君はウラナミ・アスカ・ラングレーを知っているか? 作:一途一
場所は変わって地下5階。俺達は《第3訓練室》と呼称される部屋に居る。内訳は地球にあった射撃場と、そう変わらない。数個のブースがあり、そこから100m先の的に当てる。最初は50mで試そうとしたが、彼女が100mからがイイと言ったので、最初から最長距離だ。
ウラナミちゃんは既にブースに立ち、銃を点検していた。
現在彼女が手に持っているのはヘッケラー&コッホのMP5____ではなく、それの改修型、《MPP》である。
この銃の使用弾は6mm弾であり、発射後の弾速確保の為に必要なエネルギーに火薬を使用せず、渦エネルギーだか何だかを使う、つい300年ほど前に新発見された技術が使われている。その為初速を得る為の薬莢は随分と短縮し、保持弾数が増えた上、発砲音も耳栓が必要ない程のものとなった。しかし新技術によって発射時のエネルギーは前世のMP5より遥かに大きくなり、リコイル制御に手間取るようになったことでも有名であった。
彼女はそんな銃を選び、赤外線サイトも付けず、アイアンサイトのみで射撃すると言う。
「見てて下さいよ!」
とは言っているが、正直な所、心配である。彼女が所謂天才であることは承知しているのだが、未だ彼女の心持が年相応の少女である可能性を捨てきれていなかった。故に、俺は斎藤と共に、剣呑な雰囲気でその手元を見つめるのだ。
銃のセーフティを確認し、チャージングハンドルを引く。そのままストックを肩に当て、ハンドガードに手を添える。そしてアイアンサイトから目を覗かせ、目標を視認。セーフティを解除し、単発にセレクターを合わせた。銃口はほんの僅かに、下がっている。
「行きます」
語尾が聞こえ、直ぐにその後を発砲音が追う。相変わらずおもちゃの銃のような音であったが、それは気にしていられない。
「嬢ちゃん、安定してるなぁ」
タップダンスでもしているかのように発砲は続く。体幹にブレは無く、瞬きすらもしていない。薬莢が落ちたことで起こる小銭でも跳ねたような音は不規則である筈なのに、それさえもどこか、事前に組み込まれたような調和感が見られる。
そして10発目で銃口を下げた。元々マガジンに装填されていた分を打ち切ったようだ。
次いで、ターゲットがスライドしてこちらに近づいてくる。直近まで寄ってくるのを確認しなくても、結果は瞭然であった。
「全て中央、ハズレは無し。1発目の穴に9発、綺麗にすり抜けてさせてやがる」
「お、まだ鈍ってませんでしたね」
彼女はマガジンを外し、薬室をチェックしながらニカリ、とした顔でこちらを見た。
「アスカちゃん、マジか…」
「まだまだ、楽勝過ぎます!試すならもう100mは伸ばさないと」
「そりゃウチには無いな。…嬢ちゃん。次、行くか」
「そうしましょう!」
多分機械が撃つより優れている。機械は精密射撃であれば分があるかもしれんが、第一機械は人に息を呑ませられない。彼女には十分、驚異的な気迫が精神に介在していた。
「佐藤さん、行きますよ!」
「ん、ああ」
次は模擬戦であったが、正直結果は見えている。廊下を移動しながら斎藤と談笑する彼女からは先程の気迫を感じられないが、戦闘を始めれば再び修羅となるに違いない。俺は雇い主である筈なのに、何故か彼女を怒らせまいといった決意を固めたのであった。
◆◇◆◇
模擬戦闘は警備会社所属の特殊部隊員3名(斎藤と他2名)と行うらしい。そして彼女に用意されたステージは、大きな道路が中央を貫通し、両端にビル群がある市街地のセットである。スタート地点は10m間隔で四方に設置された車両のうち、右下にあるものの後部から。敵の位置は明かされず、戦闘中に把握する必要がある。尚、使われる弾は高速ペイント弾と言う実戦訓練で使われるような代物だ。
使用する銃器は先程と同じ。装備は防弾ベストとスモークグレネードだ。
◆◇◆◇
セットの中央には、2人の男女が立っていた。ウラナミちゃんは駆け寄り、ぺこりと一礼する。
「初めまして、ウラナミ・アスカと申します。今日はよろしくお願いします!」
「どうも」
「宜しく」
それぞれに手を挙げて挨拶する彼らは、ショウゴとアイカ、と言うらしい。市街戦のプロフェッショナルと言う肩書きらしいのだが、既に装備を着ての登場であった。
「随分と小さいんだね、凄腕射撃手って言うのは」
「こんな可愛い子と模擬戦ってホント?私、ちょっと萎えるかも…」
そう彼らは口々に言うが、少しピキッた彼女を見たのか、少し眉を下げて口を慎んだ。空気が悪くなったのを察知したのか、ウラナミちゃんは2人に寄って行って話し始める。
「…射撃場だけじゃなくて、こんな場所があるんですね?」
「普段は使わないんだけどね、今日はトクベツさ」
「そうなんですか!」
「ここは結構使える障害物が多いから、味がある訓練が出来るのよね」
ショウゴとアイカと共にじっとフィールドの中を観察するウラナミちゃんから離れた斎藤が、こちらに肩を寄せて来て耳打ちする。
「正直、汗が止まらん」
「まあ、そうですよね」
「お嬢ちゃんが居たから言えんかったが、あれは…」
「あれは、って、何です?」
「うん、何だ。案外、この仕事に適性があるんじゃないか、とな」
「絶対違うこと言おうとしてたっすよね」
斎藤はそっぽを向いた。オヂサンのそっぽ向きなんて需要無いのに…
「まあ、兎に角もう1つ、やらせて見ましょうよ」
「そうだな。やるって言ったからな。やってやろうじゃねえか」
そうして、斎藤は彼女に視線を向け、幾らか逡巡した後、ずんずんと歩み出した。
「嬢ちゃん、やるぞ!」
「はい!…佐藤さん、ばっちり決めますよ!」
俺は、笑いながら装備を整えに行くウラナミちゃんに手を振った。確かに、つくづく既存に当てはまらない振る舞いだ。あの射撃を見たら尚更に…
だがしかし、彼女の笑みだけは、年若い少女が見せるごく自然なものである。そのことだけは、俺は確信していた。
◆◇◆◇
で、結論だけ言うが、特殊部隊は壊滅した。もう勝つことが分かり切っていて真面目に見てなかったのもあるし、更に言えば俺は対人戦闘が得意でないので、戦闘中の動作のことは詳しくわからなかった。だが一応、見た限りを思い出してみる。
俺はフィールド外の観戦室からウラナミちゃんの戦闘を眺めていたのだが、まず最初に見えたのは、斎藤達3人の連携した継続射撃である。散発的であるが、十分にプレッシャーを与えるものだ。それで車体後部に居た彼女はまず斜線を確認し、車体右側面へ移動。そこから射撃を開始した。
暫く撃ち合いが続く中、彼女は僅か斜め上を眺めていた。何を眺めていたかと言うと、恐らくは開始地点の向いにあるビルのハリボテのガラス部分である。そして視線を戻した彼女はスモーク弾を投げる。開始地点の車両を覆うように煙幕が展開され、視界が遮られた。
斎藤達はウラナミちゃんと同じく、各々が配置された車体の陰に隠れていた。
そして最初にヒットを食らったのは、開始地点の真反対の車両を遮蔽物とし位置していた、アイカである。
スモークによって視界を遮った彼女はアイカが遮蔽物とする車両の後方に付く。アイカも来たことを察知したのか直ぐに動くがしかし、既に勝敗は決していたも同然であった。
暫くの睨み合いの後、先に制圧しようと痺れを切らしたアイカは車体の陰から銃口だけを僅かに出し、制圧射撃を行おうとしたがそこに正確な射撃を食らい、銃器が使用不可能となる。次いでそのまま突撃を食らったアイカは頭部と胸部に1発ずつ射撃を受け、撃破判定と相なった。
2人目はショウゴだが、最初は開始地点の斜め前方の車両の左側面に張り付いていたのをアイカが撃破された時点で変更。車体前方に移動していた。しかし移動中、僅かに頭部を車体のフロントガラス部に露出したらしい(ウラナミ談)。彼女に位置を特定され、アイカが所持していたスモーク弾を投擲される。
スモークが噴出する時間までも正確に計算されたスモークグレネードの投擲は横合いからの斎藤による射撃も虚しく、曲線を描いてショウゴの顔面に直撃、噴出をもろに食らった彼は車体から体を露出させ、同じく頭部と胸部に射撃を受け、撃破判定となった。
最後に残ったのは斎藤であるが、彼の動きは素早い。ショウゴが銃撃を受ける中、開始地点の正面の車両に位置していた彼はスモークグレネードを投擲して転進し、ウラナミが遮蔽物としている車両の右側面に付く。次いで、斎藤は車両下部の方へ無茶苦茶な射撃をした。彼女は左側面のタイヤ部に体を添えていたので、当たる気配の無い無駄弾かと思ったが、少しの牽制にはなったらしい。このことで彼に右側面まで動く時間を与えた。斎藤が動いた事に気づいたに気づいたウラナミちゃんは振り向くが、既に斎藤はその銃口を向け掛けている。
果たして、ウラナミちゃんは片手で射撃をした。
斎藤が見たところでは銃口が不自然に下がっていたらしく、片手での反動を計算しての構え方を、瞬時に行っていたらしい。俺にはさっぱり分からなかった。
とにかく、彼女はこうして、3人のプロフェッショナルを撃破するに至る。
「…いや、ありえんでしょ」
終了のブザーが鳴りながらも忠実に死体を演じる3人が転がる中、カメラにピースサインを送る彼女のニカリとした顔を見ながら放った、当時の俺の言である。
Tips:渦エネルギー
エンジンから、発電、銃火器の歴史を変えた大発明。これは2400年頃にに発見された2つの新物質(それぞれ白核、黒核と呼称される)から莫大なエネルギーを生み出すもので、白核と黒核を円周上に配置し、等距離を保ったまま一定速度以上で回転させることで発生させる。特徴は発生したエネルギーが“渦巻いている”事で、この状態であると、一定の方向にしかエネルギーを伝達出来ない。そしてこの問題を解消する技術を開発する為に、100年を要した。