俺は、目の前でチャーハンを頬張っているウラナミをじい、と見つめる。米粒を下唇の端に残しながら「美味しいですね!」なんて言うのは、美少女にのみ許される特権なのだろう。実際、俺がやった時は『バッチィぞ糞餓鬼!』だった。
少女は今現在、快活である。そしてまた、開豁であると言う表現も、間違いではない。
彼女のイヤホン体験の後、俺たちは昼食を摂っていた。今日は中華の気分である。
しかし中華とは言うが、この時代にガチ中華なるものは遺されていない。あるのはデータベース上に遺された物を復元した、“元祖”中華のみだ。美味しいから文句は言えないし、この味に慣れてしまっているから分からんのだが、果たして中華料理はこんな味だっただろうか?
俺は顔を俯かせて、そう考える。俺の心はカツカツだった…
今はラーメンを食べているのだが、この麺は昔いつか見たカップラーメンのそれである。因む所、普通の麺は高級品になっていた。だけど美味しいから許せるな。
…今世の俺の食事情はこんなのの繰り返しだ。
あ、そうだ。美少女が頬に米を付けていると言えば、やらなければならん事があるじゃないか。それで気持ちを補おう。
「アッ、頬に米が付いて____」
ない。
「なんだ、気付いてたんだ。直ぐ言ってくれれば良かったのに…」
彼女は消え入る小声でそう言う。
ハァー…それはそれで可愛い。しかしやっぱり画になるなぁ。いじけるだけで人の純情を弄ぶとか、小悪魔かな?それに立ち振る舞いも扇情的だ。顔を背けてジト目で見るのはイイが君、腕を机の上に置いているからその御胸を圧迫しているぞ!けしからすばらしい___
「C…いや、Dかな」
「口に出てますよ」
「ウラナミちゃん」
「はい?」
「そう言えば、色々、日常品とか、服とか、揃えないといけない物とかってあるんじゃない?」
「えぇ?まぁ___そうですね…あなたが暇な時で構わないので、買い出しには出掛けたいですね」
「じゃあ食べ終わったら行こうか」
「暇なんですか…分かりました」
彼女の視線は訝しむものになっている。俺がCとかDとか考えているから、こんなのに付いて行って大丈夫なのか、疑わしいのだろう。しかしこれも計算の内!?彼女の忠実度を測るための重大なテストなのだ。
俺は、すっかり皿を空にして水を飲んでいる彼女にちょっかいをかける。
「ウラナミちゃん、ちょっと舌を出してみて」
「こうですか?」
ペロ、とでも擬音が鳴りそうな程、鮮やかで、苔一つ生えていない舌が飛び出る。あざとい!これは猛毒だな。
「うん、満足」
「これくらいで満足してくれるなら喜んでやりますよ」
「太っ腹だな」
「あなたの胃が小さいんです。あ、麺が伸びてますよ」
彼女は俺が持ったまま放置していた箸を手から分捕り、伸び伸びになった麺を掴んで俺の口元まで持って来る。随分と顔が近い。
「ほら、お口開いて」
パクり、と麺を食み、なるべく静かに、されど素早く啜り上げる。麺は少し冷えていたが、何故か口の中は熱かった。
「もう一口、行きます?」
ああ、思い出した。俺は雛鳥だった…
◆◇◆◇
雇い主より奴隷の方がやり手と言うのは、如何なものなのだろうか。俺はベンチに座り、そう考える。そして通りを隔て、目の前にあるのは、巨大なデパートであった。
「明らかに、雇用1日目のノリじゃないよな」
思い返すと、時間が随分早巻きで進んでいる。彼女の接待スキルがそうさせるのか?とても8時間の道程とは思えない。
彼女が店内に入って1時間は経っただろうか。空は未だに朱に染まる気配が無く、買い物待ちの退屈な時間と言うのはここまで気怠かったかと思い返す。地球で生を受けていた時は、電車の待ち時間や休日の朝など、余り退屈を苦痛に思わなかった。今の人生は刺激が多過ぎるせいか、退屈を楽しむ余裕が無いのかも知れない。
何で俺はウラナミちゃんと一緒に着いて行かなかったのかって?それは簡単だ…俺はキモイ。性格に難があるから、着いて行くと高確率で余計な一言を言い、それが他人であった場合は気持ちを削いでしまう。
だから、行かない。前世+の知恵だ。
逃亡の可能性については問題無い。そもそも雇用主は大きく行動を制限する権限を持たないし、命令権が大きい奉仕・戦闘奴隷でさえも、職業価値下限ラインにより、ある程度の尊厳は保障される。もし逃げたとしても、戸籍省に問い合わせれば居場所は特定出来る。そんで追跡すええばイイ。この諸々の理由で、俺はベンチと一体化しているのだ。
まあ色々考えても、買い物代として電子貨幣渡しちゃったし、今更か。
視線は空の方に投げていたのだが、視界の端、デパートの自動ドアが開く。見覚えのある少女が体の半分程もありそうな紙袋などを8、9も抱えてやって来るのが見えた。
ちょっと買いすぎじゃないか…?俺は腰を上げて、そろりと迎えに行く。ウラナミちゃんの持つ紙袋が歩幅に合わせて揺れ動くのはまるで鎧のそれなのだが、果たしてどれだけ金を使ったんだ?
「すみません、お待たせしました!」
彼女は満面の笑みでそう言った。
「凄い一杯買ったんだなぁ」
「中身、見ます?」
「うぅん、帰ってからのお楽しみにしよう。多分、ファッションショーは楽勝に出来るだろう?」
「ちょっと引いてます?」
「い、いや?…ああそうだ、買ったやつ持つよ」
「大丈夫ですよ、鍛えてるんで」
「体面的にもね、持つから持つから」
「それ、言われると弱いです…」
そう言いながらもドカドカ押し付けて来るのね。これは豪胆と言う表現でイイのかな?あ、意外と軽い。
「これからどうしますか?」
「ウラナミちゃんのこれも有るし、一旦帰ろうか。今日は仕事が無いからイイけど、明日から、君を組み込めるように色々調節しないとならんからなぁ」
「分かりました。夕飯とかはどうします?」
「え、もしかして作れる?」
「材料さえあれば」
「おお、お願いするしか無いじゃないか!キッチンのあれこれも説明しようか」
これは、随分楽しみになって来るもんだな…
俺はチョロい。だけど、今はそれでイイ…
Tips:電子貨幣
クレジットカードなどとは違い、そのものが現金として扱われる。主に専用のデバイスに入金する事で使え、個人専用のデバイスと言ったようなものは存在しない。硬貨や紙幣では扱われず、通貨単位は円かルーブルの2通りで選べるが、そこの辺りは商品価値の変動によって使い分けられる。