俺は2009年の地球で生まれ、2039年の地球で死んだ。
その筈だった。
しかし気づいた時には再び、自らの両足で地面に立っていた。
俺のこの世界での最初の記憶は、目に映った全くの別世界でも、異常に細く、小さい体躯に気づいた事でも無かった。今まで感じた事のなかった不快な空気感に、嘔吐いたことだ。
大気の組成が地球のものとは違うことがその原因だと気付いたのは随分後のことであるが、兎に角、地球で暮らしていた頃からは考えられない程みすぼらしい姿で、俺は風俗街の路地裏に立ち、靴磨きをしていた。
ネズミが走り回って、どういう訳か集団行動をしている蜘蛛たちを追い掛けるのを見ながら、持っていたボロ布を手から取り落とす。
俺は、地球とは似ても似つかない《第二地球》の地に、転生していたのだ。
◆◇◆◇
例の略奪より2週間後。
「なんてこった!?いち、じゅう、ひゃく、せん、まん…い、一億ぅ!?」
富士星系、大昔に日本人とロシア人が入植し、今日まで平和を保っている《第二十三惑星》、又は《第二地球》の地。
日本地区の東京郡に設置されたATMにおいて、俺は咆哮を放った。
商業宙賊の報酬は不安定だ。基本的に略奪や戦闘を主な活動とする俺たちは、正規の仕事の殆どを受注出来ない。そしてそこに漬け込み、1000万程度の安い報酬で働かせるなんて事が多く有るのだが、そう考えると今回の報酬は異常だった。
震えながら、金額を示しているディスプレイを何度も擦る。平らな筈なのに、その部分だけが異様に盛り上がっているような錯覚に陥った。
「マッ、ままま待て、落ち着くんだ、俺。ここは未来への投資をしよう。やっぱり機体の防御を固めるかな?…いや、攻撃力もやはり必要だ。やはりここは対艦用のジャマーを買うか」
そう言いながらも、体は正直だ。俺はいつの間にかデリヘルのホームページを開いていた。
「あ、もしもし。あぁ…あの、新しいコ。うん。
3日前に入ったって言う…そうそう、ラッキーちゃん。指名できる?____ええ?指名料が上がった?上物だから?トンデモ名器!?でも裏オプは追加で14万!?…いや、俺は行く。お願いしよう。はい、じゃあそういうことで」
く、俺は弱い…
◆◇◆◇
俺は、限界を越えるという言葉の意味を正しく理解したかもしれない。素晴らしい…
あ、だけどちょっとアザとか擦り傷の痕が多かったかな。男の趣味が悪いのか?
そこがマイナスポイントで、⭐︎4.6かな…
そう考えながら、見上げるほどの高さのビルが建ち、LEDで擬似的に再現されたネオンが光輝く風俗街を抜ける。ここだけ切り取ると、地球の歌舞伎町となんら変わりはない。しかし上を見つめてみると月は存在しないし、代わりに鈍い光を放つ光環がこの惑星をぐるっと囲んでいるのが分かる。この世界で生まれて27年程も経ち慣れたかと思うが、未だに違和感が拭えない。
そりゃそうだ。街を歩くのは大半が混血で、純日本人とか、純ロシア人とかを見つけるのは至難の技だ。現在は西暦2814年とか言うし、もうほぼほぼ人種の統合は済んだと見て良いだろう。かく言う俺も、ロシア人に大分寄った見た目をしているし。
それに、地球と比べて随分と自由になった。人種の違いという厄介な社会問題が消えたからか、世界情勢は比較的安定している。思想の違いによる権力闘争は後を絶たないが、地球よりかは幾分かマシだろう。
遺伝子改造が堂々と行われているのには驚愕したが。
そうやって景色を味わっていると、ビル群が姿を消し、住宅街が続く地域へと突入した。以前本で読んだ事があるが、ここは入植して最初に居住地が築かれた場所で、土地の権利関係を管理しやすくするため、碁盤状に街を整備したそうな。まるで京都だな!(実際、ここの地名は京町である)
そこすらも越えると、今度は中心に巨大なタワーが聳え立ち、そこから放射状に建物が整備された地域へと突入する。これはロシア地区が整備した物で、ソ連時代からのノウハウを活かしたらしい。しかし建っているのは超高層マンションという違いがあるが。
因みに真ん中のタワーはスヴィート号とか言う宇宙船を模した物らしい。俺にはバベルの塔にしか見えないが、この星の人々にはそう見えるそうだ。
俺はこの地域、《
まんまな地名ではあると思うが、地球を見た事の無い者たちにとって、やはり先人の故郷は羨望の的であったらしい。他にもサンクト・ペテルブルクや大阪、オムスクや静岡などなどが存在している。
外郭部は、超高層ビルが建ち並ぶ内郭部とは違い、量産型のアパートやマンションが多く建っている。近年の人口増加に対応した物らしく、10数年前に建築された建物が多い。家賃が矢鱈と安いのが売りなのだが、やはりと言うか、低所得層の住民が多く少し(大分)治安が悪い。
そんな場所の入り組んだ道に入り、20分も歩けば俺の家だ。数段の階段を登り、扉のすぐ側に設置されたカメラに目を近づける。このアパート、鍵だけはやけに未来的で網膜認証式になっているのだが、その費用で壁を分厚くして欲しかったな…
ガチャリ。と言う音がし、扉が開く。
どうやら、今日も無事に帰れたようだ。
帰り道は全部歩きです。多分8kmぐらい歩いてます。
Tips:富士星系
既存人類の再出発点として定められた星系。人口は日本-ロシア連合国が支配する星系の中でも最も多く、各星系の統制を司る行政地区が置かれている。なぜこのように命名されたかは不明。