君はウラナミ・アスカ・ラングレーを知っているか? 作:一途一
産業展示館は、ドーム状の建築物だ。2000年代の人間であれば、東京ドームをイメージすれば大体の外観は掴めると思われる。しかし、中身は別物だった。
館内は階層構造になっており、1階はまるまる大展示室が占め、2階はホールと、小展示室が幾つかある。3階には会議室が設置されており、《日露機械産業会議2814》のメインとなる技術交流ははここで行われる。俺たちは向かったのは2階のホールで、昼食会が開催される場所だ。
俺達は1階の大展示室に寄る間もなく2階へと向かったのだが、この施設、1階はさも一般人向けの博物館のような作りをしておいて、そこから階段を上がれば別世界が広がっている。
ある地点から廊下がリノリウム張りから絨毯になっているし、壁面も公共施設特有のコンクリ丸出しではなく、木材のカバーと金属装飾が施された邸宅風の物になって行った。道幅も人2人分程は広くなっている。
そしてそこを抜ければ、ホールへの入り口が見える。それは言ってみれば劇場の入り口のような、重厚な扉が緊縮してと並んでいる物である。扉それぞれにはドアマンが立っており、客人を迎え入れようと扉を開けようとしている所だった。
入り口で銃火器を預けて来た俺たちは手をぶらつかせないように引き締め、そこを潜る。
最初に目に入ったのは眩い光だ。軽く視界が白に染まったかと思えば、次に侵略して来るのはその黄金とも言うべきか、ガラスに真鍮の輝きを乱反射して放つ、シャンデリアの荘厳さであった。呆気に取られながらも視界を戻すと、体育館程もある空間の中、整然と並べられた丸机を各々が無作為に囲んで幾つかの集団を築いているのが分かる。この中から誰か特定の人間を探そうとすると、大変に苦労するに違いない。
「凄い。宮殿みたいです」
「こんなの、私は時代遅れだと思うんだけどね。ドームの外観と中身が合ってなさすぎるのよ」
ウラナミちゃんが素直に感嘆する中、マナ嬢は辟易と言った感じで会場中を見渡した。しかしそこで何かを見つけたのか、途端に苦虫を潰したような顔をする。
「はぁ…お父様を見つけちゃったから、行くわ」
そう言って目を細めながら、マナ嬢はしかし、自らが履いているローファーの靴底を、絨毯に引き摺っていた…
◆◇◆◇
人垣を幾つか越えた後、その男の後ろ姿は露わになった。
「おお。よく来たな、マナ」
そう言うのは、嗄れた声のミイラ…ではなく、マナ嬢の父親、霧島祐二である。確か英語名が流行ったのは彼の世代だったような気がするのだが、どうやら普通の名前らしい。
彼の姿を表した一語でもう察せるのだが、随分と痩せぎすである。着用しているスーツは着られているような感じがするし、目の周りは窪んで、眼球が今にも溢れ落ちそうになっている。
彼はマナ嬢を手招きし、自らの方へ引き寄せた。その腕は肩に乗せられて居るのだが、どうにも手触りがいやらしい。父親のそれと言うよりかは、まるで陶磁器の手触りをいちいち確認する骨董商のような丹念さだ。彼女を見下ろす目は細められて一層嫌味な感じがするし、一種の危うささえも感じられる。当のマナ嬢は如何にもと言った顔だが、慣れっこなのだろうか。
ウラナミちゃんの方をチラリと見てみれば、仏頂面を心掛けてはいるが、目付きに嫌悪感が滲み出しすぎている。今にも唾を吐きそうな雰囲気までも醸し出し、完全に警戒体制に入っていた。
俺はと言うと、我関せずと言った雰囲気で直立している。マナ嬢が危険に晒されれば事なのでいつでも横に割り込めるような距離を取っているが、それだけだ。努めて目の光を消し、虚空を見つめる。これが厄介な出来事を回避する方策であった。
「何事も無く、ホテルで静かに過ごせているか、私は心配だよ…マナ、君に付けた護衛は十分に役目を果たしているかね?マナが嫌だと言う事があれば、また直ぐに取り替えてやるからな」
「ご心配ありがとうございます、父様。…今の所、特に嫌と言うことはございません。」
「それは良い事だね。マナは私たち夫婦の最高傑作なのだから、胸を張るのだよ」
「はい…」
祐二はそう言いながらも、俺たちにその細い目を這わせていた。マナ嬢の頭を撫でながら此方を値踏みするその仕草は嫌味な物で、思わず頬が引き攣りかける。マナ嬢は撫でられているからか顔を俯かせてぴくりとも動かないし、先程まで色々と話しかけていたお偉いさん方も手持ち無沙汰なようで、何ら関係の無いはずの護衛である俺たちにさえ視線を向けて来る。親子2人を中心にした特異な雰囲気がぬめっとして漂い、随分と居心地が悪い。
それでそんな状態が2分ほど続いただろうか。祐二はマナ嬢から手を離し、喜色を浮かべながら周りへと振り向いた。その視線の向かう先は俺たちである。
「私たちは暫く談笑しているので、少しの間ですが、マナの警備は私に付いている者に任せます。…あんまり大人数が付いているとごちゃつきますからね。ですから、貴方達は少々、ここで会場警備でもしておくように」
「了解しました」
「了解しました」
俺たちは形式的に返事をしたが、実際そんな配備は予定されていないので、遊んでおけと言われているに等しい。こんなスーツやらドレスやらがごちゃ混ぜになっている場所で防弾チョッキ装備の厳つい2人が放られて、何をしようと言うのか。しかし、万が一もある。雇い主から直々に言われたとはいえ。マナ嬢からは目が離せないし、事があれば急行する必要がある。マナ嬢を取り込んでガヤガヤと騒ぎ始めた集団を背に、漸く俺たちは目を見合わせる。
「どうする?」
「お菓子とか、食べて良いですかね」
「いやあ、駄目でしょ」
「ですよね…」
純白のテーブルクロスが敷かれた上にぽつんと置かれた皿へ盛り付けられたマカロン達が、少しうざったかった。
Tips:大日本重工
主に軍事産業において活躍する、日露におけるトップ企業の1つ。銃器から戦艦までの製造を請け負っており、軍に所属するのならばかの企業のロゴを見かけない日は無いだろう。514年前に設立された会社であり、当時から霧島家が代々社長を務めている。しかし社内での噂では今代での家族経営の終了が噂されており、社内情勢は僅かに不安定となっている。直近では最新の空間把握技術を利用した新型戦闘機を設計しており、社長の霧島祐二によれば「人類は更に、後ろへ目を付ける事になる」との言であった。