猿猴が月に愛を為す【短篇・幕間集】   作:ユズキあむ

7 / 11
おまけの幕間 灯火のあとの静寂(しじま)

 

 

神との死闘が幕を閉じ、激しい宴、

そして深く静かな弔いの篝火が消えてから一夜が

明けた。

 

アッパーヤードを包む空気は、戦いの熱量を

嘘のように吸い込み、どこまでも澄み渡る静けさを

取り戻している。

やわらかな木漏れ日が差し込む大樹の根本で、

ロダストとアピーは二人並んで静かな時間を過ごしていた。

 

もともとあてのない旅を続けてきたロダストと、

これまでずっと一人で過ごしてきたアピー。二人に

大した荷物や所有物はない。

 

霊体であるアピーが、村の子供たちからお分けして

もらったかぼちゃの種や綺麗で小さな貝殻といった「宝物」を、ふわふわと浮かびながら

嬉しそうに並べて眺めている。実体はなくとも、

その空間には確かな愛おしさが満ちていた。

 

ロダストは膝の上に布を広げ、義母から授かった

守り刀の鞘を静かに拭い、手入れをしていた。

 

誰かを傷つけるための武器ではなく、災いから

身を護る厄除けとして渡された一振り。激しい戦いの中でも刃を抜くことなく、無事にこうして

自分とアピーを守り抜けたことに、ロダストは

小さな感謝を捧げる。

 

 

「あー……服の方はやっぱりボロボロだな」

 

守り刀の手入れを終えて脇に置くと、ロダストは

激闘で大きく引き裂かれた上着を手にとり、苦笑いを浮かべた。

 

雷をまとって戦った痕跡と、重すぎる衝撃を浴びた

破れ目が痛々しく残っている。下界で義母が心を

込めて仕立ててくれた、世界に一着しかない

大切な上着。守り刀と共に、簡単に捨てられるものではない。

 

『ロダスト、そのふく……お義母さんのだよね?

だいじなやつ……』

 

アピーが心配そうに覗き込んでくる。実体を

持たないアピーの小さな手が上着の破れ目をすうっとすり抜けるが、そこには「心配」と「優しさ」の

温かな思念が宿っていた。

 

「ああ。義母さんが仕立ててくれた大切な服だからな。村や町で新しい服をいくつか買ったり譲って

もらったりはするが……これはちゃんと直して、

これからも着続けるさ。」

 

ロダストが優しくニシシッと笑い答えると、

アピーは嬉しそうな思念の波長を弾けさせた。

 

そっとロダストの頭へ手を差し伸べるアピー。

触れられないはずの手から伝わる温かな気配に、

戦いの疲労がすーっと溶けていく気がした。

 

「ありがとうな、アピー」

 

ロダストも愛おしそうにアピーの霊体の頭へと

手を伸ばし、心を重ねるように頭を撫でる仕草を

返した。

 

まだ旅立っていないのは、村人たちから

「渡したいものがあるから、あと2週間は絶対に

残ってほしい」と強く引き留められているからだ。

引き留めてくれる村人たちの温かい厚意を受け取りながら、二人は穏やかにその時を待っていた。

 

 

やがて陽が落ち、アッパーヤードは深い夜の静寂に

包まれる。

 

 

村の喧騒から離れた遺跡の傍らで、

二人は巨躯を横たえるノラの体に背をもたれかけ、

広大な夜空を見上げていた。

 

『ノラ、静かな夜だね……』

 

アピーが言葉をそっと飛ばすと、

ノラは心地よさそうに「ジュラ〜……」と低く

温かな息を吐き、二人を包み込むように大きな首を

寄せた。

 

神の圧政から解放されたシャンドラの地に、

澄んだ風が吹き抜けていく。

 

弔いの火は消えたが、この地に残された人々の

希望と、失われた歴史の記憶は、確かにこの夜空の下で息づいていた。

 

過酷だった戦い。

この空に住まう人々を守り抜けた安心感。

村人たちとの温かな交流と、この優しい島をいずれ

去る寂しさ。

 

そして、まだ見ぬ次の海へ向かう未来への鼓動。

 

さまざまな感情が交錯する中、ロダストは隣で

揺れるアピーの小さな霊体へ視線を向け、優しく

語りかけた。

 

「用事が済んだら、いよいよ出発だ。まだ見ぬ景色を見に行こうな、アピー」

 

『うん! ロダストと、いっしょ!』

 

実体はなくとも、心でぎゅっと抱きしめ合うような

温もり。ロダストは力強く頷いた。

 

かつてカルガラやノーランドたちが駆け抜けた大地に吹き渡る風が、ふたりの髪と空気を優しく揺らす。

 

言葉を超えた確かな家族の絆を胸に、ふたりと大蛇は雲の上の静かな夜を、寄り添いながら過ごすの

だった。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。