緒に行ってみようか」
「どうしてなのはは前向きなの!?」
「だって俊くんのことだから、物凄く高い化粧品使ってるに決まってるもん! ついでに奪ってこようよ!」
「犯罪だよ!?」
うんうん。歓迎だよ、なのはちゃん。
一つ言っておくとするなら、化粧品には合う合わないがあるから、今度一緒に見に行こうか。
「アリサちゃーん、すずかちゃーん。湯加減はどう?」
「悪くないわよ」
「お肌はすべすべ?」
「そんなすぐスベスベにならないわよ。……どれ」
「ちょ!? アリサちゃん!?」
すずかちゃんの悲鳴が聞こえる。
どこかは知らないけど、きっと触られているに違いない。中年親父みたいな気配を感じたってことは胸を触ったのかな?
「アリサちゃん、一番おっぱい大きいのは誰?」
「すずかよ」
「ありがとう!」
ユーノくんを振り返ると、彼は少し離れたところで口まで湯に浸かってぶくぶくと泡を吐き出していた。そっとしておいてあげようかな。
「はやてちゃーん。疲れは取れてるかーい」
「いい感じやー」
「徹夜のしすぎでバリバリガサガサのお肌は人並みに戻ったかな?」
「おう。元々スベスベヌルヌルモッチモッチのお肌が、もっともっと綺麗になったわ。あんがとさん」
満足してくれているならよかった。連れて来た甲斐あったよ。
「それじゃあ、ユーノくん。僕は先に上がるから」
「え……それなら僕も上がろうかな」
「みんな、僕は先に上がるねー。そう言えば、ユーノくんのお肌がスベスベで凄いんだ。なのはちゃんの10倍。はやてちゃんの100倍綺麗になってるよー。本人に聞いてみてー」
「本当!?」
「なんやて!?」
質問攻めに遭い始めたユーノくんを置いて温泉から上がる。
浴衣を着て、髪を乾かす。スキンケアをしている最中にユーノくんが脱衣場に逃げ込んできた。
ユーノくんの肌を触らせろという話になり逃げてきたらしい。
大変だねと一言告げて部屋に戻る。
なのはちゃんとフェイトちゃんのために色々準備しないといけないからね。フェイスパックもやってみようか。