旅立つ幼馴染を見送ったTS薄細美少女の俺。十年後、スラム街の娼館にて再会を果たす 作:しゃふ
娼館での諸々を終え、私たちは宿の扉の前に立っていた。
「——ここが、アルスの宿なの?」
大きな背中に抱きつきながら、私は彼の耳元に向かって呟く。
「うん。
一応僕らのパーティだけで使わせてもらえることになってるから、緊張しなくて大丈夫だよ」
「か、貸切なんだ、すごいね」
さすがSランクパーティと言ったところか。
私なんかいつも娼館の独房みたいなところで寝泊まりしているというのに。……いや、宿自体はあるんだけどね、仕事が忙しくて行けてないだけで。
社畜精神極まれりであるが、そんな私にとっての貴重な休みが今日だ。
ここはうんと堪能することにしよう。
「……それより、リーナ。
身体の方は大丈夫?」
「え、あぁ、うん。
歩くのはちょっとアレだけど、もう全然平気」
お風呂にも入れてもらったし、腰の方もある程度は復活している。
今日は知らないが、明日になれば歩くことはできるだろう。
というか、なってくれないと困るのだ。
……明日は、アルスとお出かけするって、決めてるし。
そんなことを考えながら、私は改めて宿のほうに目をやる。
「おー、おっきい。
さすがアルスサイズだね。うんうん」
「……そういうこと言わないの、めっ」
いや、べつにそういうつもりで言ったんじゃないけど。
もう、アルスのえっち、えっちっち。
脳みそがピンクに染まってるんじゃないか、ふふ、エロガキめ。
「もう、仕方ないなぁ」
私は身体をさらにぎゅっとアルスに密着させる。
おっぱいがないのが残念だけど、たぶんちょっとくらい効果はあるだろう。……あるかな、あるといいな。
「……リーナ、その、今、外だから」
「いいじゃん、どうせこんなド深夜、人なんかいないし」
私はほっぺたをペタッとくっつけながら、アルスに囁く。
体温が伝わって、暖かい。
もう夜だし、眠気もある。なのに、私の胸は未だに激しく脈打っていた。
——ずっと、こうしてたいなぁ。
そう思ったときだった。
「——ったく、うるさいな」
「……へ」
ドカン、という大きな音とともに目の前の扉が開いた。
……いや、正確には蹴飛ばされた。
そう、どーんからのぱかーって感じである。うん、伝わんないね。
「誰だ、人の宿の前でイチャついてんのは。
他所でやれ、他所で……あ?」
戸惑う私をよそに、現れたのは一人の人間。
その姿を見た瞬間、ビクッと肩が動いた。
……うお、巨漢だ。目の前に巨漢がいる。
しかも中々の悪人顔をしている巨漢だ。
店長にはぜんぜん及ばないからそこまで怖くはないけど。なんか、荒くれ者って感じがすごい。顔も傷だらけだし、巨漢だし。
「……だれ? アルス」
私はアルスに向かって声を放つ。
宿の中からでてきた、そうなれば必然的に彼の知り合いなのは間違いない。
「……えーと」
なぜか嫌な顔をしているアルス。
そんな姿を不思議に思いながら、私はもう一度目の前の巨漢さんに目をやった。
すると。
「——おいっ! ジェルナー!!
アルスの野郎が女連れ帰ってきやがったぞっ!!」
巨漢が叫んだ。
こんなど深夜というのに、大声で。
——てか、今言った名前聞いたことあるな。
「なんですってっ!!」
声とほぼ同時。
宿の中から、女の人の声が聞こえた。
……あ、この声、もしかして。
そう思うと同時、ドタバタと宿の中を駆ける音がして、そして。
「って、リーナちゃんじゃないの」
「あ、お久しぶりです、ジェルナーさん」
ぼよんぼよんと跳ねる胸を携えながら現れた女の人。
私は彼女を知っていた。
そう、前に教会で会ったおっぱいさんだ。
今日も相変わらずでっぱいしてる。
……ずるい、あれだけあったら、私だってアルスを魅了できるのに。
私はジトっとした目を維持しながら、アルスを見つめる。
「——こうなるとは思ってたけど、はぁ。
しょうがない、とりあえず入ろっか、リーナ」
「おう、入れ入れ。
背中の嬢ちゃんも大歓迎だ。
こんな珍しいことはないからな」
そんなこんなで、私は宿へと足を踏み入れることになったのである。
宿に入った私たち二人を迎えていたもの。
それは、カコーンという乾杯の音だった。
「じゃ、パーンと飲もうぜ。
ジェルナー、お前もいけるよな?」
「はいはい。
ま、深夜だしべつにいっか」
どこかから持ってきたおっきなジョッキ。それには白いあわあわが溢れるほどに浮かんでいて、思わず「おー」と感嘆してしまった。
「ちょっと、お酒はやめてくださいよ、二人とも。
リーナに悪影響です」
「まあまあ、いいじゃねーか。
せっかくリーナちゃんと会えたんだ。ほら、お前も飲めよ」
「……いや、遠慮しときま——駄目だからね? リーナ? 普通にお酒に手を伸ばさないで?」
「あ、やっぱだめ?」
まあ、確かにまた記憶を飛ばすのは良くないか。
私は若干の寂しさを覚えながらも、ジョッキから手を離した。
「改めて、自己紹介しよう。
俺はダグラス。
そこのアルスのパーティメンバーだ」
「こんな顔してるけど、悪い奴じゃないのよ。
ちょっと、頭と性格と金遣いが荒いだけで」
ジェルナーさんの言葉を聞いて、ダグラスさんがガハハと笑う。
豪快な笑みだ。
こういう笑みをする人に悪い人はいない。
そのことは娼館の受付の経験から、なんとなくわかっていた。
ま、アルスのパーティメンバーだし、当然か。
……そうか、パーティメンバーかぁ。
「あの、一つお願いがあるんですけど、いいですか」
「お、なんだ嬢ちゃん。
言ってみろ言ってみろ、金を貸す以外のお願いならなんでも聞いてやる」
「では、お言葉に甘えて」
彼ら二人に向かって、声を放つ。
「アルスとの冒険の話。
聞かせてくれませんか」
私がいなかった十年間、その話を私は聞きたかったのだ。
「お、そんなことか。
ほいほい、お安い御用よ」
「……変なこと言わないでよ、ダグラス」
「大丈夫大丈夫。
初めて会ったときにお前が小便漏らして泣き叫んでたことは言わな——うおっ!?」
「殺す」
そのまま、私は彼らから色んな話を聞いた。
冒険の話、仲間の話、これからの話。
それらを聞くたびに、私の胸は激しく揺れた。
当然だけど、彼らは私の知らないアルスを知っている。
分かっている、分かっているからこそ、感情がかき乱されるのだろう。
……私じゃ、できなかったことだから。
「……リーナ? 大丈夫?」
「……ん、へいき。
それより、もっと、ちゃんとぎゅってして」
いつのまにか、私はアルスの膝の上に座っていた。
お酒の匂いに当てられて、少し、行動が大胆になってるかもしれない。
身体も、なんか熱くなってきたし。
「ラブラブね。
ふふ、前会ったときより仲良くなってるんじゃない?」
「そうですとも。
えへへ、羨ましいでしょう」
私はジェルナーさんに見せつけるように、アルスにくっつく。
あんなおっぱいに負けてられない。
アルスを取られないように、きちんと、牽制しとかないと。
「アルス、ちゅーして。
それも、特大のすごいやつ」
「へ、へっ?」
アルスにお願いしてみたけど、二人の前で恥ずかしいのか、全然動いてくれない。……いや、ちゅーとか、してもらったことないけど。でも、ここらで一度根性を見せてほしいものだ。
「あるす、あるす」
「わかった、わかったから。
その、酔ってないときに、ね」
撫でられる頭の感触。
仕方なしに、私は彼に身を預けた。
言ったもんね、酔ってないときなら良いって言ったもんね。
……ふふぅ、わたしは結構、記憶力には自信があるのだ、
そう思って、ふふんと鼻を鳴らしたときだ。
「——そういえば、ダグラス」
くっつく私たちを放ったままに、ジェルナーさんがダグラスさんへと話しかけた。
「貴方、お昼にギルドの方に行ってたけど、何かあったの?」
「あぁ、アレか」
私は気になって、彼女らの会話に聞き耳を立てる。
S級冒険者同士の会話だ。なんか、凄いことを話しているかもしれない。今さっき聞いた冒険の話も、漫画みたいな話だったし。
「リーズレットだ、リーズレット。
あのクソ貴族、またギルドの方に馬鹿なことを言ってきやがった」
……ん、なんかでも、あんまり楽しい話じゃなさそうだな。
「S級冒険者を何人か貸し出せだとよ。
——はっ、誰があんな外道に手を貸すかよ」
「当然ね。
でも、なんで急にそんなことを?」
「ま、あいつらは明日には街を出ていくらしいからな。
おおかた護衛として雇いつつ、本命は自分の兵にするためのスカウト、もしくは適当な捨て駒にでも使う気なんだろう。
リーズレットの馬鹿な頭なら考えそうなことだ」
リーズレット。
そんな名前、どっかで聞いたことあるような。うーん、どこだったかな。
結構、前だった気もするけど……んー、思い出せない。
ふらつく頭は考え事には向いていない。
私は聞き耳をやめて、ぐーっとアルスのお腹へと身体を倒そうとする。
「……あら、そういうことなの。
じゃあ、アレもそういうことなのかしら」
「アレ?」
……でも、なぜだろうか。
二人の話は、こんなぼやけた視界の中でも、よく、聞こえた。
「——いえ、さっき見たのよ。
リーズレットのところで見た兵隊さんが、スラムの方に歩いてるのを」
「なに? スラムに?」
スラム。
聴き馴染みのある言葉に、思わず頭が彼らの方に向いてしまう。
「……ま、外に出たら女は買えないしな。
ガス抜きでもするんじゃないのか」
「そうね。
あんまり褒められたことじゃないけど、ま、とやかく言う気はないわ。
貴族と揉めるのも面倒だしね」
言葉を最後に、ジェルナーさんはまるで興味をなくしたように、ジョッキへと手を伸ばした。
どうやら、話はここで終わりらしい。
……んー、なんか、結局よくわからなかったな。
そう思って、私はウトウトとする頭を覚まそうと、目を擦る。
けど。
「——嬢ちゃんも気をつけろよ」
「……え、わたし?」
唐突にダグラスさんに話しかけられて、私の意識は覚醒した。
「リーズレットはガキ好きって噂だ。
ちょうど、嬢ちゃんくらいの子をな」
「わたし、ガキじゃないですけど」
レディーになんて失礼なことを言うのだ。
まったく、これでももうピチピチの18歳の女の子である。
……女の子、うん、女の子だろう。
私は抗議の意味も込めて、彼にジトっとした視線を向ける。
でも。
「俺から見たら嬢ちゃんもアルスも立派なガキだ。
なんかあったら、頼ってくれよ。
ガキのお守は得意なんだ、俺たちは」
想像以上に真面目な顔をしているダグラスさんを見て、素に戻ってしまう。……これ、ちゃんと心配されてるときのやつだな。
やはり身体がデカいやつは心もデカいやつが多いんだろう。
私は素直に彼の言葉を受け入れることにした。
そうして。
「じゃ、そろそろ俺たちはお暇するか。
おい! 適当に依頼受けに行くぞ、ジェルナー」
「今何時だと思って……あ、ちょ、もう。
はぁ、仕方ないわね」
仲良さげに肩を並べながら、ダグラスさんたちは去っていった。
気を利かせてくれたんだろう。
アルスはなんだか、複雑そうな顔してるけど。
しんみりとした空気が漂う中、私はアルスに声をかけた。
「ね、ね、ねっ!
もしかして、あの二人、そういう関係なんじゃない?」
「……それはない」
キラキラした瞳でアルスに聞いてみたけど、帰ってきたのは否定の言葉、というか断言である。
……ちぇ、それだったら色々安心だったのに。
そのまま、自らの胸元に目を向けていると、自然にウトウトが押し寄せてきた。今はもう、ド深夜だ。夜型の私たちとはいえ、流石に眠くなってきた。
そして、そんな様子を察したのだろう。
アルスが私に声をかけた。
「新しい部屋取ってくるね。
まだ空き部屋はいっぱいあるから」
部屋を取る。
宿屋なんだから、当然と言えば当然である。
パッと見ただけでも、十人以上は入れそうな宿だし、私用の部屋が取れないということは、ないだろう。
……でも。
「え、あぁ、いや。
べつにいいよ、おんなじ部屋で」
「……へ」
「子どもの頃はよくお泊りしたじゃん。
気にしないよ、そのくらいのこと」
足を止めたアルスに対して、私は声を放つ、
……彼の右手をぎゅっと、両手で掴みながら。
「私は、アルスと同じベッドがいいな」
精一杯の上目遣い。
ちょっぴり恥ずかしいけど、アルスと一緒に寝るためと考えると、躊躇はなかった。
……それに。娼館での出来事を考えると、一緒のベッドくらい全然平気だろう。
いや、ちょっとはドキドキというか、ぜんぜん寝れないかもだけど。でも、そのくらいだ。
腰を抜かして倒れたりはしない。
「……わかった、そうしよっか、リーナ」
「えへへ、そうしようそうしよう。
久しぶりに一緒に寝れるの、楽しみにしてたんだよ」
ま、まぁー?
その、首輪のこととかもあるし、一緒に寝といた方が色々得ってのもあるだろう。そう、お金も安上がりだしね。
……あ、けど。
「あ、で、でもね」
これだけは言っとかないといけない。
「えっちなのは、控えめがいいかも。
その、起きるのが遅くなっちゃうと、嫌だから」
「し、しないよ? そんなこと」
「しないの?」
「……しません」
それはそれで、なんか複雑だけど。
……ま、いいや。
もしそうなっちゃったら、また、歩けなくなっちゃうしね。
今日はもう眠い。
アルスもきっと、おんなじだ。
「じゃ、いこっか、アルス」
そう言って、私はアルスの寝室へと向かった。
ふかふかなベッド、そして、大好きな人の温もりを求めて。