旅立つ幼馴染を見送ったTS薄細美少女の俺。十年後、スラム街の娼館にて再会を果たす 作:とせがり
「……ふぅ、やっと離してくれた」
三号室の部屋の中。
ぐちゃぐちゃに抱きしめた彼女の身体を忘れられないまま、僕はリーナと向かい合っていた。
「ご、ごめん、急に抱きしめたりして。
その、痛くなかった? リーナ」
「大丈夫大丈夫。
でも、流石に力いれすぎ。
お前じゃなかったら、絶対蹴り飛ばしてるから」
そう言うと、リーナは笑ってみせる。
綺麗な笑みだ。
昔から、リーナの笑顔に勝てない。
本人はこんなこと言うと怒るだろうけど、正直言って世界一可愛いと思う。
「どうした?
私の顔になんかついてたりする?」
「い、いや、なにも」
「ならいいや。
しかし、お前、デカくなったなぁー。
え、まじ? 180cm超えてるよなー、すげぇ」
ぴょんぴょんと床で跳ねながら、リーナははしゃぎ回る。
小さな身体もあって、本当に子どもみたいだ。
昔と同じで、こういうところは変わっていない。
でも。
「……昔は私の方がデカかったのにな」
不意に呟いたその声は、僕の知っている彼女の声とは違っていたように思える。
「リーナは、女の子っぽく、なったね」
「え?」
「昔はさ、自分のこと俺って呼んでたからさ、ちょっと、驚いちゃった。
あ、もちろん! ぜんぜん嫌とかじゃないよ?
実際、すっごく可愛いと思うし」
僕は素直に思ったことを彼女に伝える、
単純な見た目も、話し方も、不意に見せる仕草も。
十年前の彼女とは、まるで違っている。
ただ、そのことをリーナ自身に伝えるのは、少し怖い。
だから、身体のこととかは聞けなかった。
……リーナを悲しませては、いけないから。
僕の言葉を聞いて、リーナは少し恥ずかしそうに、声をこぼす。
「……あー、まあそうだね。
店長たちに叩き込まれたからなー、仕草とか、他にも、色々」
色々。
頭をかきながら、言葉を放った彼女の瞳は、どんと、黒く濁っているように見えた。
それはまるで、嫌なことを思い出すかのように。
「あの、鬼畜店長め。
首輪が外れたら絶対ぶっ飛ばしてやる」
ブツブツと声をこぼすリーナ。
僕はそんな彼女の放った言葉のうち、一つが気になった。
——それは、リーナにつけられた首輪だ。
街に入ってすぐ、聞いたことがある。
『首輪が付いた女は淫売の娼婦、誰にでも股を開くから、小銭でも投げて遊んでやれ』
柄の悪い冒険者が言っていた言葉だ、真実とは限らない。
とはいえ、彼の言葉を否定する人がいなかったのを考えるに……そういう風習があるのは、間違いではないのだろう。
……それに、受付にいた店長らしき男。
あいつは見るからに悪そうな顔をしていた。
身体も大きかったし、スラムの男としても何か際立つものがあったように思う。
……あの男、まさか店長の権限を使って、リーナに教育という名の——
「あ、あれ? おーい、アルス。
どうした?」
「え、あ、ごめん。
ちょっと、考えごとしてて」
「……そっか。
もう、心配しちゃうだろ」
言うと、リーナは本当に心配したのだろう。
僕の顔をじっと、見つめてきた。
目が合う。
ほんと、綺麗な顔だ。
魔物の爪で切り刻まれて、傷だらけになった僕とは違う。
見つめった今、彼女のことを聞くチャンスでもある。
だけど、聞いていいのか?
村を去ってからの十年間。
僕は彼女の事情を一つも知らない。
痩せた身体のことも、変わった喋り方のことも、可愛いって言って怒らなくなったことも。
……なんで、娼館なんかで働いているのかも、全部、僕は知らない。
迷う。
今の彼女のため、自分が出来ることは何なのかを。
そんな中。
ずっと黙っている僕を見たからか、リーナが気を利かせて、話しかけてきた。
「てか、さっき言ってたけど」
——身構える僕。
会ったときの衝撃で自分が何を言っていたかなど覚えていない。
……大丈夫、だよね?
僕、変なこととか、言ってないよね?
「お前、さ」
緊張から息を呑む。
そして、次に彼女から放たれた言葉。
それは。
「好きな子とかいたのっ!?
しかも村の方に!?
え? だれ!?」
……これでもかと言うほど、能天気な言葉であった。
……なんだ、そんなことか。
一瞬そう思うが、僕はすぐに考えを直した。
——いや、でもこれ。
ちゃんと、答えないと駄目だよね。
変な、誤解しちゃってるみたいだし。
「まて、まてまて、予想するわ。
……んー、村の奴らは違うよな。
あいつら、お前に酷いことばっかしてたし」
「ちょ、ちょっと、リーナ。
さ、さっき言ったのは、えっと、その」
「あ、さてはときどき教会に来てたシスターさんかな?
……ふふっー、やっぱ男の子だなー。
そんなにおっぱいの大きい子が好きかっ、ほれ、ほれ」
反論しようとすると同時、リーナは自らの胸を僕の腕へと押し付けてきた。
伝わる骨の感触。
一気に頭が沸騰して、言葉がなにも、出なくなってしまう。
ちゃんと、言わないと。
分かってる、分かってるのに、緊張と恥ずかしさと、リーナの感触のせいだ。声が出てこない!
それでも、僕は何とか喉を搾り出して、彼女の言葉を否定しようとする。
「ち、違うよ。
シスターさんじゃない」
「じゃあ誰なの。
私、アルスが仲良くしてた女の子のこととか、知らないけど」
「……それ、は」
言わないと。
ずっと、好きだったって。
リーナがどこにいたって、君のことを思っていたって。
……今も、すぐに抱きしめて、その顔に何回もキスをしたいって。
そうだ、そのために僕は強くなったんだ。
だから、ちゃんと伝えなきゃ、いけないっ!!
「ま、また今度で、いい?」
僕は日和った。
リーナの質問が終わって、今度は僕の質問のターンになる。
僕は意を決して、彼女に一つ、疑問をぶつけた。
「——なんで、リーナはここにいるの?」
直接的な表現は避けたつもりだ。
もし、これで彼女の反応が悪ければ、もう、こちらから質問をすることはない。
「え、あー、言わないと、だめ、かな?」
……やっぱ、ダメか。
「……ごめん、変なこと、聞いた。
忘れて」
そう言って、リーナに頭を下げる。
話したがらないことを詮索する趣味はない。
僕は話を別のものに変えようと思考を巡らせた。
しかし。
「いや、あー、うん。
そうだよね、言わないわけにはいかないよね。
……あはは、ちょっと、恥ずかしいけど。
大丈夫、アルスなら、いいよ」
きっと、リーナはそんな僕の気持ちが分かったのだろう。
分かった上で、嫌なのだろう。
……だけど、僕のために、話してあげようって、そう思ってるんだ。
僕は黙って、彼女の話へと耳を傾ける。
「この娼館には、借金のカタに連れてこられたんだ。
ま、ここら辺じゃ、よくある話だよ」
「……借金って、それ、いくらくらいなの?」
肩代わりしようと思った。
幸い、冒険者として稼いだお金はある。
そのほとんどが、リーナと村で暮らすために貯めていた貯金だ。使う躊躇なんて毛ほどもない。
けど、僕のそんな考えも、リーナには見透かされていたみたいだ。
「——お金の問題じゃないんだよ。
ほら、この首輪。
店長が言うには契約を真っ当するまで、外れないんだって。
ちなみに爆弾付きだから、無理やり外そうとしても駄目だからね」
「……なんで」
「あははぁ、うちの店長鬼畜だからねー。
あ、とはいえ守銭奴だから、お金を積んだら多少の融通はしてくれるかもだけどさ」
なら、今すぐしよう。
こんな違法娼館に金を送ったことがバレたら、どうなるか分からないが、でもリーナの生活が少しでもマシになるなら。
やらないという選択肢はなかった。
でも。
「——しなくていいからね、そんなこと」
リーナは、ほんとに優しいから。
僕が、そんなことをやるのは、きっと許してくれない。
「大丈夫。
私もこの仕事には慣れたし、それに意外と優しい人も多くてさ。
だから、大丈夫。アルスが心配しなくてもいいんだよ」
「……リーナ」
「もう、そんな顔すんなって。
せっかく、かっこよくなったんだからさ」
ドンと背中を叩かれる。
昔も、何度もしてもらったことがある。
彼女に慰められたとき、抱きしめられて、散々泣いた後。
いつも、背中を叩いて、前を向かせてくれた。
けど。
……そんな弱い力じゃ、無理だよ、リーナ。
それを最後に僕は彼女へ質問するのをやめた。
これ以上は互いに、胸が痛くなるだけだ。
重い空気が、僕たちを支配する。
静寂を破ったのはやはり、リーナだった。
「しかしなー、まさか、アルスが娼館に来るとはなー。
やっぱ、お前もこういうことに興味あったんだな」
さっきとは比べ物にならないほど、明るい口調で、リーナにからかわれる。
「ち、違うよ。
それは、パーティの仲間に……」
「はいはい、それはさっきも聞いたって。
にしてもまさか、アルスにパーティメンバーがいるなんてな。
……大丈夫か? 上手くやれてるか?」
「う、うん。
ちょっと癖は強いけど、みんな凄い頼りになるんだ。
今度、リーナにも紹介するよ」
「……ん、そうだな」
少しトーンを落としながらも、リーナは僕に返答する。
こうやって、何気ない話をするのは楽しい。
まるで、昔に戻ったみたいだ。
そんなとき。
「とはいえ。
せっかく、娼館に来たのに、なんもなしは寂しくない?」
唐突に、リーナが言った言葉の意味を僕は理解できなかった。
でも、いつの間にか、リーナは僕の隣に座っていて。
なぜか、ベッドの隣にいて。
そして、耳元に口元を寄せて、言った。
「——やってく? 筆下ろしコース?」
言葉が放たれると同時、僕の心臓はまるで爆発したのかっていうくらい激しく揺れた。
「え、えっ」
や、やる、って。
まさか、リーナが、僕に?
その、そういう、ことを?
——分かる。
了承してはいけないことくらい、僕にも分かる。
きっと、冗談だ。
さっきもからかってきたばっかだし、そう、冗談に決まって——
「知り合いのおっぱい大きいお姉さん紹介してあげるよ。
紹介料、金貨五百枚で」
……ほんとに冗談だった。
「お姉さん、すごいんだぞー?
エルフとの混血なのに、すっごいおっぱいしてるからまじで。
いやー、私だったらリピート確定だね、アレは」
リピート。
彼女の口からそんな生々しい言葉を聞いて、僕は少し身体が熱くなるのを感じた。
いや、正確には、さっきからずっとだ。
鼻につく、甘い匂い。
部屋に置かれているアロマを嗅ぐ度に、何故か、身体が火照っていく。
冒険者の勘が言っている、これは、ただのアロマじゃない。
思考回路が鈍っていく。
そのせいか、変なことが頭に浮かんだ。
——リーナは、ここで、お客さんと、シてるの?
聞きたい。
ほんとは聞きたい。
リーナがこの娼館で、僕以外の人と、そういうことをしている。
そんなことを考えるたびに、脳が壊れそうなほど、痛くなる。
してて欲しくない。
仕事だって分かってても、割り切れない。
リーナは、僕だけのものであってほしい。
手を握るのも、抱きしめてくれるのも、キスをするのも、子どもを作るのも。
全部、全部僕だけにしてほしい。他の人となんて、嫌だ。
……リーナのために、十年間、頑張って来たんだもん。
——そんなとき。
「アルス、静かにして」
急に、リーナが口を開いた。
しかも、ただ声を出したんじゃない。
——僕は抱きしめられていた、リーナに。
「きゅ、急に、どうした、の?」
「……外に、見られてる」
え?
疑問に思う僕に対して、リーナは淡々と答えた。
「内緒だし、誰にも教えてないんだけどさ。
……実はここ、覗き穴あるんだ」
リーナが指を指したのは、背中側にある壁だった。
穴、という奴は見つけられなかったが、どこだろうか。
「無理なプレイを強要するお客さんとか、店に内緒で裏オプ付けちゃう子とかがいるから、店長がよく見張ってるの。それで、さっき足音が聞こえたから、多分いると思う」
「そ、そうなんだ、それは、大変だね」
彼女の話には説得力があった。
穴も、音も、僕は気づかなかったけど、この場所になれているリーナは分かったのだろう。
そして、僕は耳元で彼女に告げられた。
「うん、だから。
——ほんのちょっとだけ、私たちはただのお客さんと嬢。そういうことにしよう」
言うと同時、リーナはさらに、僕と身体を密着させる。
彼女の匂いが、細い身体の感触が、僕の頭を何度も刺激する。
「り、りーな、さすがに、近すぎない?」
「娼館なら、これくらい普通だよ。
……それより、アルスからは、してくれないの?」
今の彼女が、どういうつもりで言葉を発しているのか、分からない。
話し方も、さっきまでの彼女と違って、やけに女の子めいている。
一生懸命、嬢を演じているのか。
それとも、本心からの言葉なのか。
「……もう。してくれないなら、良い。
勝手にするから」
言いながら、プイっと顔を背けるリーナ。
そんな姿を見てしまえば、もう、僕がやることは決まってしまっている。
「……ん、それでいい。
こうやってくっついとけば、店長にはバレないから」
僕は彼女を抱きしめる。
今度は、痛くしないように優しく、だ。
「アルスは、強くなったね、私とは大違い」
最後、そう言いながら微笑んだ彼女の笑みを、きっと僕は忘れることはできないだろう。
「もうすぐ、90分経つ。
だから、私たちはここでお別れ」
「……リーナ」
いつの間にか、僕たちの時間は終わっていた。
嬢と客。
そんな関係も、もう時期なくなってしまう。
「心配すんな。
半年もここにいるんだし、とっくに生活にも慣れてるよ」
彼女が強がっているのは、よく分かった。
思えば、こんな風に急に昔の口調を使うとき、決まって、彼女の笑みは引きつっていた。
だから。
「……え」
——僕は彼女に、手を差し出した。
自分でも、その意味はよく分からない。
リーナも戸惑っている。
当然だ、何も言わず、突然手が差し出されたら、誰もがこうなる。
握られなくても、当然だ。
だけど、もし。
リーナがこの手を握ったなら、大きくなった僕の手を、握ってくれたなら。
僕を必要だって、そう言ってくれるなら。
そのとき、僕は——
「——教会の鐘の鳴る金曜日。
それが、私の嬢としてのシフト。
そこ以外だと、受付と雑務で忙しくて会えないと思う」
暖かい感触は昔と変わらない。
ぎゅっと握られた僕の手は、彼女に連動して、少しだけ震えている。
「……ありがとう、リーナ」
そして、僕は彼女と別れた。
「——おいおい、どうした?
そんな複雑そうな顔して、よっぽと下手くそな嬢にでも当たったか?」
宿屋に戻ると同時、ダグラスが声をかけてきたが、無視した。
答える気にもならなかったし、そもそも頭がいっぱいで何を言ってるかもわからなかった。
部屋に戻った後、僕はドアへと身体をもたれかけながら、呟いた。
「——リーナ」
できることは、やってきたつもりだ。
もっと、根本的な解決法もあるかもしれないが、僕にはこんなことしかできない。
リーナの契約がいつ終わるのかは分からないのだけは不安だが、少なくとも死ぬまで続くものではないだろう。
ただ、でも。
「……ご飯の約束くらい、すれば良かったな」
そんなことをポツリと呟いてから、僕はベッドへと潜り込んだ。
……まじかぁ、こんな形でアルスと会うなんて、思わなかったなぁ。
閉店準備を手伝いながら、私は小さく呟く。
「にしても、あいつ、好きな奴いるのかー
そっか、まあ、そーだよなー」
村にいるというのは意外だけど、嘘をついているようには見えなかった。
……もしかすると、こっちの方に来たのもその人に会うためなのかな。
「じゃあ、こんなとこ、もう来ちゃダメだよなぁ。
……あは、あはは、なんで私、馬鹿みたいに教えちゃったんだろう」
あれじゃあまるで、この日に私に会いに来てくださいと言ってるようなものだ。
困らせたに決まってる。
好きな人がいるのに、娼館なんて、不誠実だ。
「……いや、娼館で働いている奴の方が、よっぽど不誠実か」
なんか、今日、おかしいな、私。
前までは、こんなに、情緒が変じゃ、なかったのに。
こみ上げる気持ちが抑えきれず、私はポケットに入れていたハンカチへと手を伸ばす。
そのときだった。
「おい、リーナの奴はどこだあっ!!」
「……なんですかぁ、店長。
乙女の涙を邪魔するなんて、ひくっ、罰が当たりますよ」
馬鹿でかい声を出しながら、店長が向かってきた。
……ぜんぜん空気読めないじゃん、この鬼畜店長。
店長は、私の顔を見て、一瞬ぎょっとした後。
少しだけ声量を下げた声を、私に浴びせた。
「大声を出して悪かった。
だが、お前、あれは一体なんだ」
「あれって、なんですか。
受付でなんかあったんですか?」
「違う。
俺が言いたいのは、三号室でのお前のことだ」
「なんです、もしかして覗き見でもしてたんですか。
変態」
「違う、そんなことするわけないだろう。
それよりも」
「……お前一体、どんなプレイをしたんだ?」
……はい? プレイ?
「今さっき、お前の客が馬鹿みたいな数の金貨持って、受付に来たんだよ」
「あ、アルスが?」
「……アルスって言うのか?
いや、まあいい。
それで、そいつがなんて言ったと思う?」
「お、おっぱいの大きいエルフのお姉さんください?」
「なわけないだろう」
「『これでリーナの出勤日。
予約できる限り、全部予約してください』だとよ」
え?
「……は、は、はあぁっ!?
え、はっ!? どういうこと!?」
「こっちのセリフだ!
お前、契約終わるまで全部アイツで予約埋まってるぞ!!?
一体、何やったって言うんだ!?」
店長は訳の分からないという顔のまま、こちらを見ている。
私も同じだ。
訳の分からない顔で、ぽかんとしている。
けど、だけど。
アイツがそんなことをするとしたら、理由は一つしかない。
心配、してるんだ。
私のことを。
「……しなくていいって言ったのに」
アルスは優しい。
私はそのことをよく知っていた。
次回からはリーナ視点で進んでいきます