旅立つ幼馴染を見送ったTS薄細美少女の俺。十年後、スラム街の娼館にて再会を果たす 作:しゃふ
「——十年後、絶対僕が君を迎えに行くから。
君を守ってあげられるくらい、強くなって、戻ってくるから」
……すぐにわかった、これは夢だ。
「それまで、待っててね。
……僕の、親友」
何度も見る、同じ夢。
花畑で、リーナに手を差し出される、そんな夢。
……再会してからは見てなかったから、ずいぶんと、久しぶりだ。
「——そっか」
未だに見れない、リーナの顔。
十年前から、ずっとだ。
渦巻く感情は、僕の頭に重くのしかかってしまっている。
——でも、今の僕なら。
彼女と会って、自分の気持ちにも、ある程度区切りを付けれた今なら。
彼女の顔を見ることが、できる。
手を掴むことだって、できるはずだ。
だから。
僕は、リーナに、手を伸ばそうとして。
彼女の顔を見つめようと、して。
——けど。
「なんで、あのとき、私を連れてってくれなかったの」
頭にガンガンと打ち付ける言葉によって、僕の身体は、止まってしまった。
「アルスのせいだよ」
……これは夢だ。
わかっている。
「全部、アルスのせい。
娼館に入れられて、知らない人に、汚されて、ぜんぶ、ぜんぶアルスのせいだよ」
リーナは、こんなこと、言わない。
これはただ、僕の頭が生み出した幻想だ。
わかっている。
わかっているけど、でも。
「アルスが手を取らなかったから、こうなったんだよ」
彼女の言う言葉は、決して、まったくのでたらめなどではない。
……そのことは、よく、分かっていた。
「——リーナっ!!」
「ん、んぁー、どうしたの、アルスぅ、大声なんか出しちゃ——ひゃっ!!?」
目を覚ました僕の身体は、勝手に動いていた。
同じベッドで眠るリーナ。
スヤスヤと寝息を立てていた彼女を、僕は激しく抱きしめる。
「い、いきなり、なに。
そ、そんな、急に、抱きしめるなんて」
「ごめん、ごめん。
一人にして、ごめん。
置いていっちゃって、ごめんよ」
後悔、懺悔、罪悪。
色んな感情が溢れて、口から零れた。
彼女の小さな身体に触れる度、気持ちは膨れて、どうしようもなく、自分が許せなくなる。
でも。
「……よ、よしよーし。
良い子だからね、もしかして怖い夢でも見ちゃったかなぁ? もう、泣き虫なんだから」
リーナは、優しい。
昔と変わらない彼女の手が、僕の右手を包み込む。
僕をなだめるように、大丈夫だよって、何度も言いながら。
「怖いなら、握っててあげる。
大丈夫。
アルスは強い子だから、だいじょうぶ。
私が保証するよ」
「……もう、離さないよ、リーナ」
そう言って、僕は再度を彼女を抱きしめた。
「ねぇ、あるす」
目を覚ますと、リーナがいた。
可愛い顔に、小さな身体。
隣で眠っていたはずの彼女だが、どうやら僕より早く起きていたらしい。
今はお昼頃。
遅め起床であるのは間違いない。
……夜中に一度起こしちゃったから、それが原因だろう。
申し訳なさを覚えながら、僕は彼女へと視線を合わせる。
すると。
「どうしたの、リーナ——わっ」
まるで子どもが甘えるように、彼女は僕の腰の上へと飛び乗ってきた。
僕は慌てて、彼女の身体を抱きとめる。
そして、次の瞬間。
僕はリーナに、告げられる。
「今日、デートしよ?」
耳元に囁かれた言葉。
それを聞いた僕の反応は、言うまでもないだろう。
——ということで。
「おー、すごいね。
人がいっぱい」
ルーリナの街、南西地区。
活気溢れた街並みに、澄んだ空気。
観光地としても人気なこの場所を、僕らは歩いていた。
「こっちの方に来たのは初めてだよ。
ありがとね、連れて来てくれて」
隣を歩くのはリーナだ。
身体の方もすっかり大丈夫になったようで、彼女はルンルンと足を弾ませている。
「僕もリーナと来れて嬉しいよ。
こういうとこ、滅多に来ないしね」
思えば、こうやって彼女と一緒に昼の街を歩くのは、初めてかもしれない。
デート。
男女が二人で外に遊びに行くということは、確かにそう言って差し支えないだろう。
……ヘンに意識すると、また空回りそうだ。
平常心、平常心。
ちゃんとリードしてあげないといけないし。
「ご飯も美味しかったし、ふっふーん。
次はどこ行こうか、アルス」
「え、あっ、えーと。
と、とりあえず、ここら辺を歩いてみる?」
「ん、了解。
えへへ、アルスと一緒なら、歩いてるだけでも楽しいよ」
残念なことに、僕には気の利いたデートプランなんて存在しない。
こういうときのために、下調べをしとけば——とかも思ってしまうけど。
でも、リーナの笑顔を見ているとそんな気持ちもすぐなくなった。
……笑顔の彼女の隣を歩ける。
その事実だけで、僕の胸は高鳴りだす。
そんなとき。
「アルスっ! これみてみてっ!」
「どうしたの? リーナ」
リーナが道沿いにあった、小さなお店の方へと駆けた。
煌びやかな看板が目立つその場所は、透き通ったガラスで装飾されていて、おしゃれって言葉がよく似合う。
そして、そのガラスの先にある、キラキラと光る物体。
それこそが、リーナの好奇心を惹きつけたものである。
「おっきな宝石だなぁ。
これ、何円くらいなんだろ……」
ガラス越しにあるのは、リーナの頭くらいのサイズはある、巨大な赤い宝石だ。
「……んー、そうだね。
ざっと金貨十枚ってところかな」
「そんなにっ!?」
おそらく、人工的に作られた見せかけの魔石の類だろうなと思いつつも、口には出さない。彼女のキラキラした瞳を守ることこそ、僕の役目なのだ。
「すごいなぁ。
私が店長に売り払われた値段より高いじゃん」
「……そうなんだ」
絶妙に笑えないジョークに、顔引きつらせつつ、僕はリーナの言葉に耳を傾ける。
「ジュエリーショップって言うんだっけ?
こんなとこ、街にあったんだね」
確かにスラムの方では見ない建物だろう。
こんなのあったら、一瞬で強盗に入られるし。
僕はリーナを観察する。
ガラス越しの店内をペタッとくっつきながら見つめる彼女。
見ると、中には指輪やイヤリングなどもあるようで、彼女はそれが気になるようだ。
……女の子だし、当然か。
「ちょっと入ってみようか。
一応お金も持ってきてるし」
「……え、あ、いやー。
それはいいよ、私にはこんなとこ似合わないし」
そう言うと、リーナは少し、自らの首元を気にするような素振りを見せる。
……首輪のこと、やっぱ気にしてるんだな。
さっき歩いているときから、いや、宿を出てからずっとだ。
彼女は首元に手を置いていることが多い。
気にしすぎとは言わない。
ここら辺は分からないが、街には確かに、そういう目で見てくる人も存在するのだ。
だから。
「——へ」
僕はリーナの身体を持ち上げる。
まるで、赤子を抱くかのように、ぎゅっと抱きしめて、彼女の身体を覆った。
——こうすれば、彼女の首輪が見えることはない。
「ちょ、ちょっと、恥ずかしい、よ」
言葉ではそう言いつつも、リーナは僕の腕へとガッチリとしがみついている。
さっきから、ピクピクと耳も動いてるし、満更ではないだろう。
「じゃ、入ろっか」
そう言って、僕は彼女と一種にジュエリーショップの中へと入った。
「いらっしゃいませー」
中に入ると同時、店員に挨拶された僕は軽くお辞儀を返す。
リーナも一緒だ。
抱かれながらちょこんとお辞儀する姿は、完全に小動物であり、すごく可愛い。
店員は僕たちを一瞬チラッと見た後、すぐに興味をなくしたように視線を戻す。
ま、あんまり裕福そうには見えないだろうし、冷やかしとでも思ってるのだろうな。
「ちょっと、見て回ろうか。
しっかり掴まっててね」
「う、うん」
リーナを抱えたまま、辺りをうろついてみる。
お客さんはあまりいない。
高級店だからか、それとも単に需要がないのか。
……んー、両方かな。言ってもここら辺にいる人たちって、冒険者とかが多いし。
「ね、あるす。
そこにあるの、なに?」
「ん、えーっと」
言われた僕はリーナを床へと下ろす。
あまり人もいないし、近くで見てもらってもいいだろう。
「……これ、綺麗」
彼女が目をつけたのは、一ペアのブレスレットだ。
青色と赤色のガラス玉で彩られた、それには思わず目が奪われる。
……あまりこっちでは見ない色合いだ。
リーナの気を惹いたのも分かる。
ただ当然、美しいものというものには、相応の対価を支払う必要がある。
「ひゃ、お、お高い。
こんなの私の給料じゃ百年はかかっちゃうよ」
彼女の言う通り、ブレスレットの前に置かれている値札にはかなりの金額がかかれている。さっきでたらめで言った金額もあながち間違ってなかったようだ。
ただまあ、僕の懐ならこのくらいはすぐだせる。
「店員さん、これ、セットでください」
「へっ!?」
僕はポケットから取り出した金貨の袋をテーブルへと置いた。
流石に持っていきすぎとは思ったけど、こうなるならよかった。
お金、あんまり使わないし、リーナのために使えるなら本望だ。
「は、はいっ。
わかりました」
店員の驚愕の視線を受けながら、僕は会計の手続きを行った。
「ほ、ほんとに買っちゃった。
い、いいの? アルス?」
「うん。
それよりつけてみようよ、リーナ」
困惑気味の彼女の腕にブレスレットをつけようと、僕は手を伸ばす。
……ただ、少しサイズが合わない。
一応調整はできるようだが、彼女の腕はかなり細い。
調整した上でも、ピチっとはめることはできなかった。
そのとき。
「お子さんにもすっごくお似合いですよ。
サイズに関しても、成長すればきっとピッタリになるでしょう」
店員が話しかけてくる。
先ほどまでと違って、ぐいぐいと。
守銭奴というかなんというか、まあ、悪いことではない。
彼女とて、お得意様を見つけるためと必死なのだろう。
……てか、それよりだ。
今なんか変な言葉が聞こえた気がする。
「……お子さん? え、わたしのこと?」
リーナも気づいたようで、店員さんへと顔を合わせた。
「え、あ、はい。
こちら、親子用の商品ですよね?」
「そうなんですか?」
僕は店員の言葉に少し面を食らった。
……いや、通りでその、子どもっぽい装飾とは思ったが。
そうか、親子用だったのか。
「ブレスレットは魔道具にもなってまして、ここに魔力を込めることで、もう片方に位置を知らせることができます。
なのでお子さんが迷子になったときも安心ですよ」
「……お子さん。
私、お子さん」
てか、そんなことよりリーナが凄い目で店員さんのことを見ている。
怒っている……とは違うけど、ガーンって感じの悲壮感漂う瞳だ。
……ふむ、これは早く店を出た方が良さそうだ。
「ごめんなさい。
あんまり時間がないので」
そうして、僕らは店を後にした。
「——お子さん、お子さんかぁ」
「あ、あはは。
店員さんも悪気あって言ったんじゃないと思うよ」
「んー、それはそうだけどさぁ。
……ちょっと複雑」
店から出た後も、リーナはずっと店員に言われたことを気にしている。
……いや、まぁ、僕としては店員の気持ちも分かる。
抱っこして入ってったし、リーナは可愛いし、とてつもなく可愛いからだ。
そんなことを思いつつ、彼女の機嫌を取り戻そうとケーキ屋にでも行こうとしたときである。
「——ね、パパ」
「へっ!?」
急に告げられた二文字に、心臓がありえないほど、跳ねる。
「もう、びっくりしすぎでしょ。
ふふぅ、そんなんじゃ立派なパパになれないよ」
そう言って、リーナは悪戯めいた表情で笑った。
……子どもっぽさの中に隠れる艶っぽい表情。
それに身体を熱くしながら、僕は彼女の手を握った。
その後も僕らは色んなところに行った。
近くでやっていた大道芸、町一番と噂の武器屋、少し怪しげな露店。
デートスポットとしては、どうかというのもあったけど、でも、リーナの顔はいつも笑っていた。
それだけで、僕は十分だ。
そして、いつの間にか空もオレンジに染まって、時計の針がすっかり下を指してしまった頃。
宿屋近くの噴水広場。
夕日に照らされながら、僕らはそこの小さなベンチに座っていた。
「ちょっと、休憩しよっか、アルス。」
宿はここから数分歩けば着く。
それなのに、休憩をすると言った彼女の言葉の真意は、なんとなくわかった。
きっと、僕も同じ気持ちだからだ。
「……楽しかったね、今日」
「うん。ふふっ、次はいつ来ようか」
次。
そんな言葉がリーナから告げられて、僕の心はぐっと跳ねた。
彼女とまた出かけられる。
今度はきちんとプランも考えて行ってもいいかもしれない。
……夢が広がるな。
具体的な約束もしておこうかな。。
今なら、誘いやすいし、夕日に背を押されている今ならちゃんと言える気がする。
「あ、えっと、リーナ——」
そう思って、僕は口を開こうとする。
けど、そのとき。
「——この首輪ね、もうすぐで外れるらしいの。
だから、そうなったらいつでもいけるよ」
リーナが言った。
首輪に手を当てながら、細い声で。
「ま、でもちょっとごちゃごちゃするけどね。
仕事とかも、見つけないといけないし」
首輪が外れる。
それは、彼女と娼館で交わされている契約の終わりを示していた。
「店にも戻れないし。
んー、外れたら、どうしようかなー。
……また、冒険者でも始めるのかなぁ」
リーナは、誰に聞かせるのでもなく、ブツブツと独り言のように呟いている。
だが、すぐに僕の方を向いて、言葉を放った。
「アルスは、どうするの?
前に行ってたよね、故郷に好きな人がいるって」
——それは。
……彼女に初めて会ったとき、確かに僕は言った。
顔も合わせてないし、部屋の向こうにいるのがリーナってことに気づいてなかったけど、でも、言ったのだ。
……リーナは、勘違いしてるようだけど。
——今の僕なら、言える。
……彼女に本当のことを。
「リーナ。
今から、僕が言うことを——」
そう、言おうとしたときだった。
「——え」
ポタっと、僕の膝の上に雫が落ちた。
「あ、あれ、おかしいな……ご、ごめん、ね。
あ、あるす」
泣いていた。
自分でも、驚くような顔をしながら、リーナが、大粒の涙を落としている。
子どものときにも、ほとんど見たことがない彼女の泣き顔。
「……リーナ」
僕は通行人に見られないように、彼女の顔を抱きかかえた。
雫が僕の胸を垂れる。
彼女が落ちつけるように、背中を何度もさする。
そして。
「わたし、ね。
馬鹿だから、よく勘違いしちゃうんだ」
リーナが、言葉をこぼした。
「でも、でもね、これだけはね。
ほんとに、嘘であってほしくないの。
馬鹿の私の勘違いじゃ、ないって、思いたいの」
まるで、縋るように。
顔中を濡らして、震える声と背中で、僕に向かって声を放つ。
「——アルスの好きな人って、ほんとに、いるの?」
それは、一つの質問だ。
再会したときからずっと、彼女に言えなかった、僕の本心。
震える声は、リーナの気持ちを苦しいほどに良く表していた。
——けど、今なら言える。
「いるよ」
僕は本心を、伝える。
今度は絶対に、真実を彼女に伝えるためだ。
「……そっか」
僕の言葉に、リーナが俯く。
震えは、ピタっと、止まって。
無理やりに、笑みを作ろうとする、彼女。
それを見た僕は。
「僕が好きなのは、君だ、リーナ」
「——え」
彼女の目を見て、告白する。
僕の気持ちを。
嘘偽りない、十年間、ずっと心に刻んでいた気持ちを。
「村にいたときから、ずっと。
君のことを、想っていた。
ひとときも、忘れたことなんてない」
この言葉を、告げるのに。
何年、かかったのか。
もっと、早く言っていれば、違う未来だって会ったかもしれない。
けど。
「……わたし、も」
今の僕にできることは、一つだ。
「わたしも、アルスのことが、ずっと、好きだよ。
十年前から、ずっと、ずっと」
そばにいる彼女を、抱きしめる。
リーナの笑みを守るため。
もう二度と、手放さないために。
あと三話くらいで一旦の完結になります。
来週中にまとめて投稿しようと思います