旅立つ幼馴染を見送ったTS薄細美少女の俺。十年後、スラム街の娼館にて再会を果たす 作:しゃふ
今日の20時、21時、22時にも更新があります。
「……こ、こんばんはー」
宿に帰った私たちはそおっとドアを開いて中の様子を伺う。
玄関に靴はない。
人の音はしないし、どうやらパーティメンバーさんたちはいないようだ。
「ダグラスたちは出かけてるかな。
たぶん、明日の朝には帰ってくると思う」
「あ、そうなんだ。
じゃ、二人きりだね」
なんとも言えない空気が流れる中、私はアルスに身体をくっつける。
——僕が好きなのは、君だ、リーナ。
さっき、アルスから言われた言葉はずっと頭の中に残っていて、もう、どうにかなりそうだった。
身体が熱い。頭も、心臓もなにもかもだ。
好き、すき、だいすき。
噛み締めるように、私は何度も心の中でその言葉を呟いた。
「……あるす」
私は少しテンパりながら、アルスに声をかけた。
「お、お風呂にする? ご飯にする?
そ、それとも——」
「ん、とりあえずご飯にしよっか。
お腹も、空いてるし」
「……むぅ」
いじらしい表情を浮かべながら、私はぷーっと頬を膨らませる。
……もうちょっと良い反応をしてもいいんじゃないかな。
せっかく、勇気だして言ったのに。
ぷくぷく膨らむ頬をアルスのお腹に埋めながら、私は抗議の上目遣いを送る。
すると。
「——好きだよ、リーナ」
もう一度、アルスに抱きしめられた。
暖かい感触が、身体を包み込んで、頭の中がアルスでいっぱいになる。
そうなると、私の頬はもう、どうしようもなく緩んでしまうのだった。
その、数時間後。
一緒にご飯を食べて、お風呂に入って。
いっぱい、くっついて、おはなしして、またくっついて。
十年間の寂しさを埋めるように、私たちは強烈に互いを求め合った。
「そ、そろそろ寝よっか。
もう、遅いし」
寝室に入った後も、私たちはそれは続いていた。
とても、幸せな時間。
けど、明日は娼館でのお仕事がある。
もう深夜だし、そろそろ寝ないとまたすっぽかすことになるだろう。
「……うん、そうしようか」
名残惜しそうにこちらを見つめるアルス、私は心を鬼にして、布団を被った。
……当然、アルスも同じ布団だ。
べつで寝るなんて、そんなこと、もう考えすらしない。
そのとき。
「……ん」
アルスの手が、私のお腹の辺りに触れた。
筋肉質で、大きな手。
その手は、徐々に下へと下がっていき、私のお腹の下でピタリと止まる。
「あ、明日は早いから、だめ」
私はギリギリの理性を保ちながら、なんとか、返答する。
駄目だ。
さすがに、いまするのは、まずい。
仕事のこともそうだが、なにより、その。
心の準備というやつができていない。
「そ、そうだよね。
ご、ごめん」
申し訳なさそうに、アルスは私に背を向ける。
こういうときに、強引にするような人じゃ、アルスはない。
……もちろん、されたらそのときは、覚悟を決めるしかないわけだけど。
ただ、わたしにはわかる。
その、男の人がえっちな気持ちになってときは、ちゃんと、発散させてあげないといけないのだ。
だから。
「あるす」
私は背を向けるアルスの耳元へと、そっと口を運ぶ。
そして。
「へ、へたくそだったら、ごめんね」
そう、小さく呟いて、私は彼の布団へと潜り込む。
……自らの、小さな手を見つめながら。
日曜日の、朝。
昨日のことで目が冴えていた私は、眠気に襲われながらも身体を持ち上げる。
「……もうこんな時間。
う、早く準備しないと店長に怒られる」
時計を見ると、時刻はすでに出勤時間ギリギリだ。
遅刻はしないということをモットーにしている私にとって、これは大変なピンチである。
「着替え着替え……アルスいるけど、寝てるし、いっか」
私は宿に置いていた仕事服へと着替える。
寝ているアルスの側ですっぽんぽんになるのは、非常にデンジャラスだが、まぁ、うん、緊急時だし仕方ない。
……昨日は、もっとすごいことしちゃったし。
今更ってのも、あるし。
「くんくん、匂い、ついてないよね」
ほんと、アレだけでアレとは、本番をしたらどうなってしまうのだろうか。
……アルスは、すごい上手だったし、うぅ。
いつになったら私は彼をヒーヒー言わすことができるんだろう。
……幸い、着替え中にもアルスは起きなかった。
起きてくれても良かったけれども、寝起きのだらしない顔を見せるのもちょっとアレだし、良かったのかな。
「起こしちゃうと、駄目だよね」
「行ってきます」を言いたい気持ちはあるが、昨日は色んなところに連れてってもらったし、抱っこもしてもらった。
きっと、疲れているだろう。
私の方も足と腰がガタついてるし、その、色んな意味で。
『娼館に行ってくるね。
仕事、もう始まっちゃうから』
私は一つの書き置きだけ残して、部屋を出る。
娼館に向かうとだけ書いた、簡素なものだ。
勝手にいなくなってると、心配させちゃうかもだしね。
……あ、だけど、これだけ。
『PS:大好きなアルスへ』
一つの言葉を付け足してから、私は宿の出口へと駆ける。
この時間なら、走れば間に合うはずだ。
店長にドヤされるのも嫌だし、ちゃんと切り替えないといけない。
ふわふわの頭を引き締め、私は宿の扉へと手をかける。
——そのときだ。
「こんにちは、リーナさん」
「あれ、君は?」
目の前に女の子が立っていた。
私と同じくらいの背の痩せ型の女の子。
肉付きは私より若干良いけど、年齢はたぶん少し下くらいだろう。
「もう、忘れちゃったんですか?
この前挨拶したじゃないですか」
彼女は私に向かって笑いかける。
仕事のための作り笑い。
上手いなと感心すると同時、私は彼女の存在を思い出した。
確か、最近入った娼婦の子だ。
前に店長が紹介してくれた。
スラムの孤児を拾ってきた、って言ってたっけ。
名前は……なんて言ったっけな。
確か、聞いてない気がする。
「どうして、ここに君が?」
「店長が迎えに行ってやれって。
最近は色々物騒ですから」
その言葉を聞いて、私はポンと手を打つ。
送迎係。
普段は私が送迎する側だけど、そうか。
とうとう私にも送迎がつくようになったか、ふふ、出世だな。
宿の場所は店長にも伝えてある。
私は素直に感謝しながら、彼女の隣に立った。
「急がなくて大丈夫ですよ。
店長からの伝言で『ゆっくりでいいから、歩いてこい』だそうです」
「……まじ?
店長、そんなこと言う?」
言うかな、言うかも。
最近はわりと、優しいし。
言葉遣いはもうちょっと悪そうだけど。
「じゃ、いきましょうか」
「あぁ、うん。そうだね」
ま、送迎ちゃんの善意をふいにする気はない。
私はそのまま、彼女と一緒にスラムへと向かうことにした。
「……何か、良いことでもありましたか?
リーナさん」
「え?」
送迎ちゃんに声をかけられた私は間抜けな声を漏らした後、辺りを見渡す。
今私たちが歩いているのは、スラムへと続く一本道。
人通りも少ない。
あんまり長居したくない場所だが、ま、雑談に付き合うくらいはいいか。
足を止めるわけでもないし。
「ふふっ、わかっちゃった?」
「はい、とっても幸せそうな顔してますから」
「そっかぁ、えへへ、恥ずかしいな」
そんなに顔に出ていたか、自覚がないとは恐ろしい。
私はどうにか頬をきゅっと締めようとするが、すぐにたらんと緩んでしまう。
どうやら今日はずっとこのままらしい。
「……幸せ、かぁ」
送迎ちゃんに言われた言葉を噛みしめる。
幸せ。
村にいたときに置いてったきり、ずいぶんと久しぶりな感情かもしれない。
楽しいとか、嬉しいとかを感じることは何度もあったけど、でも、幸せって実感するためには、ずっと、足りなかった。
……大好きな人の、存在が。
「ふふん、ふふん」
浮ついてるな、私。
身体は軽いし、頭もふわふわしてる。
送迎ちゃんに笑われちゃうのも仕方ないだろう。
……よし、ここらで一度できる先輩というところを見せつけてやろう。
「ね、キミ」
「はい、どうかしましたか?
リーナさん」
「名前教えてよ。
今度、ご飯でも奢ってあげる。
先輩だしね、私」
私もハニイさんを見習って理想の先輩にならないとね。
もう時期娼館もやめちゃう気がするけど、だからこそ、ちゃんと後釜の育成はしないといけない。
それに、この子私と同じような体型だし、店長のお気に入りな気がする。
なら今度、オムライスのねだり方教えてあげないと。
店長がこっそりたまごを買い込んでるのは知っているのだ。
色んなことを考えながら、私は彼女に手を差し出す。
相変わらずの作り笑いは本心ではないかもだけど、でもきっと仲良くなれるだろう。
どことなく、私たちの雰囲気も似ているし。
けど。
「いえ、それは大丈夫です」
「……え? ご飯嫌だった?」
私は送迎ちゃんの言葉に首をかしげる。
む、ご飯で釣れないのか?
確かに瘦せ型であるけど……んー、そっか。
私は少し残念に思いながら、彼女に笑みを向けようと視線を合わせる。
その瞬間。
「——今」
「え?」
送迎ちゃんが、声を発した。
今までと全く違う、冷たくて、感情がない声。
声は遠い。
まるで、わたしじゃない、誰かに対して、言っているようで。
——私は後ろを振り向く。
そして、気づいた。
近くに泊まっていた、馬車。
そこから、いくつもの黒い影が現れていることに。
「——っ」
とっさに、護身用のナイフへと手を伸ばす。
まずい、強盗か、それとも人攫いか。
多い。それに、身体も大きい。
すぐに、手ではなく足を動かすことを決めた。
「逃げるよっ! 走って!」
私は隣の彼女の手を握る。
——守ってあげないと。
娼館の先輩として、私は彼女だけでも逃がす責任がある。
だから、思いっきり腕を引っ張った。
けど。
「——ごめんなさい」
次の瞬間、私を待っていたのは、まるで懺悔をするような、悲しい顔。
でもそんな顔も、一瞬で、無表情になって。
「ふご、ふごご、ふごっ」
彼女の細い手が、私の顔を覆った。
息ができない、なに、これ、え。
「気絶させて、荷台に入れます。
……貴族様はこちらへどうぞ」
「あぁ、よくやった。
褒美に、後でそいつと一緒に可愛がってやる」
「はい、わかり、ました」
もがく私、でも、なにか、へんだ。
鼻をつんざく刺激臭、嫌な臭いは私の頭をくらくらと、惑わして。
あ、ぁ。
駄目だ、意識が、落ち、る——
「……音」
宿の扉が開く音で、目が覚める。
重い瞼の中、瞳に映ったのは少しずれたズボン。
それに気づいた僕は慌てて、隣の少女へと目をやる。
——だが。
「リーナ?」
いない。
隣に、リーナがいない。
その事実に気づいた瞬間、僕の胸は激しく脈打ちだした。
「リーナっ、どこっ!!」
僕は血相を変えて、布団を放り捨てる。
下の階にいるのか?
いや、ドアが開いて音から考えると、外に……あ?
そのとき、宙に舞っている布団の中から、一枚の紙切れが落ちた。
「……これ、リーナの文字」
『娼館に行ってくるね。
仕事、もう始まっちゃうから。
PS:大好きなアルスへ』
それは一つの書き置きだ。
娼館に行ってくるという旨を伝えるための書き置き。
急いで書いたからか、字は少し荒れている。
でも、『大好きなアルス』、その文字だけは、まるで何分もかけて書いたように、丁寧で綺麗な字だった。
「リーナ」
僕はその書き置きを胸に当てる。
彼女を想う気持ちが収まらない。
文字の一つだけでもいいから、彼女のことを感じられるものが、欲しかった。
「……娼館に、か」
書き置きに残されている内容は、特に変なことは書かれていない。
仕事があるっていうのは、聞いているし。
朝からというのも、知っている。
筆跡も間違いなく、リーナのものだ。
……おかしなところはない。
リーナは先に起きて、娼館に向かった。
そのことは、確実だ。
だけど。
だけど。
だけど。
何故だろうか。
僕の勘、冒険者として長年生きてきた勘が警鐘を鳴らしている。
それは、一つの違和感から、なるもの。
——今朝、なんで、足音は二つあったんだ?
朝、確かに宿の前を歩く音を聞いた。
一つは、リーナの音だ。
今思うと、間違いない。
でも、だけど。
……足音は、確かにもう一つあったのだ。
彼女と共に歩く足音が、もう一つ。
違和感。
決して、確かな根拠はないし。
違和感の正体だって、ただの偶然の可能性だってある。
だけど、こういうとき、僕の勘は当たっている。
その確証はこの10年で養ってきた。
「……行こう」
僕は娼館へと向かうことにした。
その日の娼館リユニオンは、激しく荒れていた。
「おいっ!! リーナの馬鹿はどこだ!
送迎に向かったんじゃないのかっ!」
「……おかしいわ。
もうとっくに、来てる時間なのに。
なにか、あったのかしら」
怒号をまき散らす店長。
不安そうな顔で俯く従業員。
ベテランの娼婦も皆、昨晩の疲れが残る中、懸命に動いていた。
「首輪の解析で位置を調べるわ。
あの子は遅刻するような子でもない。
それに、送迎の子も帰ってこないなんて、変よ」
ヒリついた店だが、ハニイの声によって、少しだけ静寂を見せる。娼婦たちのリーダーとも言える彼女は十年以上店に勤務しているベテランだ。こういう自体にも慣れているように見えた。
——実際は、彼女自身もかなりの焦りを覚えているが。
「もう、一時間もきていない。
宿に人は行かせたが、合流したという連絡はない、くそ、なぜだっ。
おい!ハニイ! 解析はまだか」
「すぐに終わらせるわ。
あと、ちょっと、でっ——」
受付に置いてある魔道具。
娼婦たちの首輪を管理するその端末を、ハニイは懸命に操作していた。
歳ゆえに、こういった魔道具の操作には慣れていない。
だがしかし、一番に気にかけている後輩の危機となれば、そうも言ってられなかった。
「——できた、これで位置がわかるはず」
数分後、魔道具の表示窓へと一つの点が現れる。
それは、指定した首輪がどこにあるか示すもの。
本来は足抜けした嬢を探すためのものだが、実際に使われたのは数年ぶりであった。
「どけ、みせろっ!」
店長はハニイを押しのけ、魔道具の前へと立つ。
ピコピコと点滅する点が、目的の少女の首輪の位置。
それを見て、一瞬安堵の表情が彼の顔に浮かぼうとした。
でも。
その表情はすぐに、暗闇へと堕ちることになる。
点は、動いていた。
人間の歩行速度を明らかに超えたスピードで、街の外へと。
「——まさか」
声が漏れる。
最悪を目にした人間が漏らす、今にも消え入りそうな、細い声。
従業員の誰も、その声を聞き取ることはできなかった。
隣にいる、ハニイを除いて。
そして。
いついかなる時も、その表情を崩さなかった店長。
彼の顔が、染まる。
怒り、後悔、悲痛。
全てを含んだ、絶望へと。
——彼が吠える。
「リーズレットのクソ野郎だ!
あの野郎、リーナのことを諦めてやがらなかった。
攫ったんだ!! 自分が街を出るからって、リーナを!」
「……なんですって!?」
その言葉に、従業員が口々に言葉を零しだす。
当然だ。
リーズレットといえば、昨日店に来て、何人もの嬢たちを侍らせ、その身体を貪った貴族なのだから。
「くそっ、くそがっ! おしまいだ、くそ。
なんのために俺がアイツを隠したって言うんだっ。
リーナの野郎、もう帰ってこない。
連れてかれたんだ、あの、クソ外道に」
店長の悲痛な叫びに、その場にいる全員が息を呑む。
長年、彼に付き添ってきたハニイさえ、彼のこんな姿は見たことがなかった。
——だが、そのとき。
「……何の話、してるんですか?」
一人の男が、店の扉を開ける。
「——お前、は」
そこにいるのは、北方地域の英雄。
何個もの紛争を解決に導いた、一人の男。
その噂は、冒険者に疎い自分も、耳にしたことがある。
そして、なによりも。
消えた嬢、リーナの想い人。
……それが、この男だ。
「——アルス」
微かな光が、店長の瞳へ宿った。
……店長。
見かけたことはあったけど、実際に話すのは初めてだ。
「東の森だ。
リーナは、そっちに向かっている」
前問答は存在しなかった。
彼は端的に、僕へ伝える。
……今起こっている、事実を。
リーナに、なにが起こっているのか、を。
「ただ、正確な位置はわからん。
もう、少し解析を続ければ、そこまでわかるはずだ。
だから、あと少しだけ、解析を——」
すでに、僕は走っていた。
「——おい、アルス!」
彼の声を無視して、ただひたすらに、駆けていた。
東の森。
その言葉だけを、胸に、刻んで。
「……アルス、お前どうしたんだ?」
「アルスくん?
どうしたの、そんな顔して」
周りの声なんか、耳に入らない。
全身の筋肉を稼働させて、足を動かす。
風も、音も、何もかも、置き去りにして、走る。
「追いかけるわよ、ダグラス」
「あぁ、そうだな。
行くぞ、ジェルナー」
街を抜け、森へ入り、音を聞く。
ブレスレットが、風に駆られて激しく揺れる。
腰には一本の剣。
振るう覚悟は、十年前、彼女と別れたときにとっくに済ましてある。
もう、彼女を手放さない。
その約束を、果たすために、僕はひたすら駆けた。
そのとき。
「……これは」
目の前の木々の隙間に、眩い光が現れて、そして。
——ブレスレットが、淡く光った。
「可愛い可愛いリーナ。
やっとお目覚めかい?
ははぁ、嬉しいなぁ」
目を開くと同時、醜悪な笑みが、私の顔を舐め回すように覗いていた。
ガタガタと揺れる、馬車。
その中には、何人もの男たちが腰にナイフを携えながら、立っている。
直感的に理解する。
自分が今、どういう状況に置かれているかを。
「馬車は走らせ続けろ。
私の領土に連れて行けば、もうコイツは私のものだ」
「はい、わかっております。
リーズレット様」
……あぁ、わたし。
「ふふ、ふふふ。
ようやく、手に入れた、この女を。
こいつは、わたしの、わたしのものだ」
——攫われたんだ。