俺を抱えるこの大男が何者か全く分からず、だからといって黙っていては何も進まないだろう。とりあえず俺の事情は伏せて先ほど起きたことを端的に説明することにした。
「……橋が切れてー、壁に叩きつけられてー、川に落ちてー、流されてー、今拾われたー」
「なんだってッ!? 全然大丈夫じゃないじゃないかッ!」
「まだ結構痛いからー、できれば柔らかい所で横になりたいなー」
「分かったッ! 店に運んでやるッ!」
そう言って彼は俺を抱えたままドスドスと走り、森の中に隠れるように立っている店『島二郎』に到着した。前掛けや風格から察するにここの店主なのかと推理していたら、大きめのタオルで体中を拭かれ『貝汁』の文字が目立つ寝床にポスンと置かれた。水の中や彼の腕の中よりもはるかに休まる場所だった。
「ありがとー。これだけで大分良くなった気がするよー」
「そうかッ……そういえば自己紹介をしていなかったなッ。おれは島二郎、この店の店主だッ」
「"チョコ"で通ってるよー。この島には討伐依頼のために来たんだー」
「討伐依頼ッ……? もしかして何かと戦って落ちたのかッ……?」
その辺りの話をすると非常に面倒くさくなるので、ありがちな話を捏造して乗り切るとしよう。
「ううんー、討伐対象を探している途中で渡った橋から落ちただけだよー」
「落ちただけで済ませていいかどうかは分からないがッ……とりあえず命に別条がなくてよかった……な!」
彼の言うことがごもっともであるのは間違いないが、助かったのなら助かったなりにしたいことが多くある。生存報告、セイレーンとの再交渉、"わたあめ"食いのと人魚食いの犯人の調査・追跡・捕獲────たった今ぐぐうと鳴って自覚する空腹。朝食を食べる気になれず、そのまま集いに顔を出していたことを思い出す。
俺の空腹が彼の耳に届き、店主としての血が騒いだのか俺に向かって自信満々の笑みを向けてくれた。
「食うかッ……カレーと貝汁ッ……!」
これまたシブいチョイスだなと思ったが、俺はこの島で辛い思いをしているので確認をとった。
「カレーは何口かなー?」
「多量のスパイスが効いた辛口だッ……!」
「辛いもの食べられないから貝汁とご飯だけでお願いー」
「分かったッ……! 少し待っていてくれッ……!」
程なくして温かみのある木のお椀によそられた白米と、ジャラッと貝の入った味噌汁を持ってきてくれた。
「ありがとー。いただ────痛だだッ」
「無理はするなッ……食べさせやるぞ」
まだ自由に体を動かせそうもないので、横になったまま彼が運んでくれるスプーンを頼りに食事を進める。カレーと合わせることを前提としているのか、白米はやや硬めで俺好みだった。そこに海の旨味がふんだんに染み出ている貝汁が合わさると、屋台の濃い味とは違う優しい味わいになった。
「うーん……海らしくていいねー……」
「貝のツーンとした感じが……な!!」
「これで雑炊とか作ったらいいんじゃないかなー」
「なるほど……辛いのが苦手な客に対してのいいアイディアだなッ……!!」
料理を嗜む者同士会話が弾む。もし俺がこの島に住んでいたら彼と一緒にこの店で働いていた、何て未来もあったかもしれない。
彼の料理を堪能して心身にある程度余裕ができたので、セイレーンたちや島民について何か知ってないか聞いてみることにした。
「島二郎はセイレーンって知ってるー?」
「人魚と一緒にいる大きなアイツか? 知っている範囲でよければ話すぞ」
彼曰く彼女たちは突然この島にやってきて、島民たちからのごちそうを気に入ってこの辺りに済むようになったらしい。聞いた限りだと島民が人魚を食べるような動機はなく、彼女にも島民を襲うような動機はなかった。その辺りも彼に話してみると、そんな事になっていたのかと驚いていた。
「それが討伐依頼の発端かもしれないなッ……しかし、まだ全てが明らかになったとは思えないなッ……」
「そうなんだよねー……"永遠のいのち"を手に入れた動機が何なのかが分からないんだよねー……」
俺は彼女に確認をとったから知っているが代償が何なのかもわからず、彼女から狙われ続けるリスクも考えたらおいそれと欲しいとは思えない。それらを乗り越えてまで手に入れたい事情とは何だったのか、そんな事情があった犯人は何を思ってこの島にいるのか、そんな犯人は今何をしてどこにいるのか。動かなければ知りようのない懸念が頭を支配してきた。
「うーん……考えても分からないやー……今は動けるようになるまで休むとしようかなー……」
「そうするといい。薬になる実をとってくるから少し離れるぞ」
そう言って彼は大きな袋を持って店の外へ出て行った。信じられないほど善性の塊である彼だが、今のところはセイレーン側でも島民側でもない第三勢力だ。彼が加担する側によっては今後の展開は大きく変わるだろう。彼を引き込めたら犯人探しも楽になるだろうなと、随分と楽観的な事を考えながら眠りについた。
おいしそうよりも辛そうが先に来る、鼻腔を刺激するスパイスの匂いで目が覚める。
「目が覚めたかッ。実をすり潰した薬を持ってくるから待ってくれッ」
椅子に座ってカツカレーを食べていた彼がその手を止め、青いペースト状の薬らしきものを持ってきてくれた。かなり体が動くようになっていたので、自分の力で口に運ぶ。青臭さと酸味が効果を簡単に想起させる酷い味だった。
「うえー……良薬は口に苦しー……」
「疲労や打撲に効く成分が……な!!」
とりあえず起き上がってどこまで動かせるかを確認する。日常生活には問題なく、激しい探索や戦闘にならなければ問題なさそうだ。彼に一言音断って荷物を取ってきてお礼をしないと────店の扉が開いてご自慢のピンクの刺付きさすまたと俺の爪を装備している、やけにボロボロで疲弊している白色の彼が立っていた。
「エッ!?」
「何でここにッ!?」
お互い全く同じことを思っていたようで、思わず駆け寄り合ってしまった。明らかに何かあった彼に何があったか聞くよりも、俺の無事を伝えた方が安心するだろうと思い俺から話を始める。
「橋から落ちて流されてこちらの島二郎に助けてもらったんだよッ!」
「わァァッァ!?」
助けてもらった俺でさえ困惑を拭いきれなかったのだから、島二郎が突然現れたように見えた彼の驚きは中々の物で、雷に打たれた方がまだ平然としていられるだろう。そんな内心を知らない島二郎は俺たちの関係について質問してきた。
「知り合いなのか?」
「知り合いというか半同居人だよッ! 討伐依頼で一緒に来て、他にも何人かいるはずなんだけどッ、君の様子から察するに何かあったねッ!?」
「ウンウン!! ワワァッ!!」
涙を流しながら激しく頷く彼の話を聞く。どうやら俺がこの店にいる間にとんでもないことが起きていたようだ。