旅立つ幼馴染を見送ったTS薄細美少女の俺。十年後、スラム街の娼館にて再会を果たす 作:しゃふ
レストランに入り、案内されたのはおしゃれな雰囲気の個室だった。
薄緑を基調とした壁紙に、暖かさを感じられるオレンジの照明、床には椅子ではなく座敷が用意されている。
……こういうところは初めて来たけど、やはり緊張するな。
「わー、すごいね、これ。
スラムの方じゃ見たことないよこんなの。
よく知ってたね、こんな凄いとこ」
「ん、ここはパーティメンバーに教えてもらったんだ。
あはは、僕もあんまり詳しくないから、こういうとこ」
「へー、おしゃれな人なんだね」
「……それは違う気もするけど」
頭に浮かぶダグラスに親指を立てられたので、僕はそう答えた。
彼のイメージとは真逆の場所だけど、なんでこんな場所知ってたんだろうか。
前日になって、急にここが良いって言ってきたことも考えると……もしかして、探してきてくれたのか?
——なら感謝しないとな。
そう思いながら、僕は座敷の上に座った。
当然のように、リーナとは隣同士だ。
「えへへ、娼館以外でも二人っきりなの、嬉しいね」
自然に、距離が詰まる。
互いの手はさっきからくっついたり、離れたりを繰り返していた。
握った方が、いいだろうか。
僕は勇気を出して、彼女の手へと指を絡めようとする。
しかし。
「失礼します。
こちら、サービスになります」
扉を開けて入ってきた店員の声によって、僕の手は止まった。
……う、良いとこだったのに。
「当店自慢のワインです。
南部地域の農村にのみで栽培される特別な果実を使用したもので、我々の店では最も人気があり——」
長々と説明を始める店員だが、残念ながら僕の耳にはほとんど入ってこない。
たぶんリーナも同じだろう。
さっきからずっとぽかーんと可愛い顔してるし。
「では、ごゆっくりどうぞ。
ご注文は備え付けの魔道具から可能ですので」
「あ、はい、わかりました」
そんなこんなで店員が去った後、僕は机の上に置かれたグラスへと手を伸ばした。
……良い匂いがする。
流石高級品ということか。
「あー、私この後お店あるんだよね……ま、いっか。
ちょっとだけなら大丈夫でしょ」
リーナも少し迷った素振りを見せながらも、グラスへと手を伸ばす。
そして。
「じゃ、再会に乾杯ということで」
「ん、そうだね」
カチンっという音が室内に響き渡り、僕らはワインを喉へと流し込んだ。
その、数十分後。
食事を終え、大量のワインのグラスが目立つ机の前で、僕は——
「ねー、どこにも行かないでよぉ、あるすぅ」
「ちょ、ちょっと、リーナ。
ちかい、ちかいって」
リーナに絡みつかれていた。
背中から、ほっぺをぺたっとくっつけられながら。
「えへへぇ、はずかしがっちゃってぇ。
ねぇ、いいじゃん、むかしはこんなのしょっちゅうしてたでしょぉ」
「そ、そうかもだけど。
今は、その、お店の中、だし」
「いいじゃーん。
ねー、アルスぅ、ちゅーしてよぉ、ねぇ。
してくれないなら、わたしから、しちゃうよぉ」
わ、悪い酔い方してるっ、ぜったい、これっ!
僕は顔を近づけてくるリーナのお腹へと、腕を伸ばし、ひょいっと高く持ち上げる。
まるで子ども扱いだが、緊急時だ仕方ない。
「だ、だめだから。
お酒に酔ってそういうことは、だめ」
「えー、べつに酔ってないけどぉ?
う、解放しろー、あるすー」
いや、酔ってるよ!
だって、今も空中でずっと足バタバタしてるし、てか、あ、ちょ、それだめ、スカートがっ——
「パンツ見た?」
「……みてないです」
僕はリーナを自らの組んだ膝の上に降ろす。
下手に自由にさせるとまた絡みつかれるに違いない、それなら僕の膝の上に捕まえて置いたほうが安全である。
あと、こうすれば見えないし。
「……ん、これすき。
アルスの匂い、する」
そんなことを呟きながら、リーナは僕のお腹へともたれかかった。
「んぁ、んき、これぁ」
声にならない声をこぼすリーナ。
その顔は酔いからだろう、真っ赤に染まっている。
……こんなにお酒に弱かったのか、リーナ。
う、止めてあげればよかったな。
いや、正確には止めはしたんだけど、酔いが回ると同時に飲みのペースが加速して気づいたらこうなっていた。最後の方は僕のグラス勝手に取って飲んでたし。
「リーナ、今度からはいっぱい飲んじゃ駄目。
良い?」
僕は少し語意を強めながら、彼女に語る。
流石にこんなのになるまで飲むようじゃ心配だ。
普段は飲まないらしいけど、注意はしとくべきだろう。
「……うぅ、しらないもん。
だってぇ、アルスと一緒だもん、いっぱい飲みたかったもん」
僕の言葉を聞いてリーナが反応する。
ぐずついた声に、ぷいっと下にそむけた顔。
……まずい。
今度は急にしょんぼりさせてしまったな。
「リーナ」
僕は彼女のお腹へと両腕を伸ばす。
相変わらずワンパターンの方法だが、でも、これが僕にできる一番のことには違いなかった。
「ん、あるす」
やはり、効果はあるようだ。
すぐに、甘えるような小さな声が、僕の膝元から漏れ出す。
……少し、なんというか、艶っぽい声だ。
気を付けないと、まずいかもしれない。
位置的に、バレるし。
そんなことを考えて、僕がピンと背中を伸ばしたときだ。
「——ねぇ、アルス」
顔を下に向けたまま、リーナが小さく、言葉を放った。
「あの魔道具、使ってくれた?」
「へっ」
予期せぬ質問に、僕の身体がビクンと跳ねる。
「つ、使ってないよ!
うん、一回も、ない。
部屋には、置いてるけど」
……正確には気になってちょっと触ったりはしてるけど、でも、本当の意味で使ったことは一度もない。
せいぜい指一本いれたくらいだ、それもかなり浅めなとこに。
だが。
「えー、嘘ぉ。
知ってるのにぃ、わたし」
なぜか、リーナの返答には確信めいたものを感じられた。
「ま、まー、でも?
正直、言って拍子抜けというかぁ?
最初はその、腰ぬかしちゃったけど、でも、慣れたら大丈夫だったもーん」
意気揚々と宣言する彼女。
僕はその言葉の意味がよく分からず、疑問を投げかけようと、口を開く。
しかし。
「ふふぅ、エッチも大したことないんだねぇ」
その言葉がリーナの口から放たれた瞬間、僕の身体は硬直した。
——エッチ。
思えば、こういう直接的な言葉が、彼女の口から出たのは初めてかもしれない。
身体が熱くなると、同時。
急激に、頭に寒気が訪れる。
原因は、一つ。
考えたくなくて、目を背けていた、とある事実だ。
でも。
「……リーナは、そういうこと、どれくらいしてるの?」
このとき、お酒の力もあったのだろう。
僕は初めて会ったときにできなかった質問を、彼女へと投げかけた。
「エッチを?」
「うん。
もちろん、言いたくないなら、大丈夫、だけど」
別に、リーナがそういう経験があったところで、僕の気持ちは変わらない。
でも、だけど。
知りたいと、思ってしまうのは仕方ないことだろう。
彼女の言葉を待つ。
背を向けているせいで、顔は見えない。
分かるのは、脈打つ心音と、火照る体温、それだけだ。
リーナの口から、言葉が放たれる。
「したことあるわけないじゃん。
もー、アルスのえっち、へんたい」
……え。
「んぅ、ちゃんと守ってるんだから。
10年間、ずっと」
——したことがない。
その言葉が何度も僕の頭を反復する。
リーナは、経験が、ない?
ほかの男の人と、そういうことを、していない?
お風呂での態度とか、魔道具を見ての反応とか、気になることはあったけど、でも娼館で働いている以上、多少の経験はあると、思っていた。
だけど、僕は彼女の口から直接、そういうことをしたと聞いたことはない。
……それに、あの魔道具の形だって、何人もの人と行為をしているとは、まるで思えないものだった。
「——もしかして、信じてないの?」
いつのまにか、リーナがこちらに振り向いている。
ぷくっと膨れ上がった頬、心外とも言わんばかりのジトっとした目が僕へ向けられる。
「……むー、アルスのばか。
ばかばかばか。
もしかして、ずっと勘違いしてたの?」
心臓が激しく揺れている。
自分の今の感情がよく分からない。
けど、でも。
——リーナの、初めて。
一つだけ、はっきりとしている、僕の想い。
それは、頭の中を渦巻いては、火照る身体を、激しく刺激する。
「だったら、試しちゃえば、いいのに」
「——え」
唐突に呟かれたリーナの言葉。
それを最後に、彼女は僕のお腹に顔を埋めだす。
「り、りーな?」
僕はその意味を理解するため、彼女の頬に、ゆっくりと手を当てる。
そして、気づいた。
「……ぐぅ、ぐぅぅ」
あれ。
……寝てる?
「んぁ、もう、むりだよぉ、あるすぅ。
もー、えっちぃ、なんだから」
……完全に寝ちゃったな、これ。
お酒の影響もあるだろう、仕方ないことだ。
……もうちょっと、話したかったけど、でも今日はいっぱいいっぱいか。
にしても、可愛い寝顔だ。
僕は寝息を立てる彼女の笑みに、視線を奪われながら、自らの手を膝の上まで落とす。
そして。
——そっと、その頭の上に乗せた。