堀北さんは諦めない! 作:BM-13
ちょっと長くなった…。
ごめんなさい。
あとはちょっとソレッぽいシーンがあるけれど、気をつけてるので、安心してほしー。
多分次回で2巻も終わるかなとー。ではどうぞー。
須藤くんの件で動揺の続くDクラス。…まあそれはそれとして、ほぼ今回の件には関係のないBクラスでも、一滴くらいの波紋が起こっていた。
「わたし、一之瀬さんのことが…!」
「…ありがとうね、千尋ちゃん。でも、わたし…」
目の前では、ある2人の少女が向かい合っている。…まあ早い話が、告白現場よ。Bクラスのリーダーである一之瀬さんと、そんな彼女への思いが我慢できなくなった同じクラスの白波千尋さんの愁嘆場。
最初は「何でいるの?」みたいな目でわたしを見ていたけれど、すぐに一之瀬さんしか目に映らなくなっていた。…まあその相手に振られて、泣き出したわけだけれど。白波さんを共に見送り、校舎裏に沈黙が満ちる。
ふらりと私へと寄りかかってくる。「はぁ…」と、本人も意図していないため息に気が付かないふりをして、そっと頭を撫でてあげれば私の腕を掴む手に力が入る。
「…あれで、本当によかったのかな…?」
「正解なんてないわ。貴女は、思いに誠実に応えた。希望を持たせるのが彼女のためにならない、そう正しいと思って、断った。それで良いじゃない」
「でも…泣いてた」
「告白なんて、どちらも多かれ少なかれ、傷つくことを覚悟して当然なのよ。泣いたあの子にそれが足りなかっただけ」
「……もっと、千尋ちゃんが傷つかないように…なにか…」
後悔を滲ませる彼女へ、わたしが出来ることは決まっている。放課後の、それもこんな人目につかない、監視カメラもない場所。数え役満*1ね。
「あ…」
「仕方ない子。…少しだけ、忘れさせてあげる」
「……ん、鈴音っ…」
そう言って壁に優しく――でも、逃げられない(逃げないけれど)ように――そっと押し付けた。顔を赤らめながら、それでも罪悪感を忘れるようにわたしに身を委ねる。ふたりの間に何度も透明な橋がかかって、浮かべていた涙と瞳の色が変わるくらいの時間。トロンとした目をした一之瀬さんが何度も
わたしが捕まえて、逃げられないという言い訳の安堵。白波さんへの申し訳なさと消えない罪悪感。愛悲の両方を持て余した彼女は、一方的に与えられる甘い感触に縋り付いていた。
こうして、夏休みも直前の7月。Bクラスのリーダーとのコミュニケーションを終える。…まあ寂しがらないように、日に何度も連絡は取りあっているけれど、ね。
以前と違って、彼女のBクラスとわたし達Dクラスの接点は少ない。その穴埋めとして、リーダー同士の関係を強めたけどクラスの面々には伝えていない。今は、まだ。
「………」
わたし達を見る視線に気が付かないふりをしながら、一之瀬さんと帰路につく。
どうせすぐに会うことになるし、急ぐこともない。楽しみにしているわ?坂柳有栖さん。
◇
さて、残すイベントは3つ。その内の準備を、週明けの審議(まあ取り下げさせるけれど)までに完了しておく。佐倉さんから相談された件――店員さん…じゃない、ストーカーの件について。実はもう、それとなくわたしは茶柱先生へ「誰とは言えないが付き纏い行為を相談された」こと、「校内に危険性はないか」の確認を教室外の廊下でしたことがある。
結果は火を見るより明らか。「そうか、なにか被害を証明できる証拠はあるか?」…これである。税金泥…おっと、汚い言葉が出そうになったわ。失礼。
本当にこの学校、国営だからって謎の常識がべったりと落ちない油汚れ並みに残っているのだ。特に卒業生の担任達。在学中に問題なかったからって、当時の職員が今もそのまま残っているとでも思っているのだろうか。
生徒間のトラブルも、意図的な校舎裏での喧嘩は訴えがなければお咎めなし。ポイントを利用しての
極めつけは、退学処分の際に書かされるという、口止めの誓約書。…最後のは生徒会長になって現物を見る機会があったけれど、書かなければ、転校先は当然のように自分で探すことになる。三年の三学期からそれができると本気で思っているのかしら。実質、強制ということね。
あ、赤点の場合はマジで無常に出されるわ。…そんなにペナルティが重いのに、ポイントで点数を売買できるのは不味いと思う。
社会での
「(……考えても今すぐ答えが出ない課題は後回し、そうしないと、また過ちを繰り返す)」
そう、それで…今度は寮の自分の部屋のポストへ入っていたストーカーからの手紙について相談をした。同じ轍を踏まないとばかりに、証拠付きで今度は職員室で声をかける。
意図的に冷たく、自分が正しいと疑っていない…まあ初めの頃のわたしね。その雰囲気でバサリと、茶柱先生のデスクへそれらを放る。
お望みの証拠を持ってきた、さあ、対処をしろ。傲慢に言い放つわたしに、茶柱先生も不機嫌そうに鼻を鳴らし、その手紙に目を通す。ここまですれば学校側は動くか?――答えは、ノーだ。
「この雫というのは誰だ?クラスには居ないはずだ。相談されたと言うなら、お前ではないだろう」
「この手紙が自作自演でない可能性は?証拠としては弱いな」
「仮に、クラスに雫という愛称や仮の名を持っている生徒が居るとして、何故その本人が相談に来ないんだ?」
矢継ぎ早に繰り出される、必殺・大人理論。ここで「監視カメラを見ろ無能」「生徒に許可したHPのチェックすらしてないのか仕事しろ」まで言えば一発だけれど、今回はあえてしない。
ぐっと息を呑み、「それは…」と日和って見せれば、勝利を確信した彼女は鼻で笑ってくる。
「まあこれは預かっておく。ご苦労だったな」と横にパサリ。興味なさげに視線を外され、職員室を出ていくように促された。…完璧だ。これで後は、日曜日に雫モードの佐倉さんを誘って店員さんに会いに行けば良い。けっこう前の周だからあやふやなところだけど、これで予定通りに踊ってくれるはず。
わたしは下腹部にじっとりと熱を感じながら、教室で佐倉さんと約束を取り付けるのだった。
約束の時間。寮でお互いに私服に着替え、最終訓練と言って眼鏡も髪型も雫仕様で待ち合わせる。
寮の入り口で合流した佐倉さんは、夏の光を爽やかに吸い込む純白のノースリーブワンピースに、サマーニットの軽いカーディガンを羽織っていた。雫の胸元の(とても)豊かな起伏を、自然に、そして上品に引き立てる。
…すごく、エッチね。このまま撮影に…いえ、違う違う。目的を見失ってはダメ。…でもそれくらいに、彼女の私服姿は魅力を放っている。
対するわたしは、透け感のあるネイビーのシフォンブラウスに、膝下までのサマーフレアスカートを合わせた清楚で落ち着いた装い。風が吹くたびにさらりと揺れる髪と裾。ふっ…隙のない凛とした立ち姿を演出しているわ。
合流してケヤキモールに向かえば、チラホラどころじゃない、足を止めてまでこちらを凝視する生徒が学年問わず数多く出たわ。
「み、みんな見てるね」
「ほら、背筋をまっすぐ」
「は、はいっ」
「もう…ふふ、週明けから人気者ね」
「…うぅ…。まだちょっと怖いから、一緒に登校してくれますか?」
「今日一日、しっかりと雫状態をキープ出来たら良いわよ?」
そんな冗談交じりに目的地までの道中、あの服はどうか、この小物は、今年の水着の流行は。そんな話に相槌を打ちながら、時折ナンパや挨拶をされてやんわりと断っていると、家電量販店へと到着する。
わたしの存在と、そして隣の存在に目を輝かせ、ギリギリ速足の速度であの店員さんが駆け寄ってきてくれる。
「い、いらっしゃい…!」
「店員さん、こんにちは」
「こ、こんにちは…」
「き、き、き…今日は、お友達も一緒なんだね…!?」
「はい。…今日は彼女にカメラを選んで貰おうかなって、無理言って来てもらったんです」
「そ、そっか!しず……、んんっ!…き、君、君の名前は、な、なんて言うのかなっ!?」
「ええっと…」
チラリと、わたしに視線が向けられる。それにこくりと頷き返すと、佐倉さん――雫は自己紹介をして、当たり障りのない範囲で会話に応じていた。入学当初じゃ考えられないくらい、しっかりとした受け答え。…これも、綾小路くんやクラスの男子たちとも会話をさせた甲斐があったというものだ。
それにストーカー云々についてもわたしがケアを欠かさなかったり、手紙なんかは目に入る前に全部回収したから彼女のメンタル的にもそこそこ無事なのが大きい理由ね。
…それにしても、この店員さん隠す気は…そういえば無かったわね。彼の中ではもう雫と相思相愛・会いに来た=ゴールインみたいな抜きゲー*2並みのテンポ感で好感度上げは終わっている。案の定、わたしが目の前にいるのに雫呼びをして勝手に盛り上がったり、顔を赤くしたりしてる。…あ、店の中から別の店員さんが出てきたわね。様子がおかしいのを見て、来てくれたみたい。
「お忙しいところすいません、お仕事を優先してくださいね?」と言えば、名残惜しそうにしながら連れていかれる。…これで、準備は完了したわ。
「…悪かったわね、怖かったでしょう?」
「う、うん。なんかすごい…こう、グイグイ来る人だったね」
「ええ。いつもはもっとデレデレしているだけの中年男性だったけど、今日はどこか…」
「…堀北さん?」
わたしはさっきの店員さんのことを聞いてくる雫に、「あなたの熱心なファンじゃないかしら?」と冗談交じりに言えば、何かに気が付いた様子。…まあ、店員さん=ストーカーだって気付いた訳だけれど。彼女はこのことを私には明かさず、来週の水曜日あたりにストーカーを呼び出して、決着をつける。付き纏いを迷惑に思っていることを伝えて、激高した相手に押し倒され、あわや貞操の危機…なんてことを、監視カメラがある路地裏でおっぱじめるのだ。
意図的に綾小路くんを遠ざけたり、佐倉さんを追い詰めたりしなければ体感、8割は店員さんは退場する。…まあ佐倉さんの貞操の保証はしないけれどね。残り2割ではカメラのない場所だったり、壊れていたりで佐倉さんは行方不明になる。
豪華客船にも乗らず、夏休み明けに顔色の悪い茶柱先生の口から「佐倉愛理は転校した」(意味深)と言われてそれっきりになる。…まあ学校の敷地内で起きた連れ去りや、人知れず少女の尊厳が奪われた凄惨な事件なんて、隠蔽一択しかない。学校側が気が付かないのも守れないのも大問題。流石、歴代最悪のDクラス担任。高校妊娠中退した巨乳グラドル美少女が気落ちしている間に学校から追い出すなんてお茶の子さいさいってわけね。
当然だけど雫の活動は無期限休止になるわ。…人に見られる仕事なんて、もう出来るわけないでしょうし。
その後はわたしがリクエストした書店に寄ってから、頑張ったご褒美にカフェを奢ってあげる。決戦は水曜日、なんてね。雫にとっても、わたしにとっても。
◇
そうして、週が明けた月曜日。明日には審議がある。徐々に緊張が高まっていく中、帰りのHRで唐突に審議の延期が発表される。ざわつくクラスの中、わたしに視線を向けるものが3つ。ひとつは意図的に無視して頷き返せば、安堵と納得の色が宿る。
一方その頃というか、雫のHPも無事限界突破した。予定に狂いはないようだし、放課後に寄ったら店員さんの機嫌もすこぶるよかった。物のついでとばかり、これから使う予定の家電製品をいろいろと値引きしてくれた。…悲しいわね、こんなに良くしてくれた店員さんが、もうすぐ居なくなってしまうなんて。
まあ最後にわたしから彼へのプレゼントがある。大赤字になるような値引きも、大目に見てもらうとしましょう。
そして水曜日。
「ど、どういうことですか、先生!」
「聞いての通りだ。訴えを起こしたCクラスが、それを取り下げた。よって審議は中止。ポイントの配布も準備が出来次第…おっと、お前たちには関係のない話だったな」
「じゃ、じゃあ須藤くんは…」
「ふん。…まあ、お咎めなし、ということになる」
茶柱先生の毒舌も気にならないのか、クラスに歓声が上がる。まあ殴った事実はあったけれど、訴えがない以上は罰則もないのがこの学校のルール。仕方ないわね。
いったい、なにがあったのかしら?なんて。わたしの予想の本命は椎名さん。対抗馬で金田くん。大穴で山田くんかしら?…自称Cクラスの王様は、ありえないでしょうけれど。
綾小路くんや一之瀬さんが手を回した周とは違い、クラスへ向けての告知。「どういうことだ」と首を傾げる幸村くんや、「とにかく良かったね、須藤くん!」といつもの三割増しの笑顔で笑いかける平田くん。「…おう」と短く返した彼に、周囲の生徒も口々に祝福の言葉を向ける。
「須藤くん、良かったね!」
「そんなことしないって信じてたからねっ!」
――心持ち、女子生徒の声が多いのには、ちゃんと
問題。『どうして不良の須藤くんは喧嘩の非を全面的に認めたの?』
回答。『誰かを庇っているんじゃないかな?』
そんな噂が、先週の終わりごろから
「特別棟から金髪の女子生徒を抱えた須藤くんの姿を見た」
「Cクラスに襲われていた女子生徒を守った」
「女子生徒を傷つけないために、あえて何も言わずに罪を被ろうとしていた」
そんな女子高生が思わず黄色い声を上げてしまいそうなストーリーが、須藤健という不良男子の沈黙を好き勝手に脚色して、噂は独り歩きを始める。月曜日の時には半信半疑だった面々も、徐々に態度を軟化させていく。
そんなことも知らずに「なにしたんだよー、もしかして、脅したりしたのか?」なんて言った山内くんには絶対零度の視線と舌打ち
人は都合のいいように考える生き物だ。もう彼女たちの中では、この審議取り下げの理由もいろいろと想像を働かせて美談へとなっていくに違いない。
「助けられた女子生徒が須藤くんのために声を上げた」「助けられた生徒は上級生で、バスケ部の怖い先輩が圧力をかけた」エトセトラ、エトセトラ。
今は彼、須藤健は『ぶっきらぼうだがバスケ一筋で、体を張って女子を庇ってくれるスポーツマン』として圧倒的な
今まで受けてこなかった歓待の視線に囲まれる中、チラリとわたしを見る須藤くんに「しぃ…」と指を立てて、一足先にクラスから出る。我慢が出来た分のご褒美は、彼にしっかりと受け取って欲しい。
「堀北さんっ」
「あら、雫――いいえ、佐倉さん、どうしたの?」
それを追いかけて出てきたのは、須藤くん――ではなくて、佐倉愛理――ちゃんと雫仕様だ。
今のDクラスの盛り上がりが70だとしたら、月曜日に登校したときの盛り上がりは300くらいはあっただろう。主に男子が。
他のクラス、他の学年の生徒まで休み時間に教室へ足を運び、サインや写真撮影を求める生徒で溢れた。授業をする先生たちすら二度見、三度見をして、軽井沢さんのグループも女子カーストの変化を危惧してあいさつをするようになったり、手のひらを180度変えた山内くんや池くんも鼻の下を伸ばしながら良いところを見せようとして空回りしてた。
「おはよう、佐倉」
「おはようっ、綾小路くん!堀北さん!」
「あら、綾小路くんの後なのね。…少しだけ、妬けるわね。綾小路くん、制服を交換してくれない?」
「…それでお前が俺になれる訳じゃないだろ。あと、俺がお前の服を着るのか?」
「それはそれで興奮しない?女装をして新しい扉を「絶対に断る」……そう。残念ね」
「あはは…でも、綾小路くんの女装か…」
「メイク道具とウィッグの用意はあるわ」
「冗談だろ。…冗談だよな?」
事前に伝えていた綾小路くんや、気が付いていた層…櫛田さんや、クラスメイトの良い変化を歓迎できる平田くんあたりとは今まで通りの距離感で会話が出来るようになった。
これで彼女も、Dクラスにとっては大きな存在となった。まだ学力や運動面での不安はあるものの、これからつけていけばいい。幸い本人のモチベーションも高い。以前よりも格段に、Dクラスの生徒の状況は良い。クラスポイントなんて今はなくても、いくらでも成長は促せる。…本当に、良かった。
「呼び止めてごめん。…ちょっとだけ、良い?」
「ええ、構わないわ」
さて、そこまで思い返したところで、目の前の彼女へと意識を戻す。どこか覚悟を決めた彼女がこれから向かうのは、雫ガチ勢のストーカーのところ。
つまるところ、以前の周で綾小路くんに伝えていたらしい自分が変わったきっかけへの感謝を伝えたい、そういうことらしい。
わたしもそれに応えて、そっと一言アドバイス。「頼りになる男子を、必ず呼んでおきなさい」と。これで雫が襲われるとしても、最後までされてしまうことはない。不安そうにする彼女へしっかりと釘を刺し、コクコクと頷くのを見届けて別れる。…じゃあ、お楽しみの時間と行きましょう。
この後の流れは九分九厘、決まっている。佐倉愛理はストーカーの店員と相対して、ストーカー行為をやめるように直接伝えるものの、逆上したストーカーに押し倒され、すんでのところを危機に気が付いた綾小路くんが助けに入るというもの。前回は調査に協力してくれた一之瀬さんが警備員を呼んでくれて、すぐにその場から回収されていった。
けど、今回はそうはならない。
だって一之瀬さんはこの件に関わっていないんだから。
念入りに念入りに、彼女には自分たちのクラスのことを第一に考えて貰って、それが限界になったときにわたしがガス抜きをしてあげていた。
だから今日、ストーカーを追い返した綾小路くんは、その場で佐倉さんとのアオハルなラブコメを体験してもらう予定なのだ。所詮、この学校の敷地内は監視カメラでいっぱい。逃げられる場所なんてそうはない。警備に見つかって捕まるまで数時間とないはず。なら、その数時間でなにが出来るのか?…それを、今回の周では試してみたいと計画を立てたのだ。
その結果が、これ。
「はぁ、はぁ…くそ、くそくそくそ、あのくそ女…嘘つき、嘘つき、嘘つきいいぃいい!!」
「店員さん…?どうしたんです、きゃっ…!?」
「お、お、お、お前も、お前もどうせ、嘘、嘘、嘘、つきいいいぃぃ!!」
「いやぁっ…!」
監視カメラの届く、少しだけ陽を避けるような建物の間。そこで押し倒され、乱暴に服を破かれて、あられもない姿を晒している。今日のコーディネートは清楚めの白にワンポイントでリボンがついているタイプ…なんだけど、興奮しているのか乱暴に毟られてしまったわね。残念。
恐怖におびえるように口を噤み、緩みそうになる口元に力を入れ、興奮がばれないように顔を逸らす。両手は抵抗ではなく顔を隠すために使う分には、特に咎められない。
汗ばんだ手で体を弄られ、恐怖に震えて身動ぎをすれば、彼はたいそう私を気に入ったのか、それとももう我慢が出来なくなったのかベルトをガチャガチャと外し始める。
そうして出てきたものは、言葉にすれば不潔で、お世辞にも満足いく大きさではない。でも目の前の男がこれから何をするのか、わたしがどうなってしまうのかを想像するだけで十分な背徳感を私に齎してはくれた。
「店員さん…怖いです、やめてください…!」
「あの女は、雫は、男がいたんだ。ぼくを裏切っていたんだ、売女…淫売めえ!!」
「きゃあっ!」
「雫呼び」、頂きました。これで犯行動機もクリア。…カメラの手前もある。私は出来るだけ怯えたように後ずさりをし、それをゆっくりと追い詰める男を見上げる。ちょうど物陰。ここなら私の顔は映らない。
どれだけ淫らに乱れても、カメラが捉えるのは男の誰得ストライドだけ。
「いや…やめてください、店員さん。こんなこと…「う、うるさい!」っきゃあ!」
「へ、へへ、ひははっ…。お, おとなしく…い、痛くしない…!黙ってれば、ふ、ふへへ…!」
痛い。…でも、これが良い…!今回は本当に長かった…。生徒会長周と定めた前の周では
当然、ポイントのボーナスも期待できる。被害に遭ったのが、歴代最高の生徒会長、3年Aクラスの堀北学の妹だ。どうやっても隠蔽なんて出来ないし、これを盾に学校理事長にもパイプを作って、さらにそれを理由に坂柳さんを責める材料にもなる。せっかく勇気を出した佐倉さんも、結果わたしが襲われたことに大いに心を砕いてくれるでしょう。汚れてしまったわたしへのクラスの役立たずたちの心無い噂話も見逃せない。低俗なイジメに繋がるその一幕は平田くんの瞳から熱を奪い、またひとつクラスを見切る理由となる。
そして大本命、綾小路くんとの関係もガラリと色を変える。傷心の私が、初めての友達が傷付き縋ってきたら、優しい彼のことだ、きっと受け入れてくれる。段階飛ばしで彼を落とせるなら、私の処女なんていくらでも捧げよう。
つまりこの『悲劇』は一石で二鳥も三鳥も落とせるうえ、相手のこの男はこれきりこの学校から永久に退場する。写真を撮って脅されたり、それを吹聴することもしない。後腐れがないというのが、本当に助かるわ。
「ふひ、はあ、はあ、い、良い匂い…い、良い、良いよね?良いよね!?」
「あっ…あぁ…!」
――さて、目の前ではわたしの下着に擦りつけて、ビクビクと震えだした。一丁前に、わたしの反応を楽しむ男の醜悪な顔がいよいよ本番だと、逃げられないように腰を掴んだ。わたしも準備万端なのがばれないように顔を背けて、その時を待つ。
さあ、きて
3、はやく、
2、はやく!
1、はや「ぎゃぁぁあ!」……え?
…。……え?いったい、なにが…どう「間に合ったか」…は?
「――大丈夫か、堀北」
「あやのこうじ、くん……?」
どうして、あなたがここに…?佐倉さんのところに……え?須藤くんが…そう。無事でよかったわ…。
…じゃあ、……えっと、その……。
「大丈夫か、…とりあえず、これを」
「……あり、がとう…」
差し出された服を、呆然と受け取る。ちらりと視線を横にずらすと、そこには泡を吹いて気絶する店員さんの姿。
……ええ……。
「(……ちょっと待ちなさい。意味が分からないわ)」
頭の中で、急速に計算と整理が駆け巡る。
わたしは佐倉さんに「頼りになる男子を呼びなさい」とアドバイスした。
以前なら、普通なら、XXXなら、彼女が頼れる男子なんて綾小路くん一択しか…いない。いないはず。
なのに、どうして彼がここにいるの?……まさか、私の伝えた『頼れる相手』として…。あっれぇ…?
須藤くんを、呼んだ?佐倉さんの勘違い?いえ、確かに?うってつけのトラブル呼ばれても不自然じゃない人選だけれどふたりに接点なんて…あったわ。特別棟で顔合わせたわ。私か…。
「……遅れて、すまない」
「え…?あ、いいえ…それは、良いのだけれど……」
何故か暇を持て余した綾小路くんが、たまたま路地裏で襲われているわたしを発見して……颯爽と救出に来た、と……?そんな訳ないわ!彼はどこかでこの件を知って、駆けつけてくれた。それは間違いないはず、はずなのに…。
「(……どうしてこうなったの…!!?)」
「もう警備も呼んだ。少しだけその格好で我慢してくれ」
心の中で、絶叫が木霊する。明らかに対応が的確すぎる。不味い。もしこの件に1から10まで私が関わっていると知られれば、綾小路くんはこの学校に失望して辞めてしまうかもそれない。なんとしてもそれだけは回避しなくては。
怯える演技を欠かさずに、観察してくる綾小路くんへ気恥ずかし差を前面に押し出す。
それに
あと一歩……あと数秒で、あの男の…。いえ、未練がましいのは今はダメ。彼に疑われるのだけは、不味い。でも、うう…。わたしの………。
身体はとっくに受け入れ体制を完了していたというのに、梯子を叩き落されたわたしの身体は、行き場を失った欲求不満の熱気で爆発しそうだった。
「……堀北? 顔が真っ赤だが、どこか怪我でも……」
「……なんでもないわ。……なんでも、ない……」
心配そうに覗き込んでくる彼の無垢(?)な瞳に、わたしは血吐くような思いで平然を装う。
破られた服の上から彼のジャケットを固く締め直し、泡を吹いて転がる中年男性を見下ろす。私の身を焦がすような昂りとは真逆に、彼のモノはすっかりと小さくなり、わたしは大きく深く、ため息を吐き出すのだった。
◇
わたしは約束の場所であるケヤキモールのカフェで、一人静かに紅茶を味わっていた。
下校途中の生徒たちで賑わう店内。わたしは珍しく、ほんの少しだけ一人になりたくて、テラス席に独りぽっち。
審議が正式に取り下げられたあの日――そしてわたしがハジメテを失い損ねた日について。
すぐに駆けつけてくれた警備員の方々に連れられ、私は人目を避けるように近くの病院へと運ばれた。
暴行未遂の被害者として保護された形だ。気を使ってか、着替えるように促してくれた職員さんには悪いけれど、ぶるぶると震えながら綾小路くんの上着を離さないでいれば「せめてこれだけでも」と、白い毛布を用意してくれた。
「…先生たちが来たみたいだから、オレは一度席を外そう」
「ん……、…、分かったわ」
「…すぐそこの廊下にいる」
名残惜しそうに、でも手を離せばそんな気遣いと共に彼は部屋を去る。入れ違いに来た我らが担任、茶柱ティーチャー。あとはその茶柱先生絶許筆頭の星之宮先生に、苦労人学年主任の真嶋先生。そう、無理を言って着替えなかったのは彼らのため。
私は今の格好でお出迎えしたかったのだ。あ、真嶋先生がすぐに部屋を出ていった。まあ社会的死の可能性があるし、仕方ないわね。
今の私は、いい大人の教師陣が顔を真っ青にしながら気遣うレベル。星之宮先生も軽口を控える程度には、私の見た目や雰囲気はらしさを演出できたみたい。
綾小路くんのジャケットの下には、白い下着とボロボロのスカート。頬には真新しい殴られた痕まであり、証拠も監視カメラでばっちり。その場にいた理由だけ聞かれたけれど、「仲の良い店員さんに呼び出された」とショックを受けたように言えばそれ以上の言及はなかった。
「ほ、堀北さん…平気?今ならすぐに職員用のシャワールームに案内できるわよ?スッキリしてきたら?」
「そうだな、それがいい。私は替えの着替えと下着を「それより先に言うことがあるんじゃないですか?」う…」
その後は案の定、警察が来ることはなくやたら猫撫で声(体感)で駆けつけてくれた星之宮先生が体を拭こうとしたり、茶柱先生がシャワーを勧めてきたり、色々と露骨だった。警察、ひいては外部の機関からの干渉を嫌がる学校上層部の隠蔽体質というという名のオトナの事情だ。さすが汚い。わたしへの慰謝料代わりというか、全面的な援助(名目上は強姦未遂の生徒へのメンタルケアなど)を提示された。
「具体的には?」
「逆に聞くけど、
流石Bクラスの担任。話が早い。隣でオロオロしている茶柱先生も見習え、本気で。
叩き台は1にも2にもポイント、次にまた、仮に未成年同士が同意不同意問わずそういうリスクのある行為をしたときに飲む薬の配布、最後に自分専用の広めの個室。難しい場合は、突っぱねた相手との交渉の権利。
「わかった、上と相談してくるわね」
「お願いします…あと、助けてくれた綾小路くんにもいくらかの報酬を貰えるように取り計らってもらえますか?」
「分かったわ「おい知恵、そんな勝手に」
「す、すまない…」
「堀北さん、必ず貰えるように手を尽くすわ。任せてちょうだい」
「ええ。…すこし眠っていても?」
そう言って背中をベッドのシーツに預ける。ギッとスプリングが軋む音。聞き慣れた音に思わず身をよじるけれど、あと少しで得られたはずの熱への喪失感は埋まらない。
今の私の落ち込みようは、周囲からみても大人の異性に襲われて本番の直前まで行った女子生徒としては満点の反応だけれど、私の中では0点の結果だった。その嫌がらせもかねて、交渉の結果を持ち帰ってくるたびに「今回は証拠があったみたいですね」と目も向けず漏らせば、ぐうの音も出ない様子で先生方は申し訳なさそうに頭を下げるだけ。
詳細は省くけれど、慰謝料のポイントはまあ予想していたより少なく、6割くらい(これでも本番の有無が金額に出てるのかと煽った結果)になってしまった。個室の件や綾小路くんへのポイントのことも快諾。
ただ薬の件は要求すると難色を示されたけれど、「じゃあ次があったらどう責任取るんです?自衛することも認めないと?」「教師に持たせる?担任が男性のクラスが全員、勇気を出して言える保証は?
女性の先生が持つって…じゃあ、その目が届かなくなる授業や試験は、決してやらないってことですよね?」
…ボコボコにしてあげたわ。ざまあみろ。
冷や汗を流す真嶋先生はともかく、まだ生徒を見るような視線を向けてきた坂柳理事長には「娘さんを同じ目に遭わせても同じのことを言えるんですよね?」とまで言ったらようやく顔色を変えてくれた。いい気味だ。
まあ、どこまで行っても不完全燃焼。欲求不満は事実だ。…桔梗には悪いことをした。我慢ができなかった。
「いらっしゃ、って、あんたちょっ…!」
「ごめんなさい、今日は、優しく出来ない」
玄関を開けてくれた瞬間、靴も脱がずに貪るように行為に臨んでしまった。浮いた腰を逃がさないように膝で縫い付けて、茶柱先生からもらった一番大きいものを使って気を失うまで鳴かせてしまった。このままじゃ、桔梗に負担がかかる。あともう一人か二人、澪までのつなぎとして…。
「ん」
「…」
そう、頭に桃色の想像を浮かべていると、噂をすれば、じゃないけれど視界の端に青色のショートカットが見えた気がする。…いいえ、気のせいじゃない。
それを見ても気が付かないふりをすれば、数分後に数人の気配と大きな足音がゆっくりと近づいてくる。それがわたしの席の前で止まると、バサリと机に本が放られた。
ページの間から滑るもの――写真には、雫に頼んで焼いてもらった私のセクシーショットが写っている。夕焼けにウィッグとはいえ、金髪が映える奇跡の一枚。怯える私を男子が押し倒しているところまで含めて間違いない傑作だわ。
そして置かれた本は、たしかに私が彼に送ったもの。匿名での郵送なんていう、悪用してくださいと言わんばかりのサービスがこの学校にあるのが悪いし、仕方ないわよね。
チラリと視線を本を投げた相手に向けると、鋭い視線が私を見下ろしているのが分かる。店内に2 、テラスの入り口に3、店の外に2ってところ。まあ集団で来るよりこうやって話に来る方が時短で楽だわ。
わたしは手にして残っていたティーカップを置き、目の前の席を勧める。それに応える声は、ずっと耳に残る低い、それでいて自信に満ちた男の声。
「よう、
龍園翔。Cクラスの王が、私の目の前に訪れた。思わず彼の彼に視線を向けてしまった私は、割と限界なのかもしれない。
読了感謝ー。
そしていつものガバ北さん。
補足すると、彼女の周回知識は間違いなく有用に機能しています。一対一だとほぼ未来予知のように経験を生かせます。
一之瀬さんや櫛田さんへのアプローチ(意味深)がそれです。
ただしDクラスの、それも複数人への同時干渉では相互反応が全然、予想できていません。これはどれだけ成長したとはいえ、ベースは堀北さんだからという最後まで自覚できない特大のガバポイント。
須藤くんへの手助けも、綾小路くんへの干渉も、佐倉さんとの関係も、第三者が入った時点で彼女の予想を簡単にはみ出してこうなります。
次回もたのしみにー。それではー。