旅立つ幼馴染を見送ったTS薄細美少女の俺。十年後、スラム街の娼館にて再会を果たす 作:とせがり
ルーリナの街、北東地区。
ホームレスや犯罪組織たちの根城でもあるこの場所はスラム街と呼ばれ、健全な市民からは忌み嫌われる場所である。
そんなスラム街に、最近メキメキと売り上げを伸ばしていると、噂になっている一つの娼館が存在していた。
——リユニオン。
それが、私、リーナが嬢として働いている娼館の名前である。
「店長ー?
一体何の用です、店裏なんかに呼び出して。
ぼちぼち開店の時間ですよ?」
辺り一体が暗くなり、徐々にピンク色が目立ち出す深夜0時。
我々夜の街の住民にとっては、まさに始まりと言える時間である。
……が、そんな貴重な時間というのに、私は店の裏側に立っていた。
理由は単純、店長に呼び出されたからである。
あと、数十分もすれば開店というのに、何の用だろうか。
受付の仕事をほっぽり出してもいいから、来いなんて、よっぽど大切な用事でもないと考えられない。
……もしや、アレか。
いわゆる昇進というやつか。
ここで働いてきて早半年、とうとう私にも春がやってきたのか!?
「なにニヤニヤしてるんだ、お前は」
「もうー、店長ったら、言わなくても分かってますよ。
つまり、そういうことでしょう。
ただの鬼畜外道種付けおじさんかと思ってたら、優しいところもあるんですね!」
「何言ってるのかは分からんが……そうか、分かっていたか。なら、覚悟はしていたということだな」
ん?
「——お前には今日、客を取ってもらう」
「……へ?」
客を、取る? 私、が?
言葉を聞いた瞬間、自らの脳がガツンと殴られたような、そんな感覚に陥る。
客を取る。
その意味はよく分かっている。
娼館っていうのは、女の人を買う場所だ。
買うって言うのは、キスとか、身体に触れるとか、そういうレベルじゃない。完全に、丸ごとである。
裏の場所であるこのスラム街は法規制も緩い。
酒場で踊るバニーさんなんか、ここの住民から見たら赤子のようなものである。
……てか、そんなことよりも。
「い、いやいやっ、むり、まじでむりですからぁっ!!
てか、なんでいきなりそんなことっ!?
わ、私、今までいっぱい頑張って来たじゃないですか」
冗談じゃない。
結局こうなるなら、私の努力は一体なんだったのだ。
半年前、借金のカタに店に連れてこられてすぐ、私は店長に土下座した。
『なんでもやりますから、どうか、セ○クスだけは勘弁してください』
『は?』
私の言葉に、最初こそ何言ってんだお前という態度の店長だったが、文字を書けること、計算が早いことが功を奏し、どうにか客の前には出さないと言ってくれた。
そうして雑用係として置いてもらうようになってからも、私はサボらず、必死に働いた。
汚くなった部屋の掃除、嬢の子たちとのコミュニケーションとメンタル管理、無茶を言ってくるお客さんを止めるため、殴られたことだってある。
全ては自分自身の貞操を守るためだ。
お客さんだけは何が何でも取らない、娼館に入ってから……いや、その前からもずっと、私は心に決めていた。
今の私は純潔だ。
徐々に開発するタイプの同人エロゲで言うところ、完全初期ステータスである。
……自慰回数は、ちょろっとあるケド。
まあ、それもそれでリアリティあって良いよね。
「なんで、今更、なんですか。
お店も順調なんでしょう!?
売り上げだって、ちゃんと毎日報告してるじゃないですか!
店長は私が嫌いなんですかっ!!」
「——はぁ、確かにお前には助かっている、それは認める。受付に、部屋の掃除に、嬢の送迎。
ここら辺のチンピラには決してできない仕事だ。
正直、ウチの経営はお前で成り立っていると言っても過言じゃない」
「でしょ! でしょっ!!」
私は必死に手を振って、店長へ抗議をする。
が。
「——だがな、俺はあくまでお前を嬢として買ったんだ。大枚叩いて、変態貴族に売られそうになったお前を助けてやってな。
首につけた契約の首輪がその証だ」
私は、首元に取り付けられた黒い輪へと手を伸ばす。
決して自分では外すことができない、契約の証。
この街で首輪をつけている人間は例外なく、娼婦として生きている者だ。
「無理は言わん、七日に一度で良い。
他の仕事は休んで、男の相手をしろ。
「……きょ、拒否権は?」
「あると思うか?」
デスヨネー。
店長さんマフィアに片足突っ込んでる、鬼畜おじさんだもんねー。
ここら辺でも一番のやり手と噂の傑物だもんねー。
……どうしよ、まじで。
私は一瞬、店の外へと視線を向ける。
びびび、逃亡ルート発見。
走ればワンチャンあるか——
「言ってなかったが、お前につけた契約の首輪は、一定期間性行為をしなければ爆発する。
解除方法は契約満了か、数をこなすしか存在しない。
強制起爆ボタンがここにある。逃げても無駄だぞ」
「なんてもんもってんだっ——
あ、だめぇ! 強制起爆サワサワするのやめてえ!! おしっこちびるっ、ちびるからまじで」
カチカチの音の鳴る首輪に膀胱を破壊されそうになりながら、私は必死に嘆願する。……あ、やべ、ちょっと漏れた。
内股になって、涙を堪える私には目もくれず、店長は話と膀胱を締めにかかった。
「契約を終わったら、正式な事務員として雇うことも考えてやる。だからそのときまでは、諦めて嬢として働け。いいな?」
「……えぇ」
そんなぁ。
生まれて十八年、娼館に入ってからもなんとか貞操だけは守り続けてきたのに。
冒険者仲間が淫魔に憑りつかれたときも、ゴブリン軍団にガチレ〇プされそうになったときも、必死に守って来たのに。
こんなのあんまりだよ。
「既に客は取ってある。
後30分もすれば来るだろうから、準備しとけ」
精一杯捨てられた子犬フェイスで店長を睨んでみたが、びくともしない。
うん、やっぱ鬼畜だわこの人。
——今まで娼館で働いてきた経験で分かる。
こうなった以上、もう私に選択肢はない。
客を取るか、店長の命を取るか、その二択である。
「店長ー、ちょっとでいいのでその命頂けたりしません?」
「……お、こんなところに起爆ボタンが」
「あはは、ジョークですよ、ジョーク。
だから一回それ置いて、サワサワしないでぇ!」
ということで、二択は一択になった。
てか、起爆ボタンがなくても店長には敵わないし、主に体格差のせいで。
体重とか、私の四倍くらいあるしなこの人。
……うん、本格的にまずくなってきた。
こうなったら、もう、腹をくくるしかないかもしれない。
「……その、相手ってどんな人です?」
「そんなこと知ってどうする。
……まあいい、ちょっと待ってろ」
店に戻って客を調べに行く店長。
逃げるなら今、と言いたいところだが、起爆ボタンがある以上、不可能である。
おそらく、店長もそれが分かってるから離れたのだろう。
数分後、戻ってきた店長に私は客のことを聞かされる。
「ふむ、どうやら相手も童貞らしい。
90分筆下ろしコース、NGは……なし。
尻穴も尿道もオールOK。
むしろガンガン攻めて欲しい、だとよ。
理想の体位は騎乗位、よし、頑張れ」
ど変態じゃねえか、ふざけんなよ。
「頑張ってたまるか!
こちとら処女でもあり、童貞だぞっ!?
風俗にすら行ったことないんだぞ!?」
「なに言ってるのかわからん。
……というか、お前、処女だったのか?
変に男慣れしてるから、てっきり違うと思っていたが…」
「そうに決まってんでしょっ!
まったく、失礼しちゃいますわ!」
ナチュラルにカミングアウトしたけど、そういや、言うのは初めてだったな。処女だってこと。
そう思って店長の反応を伺おうとしたとき、私はあることに気づく。
……なんか……見られてない?
処女って言ってから、ずっと、店長の野獣のような眼光に。
まるで、舐めまわすように、じっと。
「そうか、処女か」
特に、身体の下の方、ちょうどオスメスかましてずっこんばっこんハメハメハ王国するあの場所を。
まさか。
「……さ、さては店長。
客に出す前に俺が味見してやるとか言ってくる気ですね!?」
この変態! 鬼畜ハゲ! 前々から気づいてたのよ! うっすらいやらしい目で見てたのは!
「……こんな体型のやつに欲情するほど、俺は変態じゃない。
もっと飯を食え、肉をつけろ」
「あ、ガチトーンの説教だこれ」
だって仕方ないでしょ。
ここに入るまで、借金漬けでご飯とかほとんど食べてなかったしさ。
身長も、結局全然伸びなかったし。
……まぁ、この身体だからこそ、今まで客の相手をさせられなかったみたいな話もあるが。普通にやったら、身体が壊れて死にそうだし、私。
とはいえ、そんな生活も、今日で終わりらしいが。
「……あの、ほんとに、私が客を?
こんな棒っきれに欲情する奴とか、店長みたいな変態しかいないでしょう?」
「……はぁ、そんな変態がわんさかいるんだよ。
お前は顔が良くて、ガキみたいな体格だからな。
そっち方面が好きな奴らにとってはかなり人気がある。
あと、俺は変態じゃない」
うわー、聞きたくない。
てか大丈夫か、この世界?
闇のロリコンに支配されてない? されてそー、私を買おうとした貴族もだいぶ偉い奴だったらしいし。
「今までは俺の方で指名は止めてたが、お前のためにも、ここいらで一度客を取るべきだ。
……ほら、受け取れ」
そんなことを言いながら、店長は近くの倉庫からある物を持ってきた。ピンク色で、細長くて、ぷるぷる震えている、謎の物体を。
「なにこれ、バイブ?」
「魔道具だ、女の股間に入れて使う」
バイブじゃねーか。
今すぐドンキに返してきなさい!
「あ、ちょ、近づけんな、気色悪いっ!」
「……お前、そんなのでよくここで働けてたな。
ほら、受けとれ」
バイブを無理やり手に待たされる。
……し、使用済みだったりしないよね? 大丈夫だよね?
てか、なにこれ太すぎ、完全にオークサイズじゃん。
私の腕とおんなじ太さなんだけど。
え、なに、もしかしてこの世界これが標準サイズなの? まじ?
昔お風呂で見たのとも全然違うし、こんなの突っ込んだら絶対にぶっ壊れるんだけど、私。
「持っていっていいから、下の方は慣らしとけ。
ヤって血が出たら、客がビビる。
……それに、初めては痛むぞ」
「……生々しい話やめてえ」
完全にドン引きしてる私をよそに、店長は店の中へ戻ろうと歩き出す。
この鬼畜め。女の子の扱いというのをまるで理解していない。
睨みつける私、それに気づいたのか。
背中を向けた状態の店長が私に向かって、一言呟いた。
「——どうしても嫌なら、口か手で満足させろ。
客次第では1、2回出せば満足するやつもいるだろ」
「む、無理ぃ、ぜったい、むり。
というか、そっちの方がハードル高い」
下の方は、まぁ、ときどき、指とか入れたり、するけど。
でも、野郎のちん棒を口に入れる度胸はない。
手も嫌だ。今の俺では、見抜きで仕方ないにゃあするのが限界である。
「俺は開店準備の方に行く。
……覚悟が決まったら、3号室に行け。
来なかったら引っ張ってでも連れていく、いいな」
「……はい」
そんな思いは店長には伝わらず、結局私は震えるバイブちゃんと一緒に店裏に置いていかれるのであった。
「……ほんと、なんでこんなことになったんだよぉ」
店長が去ったとみるや、バイブをその辺に投げ捨てる。
こんなマンモスサイズ使えるわけがない。
慣らしとく、という店長の言葉は一理あるかもしれないが、今の精神状態じゃ、そういうことをする気には毛ほどもならなかった。
「ずっと、守ってきたのにな。
子どものときから、ずっと、貞操だけは」
一人になって、思い出すのは、昔の記憶だ。
こういう嫌なことがあると、すぐ過去に縋るのは、私の悪い癖である。
でも。
「……今日で、やられちゃうのかぁ」
縋らざるには、いられなかった。
……ほんと、わたしは馬鹿だなぁ。
いつも、大事なものを、なくしちゃう。
十八年、ずっと、守ってきたのに、こんな形で、なくしちゃう。
あのときもそうだった。
きっと、言ったらアイツは連れてってくれたのに。
大切だってことは、とっく、分かっていたはずだったのに。
私は……俺は、それだけで、よかった。
美味しいご飯も、かっこいい服も、大きな家も、なにもいらなかった。
ただ、俺は。
——幼馴染のアイツと一緒なら、それだけで幸せだったのに。
十八年前、俺はこの世界に転生した。
いわゆる、異世界転生というやつである。
前世の最後の記憶は、自分を置いて逃げる2tトラック。
つまるところ、なんの面白味もない交通事故だった。
死んだ後、俺は人口500人ほどの小さな村。
ちょうど、ルーリナの街から南西に行けばある、サイナラ村の赤子として生まれ変わった。
そうして生まれ変わった俺は、まずあることに驚いた。
そう、アレは確か、まだ母親のでっぱいおっぱいをぐへぐへへと堪能していた馬鹿な赤子だったころである。
まだ歩くこともままならない赤ちゃん時代。
いつのまにか粗相をしていた俺の処理に、母親がズボンを下ろしたとき、ふと気づいた。
——そこには、ついてるはずの物が付いてなかったのである。
見た瞬間は完全にパニックだったが、おっぱいを吸って冷静になった俺はすぐに理解した。
どうやら、自分は女として生まれ変わったらしい。
とはいえ、別に俺はそのことを深く考えなかった。
結局のところ俺というのは俺であるし、変に女の子めいた仕草を練習しようとも思わなかった。
両親はそんな俺を見て、結婚がどうこうと、随分と気にしていたようだが……関係ない話だ。
暇なときはおままごとじゃなくて枝を振るったし、時々村に来るシスターさんから魔物や冒険の話を聞かされたときはそれはもう心を躍らせた。
友達は少なかったが、べつに気にしない。
第二の人生。
特にやりたいこともないが、まぁ適当に生きていたらなんとかなるだろ、そう思っていた。
——そんなとき、俺はアイツと出会った。
幼馴染で、いつも村の子どもにいじめられていたアイツ。
割って入って、追い返してやったら、泣きながら、抱きついてきたアイツ。
それ以降、ずっと俺の後ろをついてきて、一緒に遊んで、喧嘩もして、でも5分もしないうちに「嫌いにならないで」って戻ってくる無邪気なアイツ。
一緒に風呂に入って、ちょっとからかってやったら、顔を真っ赤にして、逃げていったアイツ。
俺が素っ裸で川遊びしてるとこを村の連中に見られたときは、滅茶苦茶に怒ってきたアイツ。
お泊りのときは、安心できるように、二人で抱き合って一緒に眠ったアイツ。
泣き虫で、弱虫で、でも誰よりも優しいアイツ。
身長は俺の方が大きかったから、いつも手を引っ張って、村中を走り回ってやった。二人っきりで、毎日、時間も気にせずに。
俺たちはいつだって、一緒だった。
将来は二人で世界一の冒険者になろうって、二人で村を抜け出して自由になろうって、約束していた。
——まあ、結局果たされなかった約束だ。
「十年後、絶対僕が君を迎えに行くから。
君を守ってあげられるくらい、強くなって、戻ってくるから。
……それまで、じゃあね」
村を出ていくアイツを見送った後。
俺は、酷く後悔した。
嫌だった。
置いていって欲しくなかった。
ずっと、一緒って、約束したんだ。
十年なんて、長すぎる。
弱虫のアイツのことだ、あんな若さで村の外になんか出て、生きていけるわけがない。
そうだ、俺が、必要だ。
アイツには、俺がいないと駄目なんだ。
俺が以外のやつが隣にいるなんて、考えたくもない。
「……リーナ、ありがとう。
ぜったい、迎えに行くから」
だから、手を差し出した。
お前には、俺がいるって。
一人じゃないって、伝えるために。
——違う、これは真実じゃない。
俺は、ほんとはそんなことが言いたかったんじゃない。
手を差し出したのは、いつもみたいに握らせて、震えるアイツを安心させるためなんかじゃない。
……ただ、期待をしていたんだ。
村の奴らなんて、どうでも良い、って。
ただ、この手を握って、駆け出して欲しかった。
どこまでも、走って、走って、誰も知らない土地で、二人で生きていけば、それでいいじゃないか。
お前も、それで良かっただろ、なあ。
……俺を、一人にしないでよ、ばか。
アイツとは、もう十年会っていない。
なのに、ずっと頭の中には残っている。
——結局、私もあの後、村を出た。
お見合いに反抗した、半分家出のような形だったが、後悔はしていない。
出ていってすぐ、風の噂で、アイツの話を聞いた。
どこかのパーティに拾われて、冒険者になったという村出身の子どもの話を。
だから、私も冒険者になった。
昔からの憧れでもあったが、なにより、冒険者を続けてれば、アイツに会えるんじゃないかって思ったからだ。
……でも、残念なことに私に冒険者の才能はなかった。
パーティは全滅し、金を借りて買った武器もお釈迦。
借金は膨れ上がり、ついには貴族の性奴隷に堕ちる直前。
そんなときだった。
『こいつは俺が買う、お前らは手を出すな。
金には色目はつけん、好きなだけ持っていけ』
——私は店長に買われて、娼館リユニオンの嬢になった。
娼館で働くこと自体は別にそこまで苦ではない。
嬢のみんなは優しいし、店で一番若い俺を可愛がってくれている。
特にハーフエルフのおばさま方はべったりだ。
ただ、それも、客を取らなくて良いという思い込みがあったからだが。
……今日、私は純潔を失う。
「……もう、時間。
行かないと、3号室、だったよね」
男とそういう行為をすることを、自分がどう思っているのかは、正直分からない。
もう、女として十八年生きているのだ。
ほとんど男時代と変わらない長さである。
だけど、でも。
……知らない人となんか、やだよ。
——アイツが村を去ってから、徐々に自分が女らしくなっているのを感じる。
外で遊ぶこともなくなって、家に籠る日が増えた。
ご飯も食べず、太陽を浴びてないからか、焼けていた肌は真っ白になって、どんどんとやせ細っていった。
身長がまるで伸びなかったことも相まって、今はもう完全にそっち系の容姿である。
……アイツがいたら、こうはならなかったのかな。
「一人は寂しいよ、ねえ」
寂しさを埋めるため、自分を慰めることも増えた。
娼館に入ってからは、特に。
でも、一時の寂しさは生まれても、結局、根本的なとこは変わらない。
「……アルス」
アイツの名前は、一時も、忘れたことはない。
約束だって、覚えている。
もう村にもいないし、きっと、果たされることはないだろうけど。
……はは、アイツにだけはこんな状況、知られたくないな。
こんな惨めな末路、十年も待ってるアイツに知られたら、きっと、軽蔑される。
考えながら、私は歩き出す。
娼館で働く嬢の女、リーナとして。
客を待つ、3号室へと。
部屋に入って、客を待ってる間。
私は店長に言われたことを思い出す。
「……ちょっと、くらい。
慣らした方が、いいよね」
昔の事を思い出したせいか、感情が昂っているのが分かった。
いまなら、少しくらい、反応もするだろう。
部屋には催淫効果のあるアロマが置かれている。
あの店長はこういうところに抜かりがない。
いつもは掃除のときに匂いが残っていて嫌だったけど、今日は別だ。
ベッドの上、私は下着を軽くずらして、手を伸ばす。
「っ、はあ」
三号室の壁は薄い。
掃除のとき、よく嬢の声が響いているから、知っている。
だから、我慢しないといけない。
いけない、のに。
「……あいたい、よぉ」
勝手に、口からこぼれだす言葉。
誰に向けてのものかも分からない、甘い声。
意味は、分からないけど、この言葉を呟くと余計に身体が、火照るのを感じた。
……そして。
もう一度、ベッドに顔を埋めながら、今度は我慢もせず、声を出そうとした、そのとき。
コンコンというノックの音が、ドア越しに、響いた。
『——あ、あの、すいません』
「ひゃいっ!?」
心臓が高鳴る。
若い男の声。
間違いない、騎乗位筆下ろし尻穴希望の変態がついに来たのだ。
『三号室ってのは、ここであってますか?』
慌てて下着をもとに戻す。
どうせ脱がされるとはいえ、わざわざ相手を興奮させるような真似はしなくていい。あくまで、事務的で良いんだ。
「……やるしか、ない」
——そうだ、気合い入れろ、私。
娼館に入った以上、こういう日は来るって、心の底では分かってたはずだろ?
だから、やるんだ。
もう子どもじゃないんだから、嫌なことだって、しないといけない。
深呼吸の後、私は震える手を胸に抱きながら、声を放った。
「——あー、はーい。
合ってますよー、お客様」
娼婦として、嬢のおばさま方に叩き込まれた、商売用の声。
こんな媚びた声を出すのは屈辱でしかないが、今は我慢するしかない。
客の機嫌さえ取り続ければ、今日の行為だけは、避けられるかもしれないんだから。
私は目の前のドアが開かれるのをゆっくり待つ。
……一体、どんな奴なんだろうか。
できれば、優しい奴ならいいな。
背が大きくて、すらっとしてて、筋肉もあって、いつも不安そうな顔してるけど、ときどき笑った顔が、太陽みたいに輝いてる、そんな奴。
……いるわけないか、変態だしな、こいつ。
『あ、あの、えっと』
それにしても、外にいるやつ、なんで入ってこないんだ?
初めてとはいえ、ドアに入るくらいなら、できると思うんだが。
不思議に思って、立ち上がったとき。
ドアの方から声が聞こえた。
『……違うんです、僕、パーティメンバーに勝手に予約されて、ほんとはこういうとこ来たくなかったんです』
「え?」
それは、静かな声だった。
まるで、誰かに弁明するかのような、恐れを秘めた声だ。
こういう話し方をする奴を知ってるから、簡単に分かった。
直後、私の直感があることを示す。
……こいう、もしかしてただの変態じゃないのか?
『故郷に、好きな人がいるんです。
好きだって、言えずに、出ていっちゃったけど。
だから、そういうことは、したくないんです』
扉越しに伝えられるのは、感情の籠った重い言葉。
誠実さを声にしたようなまっすぐな話し方に私は思わず、胸を打たれる。
後悔。
彼の言葉から最も感じられるのは、その感情であった。
「——そっか」
間違いない。話を聞くところ、ここに来たのは本意ではないのだろう。
故郷に残してきた恋人……泣ける話じゃないか。
私には関係ない話とはいえ、完全に感情移入してしまった。
よし、ここは彼の希望を聞いてやろうじゃないか。
互いにやらないし、やられない。
90分コースというのは少し長いが、例の恋人との惚気話でも聞かせて貰えばすぐに終わるだろう。
……それになにより、貞操を失う危機がないということは、こちらとしてもウェルカムだしな。
とはいえ。
「一応中には入ってよ。
見回りも来るかもだしさ。
もちろん、何もしないのは約束するから」
客を外に立たせるのはまずい。
最近は質の悪い客も増えて、見回りも多くなった。
変に勘違いされて起爆ボタンをポチッとされるのは避けないといけない。
『ほ、ほんとに、何もしないんですよね?』
「しないよ。
アレだったら終わるまでお風呂にでも隠れとくからさ、とりあえず中に来てよ」
言ってはみるも、彼は中々部屋に入ろうとしない。
……んー、そんなに心配か。
もしや、商売モードの声が良くないのだろうか。
彼、DTらしいしな。この大人の女ボイスの私に怖がるのは仕方ないだろう。
前世の私もこんな状況だったら、絶対ビビるし。
そうとあれば仕方ない。
私は彼を部屋に招き入れるため、自らドアの方へ向かい、そして。
ゆっくりと、その扉を開けた。
——瞬間。
姿の晒された私たちは、互いの身体へと視線を向け合う。
……うお、すごいな。
デカい。
軽く180cmは超えるであろう身長に、鍛え上げられている肉体。
冒険者でもやってるのだろうか、パーティの仲間なんて話もしてたしな。……いやいや、にしても鍛えすぎだろ。
こんなの、もし抱きしめられでもしたら、そのままぽっくりイってしまいそうである。……もちろん、そんな展開にはならないけどね?
ボーッと馬鹿げたことを考えながらも、私は好奇心から、視線を上へ向け、彼の顔を確認しようとする。
身長差がありすぎて、よく見えないけど……あ、ジャンプしたらちょっと見える。ふむふむ、どんな感じ……
ん、なんだ?
なんで、こいつ、そんなに驚いている、ん、だ。
……え?
そして、私は気づいた。
気づいてしまった、目の前の人物の、正体に。
……それは、おそらく彼の方も同じだ。
見開いた綺麗な目は、いくつか、傷跡がついてしまっているけど、でも、間違いない。
「——アルス?」
十年前、村を去った幼馴染、アルス。
忘れやしない、私たちは親友だったんだ。
小さくて、いつも私の後ろについて来ていた、可愛かった、アイツ。
「……り、りーな?」
その、アイツが、私の目の前に立っていた。
……馬鹿みたいに、かっこよくなった姿で、私の前に。
「は、はっ、はーあっ!!?
お、おま、うっそだろ、お前ぇっ!!?
デッッッカ!!? え、まじでぇ!?」
「な。なんで、なんで、こんなとこにリーナが……
む、村の方に、いるんじゃ、ないの?
なんで、娼館なんかに、リーナが。
それに、凄く、痩せてる、し」
こうして、私は最も会いたかった幼馴染と再会を果たすことに成功した。
——ただし、最も会ってはいけないであろう場所で、だが。
完全に性癖だけで書いてる