ドンッと大人に背を押され、前に出る
「おいガキ!早くしろ!」
「さっさと殺せ!」
目の前には、妖怪がいた。
その足元には赤い水溜りが広がっている。
その手にはかつて、ヒトだったモノのアタマが握られていた。
男の人なのか、女の人なのかもわからないくらいグチャグチャになっているソレは、おでこから上が存在していない。
どうやら、アタマの殻を取って、中のものを啜っているらしい。
妖怪は蕩けそうな顔で、「うまいうまい」と呟いている。
美味しいのだろうか?
四足歩行のその妖怪が、どんな妖怪なのかはわからないし、これから先も、知ることはないのだろう。
興味はあったのだけれど、どうせ、誰も教えてくれやしないだろうから。
ゆっくりと、妖怪に向かって真っ直ぐに歩いて近づいていく。
背後に回り込もうにも、大人達が道を塞いでいるから。
僕が逃げないように…と。
気配に気付いたのか、妖怪が頭を上げて、こちらを見やる。
妖怪は、僕に気づくと、嬉しそうに頬を歪めた。
「⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎!!」
持っていたモノを落として、妖怪がナニカを叫んでいる。
何を言ってるかなんて、わからなかった。
真っ直ぐに、僕に向かって駆けてくる。
避けるつもりはなかった。
どうせ…意味がない。
大きく口が開かれる。
ギザギザとした、小さなナイフのような牙が、僕に向かって迫って来る。
僕はただ、それを左腕でそれ受け止めることにした。
ガブリ。
ズキンッと鋭く、刺されるような痛みが走る。
「っっっっ!」
苦しむ僕の顔を、嬉しそうに妖怪が見つめて来る。
じわじわと、顎に力をいれてくる。
イヤらしく、僕の鳴き声を引き出そうとしている。
ぬらり、とドロドロとした何かが垂れていく。
ボタボタと、赤い液体が落ちていく。
地面に、赤いシミが出来ていく。
僕は。
それをただ、冷たくなったアタマで見つめていた。
ナイフを持った右腕を、ゆっくりと持ち上げる。
銀色に光るナイフを見ても、妖怪は目を歪めて笑っているだけ。
そりゃあそうだ。
子供の力じゃ、硬い妖怪の肉に傷を付けることすら、出来やしないのだから。
妖怪の首にナイフを当てる。
力を入れる必要なんてない。ただ、線をなぞるだけ。
スゥッとナイフで線をなぞる。
ブシュゥゥゥウっという音とともに、首があったところから赤い液体が噴き出した。
「…?」
突然のことに驚いたのか、妖怪が口を開けると、ゴトッと頭が落ちていく。
「⚫︎⚫︎!⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎!?」
驚いた。アタマが落ちたのに、まだ、息があるなんて。
転がったアタマに近寄っていくと、すぐ側でしゃがみ込む。
トンッ。と額の点に、ナイフを押し付けた。
「⚫︎…」
アタマが段々崩れていく。
サラサラと、まるで砂のように溶けていった。
「驚きました。まさか、本当に倒してしまうなんて…」
その声に顔をあげると、金色の女の人が横に立っていた。
村じゃ見たこともないような、綺麗な白い服に身を包んでいて背中から狐の尻尾のようなものが幾つも伸びている。
妖怪、だろうか?
「あなたがシキ、ですね?」
そう問われたので、ゆっくりと肯首する。
「そうですか…」
女の人は、それだけを呟くと、振り返って大人達の方へと歩みを進めた。
暫くすると、なにやら大きな声で喚いている音が聞こえて来る。
女の人と、揉めているようだ。
地面は真っ赤に染まっていて、肉片が、あちこちに散らばっている。
周りの建物も、同じように真っ赤に染め上げられていた。
それらを見ていたくなくて、空を見上げてみた。
夜空には、ただ一人きりの月がある。
ドサッ
ぐらりと視界がブレると、耐えられず仰向けに倒れ込んだ。
アタマが、だんだんと冷たくなっていく。
腕からは、ドロドロとした赤が、とめどなく溢れて来る。
視界がゆっくりと遠くなっていく
世界が段々消えていく、
その中で、ずっとキレイに輝いている。
ああ、知らなかったな。
月がこんなにも、美しいモノだった…なんて。
意識が途切れる寸前に、遠くから、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
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パチパチと何かが弾ける音が聞こえる。
目を開けると、木で出来た綺麗な天井が映った。いつものボロボロな天井ではないので、どうやら、誰かの家に運び込まれたらしい。
「おや…?起きましたか」
声のする方に目を向けると、先ほどの女の人がそこに座っていた。
「そのままで構いません、こちらに耳だけは傾けてくださいね」
「あなたはこれから、私が預かることになりました。村のものにも納得してもらっているので、ご安心を」
なるほど、ついに村から厄介払いを受けたのだろう。
僕は、バケモノなのだから。
「とりあえず、食事にしましょうか」
そう言って、女の人は立ち上がる。
「あの…あなたは?」
問いかけると、女の人はこちらへと振り返った。
「ああ…。そういえば、まだ名乗っていませんでしたね」
「私の名前は、八雲藍。今日から、あなたの保護者となるものです」