旅立つ幼馴染を見送ったTS薄細美少女の俺。十年後、スラム街の娼館にて再会を果たす 作:しゃふ
「誰だっ! 貴様らっ!
わ、わたしにこんなことをして、ただで済むと——」
激しく舞う爆風。
白い煙の漂う馬車の中で、驕慢な声が響く。
貴族。
人の上に立つ者として生きてきた彼にとって、自らに危害を加えようとする人間を許すことなど、到底出来っこないことだ。
だが。
「Sランクパーティ、黒狼と番犬。
てめえに引導を渡すパーティの名だ。覚えておけ」
ダグラスさんの、ドスの効いた重い声。
それを聞いて、目の前のリーズレットが震え上がった。
「な、なんでS級パーティがこんなとこにいるんだっ!?
おい、どうなっているっ! お前ら!」
「はっ、嬢ちゃんの近くにいたテメエ以外は全員ぶっ倒れてるよ。
随分とチャチな護衛を雇っているんだな」
「なっ——」
声を聞いて、彼の顔が青く染まる。
情けなく「だれか、だれかいないのかっ!」と何度も叫ぶが、床に付した彼の部下たちは一人も言葉を返さない。
爆風で意識を失ったのか、それとも恐怖で動けないのか。
少なくとも、この場に彼の味方をするものはいなかった。
「や、やめろ、私に手をだしたら、分かってるなっ!
わ、わたしは貴族だ! 貴様らみたいな野蛮人とは違う、エリートの——ひっ」
情けなく叫ぶリーズレットの首を、ダグラスさんが掴み、告げる。
「はぁ、お前は勘違いしちまってるな」
「な、なに?」
「——国はお前よりも、俺たちを敵に回す方が怖がってるらしいぜ」
言い放った彼の視線の先にいるのは、パーティメンバーであるジェルナーさん。
いや、きっと、それだけじゃない。
街の方まで伸びる大きな視線は、彼らパーティがどれだけ強大な存在であるかを示していた。
「既にギルドの方には俺の仲間が連絡済みだ。
その上で、国の方の意見も聞いてある」
そして。
視線の中心。
それは、きっと、彼らパーティの心臓。
腰に携えた剣を抜いて、大きな背中が立っている。
「——北方地域の英雄を敵に回すつもりはない。あの馬鹿は煮るなり焼くなり好きにしろ、ってな」
英雄なんて、どうでもいい。
私にとって、彼は、ずっと、変わらない。
「……リーナ、ごめん。
遅くなった」
アルス。
私の、大好きな人。
「……なんで、攫われた、って、わかったの?」
勝手に声がこぼれる。
目の前の出来事が信じられなくて、馬鹿な私が現実逃避で見ている夢なんじゃないかって、そう疑ってしまったから。
けど。
「——安心して、もう君には誰も触れさせない。
僕がいるから、大丈夫」
抱きしめられた身体の温もりは、間違いなくこれが現実だと告げている。
何度も、経験した大好きな匂い。
アルスの身体が私を包み込んだ。
「店長さんが首輪を使って位置を調べてくれたんだ。
そのおかげだよ」
……店長が、そうか。
確かに、首輪の魔力を辿ればそういうこともできるのか。
「後は全部任せて。
——この男は、僕がケリをつけるから」
そう言うと、アルスは立ち上がった。
目の前で震えている男。
リーズレットへ、決着をつけるために。
「や、やめろ、くるなっ!
貴様、ふざけるなよ、わたしの、邪魔をして」
「……黙れ」
アルスの言葉に、リーズレットが言葉を失う。
本能的に分かったのだろう。
目の前の男の力量も、自らを待ち受ける結末も。
「あ、あの女のせいだっ!
あの女が、私を壊したんだ。
奴隷風情が、わたしのものに、ならないなんて、おかしいじゃないか」
リーズレットの視線が私に向く。
聞く意味もない、戯言だ。
私はこれ以上、彼を相手にする気もなく、視線を背ける。
しかし、そのとき。
「くそ、くそっ、私を馬鹿に、して。
もう、いい。
わたしの物に、ならないなら——しね」
どこからか現れた、一本のナイフ。
護身用の魔道具の類か、それは、一瞬にしてリーズレットの前に出現して、そして。
私の方へと、向く。
——だが、そんなものは。
「リーナは僕の物だ」
一瞬にして蹴り飛ばされたナイフ。
それが向かう先は、リーズレットの頭。
「ひっ」
恐怖に顔をひきつらせた彼と、目を覆った私。
そして、次の瞬間私が見たのは。
「ぐ、ぐは、ぁ」
ナイフの柄が頭に直撃し、気絶するリーズレット。
それと。
「——さ、帰るよ、リーナ」
全てが終わったと、そう言い放ったアルスの顔だった。
——私はきっと、どんなに時間が経ってもそのときの彼の顔を忘れることはできないだろう。
こうして、私は救出され、リーズレットはお縄につくことになった。
「おい、ジェルナー。
適当な魔法でそいつら運んでやれ」
「はいはい、分かったわよ。
まったく、女の子になんてことをさせるのかしら」
あの後、ダグラスさんとジェルナーさんは、彼とその仲間たちを連れて、街へと戻って行った。側から見たら完全にテロリストな気もするけど、話はすでに通しているらしく、大丈夫なようだ。
「リーズレットは色々と悪どいことしかしてないからな。国から見捨てられた以上、あいつはもう終わりだ」
リーズレットは、貴族として地位も剥奪され、王都の刑務所に入れられることになるらしい。それは、彼に協力した男たちも同じだ。隙を見て逃げ出そうとしていたのも何人かいたが、ジェルナーさんの魔法で拘束されてあえなく御用になっていた。
——ただ、一人だけ。
王都に行かず、見逃した者がいる。
「……ほんとにその子を解放するのか?
嬢ちゃんが捕まったのも、その子が原因なんだろ?」
「はい。
でも、いいんです。
この子は、リーズレットたちに無理やり従わされていただけでしょうし」
「……あ、ぁ」
それは、私が捕まる原因となった、娼婦の子だ。
直前に男たちに蹴り飛ばされたこともあって、彼女はダグラスさんの爆風の影響を受けていなかった。とはいえ、逃げ出すことができるほどの度胸はなかったようで、馬車の中でうずくまっていたのだ。
私は彼女に言った。
「——娼館に戻りなさい。
店長にはいっぱい怒鳴られるだろうし、ハニイさんにはお尻ペンペンされちゃうかもしれません。
でも、あの人たちは決して君を見捨てようとはしないから。
……ふふ、初めて先輩らしいこと言っちゃったかな」
「……リーナ、さん」
驚いたように、こちらを見つめる彼女。
その声を聞いて、私はふと、聞き忘れたことがあることに気づいた。
「キミ、名前は?」
「え」
こんなときに聞くことではない気もするけど、でも、どうしても今聞かないとダメなような、そんな気がして私は彼女に言った。
「リルカ」
「そっか。
……良い名前だね。
じゃ、ダグラスさんたちに付いていきなさい。
私も、すぐに戻るから」
こうして、私は送迎ちゃん改めリルカをダグラスさんたちに預けたのである。
そして、現在。
「……リーナ、身体とかは、大丈夫?」
「へいきへいき。
リルカに嗅がされたやつも市販のしょぼい麻痺薬だったらしいし、もう身体もちゃんと動くよ」
私はアルスと二人っきりでいた。
街に戻っていくダグラスさんたちにはついて行かず、私たちは二人で森の中に残っている。
少し、話をしたかったからだ。
「助けてくれて、ありがとね。
……ほんとに、強くなったんだ、アルス」
ぷらぷらと足を動かしながら、私はアルスに向かって呟く。
互いに背中をくっつき合わせて、何分も、何十分もそのまま、座っていた。
話したかった、って言ったけどそこまで言葉は交わしていない。
でも、それだけでよかった。
アルスにくっついていられるだけで、私はもう、どうしようもなく幸せなのだ。
「そろそろ、帰ろっか。
娼館のみんなにも、顔見せなきゃだし」
ただ、流石にそろそろ帰った方が良さげだ。
報告自体はダグラスさんとリルカに頼んでいるが、娼館の子たちも不安がっているだろう。特に店長は、きっと、ものすごく心配してるだろうから。
そう思って、立ち上がったんだけど。
「……アルス?」
アルスは座ったまま、動かない。
何かを考えているかのように、空を見上げて、ぎゅっと自らの手を握りしめている。
私はどうしたのだろうと思いながらも、アルスに向かって手を伸ばす。
その、次の瞬間。
「——え」
私の手は、アルスの大きな手に握られて。
「ちょ、ちょっとぉ!? どこ行ってんのっ!?」
身体が、立ち上がった彼に、引っ張られる。
まるで、街から逃げ出すみたいに。
森の奥へと、何も言わないアルスと一緒に走り出す。
その行為には、覚えがある。
だって、これは、十年前。
——私がアルスにしたことじゃないか。
それに気づいた私は、もう、足を止める気はなかった。
私は走っていた。
アルスに引っ張られるがままに、森の中を駆けていた。
途中、何匹かの魔物を見たけど、私たちを見るとすぐに逃げて行った。
いや、正確にはアルスを見て、だろうけど。
そして、走り続けて森を抜けた私たちが見たもの、それは。
「……こんなとこ、近くにあったんだ。」
一面に広がる花畑。
どこか、故郷にあったものと似ているそれに、私は目を奪われる。
「あ、あるす?
えっと、こんなとこに連れてきて、何を——」
困惑の中、私はアルスに問いかけた。
デートの続き、という雰囲気でもない。
ダグラスさんたちも、店長も、みんなを置き去りにして、私たちはこの場所に立っている。
そのとき。
風が吹いて、花たちが揺れた。
青い空に真っ白な花弁が散って、私たち二人を包み込むように、日が差し出す。
——そして、次に私が見たもの。
それは。
「僕と一緒に来てくれ、リーナ。
僕には、君が必要だ」
アルスに差し出された、大きな手だった。
「——え」
「約束する。
絶対に、もう、離さないから。
僕の隣で、一生、生きて欲しい。
ずっと、ずっと」
アルスは、じっと私を見ながら、言葉を告げる。
途切れ途切れで、感情が、想いが、愛が、全てがこもった告白。
「昔に、言っただろ。
僕らは、一緒に、世界一の冒険者になるって」
その言葉を聞いて、私の頭に十年前の記憶が馳せる。
確かに、私たちは約束した。
十年の間、果たされず——これからも一生果たされないと思っていた約束。
アルスには、もう私なんて、必要ないって、思っていたから。
「それを果たすときが、来た。
手を握ってくれ、リーナ」
身体も、心も、なにもかも強くなったアルス。
でも、手を差し出す彼の瞳は、十年前と変わっていない。
「——今度は、君を引っ張って、どこまでも連れて行くから。
僕には君が必要だ」
私の想いと、同じように。
「わかったよ」
とっくに、答えは決まっていた。
「まったく、もう、ほんと。
お前は私がついて、ないと、ダメなんだからぁ」
ぴょんと、彼に向かって飛びつく。
抱かれる背中。
浮いた身体のおかげで、アルスの顔は目の前にある。
「もう、離さないから、ぜったい、ずっと、一緒だから」
十年間、ずっとしたかったこと。
もう、我慢をする必要はない。
私は彼の顔に近づいて。
「……んっ」
——唇を、くっつけた。
何秒も、何分も、何時間も。
失ったときを取り返すように、ずっと、ずっと。
そして。
日が落ちた頃。
「……あ」
かちゃ、という音が耳の下で鳴り、私たちは地面へと目を落とす。
——効力を失った黒い首輪は、すでに花畑のもとへと落ちていた。
エピローグがあります。