Dr. SPIDER-MAN ドクタースパイダーマン   作:サクラザキアツヤ

2 / 6
異常な街

 

 白月優兎は寮の自室のベッドに腰かけていた。

 

 窓の外はすでに夕焼けに染まり、街の喧騒が遠くに聞こえる。頭の中には、さっき見た巨大なウサギ型の怪物の姿がこびりついていた。

 

 優兎(心の声)

 (……あれは一体なんだったんだ? ただの暴走動物じゃない。明らかに“作られた何か”だった……)

 

 胸元のセンサーユニットに触れてみる。まだ微かに熱を持っていた。あれだけの相手を拘束するのに、糸をほとんど使い切ってしまった。補充しないと、次はない。

 

 考え込んでいるうちに、スマホの通知が鳴る。――夕食の時間だ。

 

 優兎は気持ちを切り替え、食堂へ向かった。

 

――――――――――――――――――――――

 

 学生寮の食堂は広く、明るかった。夕食はバイキング形式で、学生たちがトレイを持って好きな料理を取っていく。

 

 優兎はパスタとサラダ、オレンジジュースをトレイに乗せて席に戻り、静かに食べ始めた。

 

 その時――近くで言い争う声が聞こえた。

 

 見ると、気弱そうな黒人の男子学生が、見るからに強そうな大男に詰め寄られている。

 

 大男「Hey, move it! You’re in my seat.(おい、どけよ! そこは俺の席だ)」

 

 気弱な学生「I-I’m sorry… I didn’t know…(ご、ごめん…知らなくて…)」

 

 大男はトレイを軽く叩き、飲み物がこぼれた。

 

 大男「Stop whining and get lost.(ぐだぐだ言ってないで消えろ)」

 

 気弱な学生が俯いた、その瞬間――

 

 大男が拳を振り上げた。

 

 だが、その腕は途中で止められた。

 

 優兎が一瞬で間に入り、大男の腕を掴み、関節を極めるようにひねった。特別な力なんていらない。相手の勢いと関節の角度を利用するだけでいい。

 

 優兎「Hey. That’s enough.(もうやめろ)」

 

 大男は顔を歪める。

 

 大男「Let go of me, kid!(離せ、このガキ!)」

 

 優兎「Apologize. Now.(謝れ。今すぐだ)」

 

 周囲がざわつく。緊張が走る。

 

 大男は怒りに顔を真っ赤にし、優兎の手を振りほどいて叫んだ。

 

 大男「You’re dead!(ぶっ殺してやる!)」

 

 そのまま優兎に殴りかかる――が、優兎は半歩だけ動いて軽くかわした。相手の体重移動を読み切った、それだけの回避だった。

 

 大男は勢いのまま前に突っ込み――**ドンッ!**と壁に激突。

 

 コンクリートの壁に、大きな穴が開いた。

 

 食堂中が静まり返る。

 

 すぐに教師が駆けつけた。

 

 教師「What’s going on here!?(何が起きている!)」

 

 状況を見て、教師は大男を強引に連れていった。食堂にはざわめきだけが残る。

 

 気弱な学生は、恐る恐る優兎を見上げた。

 

 気弱な学生「Th-thank you…(あ、ありがとう…)」

 

 優兎は軽く頷いただけだった。

 

――――――――――――――――――――――

 

 その夜、午後10時頃。

 

 優兎はベッドで浅い眠りについていた。

 

 枕元に置いたセンサーユニットの電源は落としていなかった。だが、静かなままだった。異常を告げたのは、それよりも先に外の世界だった。

 

 ――遠くから、サイレンの音が響く。

 

 ウーーーーー、ウーーーーー。

 

 優兎ははっと目を覚ました。同時に、遅れてセンサーが小さく――ピピピピッ――と鳴る。イヤピースからノイズ混じりの緊急無線が流れ込んできた。

 

 カーテンを開けると、外は騒然としていた。人々が走り、警察車両が一方向へと向かっていく。

 

 優兎(心の声)

 (……何かあるな)

 

 迷うことなく、優兎はスパイダースーツを着る。グローブとブーツのノズルを確認し、粘着液の残量を目で確かめた。まだいける。窓を開け、夜の街へと飛び出した。

 

――――――――――――――――――――――

 

 現場は混乱の渦だった。

 

 道路の真ん中に立っていたのは――巨大なカマキリ型の怪物。

 

 鋭く巨大な鎌のような前脚。光る複眼。硬質の外殻。まるで悪夢が現実に飛び出してきたような姿。

 

 その前脚が振り下ろされ、パトカーが次々とひしゃげていく。

 

 優兎は近くのビルの壁に指先を押し当てた。噴射音とともに手のひらが固定され、そのままつま先の噴射で少しずつ高さを稼ぐ。人並みの筋力だけでは、こんな真似はできない。あるのは道具と、それを使いこなす練習量だけだ。

 

 優兎(心の声)

 (なんなんだ、アメリカは……!)

 

 警察が撤退し始める。市民は避難していく。

 

 優兎は深く息を吸い――壁を蹴って飛び出した。

 

 空中でウェーブシューターを撃ち、カマキリの頭部に糸を絡める。勢いを利用して横に引き倒そうとするが、怪物は踏ん張る。糸が限界まで軋んだ。

 

 カマキリの鎌が振り払われ、優兎は間一髪、壁に着地してかわした。心臓が跳ねる。今のがまともに当たっていたら、ただでは済まなかった。

 

 優兎「こいつ、動きが速い…!」

 

 彼は建物の側面に沿って糸を撃ち、引っかけては引き寄せるを繰り返しながら一気に高さを取った。上空まで達したところで、体を反転させて一気に急降下する。両手でウェブを放射し、カマキリの関節部分を狙う。

 

 糸が絡みつき、怪物の動きが一瞬鈍る。

 

 その隙に優兎は地面の鉄骨をウェブで引き寄せ、巨大な即席の“錨”を作ると、カマキリの足元へ投げつけた。

 

 バランスを崩したカマキリがよろめく。

 

 優兎「今だ!」

 

 一気に接近し、腹部にウェブを集中発射。粘着質の糸が何重にも巻きつき、怪物は地面に倒れ込んだ。

 

 優兎はすぐに距離を取る。両腕がじんじんと痺れていた。糸の残量も、もうほとんどない。

 

 カマキリはもがくが、糸に絡め取られて動けない。

 

 遠くで再びサイレンが近づいてくる。

 

 優兎は周囲を見渡し、一般人がいないことを確認すると――残った粘着液を惜しむように、慎重に夜の空へと跳んだ。

 

――――――――――――――――――――――

 

 しかし。

 

 優兎が去った後の路地裏。

 

 暗闇の中で、何かの影が静かに揺らめいていた。

 

 人のようにも、獣のようにも見える影。

 

 その影は、拘束されたカマキリをじっと見つめ――ゆっくりと闇に溶けて消えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。