夜が明けて旅立ちの時が来た。島民からお礼と100倍の報酬代わりの特産品の詰め合わせを貰い、騙した上にいざこざに巻きこんで済まなかったと謝罪を受けた。確かに失ったものは大きいが、それでも被害者で島民たちを責めるつもりはさらさらない。まして責める対象であるあの2人組はセイレーンの手によって、文字通り永遠に苦しむだろうからなおさらだ。
「オーイッ、連れてきたよー」
あれだけのことがあった割には明るい声と共に、セイレーンがツタでぐるぐる巻きにされた"チョコ"を運んできた。
「"チョコ"くん重くなっちゃったから1人で運ぶの大変だよー」
「船に乗せたいところだがッ……流石に過剰積載になってしまうなッ……」
「はなせッ! いやッ……はなせ~、ウワーン……」
あからさまに被害者面をした可愛い子ぶった泣き声が響く。振り返ると島二郎に担がれた水色の尻尾の彼が大粒の涙を流していた。
「昨日からずっとこの調子でなッ……最低限の飯は食わせているから大丈夫だとは思うがッ……」
心底困ったと言わんばかりに島二郎が大きな溜息をついた。
「……色々世話をかけてしまったなッ……申し訳ないッ」
「いやッ、お前たちがこの島に来てくれてよかったッ。店の存在も知ってもらえたしなッ……ありがとう……なッ!!」
それでも笑顔を作って手を差し伸べるあたり、彼の人の好さが底なしであることが簡単にうかがえる。ならばこちらも笑顔を作って握手をするのが礼儀だ。
「……色々落ち着いたらまたこの島に来ようと思っているッ」
「……そうかッ。くれぐれも達者で……なッ!!」
固く握った手を放し、手を振って別れを告げて船に乗る。旅立ちの日とは必ずしも晴れ晴れとした気分であるとは限らないと、また一つ知りながら遠ざかる島を眺めていた。
船はゆっくりと私たちが元々いた場所に向かい、その後ろをセイレーンが"チョコ"を引きながらついてきている。その光景を見て最後の別れの光景を思い出す。もはや手の施しようのない傷に諦めていたアイツ、幾分か冷静になった今ならもう少し何かしたかもしれない。
「……もしあの時助ける方法があったならッ……どんなことをしてでもお前を助けただろうなッ……」
「あったよ。あの時"チョコ"くんが助かった方法」
彼女がとんでもないことを口走った。冗談にしても質が悪いし、真実だとしたらなぜしなかったのかと詰め寄りかね────
「……人魚を食べれば助かったよ」
その方法だけは絶対に取れないとすぐに理解できた。それをすれば彼女と"チョコ"があの2人組と同じ罪を背負い、いたずらに罪が増えるだけでより不幸が増えるだけだ。
「……あの2人も同じことを思っていたよ」
「何ッ……?」
何とあの2人が人魚を食べた原因は、セイレーンと人魚が遊んでいる所に巻き込まれたことだという。2枚葉っぱ頭の方が重症を負い、それを治すために1枚葉っぱ頭の方が人魚を襲い食べさせ、永遠に一人ぼっちになるのを嫌がったから2人で"永遠のいのち"を手に入れたそうだ。
「……言えば手当ぐらいはしたのにさ、いきなり人魚を食べちゃうのはよくないよね」
「……そうだったのかッ……」
これを聞いたからと言ってあの2人を許せるわけではない。彼らの警戒心の無さから起きた出来事であり、"永遠のいのち"も噂程度でしかないのにそれに頼り、何より無実の島民が襲われるのを黙って見過ごしていたのだ。ただ、あの2人もお互いに大切な友達だったのかと複雑な心境になった。
「……どうしてキミはそうしなかったの?」
彼女からの問いに、私はただ一つの答えしか出せなかった。
「…………思いつかなかったッ」
私自身でも言われるまで思いつかなかったことに驚いている。
「えっ、それだけ?」
本当にそれだけだった。数々の討伐で命を奪ってきた身のせいか、"チョコ"の命が無くなることに対して、策がなければ仕方がないことだと本気で思っていた。思いついていたら剣を捨て頭を地面に着けてでも、必死で彼女に頼み込んでいただろう。
「……"チョコ"くんの言う通りだね。キミは優しすぎるよ」
彼女は困惑と満足を半々にしたような笑顔を見せてくれた。
やけに長い帰り道の中、草むしり検定の勉強に付き合っていた青頭の彼がセイレーンに疑問を投げかけた。
「アレッ、人魚はいないのッ?」
「人魚にはあの2人を監視してもらってるの。逃げる場所なんてどこにもないけどね」
「どッ……どんなふうにしたのッ……?」
「オリに入れてなんかずっとくらいとこに閉じ込めたの」
"永遠のいのち"の対価が永遠の拘束というのは実に恐ろしいものだ。逃れる事すらできない苦痛を自分を失うまで味わい続ける。その苦痛は想像できないし、できたとしてもしたくない。
「……まっ、オリに入れられて暗いとこじゃ意っ味ないからなッ」
いつの間にやら落ち着いた水色の尻尾の彼がぼやく。
「このからだもおさらばかッ……次はどのからだでかわいこぶってやろうかなッ」
ツタにグルグル巻きにされながら随分と呑気なことを言っている。お前に次はない。"チョコ"の意志を継いで私がお前を討伐してやる。柄にもなく憎しみに駆られる私の肩に、ぽんと小麦色の手が置かれた。
「……ハーッ……」
濃い茶色頭のよくお酒を飲んでいる彼が『献杯は全てが終わってからの方がいいか?』と聞いてきた。私は下唇を噛みしめながら力強く頷いた。
「……ハーッ…………」
『彼はよくカカオリキュールを使ったお酒を好んでいた』とのことだ。お酒でもチョコが好きだったのかと思わず笑ってしまった。
「……献杯の際はご一緒させて欲しいッ……飲めないからココアになりそうだがッ……」
「ハーッ」
『その時を楽しみに待っている』と頷いて私の背中を押してくれた。押してくれた先に何が待っているのか。少なくとも簡単に終わるようなもの事ではないのは違いないだろう。
遂に船が到着する。特にこれといった出迎えはなかったが、今の私たちの状況だとその方がありがたい。改めて"チョコ"の復讐に必要な物を考える。まずは体を入れ替える力を持つ魔女。これは青頭の彼たちが知っているとのことなので詳しい場所を調べてもらおう。そして水色の尻尾の彼の元々の体の持ち主。これは少し難しいかもしれない。討伐の依頼が出ていればいいのだが、もし出ていなかったらあてずっぽうに探していくしかない。
「それなんだけど、"チョコ"くんはよく"チョコ"くん元々の体の怪物に会いに行っていたみたいだよ」
彼女曰くおいしいものをたくさん積んで車で会いに行っていたらしい。なら運転履歴に残っているかもしれない。後で彼の車を調べて情報を得るとしよう。
「……待っていてくれ"チョコ"ッ……もう少しでッ……お前の夢がかなうッ……」
"チョコパフェコンビ"として最後の仕事を前に、グッと拳を握って決意を改めて固める。彼が安心して永く眠るためには必ずなさねばならないことだ。例えトップランカーとして相応しくない事であっても、友として相応しいことを。