旅立つ幼馴染を見送ったTS薄細美少女の俺。十年後、スラム街の娼館にて再会を果たす 作:しゃふ
「んぁ、ここどこ」
硬い床の上で目を覚ます。
頭が痛い。
ぐわんぐわんゆがむ視界に、喉の渇き。
——二日酔い。
頭に浮かんだその言葉は、ぐらぐらと私の脳を揺らしていた。
「……いたた、わたし、どうやって帰って来たんだっけ」
完全に記憶が飛んでいる。
確か、アルスとご飯食べに行って、手つないで、乾杯して……えーと、それから。
頭を巡らせる私。
んー、思い出せそうで思い出せない。
……うぅ、せっかく、アルスとの思い出なのに。
そう思いながら、ドンと床を手で叩いたとき。
「……はぁ、やっと起きたか」
背中の方から聞きなれた野太い声が現れた。
あ、変態だ。
「間違えた店長じゃないですか。
起きて初めて見るのが嫌な顔ランキング殿堂入りの店長じゃないですか。なんか用ですか?」
「そんなランキングはない。
というか、仕事ほっぽり出して寝やがったのはどこのどいつだと思っている」
「……ダレデス?」
「お前以外にいると思うか」
デスヨネー。
確かに昨日は働いた記憶がない。
というか、よくよく考えれば記憶飛ばすくらい飲んだのだ。
働けるわけないだろう。
うんうん、私のお茶目さん。
「恥を偲んで聞きますが、私、昨日どう帰ってきました?」
「……開店前にアルスに背負われたお前が店に来た。
使いもんにならんから、床に転がしておいた、それだけだ。
言っとくが、運ぶのはアルスの奴にやらせたからな」
おー、完全にやらかしてるな。
余裕で首が飛ぶ案件である。わりと、物理で。
「ごめんなさい、店長。
今週、休憩返上で頑張るので許してください」
「そんなのはどうでもいい。
それより、身体は大丈夫か」
「え、まぁ、はい。
……もしかして心配してくれてます?」
私の言葉を聞いて、店長は露骨に顔をしかめだす。
「商品に傷が付いたら困る。
……それだけだ」
そう言って、店長はふんと鼻を鳴らした。
……ツンデレだ。ぜったいこれツンデレだ。
国宝指定のツンデレ店長である。
「店長も嬢として店に出たらどうです?
きっと物好きの変態が買ってくれますよ」
「変態向けはお前で十分だ。
うちはもともと王道でやってるんでな」
いやいやツンデレも王道ですよ。
ちょっと外見がヤ○ザなだけですし、スク水とか着せたらきっと……いや、想像するときついな、うん、やめようかこの話。
「では、私はそろそろ店の方に行きます。
店長だけじゃまだ経理が間に合ってないでしょうから」
唐突に冷静を取り戻した私は店長にそう告げる。
どうやらスク水店長のおかげで酔いが吹っ飛んだようだ。
まあ、まだちょっと、気持ち悪さはあるけど。これはたぶんスク水由来の方だろう。
私は重い頭をそのままに店の中へ向かおうとする。
けどそのとき。
「待て、お前に大事な話がある」
「え、またですか?」
いつぞやと同じような言葉で店長に呼び止められた。
ん、なんだ。
また首輪についての変態的な話でもするのかな。
野外露出犬ちゃんプレイはエッチだぞ新一とか言ってくるのだろうか、右手の辺りに寄生されそうで嫌だな。
そんなどうでもいいことを考えながら、私は彼の言葉に耳をすませた。
「次の土曜日は来なくていい。
急遽、有名な貴族が店に来ることになった」
「え?」
——なんか思ってたのと違う話だ。
私は思わず身構える。
……貴族か。
あんまり、聞きたくはない言葉である。
「お前の貧相の身体を見せるわけにはいかない。
だから絶対に、娼館は顔を出すな。
仕事はいいから、宿にでも泊まってじっとしてろ」
「……え、まじですか?」
……まぁ、貴族がどうこうは一旦置いといて、つまるところ、次の土曜日は休めということか。
珍しいな、店長の方から言い出すなんて。
というか、初めてな気もする。
「大丈夫なんです? 私がいなくて、その、受付とか」
「問題ない。
その日は嬢も増員するし、そもそも貸切だ。
他の客も来ない」
そうか。
確かにそれなら店の方はなんとかなるか。
とはいえ怖いのは貴族と揉めちゃうことだけど……ま、店長のことだ、そういう事態は未然に防いでくれるだろう。
てか、そのために私みたいな不敬の塊みたいな奴を省いてるんだろうし。
——にしても、土曜か。
アルスが娼館に来るのが、金曜日の夜。
そうなれば、お店が終わった後、アルスと一緒に帰るってのも、できるかもしれない。
……ふふ、次のとき、相談してみるか。
頬を緩ませる私。
そんな姿を見て不安に思ったのか、店長が再度口を開いた。
「いいか、ぜったいだ。
ぜったい店には来るな。近寄ることすら許さん」
かなり語気が強い。
よっぽど、その店に来る貴族とやらに私を会わせたくないのだろうか。
べつに私も貴族だからと言って突然グーパンチ喰らわすような奴じゃないんだけど。
「はいはい、わかりましたよ。
店に来なきゃいいだけでしょう?
そのくらい簡単です」
「あぁ、そうだ。
できればスラムにも近寄るな、金曜の仕事が終わったらすぐにここを出ろ」
「……はぁ」
……さすがに念押ししすぎだな。
私は彼の態度に疑問を持ち、質問をする。
「貴族って、なんて名前なんです?
もしかして、有名な人だったりするんですか?」
べつに貴族には興味もないし、知りたくもないけど。
でも、店長のこの態度に例の貴族とやらが関係しているのには間違いがないだろう。
そう思って、私は聞いたんだけど。
「——そんなこと、お前は知らなくていい」
返ってきたのは、冷たい言葉。
心臓を突き刺すような重い声色に、思わず身体が震えた。
……なんか、ちょっと怖かったな、今の店長。
私は、彼の顔が見れず、俯く。
怒らせた、っていうわけじゃないだろうが、でも、今のは少し驚いた。
最近は、怒られることもあんまりなかったから。
まぁでも、仕方ない。
結局のところ私と店長の関係は、奴隷とご主人様のようなものである。
そう、鬼畜変態ご主人様なのだ、店長は。
……だから、別に落ち込むようなことではない。
そう自分に言い聞かせて、私は俯く頭を持ち上げる。
そのとき。
「——おらよ」
頭を上げた瞬間、私の視界に映ったのは太い腕。
切り傷に、火傷痕、手にはいくつものマメができていて、そのほとんどが潰れている。
そして。
——その手には一つのお茶碗が乗っていた。
「二日酔いのときはこれが効く。
食って栄養つけろ。
その身体も、もう見飽きたんだ」
茶碗によそわれているのは、玉子の入ったお粥。
白い湯気が立ち、熱気が私の身体を包み込んだ。
「……ほら、さっさと食え」
私が起きたときのため、用意しておいてくれたのだろうか。
まだ温かいし、具が多くて手間もかかってる。
店長だって、忙しいだろうに。
「——なんで店長はいつも私のこと気にかけてくれるんですか?」
自然と、言葉が口から出ていた。
「なんの話だ、急に」
まるで覚えがないとでも言いたげに、店長は私を睨みつける。
だけど、その眼光には悪い客を前にしたときの鋭さはなかった。
……昔は怖かったが、今はもう真逆だな。
私は話を続ける。
「アルスが来るまで客の前に出さないでくれたこと。
頼んだらいつも美味しいご飯を作ってくれること。
それに、貴族に売られるとこを助けてもらったのもそうです。
……覚えがないなんて言わせませんよ」
店長の表情が動く。
驚いているというか、困惑しているというか、どうにも言い表わせない顔だ。店長らしいと言えば、らしいけど。
「たまには話してくださいよ、店長のこと。
私たち、もう結構な付き合いでしょう?」
その言葉を最後に、私は彼の顔をじっと見つめた。
「……聞いて楽しいもんじゃないぞ」
「それは聞く側が判断することです。
それに、楽しい話じゃなくても知りたいって思うのは、普通のことですよ」
私の言葉を聞いて、店長が呆れたようにため息をつく。
そして。
「俺はこのスラムで育った。
……年の離れた妹と二人きりでな」
彼の話が始まった。
「親はいない上に、家も、仕事もない。
肌は汚ねえし、髪も伸び切って、街には入ることすら許されない。お遊びに来た貴族には石を投げつけられ、蹴り飛ばされる。典型的な浮浪者だ。
今でも、スラムを歩けば山ほど見かけるだろ」
酷くぶっきらぼうな話し方だ。
こういう話を、誰かに聞かせた経験は少ないのだろう。
「だが、まぁ、真面目に生きていたつもりだ。
盗みも、殺しもやらなかった。
やろうとすれば、妹に泣かれたからな」
「妹さん、良い子だったんですね」
「……あぁ、ほんとにな。
なんで、こんなとこに生まれたのか不思議になるような奴だった」
噛み締めるような言葉に、伏せた目。
沈んだ言葉の意味は、彼の語り草から推測できた。
「アイツは15になる直前に死んだ。
飯が食えずに、病気で痩せ細って、アイツに黙って初めてパンを盗んだ帰りには、もう、動かなくなっていた」
「……そう、ですか」
胸が痛む。
理解はしていた。
スラムでは決して珍しいことではない、生まれて数年で死ぬ赤子だって、何人もいる。
……けれど、どんなに悲惨な不幸を目の当たりにしたとしても、それで心の痛みを止めることなんてできない。
「アイツが死んだ後、クソの貴族の家から盗んだ魔道具を質に入れて、金を作り、スラムで死にかけている女どもに飯を食わせて、娼館を作った。
それが、ここリベリオンの始まりだ。
……この後の話は、もういいだろう」
「これが全てだ。
どうだ、つまらん話だったろ」
その言葉を最後に、店長は話をやめた。
「……そんなこと、ないです」
私は答える。
……店長の話に嘘はない。
表情も、言葉尻も、全部がそれが事実だと物語っている。
でも、まだだ。
「待ってください。
まだ、教えてもらってないことが、あるじゃないですか」
この話じゃ店長が私を気に掛ける理由が分からない。
妹がいるとは言ってたけど、でも、娼館には私くらいの歳の子は何人かいるはずだ。
なんで、私なんかを。
「——リーナ」
え。
「俺の妹の名だ。
酷い、偶然だろう。
そのせいで、たまたま奴隷市で見つけたお前に大枚叩くことになったんだからな」
店長は語る。
淡々と、私の目を見ながら、語り続ける。
「——勘違いはするな。
お前はあくまでここで働く娼婦だ。
決して、特別扱いをするつもりはない」
店長の目を見る。
相変わらず、目の中が真っ黒に染まってるってくらい、どんよりとした目だ。こうなったのは、きっと、彼の経験によるものなのだろう。
……でも、私は知っている。
「分かったか、リーナ」
その暗闇の中に、確かに暖かさが宿っていることを。
私は彼に向かって頭を向ける。
「……リーナ」
重い手が髪の毛をゆすった。
下手くそな撫で方だ。こんなんじゃ、髪型がくしゃくしゃに崩れちゃうだけである。
……まぁ、店長らしいと言えば、らしいけどね。
「——今まで、一人でよく頑張りましたね、店長」
私は彼に向かって微笑む。
暗い話に、重い空気。
渦巻く感情は、私の笑みを強張らせようと、激しく心を潰すけど。
でも、大丈夫。
きっと、妹さんはこんなときだって笑うことができた人のはずだ。
そう思って、もう一度、笑みを見せたとき。
「一人じゃない」
店長が声を放った。
「ハニイ、リリス、パール。
受付の奴らも、みんないるだろう。
……俺は決して、一人なんかじゃなかったさ」
頭に置かれた手は、その言葉を最後に止まる。
「——お前もな、リーナ」
「ま、そうでしたね」
そうして、店長との話は終わった。
……で、それはそうなんだけど。
「あの、ところで店長」
「なんだ、早く粥を食わないと冷めるぞ」
話が終わった後、私は店長に指摘する。
そう、先ほどからずっと気づいていた、あることを。
「……さっきからずっと、後ろで奥様方が見てますよ」
「は?」
振り向く店長。
その視線の先には、何人かの女性が立っている。
「リーナちゃんが心配になってきたのだけど……ふふ、店長さんの良いところを見れて嬉しいわ」
「そうね。
ただの変態店長かと思っていたけど見直したわ。
貴方、まだマシな方の変態だったのね」
「あ、変態ではあるんだ」
微笑を浮かべながら、口々に言葉を放つのはハニイさんを中心とした娼婦たち。その姿を見た店長は、露骨に嫌な態度を出しながら、口を開く。
「……さっさと仕事に戻れお前ら」
そう言い放った店長の顔は、私のとこからはちょうど見えない位置だった。
まあ、でも、きっと。
——いつもの彼の強面が少しくらい、マシになっているのは間違いないだろう。
そんなことを考えながら、私は店のお粥を口元へと運んだ。
味はもちろん、言うまでもなく満点であった。
次回は三号室でのお話。
今回との温度差で風邪ひいちゃわないようにパンツはギリギリまで脱がないようにしましょう。