恋愛タグを付けていたことを今思い出しました。
群馬県。その大部分を大都市が占めているこの土地において、聳え立つ高層ビルに逆らうかの様な建造物____煉瓦造りで、荘厳な装飾と3色程からなる彩色が特徴的な、古代のロシア・バロック様式を採用した宮殿が存在する。
如何にも、《戸籍省》の本部であった。
俺はここに来る度、何とも言い難い王族趣味の様な雰囲気を感じて、一歩足踏みをする。俺は前世でも中流階級だったし、今世は出世したとは言え、出自が大変言いづらいものである。だからこう言った荘厳な場所は忌避してしまうのだが、今日はそうにも行かなかった。
更に言えば目的の人物が何故だか入口階段の手前で待機しており、俺に視線を合わせて来ているのだから。
「太朗くん。6…いや、7ヶ月ぶりですかね?」
「6で合ってますよ」
パンツスーツに、その
エリートという語句が付いてくる公務員であり、俺が今世で6、7番目にお世話になった人物であるだろう。彼女は歳が近く、8年前より俺の戸籍制作から、宙賊業を営む上で重要な人身管理のアレコレを委託し、今日まで裏仕事の一端を担って貰っている。捕虜売却の中継ぎをしているのも彼女だ。
「突然管理部の部長が書類を持って来て、『おもてなしをしろ』だなんて言うんですから何事かと思ったら、拍子抜けしましたよ」
「おもてなししてくれます?」
「君は頭が悪いので駄目ですね」
「理由として脆弱すぎません?」
「パーティー帰りの私を大学生と間違えてナンパしたのを忘れましたか?」
「懐かしいですね…」
「今でも殺意が湧きます」
彼女は手すりに腰を掛け、溜息を吐いた。それで少し垂れて来た髪を掻き上げる仕草であったり、バランスを保つ為に僅かに逸らされる腰背筋だったりと、ヴァダ女史は何かと一挙手一投足に妖艶さが掛かる。
俺が勘違いしてしまうのも致し方ないとも思うのだ。
「それで、今回は戸籍情報でしたね?」
「そうっすね。最近奴隷を買ったので、一応身辺調査をと」
「君は人の身を
「まあ、助手を雇う様なもんです」
「それにしては随分な美少女ですけどね。彼女、絶対18歳じゃないでしょう?」
彼女は封筒を弾いてそう言う。
「やっぱりそう思いますか」
「恐らく、地方で偽造されたんでしょう」
「でしょうね…情報、詳しく見せて貰えます?」
彼女は辺りをぐるりと見回し、俺に向き直る。
「一応、場所を変えましょう。君は影の薄さの割に有名人なので」
◆◇◆◇
場所は変わって近郊のカフェ。
音もなく、アイスコーヒーが吸われ尽くして行くのを目の前に、俺は封筒を開いた。ペーパーナイフを使う様な貞淑さは持ち合わせて居ないので、開け口をビリビリと破る。
「ええと、ウラナミ。名は無し、戸籍状態は仮。職業は多目的奴隷?」
「要するに秘書業や会社専属のボディーガードです」
「へえ…やっぱり経歴はスカスカですか」
「両親が無戸籍者だったようです。その書類に一応の記載は有りますが、本人達の詳しい情報は戸籍省に存在しません」
「誕生は2796年。9歳で、ノ…
「両方田舎の団体です。年齢だけは随分大味な改竄ではありますが、取り立てて問題にする程でも無いでしょうね。恐らく彼女の両親は喫緊で金銭が必要になり、ある程度生活が保証されるキリスト系の養成所に売却したとか、そこら辺が妥当な推論でしょう」
「この場所って存在するんで?」
「ええ、しっかり有りますよ。どこもここから500km以上離れていますが、そんなに心配なら直接尋ねてみるのも手です」
「じゃあ行っときます」
彼女はストローをで氷を回していたのだが、その手を止めた。少し、訝しむ目になっている。
「何か、心配な事でも有るんですか?」
「随分安値で買い叩いちゃったんで、厄ネタかどうか不安でして」
「幾ら…とは聞かないですが、相当な値段だったんでしょうね」
「ええ。それで確認をと」
「危ないと思うのなら、契約解除をお勧めしますよ」
「それは無いですね。そいつ可愛いんで」
「…君、いつか破滅しますね」
彼女は呆れた目をした後、どうしようもないと言う風にそっぽを向いた。窓に顔が映っていたが、随分曖昧な顔をしている。
「じゃ、今回はどうも有難うございました。また何かあれば、連絡しますね」
「しなくても良いですよ」
俺が代金を置いて席を立つと、彼女は背を向けたまま手を振った。購入代金以外でウラナミちゃんがあからさまな問題にならなそうな事に安堵する反面、仕事の一端を担っている彼女に迷惑を掛けてしまったか、と今更ながら反省する。
俺が店のドアを開け、外に出る直前チラリと、未だに席に座る彼女の姿が見えた。俺の飲みかけのレモネードに手を伸ばしているようでやはり、その動作にも妖艶さが掛かっている。
童貞マインドな俺は努めてボケっとしながら、その店を後にするのだった。
◆◇◆◇
佐藤が頭を掻きながら歩いて行く姿を、ウォーター・ヴァダは見つめる。彼女はレモネードを一思いに吸い上げ、舌に余韻を残しつつストローから口を離した。
立ち上がる彼女は唇を軽く舐める。やはり妖艶なのはのはそうだが、その目はレモネードの味よりかは、ストローに残った残滓を味わっている様だった。
この光景が蛇足かどうかは置いておいて、ともかく彼女は佐藤が見た通りの者では無いのである。
「君は、頭が悪いですね」
そしてそう1人で、呟いた。
Tips:英語
日露が宇宙進出し、地球と分離したことで緩やかに日本語とロシア語のみの社会が作るられるかと思われたが、日露両国において全員が全員バイリンガルな筈もなく、意思疎通をするのに英語が多用されたこと、文化の多様性を生み出す上で強く根付いていた事などから今日まで生き残っており、勢いが収まることも無く逆に近年は名に英語を入れるのがブームになったりもしている。英語以外の言語においても数は少ないが、言語学の観点から保存されている物が多数ある。