爪を収めて金色の毛のアイツに歩み寄って、1つだけ質問をする。
「……甘くないわたあめを食ったことがあるかァ?」
するとヤツは顔を傾けて唸り始めた。
「食べたことない……そんなわたあめがあるの……?」
「斧を持ったわたあめがそうだァ」
「斧を持ったわたあめ……? 知らないなあ……」
もしもコイツが俺の知るわたあめを食べたアイツなら、こんなふざけた嘘を吐く理由がない。コイツが言っていることは本当と考えていい。
「……なるほどなァ……本当にお前も入れ替わっているってことかァ……チクショウがぁッ」
苛立ちの余り地面をドゴッと踏みつける。そんな俺を見てか、ヤツは不思議そうに俺に尋ねてきた。
「も……もしかして~……とられちゃったの? からだ……」
俺は横に首を振って、2本角の彼の方を見て正解を言った。
「とられたんじゃあないィ、アイツと入れ替わったんだァ」
「くふッッ、ワアーッ、ワーッ!!!」
"わたあめ"を食べられたと悟った俺は泣き叫んで────いつの間にか目線が高くなっていた。手も恐ろしい蹄になっていた。何が起きたんだと近くの湖で顔を覗き込むと、あの2本角の化け物の姿になっていた。
「何でェ……? どうしてェ……?」
考えても分からなかったが、こんな姿ではいつ討伐対象にされてもおかしくないということは分かった。だから俺は誰も知らないような辺鄙な場所に逃げた。当然そんな場所には湧きどころなど無く、大きな体ではすぐに空腹になってしまうため、見つかるのを覚悟で湧きどころに向かうしかなかった。
「「ワァッ!?」」
早速最初に向かった炊飯器の埋まっている場所で見つかってしまった。
「待ってェ、襲ったりしないよォ」
そんなことを化け物が言っても誰も信じず、目撃情報はあっという間に広がってすぐに討伐対象になってしまった。
「ワァーッ!」
「やめてェ……やめてェ……」
あの姿になっても痛いものは痛く、でも食べないとお腹が空いて辛いのも変わらなかった。
「ごめんなさいィ!」
「ギャーッ!」
だからちょっとだけ追い払って食べるなんて日々がずっと続いていた。腕を軽く一振りするだけで皆が吹っ飛ぶほどの力があっても、腹を満たすのには何一つ役に立たず、むしろ前よりも生活しにくくなっていた。
「"わたあめ"ェ……どうしてこうなっちまったんだァ……」
そんな生活はすぐにでも終わらせたかった。でも、自分で終わらせる勇気はなかったし、何より彼を犠牲にしてしまったのだから生きなければならないと思っていた。
「……アイツに復讐すれば少しはマシかなァ」
苦しさを紛らわせるために彼を食べた化け物を探した。でも、見つかることはなかったし、何よりそれが終わってしまったらいよいよ何を目標に生きればいいか分からなくなると思っていた。
「……あははァ……どうすればいいんだァ……」
天を仰いで涙を流した。空は青く晴れ渡っていたのに、俺の心にはいつまでもぶ厚い雲が渦巻いていた。
そんなどうしようもない日々を過ごしていく中、たった一人で俺の下にやってきたヤツがいた。
「君が噂の喋る討伐対象かなー?」
黒くて大きめの丸い耳、まるまるふわふわの白い顔、黒い糸目とその周りの黒い毛、どっしりもっふりとした白い体に黒い手足、ピコピコ動くチャーミーな白くて丸い尻尾、現在の俺の体をしたヤツだった。また戦わなきゃいけないのかとうんざりしていた俺に、彼はとんでもないことを言った。
「その体が欲しいんだけどー、くれないかなー?」
「……ハァ? 何を言っているんだお前ェ……」
彼曰く体を入れ替える不思議な術を使う山姥がいるらしく、一緒に真摯にお願いすれば可能だろうとのことだった。その話は当然、この体を欲しがる理由もよく分からなかった俺は質問をした。
「……何のためにそんなことをするんだァ?」
「この体で楽しめることは楽しんだからねー。今度はそっち側で楽しもうって思ってねー」
とんでもないことを考える奴がいるもんだとやや引いたが、俺としても元の姿側に戻れるなら願ったりかなったりだった。だから二言返事で承諾し、話の山姥に頼んで体を入れ替えてもらった。
「ほ、本当に戻ったァ……!」
「うーん……想像通りすごい力だねー。これならもっと楽しくなるよー、ありがとー」
「いやァ、こっちもこの姿に戻れてよかったァ……感謝するゥ」
「その物騒な語尾の伸ばし方はマズいんじゃないかなー? 優しく気の抜けた感じにしたほうがいいよー?」
「そ、そうかァ……んー、こんな感じかなー?」
「そうそうー。それじゃあー、お互い新たな道を楽しむとしようねー」
こうして俺はこの体になり、元の生活を送れるようになった。程々に討伐や草むしりをしながら、たまにパーッと弾ける最高の生活だった。そんな幸せの中、とある討伐依頼で緑色のギチギチ虫の群れにてこずっている時、アイツと劇的な出会いを果たしたのだ。
「大丈夫かッ!?」
クリーム色のフワフワした身体、横向きに生えた黒い耳、右目の斜め上にある十字の古傷、白いマントに顔のマーク入りの大剣がトレードマークの"チョコ"だ。彼は一振りで数体を倒し、逆転の流れを作ってくれた。
「助太刀感謝するぜェ!」
その討伐の帰りに喫茶店に行ってとある事件が起こった。
「マスター、"いつもの"ー」
「ムッ……君にも"いつもの"があるのかッ……」
枕ぐらい積み重なったハイカカオチョコと温かい微糖コーヒーが出され、それを美味しそうに食べる俺を見て彼が羨ましがったのだ。
「……一口貰ってもいいかッ?」
「助けてくれたお礼に何口でもあげるよー」
「それでは失礼してッ……ウグッ」
彼は苦みに悶えて分かりやすく顔を青くしてカタカタ震えだした。
「マッ、マスターッ、"いつもの"ッ」
そうして出てきたのがあのパフェだ。それを見て俺はフフッと笑って彼の肩を優しく叩いた。
「討伐の時はあんなかっこよかったのになー。オフは意外と甘いんだなー、"パフェ"?」
「そ、そう呼ぶならッ、お前は"チョコ"だッ」
こうして俺と彼の"チョコパフェコンビ"という長い付き合いが始まり、今の俺に至ったのだ。
俺の昔話を聞いて金色の彼は涙を流していた。
「羨ましいなあ……戻りたいよお……」
「そう言えば君は入れ替えさせられたって言ってたねー」
わざわざそういう言い方をするということは、不本意に変わってしまったのだろう。なら話は早く、俺は彼にとある提案をした。
「どんな奴と替わったのかを教えてくれればァ、見つけて捕まえてきてやるよォ」
「えっ……ほ、本当……?」
不安そうに俺をじっと見つめる彼に対し、ニヤッと笑って快諾を返した。
「ああァ。人違いで爪を向けちまった非礼を詫びたいからなァ」
そんなのは建前でしかなく、本当の彼の中身と会って"わたあめ"の復讐を果たすのが真の狙いだ。彼の中身が彼本来の体に戻れば、何一つ遠慮なく討伐することができる。俺の内心を知っていようといなかろうと、協力してくれるなら喜んでと彼が誰を入れ替わったかを話し始めた。
「大きさは君ぐらいで、白い体をしていて、君より耳が大きくて、大きくてフワフワした水色の尻尾が特徴だよ」
「なるほどなァ……機会があったら探りを入れてェ、本人確認ができたら速攻で捕まえてやるよォ」
これで特訓の日々が終わっても当面ヒマになることはなさそうだ。どんな奴が出てくるかは分からないが、あの入れ替わりを成し遂げたのだから只者ではないだろう。まだ見ぬ復讐相手に、忘れかけていた何かがメラメラと燃え上がるのを感じていた。