Dr. SPIDER-MAN ドクタースパイダーマン 作:サクラザキアツヤ
――午前9時。ニューヨーク。
長期休みの最中で、まだほとんどの新入生がいない1年の学生寮を抜け、白月優兎はボロボロのトラックコンテナへと向かっていた。外国人留学生である彼は、誰よりも早く入寮している。
コンテナの前に立ち、軽くノックする。
優兎「ドク、いる?」
中からすぐに返事が聞こえた。
ドク「あぁ、ユウトか。ちょっとこれを見てくれ」
ドクは一枚のボロボロの資料を手渡す。紙は黄ばみ、ところどころ破れている。
そこには、英語でこう書かれていた。
“SECRET EXPERIMENT – SYMBIOTE”
(秘密実験――シンビオート)
ドク「この実験で、とある星から連れてこられたシンビオートは5体。ヴェノムを入れてな」
優兎は資料をじっと見つめる。紙の端は焦げたように黒ずみ、何かを慌てて持ち出した痕跡があった。
ドクは静かに語り始めた。
ドク「私は元々、NASAのエンジニアだった。そこで宇宙開発に携わっていたんだ。だが、テラフォーミングに強い興味を持ち、アルタイルに参加した」
彼の表情がわずかに曇る。
ドク「しかし、実態は違った。アルタイルは日常的に動物実験を繰り返し、命を道具のように扱っていた。私はそれに耐えられなかった」
優兎は黙って聞いていた。
しばらくして、ドクがふと思い出したように口を開く。
ドク「そういえば、ビッグフットや最近よく聞く“ノットディアー”は知っているか?」
優兎「知ってるよ。ネット掲示板で写真や目撃談をよく見る」
ドクは淡々と告げた。
ドク「あれも――アルタイルの動物実験で生まれた怪物だ」
一瞬、沈黙。
優兎「おいおい! 夢を壊さないでくれよ! 正体が分からないからロマンがあるんだろ、そういうのは……でも、それ、野放しでいいの?」
ドクは首を縦に振る。
ドク「あぁ、問題ない。彼らは森に住み、人間の生活圏とはほとんど被らない。知性はあるが臆病で、好奇心は強いが慎重だ。人間が刺激しない限り、何もしない」
その時――
優兎の頭に、鋭い痛みにも似た感覚が走った。同時に、胸のセンサーが小さく――ピピピピッ――と鳴る。以前とは違う。ただの警告音じゃない。身体の奥がざわつくような、本能的な引っ張られる感覚があった。
スパイダーセンスだ。
優兎「ドク、僕はもう行くよ。じゃあまた!」
優兎はコンテナを飛び出した。
走りながら小声で呼びかける。
優兎「ヴェノム、スーツ!」
――返事がない。
優兎は一瞬だけ足を止め、内側に意識を向ける。ヴェノムは……ぐっすり眠っていた。
優兎(頼むよ、こんな時に……!)
その時、目に入ったのは道路標識と鉄パイプ。優兎は迷わずそれを拾い、思い切り叩き合わせた。
キィィィィィン――――!!!
耳を刺すような高周波の金属音。
次の瞬間――
ヴェノム「うわぁぁぁ!! やめろ!! その音はダメだ! 周波数の高い音はオレの弱点なんだよ!」
優兎「いいから早く! スーツを!」
黒い液体が優兎の体を包み、一瞬でスパイダースーツが形成される。いつも通りの、赤と青のスーツだ。
スパイダーマンはビルの壁を蹴り、反応している場所へと一直線に向かった。
――――――――――――――――――――――
現場に到着した優兎が見たのは――巨大なアメリカバイソン。
だが普通ではない。後ろ足で二足歩行し、前足からはロングソードのような鋭い刃が伸びている。地面を踏み鳴らすたびにアスファルトがひび割れていた。
スパイダーマンは迷わず飛び出す。
ウェブを放ち、バイソンの足に絡めようとするが、刃が一閃し、糸はあっさり切り裂かれた。
怪物が突進。優兎は空中へ跳び、ビルの壁を蹴ってかわす。
だが、次の瞬間――バイソンの刃が横薙ぎに振るわれ、優兎の腕をかすめた。黒い液体が飛び散り、さらに胴体にも一撃が走る。
一瞬、体勢が崩れる。
しかし――すぐに黒い液体がうごめき、切られた部分がみるみる修復されていく。
優兎(……これが、シンビオートの再生能力……!)
だが状況は依然として厳しい。怪物は止まらない。
優兎(このままじゃ僕はともかく、大勢の人が死ぬ……!)
その時、ヴェノムの声が響いた。
ヴェノム「オレの力を“50%”引き出せよ、キョウダイ」
優兎は迷わなかった。
優兎「頼む! ヴェノム!」
その瞬間――
赤と青のスーツから黒い液体が噴き出す。複眼が変形し、黒かった糸のような模様が浮かび上がる。胸と背中の蜘蛛のマークだけが白く残り――それ以外はすべて漆黒のスーツへと変わった。
優兎「……こりゃ、すごい……!」
体が軽い。視界が鮮明。音がはっきり聞こえる。力が溢れている。
投げ飛ばされた車が飛んできたが、優兎は片手でそれを受け止め、軽々と持ち上げた。
周囲が静まり返る。
スパイダーマンは車を脇へ投げ、再びバイソンへ向かう。
圧倒的なスピードで接近し、ウェブを関節部分へ集中射撃。動きを封じ、ビルの鉄骨を引き寄せて足元に固定する。
バイソンがバランスを崩した瞬間――優兎は跳び上がり、全力の一撃を叩き込んだ。
巨体が地面に倒れ、動きが止まる。
遠くからサイレンが近づく。
スパイダーマンは静かにその場を離れ、寮へと戻った。
――――――――――――――――――――――
昼食の時間。優兎はトレイを持って食堂を歩いていた。
並ぶ料理の中に――日本ではあまり見ないものがあった。
ウサギのスープ。
その瞬間、頭の中でヴェノムの声が響く。
ヴェノム「……あれ、食いてぇ」
優兎はため息をつきつつも、仕方なくそれを取った。
直後――ヴェノムが一瞬で平らげる。
優兎「座って食えよ。行儀悪いなぁ」
ヴェノム「これでウサギの力が使えるんだし、いいじゃねぇか」
その言葉で、優兎はハッとした。
優兎「なぁ……それって、動物ならなんでもいけるのか?」
ヴェノムは笑う。
ヴェノム「あぁ。ただし人間の細胞を取り込んでも、何も起こらねぇけどな」
優兎は静かに考える。
(この力……使い方次第で、どんどん強くなる――)
そう確信しながら、彼は静かに数々の料理を見つめた。
――――――――――――――――――――――
そして、彼らの戦いはさらに加速していく。