Dr. SPIDER-MAN ドクタースパイダーマン 作:サクラザキアツヤ
夜のニューヨーク。学生寮の前に、スパイダーマン姿の白月優兎が静かに着地した――その瞬間だった。
「Hey, you! Can I talk to you for a second!?(君!ちょっといいかね!?)」
黒いコートにフードを深く被った男が、突然優兎の腕を掴み、強引に裏路地へと引きずり込んだ。
優兎「What are you doing!?(何するのさ!?)」
男は答える代わりに、懐からボロボロのメモ帳を取り出し、矢継ぎ早に質問を浴びせ始める。
男「How long have you been doing this? Who made your suit? What kind of web is that?(いつからこんなことをしている? スーツは誰が作った? ウェブは何でできている?)」
質問は止まらない。まるで嵐のようだった。
ついに優兎は我慢できなくなる。
優兎「Hey hey hey! Wait a minute! Who are you!?(おいおいおい! ちょっと待ってくれよ! アンタは誰!?)」
その瞬間、男は――はっとした顔をした。
自分がフードを被ったまま、見知らぬヒーローを強引に捕まえていることに気づいたのだ。
だが次の瞬間、男は再び優兎の腕を掴み、近くに停めてあった車へと押し込んだ。
車の中。エンジン音だけが響く。優兎はそこで、素早く私服に着替えた。男は運転に集中し、会話はほとんどない。
やがて車が止まる。
車を降りると、男が優兎をじっと見て言った。
男「Are you Korean?(韓国人か?)」
優兎「I am Japanese.(日本人だ)」
男は小さく頷き、そのまま歩き出す。辿り着いたのは――ボロボロのトラックのコンテナだった。
外見は廃品同然。だが中に入ると、そこは別世界だった。簡易ベッド、机、工具、実験器具、配線、鉄くず、設計図……まるで秘密の研究室だ。
そこで男はフードを外した。
乱れた白髪、丸眼鏡、狂気と知性が同居した瞳――まるでアインシュタインのような男。
男「私はドクター・オクトパスだ」
ゆっくりとした、どこか悠長な日本語だった。
優兎「僕は白月優兎……“ユウト・シロツキ”です」
ドクター・オクトパス「敬語なんかよせ。今度からはドクでいい」
優兎「ねぇドク、アンタはここで何してるの?」
その瞬間――
ドク「私はトイレに行ってくる! また後で!」
そう言って、外の仮設トイレへと全力で走っていった。
――――――――――――――――――――――
ドクがいなくなったコンテナの中。優兎は好奇心に勝てず、部屋の中を見回す。
優兎(心の声)
(こりゃ……すごいな……)
机の上には見たこともない装置。壁には複雑な回路図。床には大量の部品。
そして――彼はあるものに目を止めた。
筒状の透明な容器。その中に、黒いネバネバとした液体がうごめいている。
優兎は思わず手を伸ばし――容器を開けてしまった。
次の瞬間。
黒い液体が、まるで意思を持つかのように跳ね上がり――優兎の口へと飛び込んだ。
ごくり、と飲み込んでしまう。
一瞬の静寂。
優兎「……なんだったんだ?」
その時――優兎の腕から、黒い液体がじわりと湧き出てきた。
それはみるみるうちに形を変え――裂けた大きな口。鋭く尖った歯。白く吊り上がった複眼。
そこに現れたのは――異形の生物だった。
謎の生物「お前、居心地最高じゃん! さてはお前、めちゃくちゃ良い奴だな!」
優兎は言葉を失う。
謎の生物「オレの名はヴェノムだ! 今日からオマエの相棒になってやる! ところで……オマエの名前は?」
優兎「白月優兎……です……」
ヴェノム「オマエ、アメリカンじゃねぇな? まぁいいさ。ところでオレ、しばらく寝てたんだが……あの博士のおっちゃんはどこだ?」
優兎「今トイレに――」
その瞬間、ドクが勢いよく戻ってきた。
ドク「ぎゃあああああああああ!!!」
ドクはポケットから十字架を取り出し、震えながら祈り始めた。
優兎「おいドク、どうしたの!?」
ドクは恐る恐る優兎の顔に触れ――次の瞬間、満面の笑みになった。
ドク「やったぞ!! ヴェノムが――宇宙初の、人間に適合したシンビオートだ!!」
優兎はぽかんとする。
その時、ヴェノムが優兎の腕から再び姿を現した。
ヴェノム「おっちゃん、それはいいが……コイツに色々説明しなきゃいけねぇんじゃねぇのか?」
ドクは勢いよくホワイトボードを引き出した。
――――――――――――――――――――――
ドクはマーカーを走らせながら語る。
自分はかつて「プロジェクト・アルタイル」に所属していたこと。アルタイルは人類の他惑星移住とテラフォーミングを目的としていること。しかしその過程で、動物実験で多数の怪物を生み出したこと。シンビオートの人体実験で多くの命を奪ったこと。怪物の管理が崩壊し、街に逃げ出していること。ドクはそのやり方に耐えられず、ヴェノムを連れて組織を抜けたこと。そのため、アルタイルから裏切り者として追われていること。
そして最後に、ドクは真剣な目で言った。
ドク「私は――アルタイルを、物理的にも社会的にも終わらせるつもりだ。真実を世界にばら撒き、社長を引きずり下ろす」
一拍置いて、優兎を見る。
ドク「そこで君だ、ユウト。ヴェノムと共に戦い続け、市民の味方であると示しながら――アルタイルを追い詰める必要がある」
優兎は言葉を失う。街のウサギやカマキリの怪物も、あの組織が生み出したものだったのか――点と点が、少しずつ繋がっていく。
その時――
ヴェノム「とりあえずメシ食おうぜ」
ドク「そうだな。夜食にしよう」
ドクは戸棚から白身魚の缶詰を取り出した。
優兎が一切れ食べると――もう一切れはヴェノムが一瞬で飲み込んだ。
その瞬間、ヴェノムの能力――捕食(プレデーション)が発動する。
ヴェノム「今オマエは、オレがいれば水の中でも息できるようになったぜ」
ドクはハッと手を打った。
ドク「そうだ! シンビオートの説明を忘れていた!」
――――――――――――――――――――――
ドクはホワイトボードに大きく“SYMBIOTE”と書く。
シンビオートは液体状の地球外生命体であること。宿主と共生することで力を発揮すること。宿主の身体能力を強化し、特殊能力を与えること。強い再生能力を持ち、傷や欠損を回復できること。ただし、通常は宿主以外の人間や動物に入ると猛毒になること。ヴェノムは例外で、他のシンビオートの細胞も安全に取り込めること。
――――――――――――――――――――――
説明が終わると、ドクは優兎に言った。
ドク「ちょっとスーツを見せてくれ」
優兎はスパイダースーツを手渡す。手作りのグローブとブーツ、指先とつま先の粘着ノズル、胸元の小さなセンサーユニット――これまで一人でこつこつ作り上げてきたものだ。
ドクはその辺にあった鉄くずや配線を使い、目にも止まらぬ速さで改良を始めた。
わずか数分後――
ドク「よし。まず、このセンサーだ。よくできてる。だが今は無線を拾っているだけの“ただのアラーム”だろう? ヴェノムの生体信号に同調させておいた。これで音が鳴った時、君自身の反射神経も一段引き上げられる。もう本物の“スパイダーセンス”と呼んでいい」
優兎「……センサーが、体と繋がるってこと?」
ドク「ああ。それと、ウェーブシューターの出力も上げておいた。あと――」
ドクは一度言葉を切り、少しだけ得意げに笑った。
ドク「もう、指先やつま先の粘着剤に頼らなくていい。ヴェノムがいる間は、体そのものが壁に吸着する。噴射液の残量を気にする必要は、もうないんだ」
優兎は自分の手のひらを見つめた。今まで散々世話になったノズルのことを思うと、少しだけ寂しいような、不思議な気持ちになる。
優兎がスーツを着ようとした――その瞬間。
ヴェノムが優兎の身体から飛び出し、一瞬でスーツを飲み込んだ。
ヴェノム「安心しろお二人さん。完コピできた。掛け声一つでいつでも取り出すぜ」
ふと優兎は時計を見る。
――深夜2時。
優兎「まずい! 寮の見回りがもうすぐ始まる!」
彼は走り出すが、距離が遠い。
優兎「ヴェノム、頼む……スーツを!」
ヴェノム「了解だ、キョウダイ!」
黒い液体が優兎の全身を包み――一瞬でスパイダースーツが生成された。
優兎はウェーブシューターで夜の街を飛び、寮へ戻り、静かにベッドに潜り込む。
直後――見回りの教師がドアを開けたが、何も気づかず去っていった。
優兎(小声)
「ありがとう、ヴェノム……」
だが、返事はない。ヴェノムはすでに眠っていた。
――――――――――――――――――――――
そして――
彼の本当の戦いは、ここから始まっていくのだった。