「う、う、うわあああッ!!!」
あの日と全く同じ叫び声を上げながら飛び起きる。勢いがつきすぎて車の天井に頭をぶつけたが、そんなことがどうでもよくなるぐらい自分の体のあちこちを触った。
「ゆッ、夢ッ、夢だよなァッ!?」
ない。ない。ない。良かった。アレは全部悪夢だ────悪夢という単語に妙な引っ掛かりを覚える。
「あの象みたいなヤツゥ……"悪夢"って言ってたよなァ……」
恐らく揚げ餃子を餌に釣って、勝負を仕掛けては悪夢を見せてくる擬態型だったのだろう。俺としたことが夜食にテンションを上げ過ぎて、あまりにも油断しすぎていたようだ。
「……悔やんでも仕方ないかー。覆水盆に返らずだもんねー」
頬を両手でパチンと叩き、気を引き締めて車から降りる。いつもの立ち鏡で体を見た所、やはり異常はなかった。
「……教える側がしっかりしてないとダメだからねー」
やや眠気が残るが指導側の管理不足で特訓を中止にするわけにはいかない。とは思ったものの、本日の白色の彼の家での特訓は非常に杜撰なモノだった。
「……ンー? アノッ……」
「この問題に正解が無いー? ……あっ、本当だー、全然気が付かなかったー……」
「エト……」
「こっちは同じ選択肢が2つあって、こっちは4問前と同じ問題だねー……ダメだー、今日は全然集中できてないやー……」
床に寝っ転がって力なく笑う。今までの討伐はベスト、どれだけ悪くても7割ぐらいのコンディションでやってきたが、今の俺は5割もあるかどうかといった所だろうか。そんな状態ではできるものもできないだろうし、何より彼に心配をかけてしまう。
「……今日は自習にしてくれるかなー……? 急な変更でごめんねー……」
「んーんー! ワワッ……!」
コッチの心配はしなくて大丈夫だから自分の体を大切にしてほしい、とまたも彼の優しさに甘えることになってしまった。
車に戻ってもう一眠りをする。今度は目の前に凶悪に捻じり曲がって天を突かんとする角、銀のセプタムピアス*1、つり上がってビクビク震えながらかっぴらいている白目と黒目が逆転した目、むき出しでガチガチと鳴り続けている歪な臼歯、ムキムキに肥大した全身、手のように5つに分かれている蹄、囚人服のようにも見える白黒の斑模様、そんな俺よりも2回りは大きな牛のような怪物に出会った。
「なァッ……お前はァッ……」
その圧倒的な姿に思わずへたりこんでしまう。夢の中であるにもかかわらず、自分の体を触って確認する。ある。ある。ある。ないはずのものがあるから間違いなく夢のはずだ。なのにこの恐怖感は現実としか思えない。
「お前が弱いからだァ」
ヤツは大地を震わす様な低い声で俺を罵ってきた。
「よ、わい……」
「そうだァ。お前が弱いから"わたあめ"を守れなかったんだァ」
「助けてくれッ、チョコッ!」
彼の声に振り返ると、前回と同じように金色のアイツに襲われていた。
「よわいからァ……わたあめがァ……」
「いくらそんな姿で強くなってもなァ、こんなにならなきゃ守れないんだよォ」
ヤツが駆け出して金色のアイツをぶっ飛ばす。おかげで彼は助かった────
「ありがとう、"チョコ"」
彼がその名前を口にした瞬間、俺は氷漬けにされたのかと思うような寒気が走った。
「ちッ、違うゥッ! それは違うゥッ!」
「いやァ、違わないさァ。そしてこんなになっちゃったからにはなァ?」
ヤツが彼を掴んでそのまま口に運ぶ。
「ああ、君に食べられるなら、まだいいか」
「違うんだわたあめェッ!!! そいつは違うんだァッ!!!」
「いただきますゥ」
そして三度彼は俺の前からいなくなった。
「ふわふわで甘くておいしいなァ……」
ヤツは飲み込んだのにも拘らず、俺に見せつけるようにもう一度咀嚼を始めた。
「何でェッ……何でなんだよォッ……」
「これが悪夢だからだよ~」
俺の背中から象のようなアイツが現れて肩を叩いた。
「アレ~? 外であった時と見た目が違うような気がするな~? 君の歌っていたチョコのCMのコみたいだ~」
「……黙れェ」
眠気、コイツの見せる悪夢、俺の弱さ。何もかもにうんざりしてきた。
「なにかするつもりかな~? でも、ここで何をしてもムダだよ~。現実で何かしなきゃ────」
「黙れッて言ッてるんだよォッッッ!!!」
そして俺は────ヤツを叩き潰した。
「いっでェッ!?」
体に走った痛みで目が覚める。どうやら右手で自分の体を強く叩いたらしく、右手と叩いてしまった場所がジンジンと痛む。
「ッ、そうだァッ!」
再び体を触りまくる。ない。ない。ない。間違いなく現実のようだ。しかし、現実と認識したせいか強烈な睡魔が襲ってきた。
「ダメだァッ……寝たらァ……次は絶対にダメだァッ……」
次にあの悪夢を見たら心が持たないだろう。そうでなくとも、あのままずっと続いていたら────
「大丈夫かッ、チョコッ!?」
車の窓をドンドンとパフェが叩いてきた。何事かと思ってドアを開けたら、白い彼と青頭の彼もいた。
「ワッ、ワッ……!」
「チョコさんが大変だって聞いてッ、先生と一緒に急いでやってきたんですッ!」
「だいぶうなされていたようだがッ、大丈夫かッ!?」
彼らの顔を見てなぜか視界がグラグラと震えだして滲んできた。
「全然ッ……大丈夫じゃないよォッ……」
俺は情けなくボロボロ泣きながらパフェに抱き着いた。
「チョコさんがこんな風になるなんてッ……起きてるんじゃないかなッ、とんでもないコトッ……」
「ウン……」
教え子の前たちだろうが何だろうが構わない。こうでもしないと心が戻らないのだ。
「助けてくれェッ……パフェッ……」
「大丈夫だッ……必ず力になってやるッ……!」
わたあめとはまた違った、優しくてふかふかした彼の体がとても暖かかった。