Dr. SPIDER-MAN ドクタースパイダーマン 作:サクラザキアツヤ
午前9時。朝食を終えた白月優兎は、寮を飛び出していた。
人目のない路地に入ると、足元から黒い液体が滲み出る。ヴェノムの力を脚部に集中――50%(ハーフ・シンクロナイゼーション)を部分解放。アスファルトがひび割れるほどの加速で、優兎はドクのコンテナへと駆け抜けた。
到着すると、ボロボロのトラックコンテナの中でドクがガラクタに囲まれて作業をしていた。歯車、モーター、配線、金属板が絡み合い、奇妙な機械が組み上がりつつある。
優兎「やぁドク。なんで今さら電力マシンなんか作ってるのさ?」
ドクは油まみれの手を拭いながら答えた。
ドク「あぁ、今までこのコンテナの電力は“ありったけの電池”で賄っていたんだが……ついに底をついた。だから自家発電機を作っている」
優兎は目を丸くした。
優兎「ちょっと待って! あれ全部“電池”で動いてたの!? 冷蔵庫も!?」
ドク「当たり前だろ!」
まるで“地球上のすべての家がそうであるかのように”ドクは胸を張った。
工具を置いたドクが、ふと思い出したように言う。
ドク「それはそうとユウト――最近、街に出ている“謎の猫”を知っているか?」
優兎「謎の猫? なんだいそれ?」
ドク「SNSでは“エイリアンキャット”として拡散されている。現れてはすぐに跡形もなく消えるらしい」
優兎は肩をすくめた。
優兎「それがどうしたの?」
ドクの表情が一気に真剣になる。
ドク「――その挙動こそが、シンビオートの一体“レイス”の能力そのものだ。透明化(ファントム・クローク)だよ」
優兎は息を呑む。
ドク「最近、君が街の怪物を倒し続けたことで、“スパイダーマン”の存在がアルタイルにも一般人にも知られ始めている。もしかすると――猫に宿らせ、君の正体を探ろうとしているのかもしれない」
ドクはポケットから小さなリモコンを取り出した。
ドク「そこでこれだ」
優兎「それは?」
ドク「このボタン一つで、狙った通信機器の機能を停止させる装置だ。私の予想が正しければ猫の体内にはマイクロチップが埋め込まれている。そこでこいつのアンテナから出る光線を当てれば、体内のマイクロチップも無効化できる。まずはそれで猫をここへ連れてくる」
優兎「……なぜだい?」
ドクは歩き回りながら、早口で語る。
ドク「シンビオートの正体は未だ不明だ。しかし――被検体を山ほど抱え、非人道的実験を繰り返してきたアルタイルの方が圧倒的に有利だ。このままでは、いずれ君は飲み込まれる」
ドクは拳を握る。
ドク「だからこそ――可能な限り、シンビオートを“味方”に引き入れる必要がある!」
その時、優兎のスマホが震えた。
画面には一本の動画通知。タイトルは――《エイリアンキャット、今まさに出現》
優兎「ドク! これだよ!」
優兎は即座に叫んだ。
優兎「ヴェノム、スーツ!」
ヴェノム「あいよ」
赤と青のスパイダースーツが一瞬で形成される。
優兎「行ってくるよ、ドク」
リモコンを握りしめ、優兎は動画の場所へと向かった。
――――――――――――――――――――――
人気のない路地裏。そこに――一匹のハチワレ猫が眠っていた。
優兎は音を立てずに近づく。リモコンのボタンを押すと、見えない光線が放たれ、猫の体内に埋め込まれたマイクロチップの機能が停止した。
その瞬間――猫が目を開けた。
次の刹那、灰色のネバネバとした液体が全身から噴き出す。それは形を変え、猫の体を覆う。
レイス――シンビオートの一体であった。
スパイダーマンは構えた。だが――
フッ。
レイスは一瞬で消えた。透明化(ファントム・クローク)。
――ドンッ!
背後から強烈な前足の一撃。スパイダーマンは壁まで吹き飛ばされる。
さらに、またしても消える。背後へ回り込み、鋭い爪が閃く。
ヴェノムが苛立った声を上げた。
ヴェノム「シンビオートに対抗するには、シンビオートが一番だ。50%で行こうぜ」
優兎は迷わず頷いた。
黒い液体が全身を覆う。50%(ハーフ・シンクロナイゼーション)――“黒いスパイダーマン”に変身した。
優兎は目を閉じた。
優兎(研ぎ澄ませ……音、空気の揺れ、匂い――)
――ここだ。
優兎は脚に黒い筋を走らせ、カエルの力を解放。捕食(プレデター・アシミレーション)で得た力が炸裂する。
ドォンッ!
見えないはずのレイスを正確に捉え、強烈な蹴りが炸裂。空気が震えた。
優兎「食用ガエル――ウシガエルのジャンプ力は、人間の3、4歳児のジャンプに匹敵するらしいぜ」
優兎「ところでヴェノム……お前もシンビオートだろ? あいつと会話できないのか?」
ヴェノム「お前は猫と会話できるか? シンビオートでも、基本は“同じ種の宿主”同士じゃないと話せねぇんだ」
優兎は短く息を吐いた。
優兎「……なら、説得は無理か」
レイスは再び透明化し、背後へ回り込む。猫特有のしなやかな動きで翻弄するが――
黒い液体がスパイダーマンの腕から伸び、レイスの前足に食らいついた。
ヴェノム「お前の力、もらってくぜ」
――ガブリ。
レイスの前足が噛みちぎられる。だが即座に再生(シンビオート・リジェネレーション)で復活。
ヴェノムが笑った。
ヴェノム「よし……行くぜキョウダイ。これでアイツの力――透明化(ファントム・クローク)、俺たちも使える!」
二体は同時に消えた。互いに透明――見えない中での探り合い。
優兎「お互い見えないなら……五感勝負だ。猫より蜘蛛の方が優れてるんだよ!」
優兎は空気の流れを読み、微かな振動を捉えた。
そこだ。
馬の瞬発力、ウサギの跳躍、カエルの爆発力――捕食(プレデター・アシミレーション)で得た力をすべて重ねた蹴りが炸裂。
――ドゴォンッ!
レイスは地面に叩きつけられ、動かなくなった。
灰色の液体は猫の体へと戻り、残ったのは気絶した一匹のハチワレ猫だけ。
――――――――――――――――――――――
優兎は急いで猫を抱え、コンテナへ戻った。
優兎「ドク、やったよ。これがレイスだ」
ドクは慎重に猫を観察し、深く頷く。
ドク「やはりこの個体が宿主か……。マイクロチップの機能は停止しているな? ならアルタイルに場所は特定されない」
ドクは静かに告げた。
ドク「あとは私が引き取る。ユウト――君は寮に戻っていい」
優兎はリモコンを返し、静かに頷いた。振り返らずコンテナを出る足取りに、いつもより力が入らない気がした。今日だけで二度、50%を使った。腕の奥がまだ小さく痺れている。
――――――――――――――――――――――
その頃――プロジェクト・アルタイル本部。
暗い会議室に、黒い影が座っていた。
低い声が響く。
???「……またスパイダーマンか」
机に投影された映像には、港の戦い、そしてレイスとの交戦記録が映っている。
???「最近は実験の失敗作を始末し始めたと思えば……今度はシンビオートにまで手を出したか」
影は指を組み、静かに笑った。
???「これは――我が社への“宣戦布告”と受け取っていいだろう」
冷たい声が闇に溶ける。
???「スパイダーマン……正体不明の街のヒーロー、か」
――――――――――――――――――――――
夜風が寮の窓を揺らす。
優兎はベッドに横たわり、天井を見つめていた。腕はまだ、微かに痺れていた。
彼はまだ知らない。
この日を境に――彼とヴェノムの戦いが、本当の意味で始まったことを。