堀北さんは諦めない! 作:BM-13
アンケート回答も感謝を。
2巻編スタートですー。
寮の一室。目の前には、本来の予定にない相手が座っている。
いくつもの周回で、絶えず余裕を感じさせる笑みも今は影を潜め、空調が完備されているはずなのに頬には一筋の汗が浮かび、流れていく。
「………」
「………っ」
「………ふふ…」
「…ん……」
タン、……タン。規則的にその手から、自分の判断、推理、思いを込めて、盤上の駒を静かに滑らせ、一手を刻む。
即断即決など、ほとんどない。私を含め、相手も真剣に挑んでいる。頭から蒸気が出るほど考え抜いた必殺の一手が、ほんの少しの気の緩みや読み飛ばしで咎められることもある。
「…く…っ…」
「…………おや…」
幸運の女神が味方したとしても、指し手のミスによっていかようにも盤上の支配権は変わる。そのことを私はもちろん、目の前の彼女も重々理解しているはず。
盤上に漂う詰みの気配。息をのむような長考の果て、彼女はゴクリと生唾を飲んで、手元のテーブル、その引き出しへとゆっくり手を伸ばした。
「……っ」
「……!」
「………来るのかしら? チェックをかけに」
「…ええ、勝負です、堀北さん…!」
チャラ、と軽く金属が触れ合うような音が響く。私たちの間に走る緊張からは、もっと重く、盤面を左右する一石に感じられた。
スッと彼女の手が盤の真ん中へと延び、その手が私への最終宣戦を布告しようとする。私もそれに笑みを返し、自らの手元を改める。
…悪くない盤面。でもそれは、彼女もそうなのでしょう。
彼女は天性の才能を発揮し、対する私はその手練手管を圧倒的な経験則から逆算し常に一歩先を行く。
おそらく、彼女のことだ。盤上の王を追い詰めるべく、幾重もの対抗策を練りながら手を進めている。
チャッ、と綺麗な指が空を切る。ゆっくりと、私を威圧するように伸び、
そうして彼女の手に持った一本の白い棒が盤上へ置かれ、彼女の手から真っ白い駒が差し出され——
「ーーーリーチ*1、です…!「あ、ロン*2よ。8000点」なぁっ…!?」
「ぶっ…」
「ちょっと…なにしてるのよ、坂柳…!」
速やかに、私のメンホンチートイ*3へ振り込んだ。
…こんなところかしら? チェス? 何のこと? そんなもの、とっくに私の勝利で終わって、今は麻雀をしているわ。Dクラスと、Aクラスの親睦会ってところかしら。
もちろん、なんの接点もなかった彼女たちからのアプローチには、ちゃんと理由がある。私はその時のことを思い出しながら、カメラを向ける。相手?坂柳さんを恨めしく睨みながら席を立ち、真っ赤な顔でワイシャツのボタンへ手をかける神室さんによ。
どんなに往生際が悪くても、許しはしないのはここまでのゲームでも実証済み。わたしは残り1枚となって、頼りないワイシャツを押さえる眼福な光景を目に焼き付けるのだった。
◇
期末試験が終わったら、次は須藤くんがCクラスと揉める暴力事件まで暇かと言われれば、そんな訳はない。
スキマ時間にこそ、私の周回経験が生きる場面が多くある。
例えば、混合合宿でお世話になる可能性が高い他の学年の先輩への
「そ、そんなに…ジッと見ないで下さいい…」
「すまな「ダメよ、しっかり見なさい」…いや、だが…」
「雫も、減るものじゃないし胸を張りなさい。せっかくイイものを持っているのに、宝の持ち腐れじゃない」
「で、でも…「仕方ないわね、このリボンの紐を…」ひゃあっ、わわ、わかりましたから…!」
…まあ、それはそれとして、干渉をしないとは言っていないわけだけれど。
もじもじとしながら、それでも手を後ろへ回し、隠すのをやめた雫と、腰に手を当て、気持ち前のめりにポーズをとる私。黄色のサマーカラーとシンプルな白。肩からは頼らないほど細い紐がそれを支え、下の三角形にも両辺にリボン。…引いてしまったらどうなってしまうのか?…なんてね。まあ刺激的なビキニの水着、そのツーショットだ。
これで砂浜と海、太陽まであれば完璧だけれど、残念ながらここは違う。
見ている異性もたった一人だけ。その分、しっかりとカメラマンさんには感想を頂かないとね?
「さあ、感想を言ってくれないかしら? 健全な一般高校生男子として、忌憚ない意見が欲しいものね」
「う、うぅ…ど、どう…かな?」
「…二人とも、すごく…その、キレイだと思うぞ」
「25点ね。恥ずかしそうに言っている表情への加点は認めるけれど、語彙力が貧相よ。及第点は上げられないわ」
場所は、佐倉さんの部屋。私と綾小路くん、佐倉さんの3人が集まったのは以前から予定していた計画のため。
すなわち、【グラビアアイドル雫Dクラスデビュー計画】のセカンドフェイズを進行するためよ。
ちなみにファーストフェイズは彼女と二人で大量の私服や下着、なんならちょっと早めの水着やコスプレみたいなものの小道具まで揃えて完了と相成った。大荷物となってしまい、帰りに呼んだ綾小路くんとも3人で食事して円満終了。今日はそのお披露目となっている。
今の佐倉さん…いいえ、雫は、グラビアアイドルの時のように髪型を変え、伊達メガネを外した完全体の彼女。それが恥ずかしそうに水着(それも胸元の開いた大胆なビキニタイプ)を着ている様子は視界の暴力と言っても過言ではない。
なにも言わずに不意打ちで呼んだ綾小路くんも、何も聞いていない雫とお見合いとなってラブコメ時空になったのはご愛敬ね。
「じゃあ、どう褒めればよかったんだよ…」
「そうね…まず、いつもと違う印象……髪型を変えたり眼鏡を外していることに勇気を出した様子を汲み取って、普段とのギャップを指摘しつつ『いつにも増して可愛い』と容姿の特別感を強調しなさい」
「ふぇ…!?」
「そこからか…「そこからよ。…わたしもせっかく、髪型を揃えたのに…まったく」す、すまない…」
そういって呆れるように腕を組めば、白い下着からのぞく胸が揺れる。申し訳なさそうな顔のまま、その視線が髪から胸へ向くのを確かめる。…内心ではドキドキしてくれているかしら?私は気が付かないふりをして、アドバイスを続ける。
「良いわ。…次に、いよいよ水着について。せっかくこんな大胆な、男を悩殺するような胸を強調する水着を着ているのだから『清楚なのに艶やかだ』とか『魅力的で目が離せない』といった、下品にならないニュアンスで自分も喜んでいるような言葉が欲しかったわね」
「そういうものか…」
「ええ。水着なんて、どう見えるか、映えるかが全てだもの。どうしても語彙が思いつかなかったなら……そうね、雫」
「え…な、なんですか?」
そう言って雫に近づくと、胸が触れ合うような…いいえ、むにゅう、と当たる距離。お互いに女性同士だから許される距離まで近づいて肩に手を置く。顔を真っ赤にする雫へ一言、作ったような妖艶な声をかける。
「すごく、素敵よ。——このまま、食べちゃいたいくらい」
「あ…あう、あう……きゅうっ……」
「………あら」
「………やりすぎだったみたいだな」
「んん。まあ…こういう、ボディタッチも効果的よ?」
目を回す彼女を優しくベッドへ横たえてあげる。…もし最後のフェイズまで行ったなら、このままイタダキマスしてもよかったのだけれど、今日は我慢ね。その後、雫が復活するまでの間、綾小路くんと雫が載っているグラビアアイドルの写真集などをタブレットで見せて、褒めるポイントや言い回しについてアドバイスを重ねる。
どんなシチュエーションなら、どこまで言ってもいいのか。二人きりの時なら、他の人がいても『あなただけを特別視している』と伝える視線の交わし方……そういう知識はこの頃の彼は持ち合わせていないからか、露出多め、際どいポーズのアレコレを見ても彼の目は真剣そのものだった。
「…こんなところね、次は雫が起きたら私服も着替えを始めるから、よく復習しておくこと」
「わかった。…堀北」
「何かしら? お昼のリクエストがあれば今の内に聞くけれど?」
「その水着、すごく似合っているぞ。…水着の良し悪しは俺にはまだ良くわからないが、その白色は…堀北の黒髪と良く映えていて、綺麗だ」
「…ふふっ…不意打ちなんて、生意気ね…」
「………どうだ?」
「………まあ、ギリ合格…40点くらい、かしら…」
手厳しいな、と頭をかく彼に背を向け、赤い顔を隠すように俯き「お昼を考えないとね」なんて零して、席を立つ。
……計画通り。
パタパタと彼から離れた様子に、きっと綾小路くんは私が照れ隠しで席を立ったと思うはずだ。その証拠に、背中には彼の観察する視線をしっかりと感じる。
わたしもそれに乗っかるべく、過去にあった恥ずかしい出来事…生徒会長に就任した際に下着を着用せずに登壇して、数百の視線に晒されたことや無人島試験で一糸纏わず引き回されたことなどを思い出す。あの頃はまだまだ羞恥心が健在で、性欲モンスターとなった彼を繋ぎとめる為になんでもした。外れ周では女子生徒もポイントで買えるほど治安や民度が終わっており、クラスのヘイトを集めていた私はその捌け口としてクラスや学年を問わず——と、危ない。興奮したいわけじゃないんだったわ。
冷蔵庫をのぞき込む私の耳は、きっと真っ赤になっているだろう。頬もそこはかとなく赤く、視線もチラチラと乱す。髪を気にするように耳へ流してみれば、目ざとい彼のことだ。改めて彼の中の私像に、『不意打ちでの誉め言葉は効果的』との一文が増えているはず。
理想は、『自発的にからかうことが多いが、不意打ちや受け身になると弱い』女子となることだ。万華鏡のように、新しい一面を見せ続けることで彼の関心を、観察を一身に受け続けたい。よそ見なんて、許さない。
半年もすれば、彼の方から「どうすれば合格なんだ?」なんて言いながらスマートに押し倒して来るに違いない。(経験談)
「うぅん……はっ!あ、綾小路くん…!?」
「起きたか、さく…雫、大丈夫か」
「う、うん。…大丈夫、です…」
「…これから昼の食事を堀北が作ってくれるみたいだから、上着にこれを着たらどうだ?」
「あ、ありがとう…んしょ…」
目が覚めた雫にそう言って手渡したのは、私服の一着としてハンガーラックにかかっていた夏色の青に黄色のラインが入ったパーカーだ。…勉強の効果か、良い趣味をしている。
気持ち大きめのそれは浜辺やプールサイドで羽織るには最適なもので、腰のあたりまで届く丈が彼女の羞恥心を覆い隠してくれる。…ただ問題があるとすれば、胸囲的…違う、脅威的な彼女のスタイルを考慮に入れていなかったことだ。
前を閉めようとした途端、収まりきらない北半球がジッパーの上から溢れ出し、かえって胸元の谷間を強調する形となってしまった。男子ホイホイと化した雫。綾小路くんも口を開けば危ないと理解したのか、その様子を気が付かないふりをしてガン見している。
「あ、あれ? あれ…んんー!?」
「雫、冷蔵庫の野菜は使っていいのかしら。あとエプロンは…って、随分とまたセクシーになったわね」
「ちが、違うんですっ、ちょっと前がきつくて、それで…!」
「綾小路くん、背中から彼女の胸を押さえてあげたら?「ふぇっ!?」…冗談よ? そこの…白のサマーニットを着たらどうかしら?」
「あ、これなら…」
ニットなら生地もしなやかに伸びるから、どんなに主張の激しい胸元でも突っ張らない。ちらりとこちらを見る綾小路くんを鼻で笑いながら、そでを通して髪を揺らす彼女に目を向ける。
…まあ、網目の隙間から水着が透けて見えて、隠しているようで全く隠せていない、余計に視線を奪うのは内緒だ。気が付いていない雫は満足そうだし、眼福な光景に彼も「これはこれで…」みたいな雰囲気をしている。…よしよし。
その後はエプロンを借りて、昼食を作り、疑似(白ビキニ)裸エプロン状態での私にドキドキさせたり、私服を着替えて(当然、目の前で着替えようとして綾小路くんは部屋から慌てて出た。計画通り)のファッションショーを再開もした。
雫の持っている
雫も、綾小路くん相手ならずっと自分を出せるようになったのは今回の成果だ。せっかくの休みということもあり、勉強面での面倒も見る。間違えるたびに脇をくすぐったり、綾小路くんの前で少しだけからかって上げれば、二人の距離もぐんと縮まっただろう。
…わたし?もちろん、やるだけでなく正解するたびに雫に揉ませたり(ちょっと声を上げれば、顔を赤くしてくれたわ)サービスもしてあげたわよ?
例のごとく、綾小路くんにも「する…?」と聞いて、冗談だと言ったけれど、返事はなかった。…次かその次には、直接わたしへの悪戯をするくらいの距離感にはなれただろう。
その時を楽しみにしながら、その日の【グラビアアイドル雫デビュー計画】は無事終了したのだった。
◇
さて、試験が終わったあとの6月。夏休みに向けて、弛緩した雰囲気の平日にもやることは当然ある。
わたしは用意したものを胸に、昼休みの時間にAクラスへとひとり出向く。まだ休み時間が始まったばかりの教室には、多くの生徒が残っていた。
丁寧な態度で「失礼します」と言って入室しても、歓迎する視線はほとんどない。警戒5:嫌悪3:興味2といったところ。案の定、Aクラス筆頭の優等生、戸塚弥彦くんからは熱烈な挨拶を受けるもそれにすぐ済むと返す。
目的の人物とは最初から目が合っている。彼はこの学校でも特徴的な見た目をしており、現にその席へと向かえば戸塚くんを含む多くの
「…Dクラスの堀北と言ったか。俺に何か用があるようだな」
「ええ、葛城くん。時間は取らせないわ。少し、いいかしら?」
「この場で聞こう。悪いが、君の言う通りあまり時間はかけたくないのが実情だ」
チラリと教室の外へ視線を向ければ、そう返される。経験通りの反応に、私が眉を顰めれば彼も同様の態度を取る。それもそうだ。彼は今、Aクラスのリーダーとしての地位を同じクラスの生徒、坂柳有栖と競っている。
そんな中、自らの弱みとなる可能性は出来るだけ排除したいだろう。歴代最悪の成績を残したDクラスの生徒ともなれば、その接触に自ら瑕疵のないことを証明しなくてはならない。この反応は当然のものだ。
「なにか、この場では話せない内容なのか?…であれば、悪いが出直してもらおうか」
「さあ、出ていけよDクラス!」
「そう…いいえ、平気よ」
腕を組んで拒絶する姿勢を崩さない葛城くん、それに便乗するように気炎を吐く戸塚くん。周囲も圧を強める中、私は制服の内側から用意したもの――手紙を、葛城くんへと差し出した。
「これを、あなたへ渡しに来たの」
「………なに?」
「あ……?」
ぽかんと固まる葛城くん。戸塚君も間の抜けた声を出す。白色の便箋に、赤いシールで封をしたシンプルな装丁。綺麗な文字で『葛城康平さんへ』と書かれたそれは、高校生なら誰でも分かる。…どう見ても、
「靴箱にでも入れようかと思ったのだけれど、私としても誠意を見せたくて」
「ちょ、ちょっと待ってくれ…!」
「…葛城くんの迷惑になってしまったら、ごめんなさい。でも、私の本心を書いてある」
唐突な告白に、ざわつくAクラス。その渦中、いきなり爆心地となってしまった葛城くんは動揺を隠せずに居た。…いや、もちろんラブレターなんかじゃないわよ?単純に生徒会への勧誘について書面で起こしただけのもの。こんな形で渡したのはいくつか理由はあるけれど、趣味5:目的3:遊び2といったところね。
葛城くんには早期に生徒会入りして、Aクラスでの地位を確立してほしい。リーダーとしてはこの学校ではともかく、彼の管理能力やクラスメイトからの信頼は非常に厚い。1年の最後に坂柳さんが彼ではなく戸塚くんを退学者として選んだのは彼女の趣味もあるでしょうけれど、それと同じくらいには彼を慕う生徒の反感を危惧していたのもあると思う。
派閥間での対立はともかく、一生徒として葛城康平という生徒はAクラスの生徒から憎まれるどころか非常に高い評価を得ていたのではないだろうか?彼にAクラス以外でも立場を確保してもらえれば、あのサンドバックドラゴンボーイ*4の甘言に乗るようなこともないだろうし、性悪ロリ*5の足かせや目の上のなんとか*6になってくれれば十分元は取れる。
「いや、そもそもお前と話したのは今日が初めてだろう…!?」
「(まともな生徒会入り出来るAクラスの生徒は)あなたしかいないと思った。…それが答えじゃダメかしら」
「わあ…!」
一部の女子は唐突な公開告白に目を輝かせている。私も完璧で究極な優等生然とした、生徒会長(前周)ロールで彼を
伝わっている意味は違うけれど、今やクラスの視線はほとんどが葛城くんの返事へと関心が移っている。
ああ、それ以外の目的については対抗馬の性悪ロリへのけん制も兼ねているわ。この結びつきが本心であろうと茶番であろうと、Dクラスのリーダー格がわたし、堀北鈴音であることは調査済みでしょう。
そんな生徒が自分の敵対派閥のリーダーとつながるのは、間違いなく彼女にとっては大きな邪魔になる。あとはこの告白騒動は割とすぐに鎮火する予定なのだけれど、その間に綾小路くんの嫉妬(無自覚)や一之瀬さんからの嫉妬(しっとり)が今後のわたしとの関係にアクセントを付けるのを期待して、というのもある。さて、
「………」「………」
「…むう………」
Aクラスのリーダーとして毅然とした態度を取った結果、唐突に男としての甲斐性を求められる急展開。ドラゴンボーイ曰く「保守的でつまらない男」の葛城くんとしては、どう応えるべきなのか非常に難題だろう。まあ彼を追い詰めるのが目的ではないし、早めに助け舟を出してあげることにした。
「あなたの言う通り…突然すぎたみたいね。改めて謝罪するわ」
「あ、いや…」
「返事はいつでも構わない。…わたしは、いつまでも待つから」
そういってふっと表情を緩める。先ほどの顔を赤くしていた女子は口元を抑え、わたしと葛城くんを交互に見ている。長居は不要だ。私に突き刺さる視線を意図的に無視して、出口の扉を開ける。…すぐには出ずに、足を止める。
「葛城くん」
「…な、なんだ」
「その…ひとりで読んで貰えると、助かるわ」
「う、うむ。…わかった」
そういって、Aクラスを出て扉を閉める。瞬間、大きな歓声、黄色い悲鳴、拍手まで聞こえる。嘘は言っていない。実は4月、生徒会入りを時期尚早と断られたことは彼にとっての恥部、弱みとなっている。それを裏から手を回して登用しようというのだ。その推薦者が、現生徒会長の妹。後ろ暗いこと(実際、ないこともないけれど)を突かれてもメリットは何もない。彼としても、手紙の内容は秘してくれるはず。
報酬として、生徒会となった際のメリットや業務もきちんと記載した。試験や行事の準備、教師・学校との折衷。書記や庶務は
…葛城くんの一層のご活躍を、お祈りしております。
◇
予想通りに1年生の間で、女子を中心に私がAクラスの葛城くんへ告白したことが噂となった。短い間に立ち消えたとはいえ、一部の女子や男子からは「ほんと趣味悪いわよねー」だったり、「えー!ハゲが良いのかよ!ぎゃはは!」みたいな程度の低い話し声が、これ見よがしに聞こえていた。
女子には平田くんがそれとなく窘めていたから、軽井沢さんもこちらより。ただ篠原さんや一部の女子ははっきりと下に見ているのが分かる。…まあ構うまい。男子は須藤くんが締めてくれて(最近は男子たちの怖いボスみたいになってくれていて助かる)表立って私に聞きに来るなんてこともない。
あ、一度だけ桔梗が、後ろで興味一色の目を向けるお友達に頼まれたのか、「葛城くんに告白したって、本当?」と冷や汗交じりに聞いてきたわね。本心ではないのは分かっていたけれど、「今夜9時に部屋へ行くわ」とだけ返した。真っ青な顔で、こちらに謝ってきたけれど容赦はしない。
せっかくの淡い緑色のワンピースも、真っ赤なフリルが上品な下着も、今日で着収めとなったわ。
泣きながら(鳴きながら?)一之瀬さんに(もちろん声は出させないよう伝えて)一部始終を通話実況してもらった。気を失う最後まで、「見ないで」「言わないで」「聞かないで」の三つの言葉を嬌声交じりに漏らしていた。
次の日は晴れ晴れとした気分で登校すると、クラスの雰囲気はある程度の鎮静化をしていた。桔梗が体調不良で休んだ件から、なにかを察した生徒が口を噤んだのもあるでしょうね。
当初は「…大丈夫なのか?」と心配そうに(若干、嫉妬気味)していた綾小路くんだけれど、週末に雫にも心配されたときにネタ晴らししてあげればため息をつかれた。…ごめんて。もちろん、それよりも前に一之瀬さんから事実確認をされた際は、「どう思う?」なんて言ったらこの周では初めて襲われ…いえ、もうちょっと健全だったわね。
「捨てないで」「寂しくしないで」と言って甘える彼女へも生徒会の件は伝えて、「鈴音が一緒なら…する」と言ってくれた。残念だけれど、まだ私が入るかは五分五分なのよね。そのかわり、今日は好きなことを何でもしてあげると言って、納得してもらえた。お揃いのデザインで色違いの下着をプレゼントしたり、交換してみたり。
桔梗のことでまたひとつ、タガが外れたのか誰もいない女子トイレでも求められたのは驚いたわね。
「はい、もうおしまいよ。…授業が始まってしまうわよ?」
「うぅ…。………んっ…」
「んっ…もう、ダメ。クラスのみんなを心配させたくはないでしょう?」
「…………うん」
応えるまで少し、間があった。順調に彼女もストレスを蓄積しているのだろう。私にそれを漏らさないのは、嫌われたくはないから。その上で私との関係にはずぶずぶと求めてくれる。夏休みに入る頃には、きっと…。
それ以外にも、私の周囲には変化があった。
普段通りに放課後に綾小路くんと帰っている最中、尾行されていることに気が付く。彼もチラリと私を見たし、間違いない。気が付かないふりをして次の日には準備をした上で一人で特別棟へと向かえば、案の定というか間抜けはすぐに見つかった。
「………」
「………」
神室真澄。Aクラスにして、万引きを退屈な日常のスリルとして入学してすぐに行って性悪ロリに弱みを握られた残念な美少女。能力は運動面も学力も高いのに、鬱屈としたものを抱えている彼女は割と嫌々ながら仕事へは真面目だ。今もわたしの調査を命じられたのか、律儀に蒸し暑い特別棟の入り口からこちらを伺っている。
わたしは端末を取り出し、誰かと通話をしているように装うと2階へと歩を進める。警戒のかけらもなく、足音を忍ばせる程度の隠密で続く彼女が追いつける程度の速度で空き教室の中へ入り、窓へと無音で駆け出す。
「ふっ…!」
手には滑り止めも兼ねた黒い手袋。鍵を開け、一息で外へと飛び出す。目的は隣の教室。事前に鍵を開けておいた窓を静かに開けて、侵入を果たす。そのまま廊下側の様子を静かに伺い、私の入った教室へと歩を進める神室さんの背後を取る。
「………むぐっ!?」
「………」
「か…あ……が……!」
無音で忍び寄り、口を塞ぎつつ首元を締める。油断も躊躇もない。どのくらいすれば落ちるのか、
苦悶の声すら10秒と経たずに途絶え、だらんと脱力した体躯が私に寄りかかるまで、時間はかからなかった。速やかに、そして静かに彼女を空き教室へと運び入れると、念のため廊下を伺う。二重尾行者*7が居ないのを確認して私は息をつくと、目の前に横たわる神室さんの衣服へ手をかけ、丁寧に
「…ん……」
「………」
証拠が残らないように、なんて言うけれど実際には無理だ。調査されたらバレてしまう。…であるのなら、
優先すべきなのは調査自体、そもそもされないように立ち回るべきだろう。バレなきゃなんとやら、この学校の校訓よ。
リボンをほどき、ジャケット、ワイシャツのボタンを外す。中からは薄い水色の下着が覗いている。破かないように自制しながら、上はホックを取るだけ、スカートの下からは少しだけ引き出すように。最後に首筋に赤い跡をつけてあげれば、どこからどう見ても
彼女の端末のロックを外し(周回知識)、パシャリ。ついでに私の端末でも。送り先は当然、神室さんの飼い主宛てだ。すぐに既読が付いたのを確認して、電話をかける。少しだけの呼び出し音の後、彼女が電話に出た。
『………』
「………」
『………っ、神室さん、ですか?』
息を吞み、着信相手を呼ぶ声。警戒交じりな声色は、なるほどまだまだ1年序盤の時の彼女だ。体に触れ、意識のない神室さんの胸を下着越しにまさぐれば「んん…」と苦し気な声が漏れる。
『…彼女は無事な』
ブツリと電話を切る。会話をして、余計な情報を教えるつもりはない。彼女の端末の電源がついている以上、位置情報についてはすぐに分かるはずだ。杖をつく以上、彼女が来るまでは最短でも30分はかかるハズ。それに、あんな写真を送られた以上、男子生徒へ助けを求めるとも考えにくい。
なら、今はこの警告だけで十分でしょう。そう思って私は端末を神室さんのポケットに戻そうとして、
「ん……え?」
「………」
目が覚めた、彼女と目が合った。…早すぎない?え?前はこんなことなかったのに…。
数秒の沈黙。
やけに寒い胸元、下腹部。
――――問題。
Q.『健全な女子高生が、目を覚ましたらあられもない姿をしていたら、最初に何をする?』
A.『とりあえず悲鳴を上げる』
…趣味が万引きの非行少女も、心は健全な女子高生(乙女)だったようね。
仕方ない。かくなる上は、その口を私が塞ぐしかない。両手を右腕ひとつで押さえつけ、立ち上がれないように膝も使う。
「き、きゃっ…んっ…!…んんっ!!?」
「ん、っちゅ……んん…」
坂柳さんがこの場に来るまでに全部、解決()させるしかない。夕日の差し込む放課後の空き教室。初めてにはあんまりすぎるシチュエーションだけれど、運が悪かったと諦めてもらおう。
―――わたしはこの周で初めて、誰かを落とそうと本気で手を下すのだった。
読了感謝。初めてのガバ。次回もご期待くださいー。
二巻…まだ始まってなくて申し訳ございませんー。
次回は進行重視で進めますー。
感想、高評価とっても助けになっていますー。