堀北さんは諦めない! 作:BM-13
自分の趣味100%の作品になります。
それでもよければどうぞ。
適宜、修整箇所あれば手直ししつつゆっくり書いていきます。
・
・・
・・・
『オレは事なかれ主義なんだ』『私ね、堀北さんと友達になりたいんだ』『本当に愚かだな、お前たちは』『死にもの狂いで足掻け。それしか方法はない』『同じクラスの仲間を最初に疑うような真似は間違っていると思う』『あの時の決着をつけてやろうか』『学力だ?くだらねーな。そんなものには何の価値もない』『それは…買いかぶりすぎだよ堀北さん』『…綾小路くん?』
無限に続くかのような時間の螺旋。またしても、私はあの起点へと引き戻された。
覚醒する意識の深淵から、緩やかに感覚が現実の重みを取り戻していく。
「目上の相手の言うことを聞きなさい!」
「っ!?…はっ…」
甲高いヒステリックな声と、下腹部に響くバスの微振動。
途切れていた意識が完全に覚醒した瞬間に視界へと飛び込んできたのは、もはや見飽きるほど見た光景だった。
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす中年女性。申し訳なさそうに身を小さくしている老婆。
そして——優先席で優雅に鏡を取り出し、前髪を整えている金髪の男。
聞き慣れた高笑い。それに続いて、正義感に駆られた様子で助け舟を出そうと動く女子生徒。
不快そうに顔を歪める者、無関心を決め込む者、スマホに目を落とす者。
「(……はぁ。また、ここからなのね)」
胸の内で、何度目かも分からない溜息を深く、深く吐き捨てる。
変わらない。何一つとして変わり映えのしない光景。
私は車内の茶番から興味を失い、視線を横へと滑らせる。
そこには、窓の外や車内の様子を、まるで無関心に——そう見えるようで、深く観察——している、男子生徒の横顔があった。
少し眠そうで、平々凡々という雰囲気。その瞳に映っている車内の光景を、どう感じているのか。これもきっと、彼にとっては未知の体験で、実は楽しんでいるのかもしれない。ワクワクしているのかもしれない。
「………」
「(……綾小路くん)」
綾小路清隆。
これからの高校生活で、幾度も私を助けてくれて、幾度も私を絶望させてくれた良き隣人。
彼との本当のファーストコンタクトは、お世辞にも良好とは言えないものだった。
孤独と孤高を履き違え、盲目に兄の背中を追っていたあの頃の未熟な私。
やがてバスが停留所に滑り込み、ぷしゅーとエアの抜ける音とともにドアが開く。
吐き出されていく乗客の波に紛れ、私は彼の少し後ろについてバスを降りた。
校門へと続く並木道。舞い散る桜の粉雪の中を、彼がだるそうに歩いている。
私はその背中に歩幅を合わせ、そっと隣へと並びかけた。
「……随分と、不毛なやり取りだったわね。バスの中のあれ」
自分に話しかけられると思っていなかったのだろう。
彼が一瞬だけ驚いたように眉をぴくりと動かし、こちらへ視線を向けてきた。
「ああ……まあ、そうだな。譲るか譲らないかは個人の自由だし、外野が騒ぐことじゃない」
「ええ。正義感を振りかざすのも、無視を決め込むのも勝手だけれど……朝からあんな大声を聞かされるこちらの身にもなってほしいものだわ」
「同感だ」
声のトーンは柔らかく、けれど深入りはさせない程度に。
かつての周回のように「あなたみたいな事なかれ主義なんていう、つまらない人間とよろしくしたくはないわ」なんて、冷たく突き放すような真似は、もう何十回も前に投げ捨てた下策中の下策だ。
「私は堀北。……堀北鈴音よ」
「……オレは、綾小路清隆だ」
「そう。よろしくね、綾小路くん」
軽く会釈を交わし、それ以上の会話は繋がずに校舎へと入る。
押し引きの塩梅は完璧。微妙な言葉のぎこちなさから、彼の緊張も感じ取れる。……今は、第一印象を与える程度で良い。何故ならすぐに、彼との再会は果たされるからだ。
割り当てられた1年D組の教室。
ドアを開け、指定された座席へと向かう。一番後ろ、窓際の席の名前をチラリ。そして、その隣。
期待通りの配置に、私は胸の中で小さく口端を上げた。
荷物を置き、遅れて教室に入ってきた綾小路くんが隣の席に着くのを待つ。
彼が心底面倒そうに椅子を引き、カバンを卓上に置いた瞬間——私は計算し尽くした、完璧な笑みを向けた。
「……堀北鈴音よ。お隣のあなた。せっかくなのだから、お名前を聞いても構わないかしら?」
「えっ……いや、え…?」
「あら、ダメかしら?…少し、ショックかもしれないわ。…冷たい人なのね」
「ちょっ…待ってくれっ」
教室という場での、改まった自己紹介。
綾小路くんは一瞬だけ目を丸くした。……やはり、まだ咄嗟でのリアクションは出てこないのね。もう忘れられたのか?なんて少しショックを受けている表情(傍目には分からないかもしれないけれど)も、じんわりと笑みを浮かべれば冗談だと伝わったみたい。彼からも再度、自己紹介がぎこちなく繰り返される。
「オレは……綾小路、清隆だ」
「そう。…そういえば、さっきもバスで隣に座った生徒と世間話と自己紹介をしたのだけれど、アヤノコウジキヨタカくんと言っていたのよ。…偶然ね。この学校に同姓同名の生徒がいるなんて」
「いや、さっきのもオレだっただろ…!」
「ふ…ふふっ、…冗談よ。…何かの縁かしらね。せっかくなのだから、友達になってくれないかしら?」
「あ、ああ。…オレで良ければ、是非」
友達という言葉。そして、何気なく出た是非という思いを、もう私は読み間違えはしない。
「ありがとう。…これから3年間、よろしくね?」
「よろしく…堀北」
「鈴音で良いわ。…冗談よ?」
「お…おう」
こうして、XXX回目の私の高校生活が幕を開けた。
◇
教壇に立った茶柱先生の学校説明を聞き流しながら、私はノートの端に意味のない線を走らせ、思考を内側へと沈めていく。
「(さて、今回の目標について予定を立てないといけないわね)」
今回。まるで、何回も高校生活を送っているような言い方だけれど、それは事実だ。……少なくとも、私の中では。
私がこの「ループ」という異常な事象に確信を持ったのは、恥ずかしながら周回3回目のことだった。…本当に、察しが悪かったわね、昔の私。
クラスの真実を聞いて、認められなかった1回目。
兄である——堀北学と、校舎の裏で再会したあの日の夜。……おそらく、私は再起不能の大怪我を負った。最悪、命を落としたのだと思う。
自分を突き放す兄の冷徹な言葉と、拒絶。そして、暗闇の中で突如として襲いかかってきた、背中への鋭い衝撃。
ドスッ、という嫌な音とともに肺の空気が弾け飛び、浮遊感のあとに訪れたのは地面の冷たさと——後頭部に広がる、どこか温かい感触だった。
視界が赤く染まっていく中で見たのは、いつも私を見下していた冷たい目を激しく見開かせ、信じられないものを見るように固まっていた兄の顔。
それが、私の最初の「リセット」だった。
次に目を開けた時、私はあのヒステリックな女性の怒号が響く、登校初日のバスの中にいた。
あまりにもリアルな悪い夢を見たのだと、当時の私はそう思おうとした。
けれど、目の前で繰り広げられるのは夢と同じ授業、同じクラスメイト、同じ学校の説明。
混乱したまま時間を過ごし、私は再び兄と再会した。
今度は背中から強く壁へと打ち付けられ、激痛に耐えながら重い体を引きずって自室の寮へ帰った。
今度はリセットされず、夢のことは虫の知らせだと呑気に感じていた。そしてそのまま、知識も準備もない私は初めての期末試験を迎えてしまった。
『——ああ、そういえば試験範囲の変更がされていた。伝え忘れていて済まない』
そう、薄っぺらな謝罪とともにDクラスには絶望がもたらされた。
直前に突きつけられた突然の試験範囲変更——対応しきれず、クラスから8人もの赤点退学者を出した瞬間。
視界がぐにゃりと歪み、気付けば私はまた、あのバスの中に引き戻されていた。
それが、私がこの繰り返しを自覚した瞬間だった。
——そこから先は、気の遠くなるような試行錯誤の連続だった。
私自身の大怪我や、再起不能となる取り返しのつかない状態になったらリセット。
クラスで大量の退学者が出たらリセット。
自分自身の退学や、時には他のクラスの生徒の退学が理由でもリセットは起きた。(これが一番納得できなかったのだけれど)
ついでにこの繰り返しのことを誰かに伝えてもリセット。…これが当初は一番堪えたわ。
何度も心をへし折られ、何度も絶望し、何度もクラスを崩壊させながら、私は少しずつこの世界の「システム」と「ルール」を理解していった。
現在の私の
あの回では初めて、綾小路くんがクラスを離れたのに私がリセットされなかったレアな周回だった。
彼が望む通り成長したように見せて、孤高(笑)の少女からクラスのリーダーへと2年をかけてゆっくりと彼を満足させるように行動を設定した。
名前を付けるなら、そう…『堀北鈴音リーダー化計画(監督・監修:綾小路清隆)』といったところかしらね。
あのルートでは、今まで上手くいかなかった坂柳さんの退学や、綾小路くんのクラス移動と初めての事づくめで、だいぶ混乱をしてしまった。
それが綾小路くんがクラス移動したことへ紐付けられて、3年生の序盤は失態づくめ。
軽井沢さんをはじめ、まさか澪…伊吹さんや、桔梗に叱咤激励をもらうほど傷ついて見えたらしい。
結局、最終的にあの島での試験のあと、船へと戻って眠ったと思ったら、突然にリセットがされた。
もっと綾小路くんの周囲に意識を向けていれば、その理由が分かったのかもしれないけれど、それはまた次回以降の宿題としておきましょう。
「(……考えても今すぐ答えが出ない課題は後回しよ。重要なのは、今回の周回の目的を明確にすること)」
書籍の文言どおり、これまでの失敗から導き出された最重要ルール。
それは【綾小路清隆】という、私の——いいえ、この学年のキーパーソンの存在。
彼が自ら学校やクラスを去ったり、他のクラスの生徒と関係を強めすぎると、おそらく私はリセットされ、繰り返しが発動してしまう。
当初私は、綾小路くんが居なくなると繰り返しが起こるのだと思っていたけれど(それに気が付くまで十数回は繰り返したわ…)それは違った。
綾小路くんが居ても繰り返すことはあった。居なくなったら、体感9割以上は繰り返してるけど、でも違った。
そして仮とはいえ、結論はもう出ている。この繰り返し——ループは、
…これに関しては意外とすぐに納得した。胸にすとん、と落ちたのを覚えている。数十回のループでの経験を重ねても、序盤での兄との邂逅や、茶柱先生、綾小路くんへの協力関係やともにクラスを何度も導いた私の、根底にある望みだったから。
そう理解すれば、なるほどと思える点が多く気が付く。
私が暴力や問題行動によってペナルティを受ければ、クラスポイントが減る。1年生の今は良い。だけど体感、2年生の学園祭あたりでクラスがC〜B以上ではないと唐突にリセットされた回が何度もある。
逆に1年生の時にAクラスとして進級したらしたで、あの学年混合の無人島サバイバルでリセットの憂き目にあった。
ほどほどの塩梅でDクラスの実力を高めて、2年生になったらポイントを稼いでいく。その為に今回の周では行動を進めていくことにしましょう。
「…?」
「…ふふっ」
ちらりと見ていたのに気が付いたのか、視線だけ私に向く。何でもないと笑いかければ、再び茶柱先生の話に意識を向けてくれた。
…彼については今回も友好的に接して、いずれはホワイトルームでのいざこざも相談してもらえるほどの関係を構築したいと思う。
2年生になると、彼はその関係筋からの襲撃や陰謀に巻き込まれて、特別試験などはほとんど片手間の協力しかしてくれなくなる。そのままにするには非常に惜しい戦力のロスだ。
であるのならば。
今回は、可能な限り早くDクラスの必要な人員の強化を図り、2年生となった際にロケットスタートが見せられるよう、全方位・友好外交を図る。これで行こう。
そうと決まればいくつかのルートはマストだ。
脳内で、今回のターゲットへと意識を向ける。まずは自分たちのクラスのキーマン。
先生の話を聞いて喜びをあらわにするクラスメイトと、しとやかに微笑んでいる櫛田桔梗。
彼女は裏切り者筆頭。中学時代の事件から、私を退学に追い込もうと暗躍を繰り返す彼女の首根っこは、遅くとも5月の終わりまでに完全に押さえ込まなければならない。
放置すればまたクラス内部から毒を撒き散らし、不必要な火種を作る。速攻での無力化、あるいは完全な支配が必要になる。
自己紹介で同じ中学だったとカミングアウトして、早めに
二番手は、教室の隅で縮こまっている佐倉愛理。
伊達メガネをかけ、猫背気味に俯く彼女は早めに勉強面、可能なら運動面まで叩き直さないと、あの2年生での試験を乗り越えられない。
彼女の退学は、長谷部さんの退学覚悟の暴発を招く。それに付き合う形で三宅くんまで手を貸し、クラスポイントの半分近くが吹き飛んだことが何回も起こった。
手間がかかる反面、彼女のビジュアルは学年…いいえ、学校屈指だ。学園祭でのサプライズ出演なんて名目で、各学年・クラスへと派遣した結果はあの坂柳さんや龍園くんすら唸るほど。
それに綾小路くんのクラスでの友人関係に、彼女は比較的おすすめの一人だ。他の女子のように我が強くなく、助けられると恋心を抱いてくれる、なんというか…チョロい性格もポイントが高い。
今回もただの佐倉愛理ではなく、誰もが認めるグラビアアイドルとしての雫を曝け出せるよう、成長を果たしてもらいましょう。
それ以外にも勉強に全振りしている幸村くんの活用方法や、暴力バスケ部の須藤くんとのファーストコンタクトの再確認。それらを脳内でシミュレートする。
…その、ついでに、残りの連中のことを数瞬だけ意識を向ける。山内、篠原、園田あたりの、
この学校は、困難な試験での足切りはもちろん、なんなら退学者が出なければ追加試験で退学者を出させようとする鬼畜カリキュラムを設けているほど。であるのならば
居ても居なくても困らない…そんな生徒が多いのが、Dクラスの一番の長所だと思う。…なんて、あんまりかしら?
まあ彼らは変に更生させようとせず、ほどほどにヘイトを溜めさせておきましょう。いざという時に切り捨てても、クラスの指揮やメンタルに支障が出ないようコントロールする。
…大丈夫、この程度の誘導ならもう余計な手間を掛けなくても完璧にこなせるわ。
もぞりと、少しだけ座り直す。それによって違和感…異物感を、感じることはない。
「(今回私はツイてない。…なら、それを活かす形で…)」
再び、ちらりと視線を向ける綾小路くんを微笑んで誤魔化し(視線を逸らしたけれど、すこし照れているのかしら)意識をクラスの外へも向ける。
優先度が高い順に、一人一人、クラスのリーダー格の存在を脳裏に浮かべていく。今回の方針として、序盤から狂犬ムーブはしない以上は友好的にする必要がある。
Bクラス、一之瀬帆波。最初こそメンタルが脆くて扱いやすいけれど、放置すると徐々に綾小路くんへの執着心を見せ始めて面倒なことになる。できるだけ早い段階で私が彼女と個人的な関係を結び、手綱を握っておく必要があるわね。
クラスメイトのことを守る彼女をコントロールする方法はいくらでもある。ポイントは彼女が成長や挫折をする前に、私という頼れる友人を心に深く植え付けること。前回は珍しく肉体関係を持たなかった結果、おそらくは綾小路くんと関係を深めたハズ。
「(彼女とは早めに接触しておきましょう。…そうね、彼女が買い物に行く時を見計らって…いや、手紙で呼び出せば…)」
次に、Aクラス。坂柳有栖。
実に厄介な存在ね。一度、捨て回と割り切って階段から突き落として物理的に退場させてみた(故意と疑われないよう、私も大怪我をしたわ)けれど……彼女抜きのAクラスは、龍園くんや綾小路くんからすれば「鴨がネギを背負ってくる」という言葉が現実味を帯びるほどの惨状になった。
『龍園!!貴様…、っ平田!神崎!!こんなことが、本当に許されると思っているのか!!?こんなことがまかり通れば、特別試験の根幹が揺らぐ!!お前たちは本当にそれでも構わないと言うのか!!?』
それが、怒りに満ちた葛城くんの最後のセリフだったらしい。その回の混合合宿でのこと。Aクラスのリーダーを失った男子生徒が、一部を除いてグループを組めず、絶望の声とともに退学になっていくのをよく覚えている。
リーダーとして面倒なのに、居なくなったらなったでAクラスがグダグダになり、学校全体の秩序が崩壊する。結局、無秩序になった学校に絶望したのか、2年生が始まった日に綾小路くんが転校したとHRで聞いてリセットされたわ。
最後にCクラス、龍園翔。
『最高』の、一言に尽きる。…彼をこの学校に入れた入試担当は本当に有能ね。他の担当には物申したい気持ちでいっぱいたけれど。
勝手にヘイトを集めて、渦中で暴れ回って、失敗から大きく転んでも、不屈の意志で何度もサンドバッグとして復活してくれる。
何度も折れかけた私が、今もこのループに挑めているのは彼の無鉄砲な、それでも諦めず立ち上がるガッツを知っているからかもしれない。いつも本気か冗談かは知らないけれど、好意を向けてくれるし今回もキスくらいなら、何時でもしてあげる程度には、彼のことはありがたく思っている。
…極稀に女子生徒と化していた回では、あんなに小柄なのに同じ性格をしていて抱きすくめてしまった。不覚だけれど、あれは仕方ないと思う。
「(今回では彼は男だったし、…最初の接点は…)」
…ある程度、まとまったわね。
1年生での目標はクラスの掌握と、他クラスとの関係構築、そして可能な限りのプライベートポイントの貯蓄。
2年生の特別試験から徐々にクラスポイントを狙いに行って、クラス順位をB以上に引き上げる。
「(……あ、ホワイトルーム関係のアレコレもできるだけ早く消化しないとね。そのためにやっぱり、綾小路くんとの関係強化はマストだわ)」
チャイムが鳴り、茶柱先生が淡々と教室を去っていく。ノートに『1年キープ、2年B以上』と書いた文字をガリガリと黒塗りして読めなくしていると、いつものように平田くんが自己紹介を始める。
彼が始め、桔梗が続き、何人か後に須藤くんが退室したり高円寺くんがいつものムーブをしたり。綾小路くんの棒読み自己紹介をクスクスと笑って聞いていると、ジト目で見られたのに目で謝意を伝える。
…あ、私もきちんと残って自己紹介は参加したわ。おまけに、桔梗とは同じ中学だったことと、高校では同じクラスになれて嬉しいことを伝えてみる。「わー!本当だね、私こそよろしくね!」と笑顔で言っていたけれど、裏の顔が出かかっていたのが今日のハイライトね。
そうして自己紹介が終わると各々は遊びに行ったり、予定を相談したり、買い物をしようと声を交わし合う。そんな中、
「ねえ、綾小路くん。今日このあと、少し付き合ってくれないかしら?」
「え? …構わないが、なにかあるのか?」
「いいえ。せっかく友達になったのだから、学校の探索ついでにお茶でもどうと思ってね。…だめかしら?」
首を少し傾け、完璧に計算された上目遣い。
綾小路くんは一瞬だけ絶句したように固まり、それから小さく息を吐いた。
「…あ、いや、嫌じゃない。むしろ大歓迎だ。…すぐ行こう」
「ふふ。…なら、行きましょうか?」
自然に寄り添い、肩が触れそうで触れない、そんな距離で彼と歩き始める。
目的地は決まっていない。…あくまでこれは、アリバイ作りに過ぎないのだから。
『なぜ、入学したばかりの1年生がそんなことを知っている?』という疑問に対して、「事前に調べていたので」と答えるための行為。
他のクラスや別の学年、図書館や特別棟、校舎裏なんかもちらりと目を向ける。一緒にいてくれた綾小路くんは文句ひとつなく着いてきてくれたので、ケヤキモールで甘いものを奢ってあげた。
こういう、「学生らしい放課後の過ごし方」へ憧れを持っていた彼に、今だけだとしてもそれを感じて貰いたい。それが純粋な善意か、それとも打算かといえば、私はどちらもと答えるだろう。でも、
「…はい、あーん」
「いや、食べないぞ?」
「そんな…冷たいのね…」
「…もうその手には乗らないぞ」
「残念…ふふ、冗談よ?」
差し出したショートケーキのイチゴを、自分の口へと運ぶ。…甘酸っぱい。冗談といって安心した彼が、自分のチョコレートケーキをフォークでつつくのを、努めて微笑みながら見守る。
気を抜いてしまったら、勝手に同情したり、申し訳なく思ってしまいそうだから。これから私が彼を巻き込んで、その手を引いていくのだ。
そんな筋違いの後ろめたさを誤魔化すために、私はコーヒーへと手を伸ばしたのだった。
読了ありがとうございました。
次のは今、6割くらいなので今週末までには投稿します。
良ければ感想や高評価あるとブーストかかります。
次回もお楽しみに。