ここはゲイムギョウ界にも現代地球にも似た不思議な次元。
春休みが終わり、あなたの高校一年生生活が始まろうとしていた。
「お、あーくん、おはよー」
着替えて朝食を終えて外に出たところ、ちょうど、インターホンに指を伸ばしていた銀髪を短いツインテールにまとめた少女がその手を止めてあなたに声をかけた。
「おはよう、シエちゃん」
彼女はあなたの二人いる幼馴染の片割れであるシエル。
「んー、あーくんの家の前で落ち合おうって約束してたのに、案の定いないわね……」
「ルーちゃんだからねぇ……」
ため息を吐くシエルにあなたも頷く。
もうひとりの幼馴染もここに来ているはずだったのだが、まだ来ていないのだ。
「じゃ、ルーちゃんの家まで行こうか。急がないと私達も遅刻しちゃうし」
「そうね、ルーちゃんの事とはいえ、初日から遅刻は印象最悪だもの」
「中等部の時点で女神候補養成科なシエちゃんは相当印象が強いと思うけどね」
「そう? 去年、世間を騒がせた先輩達と比べたらマシな方だと思うけど」
そんな話をしながら、二人はある民家の前まで到着する。
インターホンを押しても返事はない。
「仕方ない、踏み込みましょう」
そう言って、シエルが鍵を取り出す。
「合鍵なんて預かってたんだ」
「えぇ、ルーちゃんのご両親から必要なときは使うように、ってね」
「さすがシエちゃん」
「じゃ、入りましょ」
「え、ボクも入るの? さ、流石に幼馴染とはいえ、女の子の寝顔を見るのは不味くない?」
「大丈夫よ、どうせ起きてるから」
そう言って、シエルが鍵を開けて、扉を開け、中に踏み込む。
「ひぃ!? な、なんで、中に入って来れるんですか!?」
すると、中からそんな声が聞こえてきた。
「ね?」
「本当だ」
安心してあなたも踏み込む。
「ルーちゃーん?」
「い、嫌です。学校になんて行きたくない!」
「なんでそんな嫌がるのよ」
断固拒否という態度を取る薄いグレーの長髪が目を惹く少女は、ルージュ。あなたとシエルのもう一人の幼馴染だ。腰に手を当てて、シエルが尋ねる。
「だって、今日から高等部ですよ? きっと編入の知らない生徒さん達がたくさん入ってきて、シエちゃんやあーくんとは違うクラスにさせられて、『おい、そこの陰キャ、焼きそばパン買ってこいよ』ってパシりにされるに決まってますー」
「相変わらずネガティブな方向にすごい想像力だね……」
まくし立てるように述べられるルージュの被害妄想に、あなたは呆れたように呟く。
「そう言う割には制服着てるみたいだけど?」
ふとルージュの服装に目が行ったあなたは気付く。
「あ、これはその……」
「ルーちゃんのことだから、直前まではそれなりに楽しみだったけど、いざ当日になってみたら急に不安になったんでしょ」
「……そうデス」
「なるほどね」
シエルの解説に頷くしかできないルージュにあなたは苦笑する。
『アラート。まもなく入学式に間に合う最後のバスの時間です』
突然、シエルの腕に抱きついていた猫型のロボットが警告する。
「っと、ありがとう、ラスにゃ」
猫型ロボットの名はラスにゃ。天才少女であるシエルの作ったAI「ラスラ」を搭載したロボットだ。
「急がないと、このままじゃ本当に遅刻しちゃう。ルーちゃん、走るよ! あーくんもついてきて!」
そう言うと、シエルがルージュの手を掴んで、走り出す。あなたもそれに続く。
そうして、三人はなんとかバスに乗ることに成功したのだった。
「あああああ、バスに乗っちゃったー、さらば、私の青春……」
「何言ってるのよ、むしろ青春はこれからなんですけど」
「うん、高等部も三人仲良く頑張ろうね」
イストワール記念学園。
プラネテューヌ州のハネダシティに存在するその学園は国有数の規模を誇る小中高一貫のマンモス校だ。
百五十を超える学科を持ち、幅広く生徒を募集し、様々な分野のスペシャリストを排出してきた。
その中でも特別異彩を放ち、かつ最も重要な責務を担う特別な学科が、女神候補養成科だ。この学科は次世代における世界の守護者である女神の候補者を養成するものである。
この世界をモンスターから秩序を守る力、世界を導く英知、世界を愛する心。
そういった養成を受ける女神候補養成科はまさにイストワール記念学園のエリート。
あなたの幼馴染であるシエルとルージュは、そんな女神候補養成科の生徒だ。
そしてあなたはそんな二人をいつかサポートできるようにとエージェント養成科に入った。
それが今では九年前のこと。
二人は今や立派な女神候補だとあなたは思っている。対する自分は二人に相応しいエージェントたり得ているだろうか。
「あら、一ヶ月ぶりね」
「あ、アイエフ先輩!」
バスの座席に座ると、後ろから若葉のヘアバンドでワンサイドアップにまとめた茶髪の少女が声をかけてくる。
「さっき走ってくるのが見えたわ。女神候補のシエルさんに負けない脚力、相変わらず鍛錬は書かせてないみたいね」
「当然です。アイエフ先輩にもそう簡単には負けませんよ」
「あ、あ、あ、シエちゃん、あーくんが誰か他の女の人と話してますよ。な、なんだか、楽しそう……。だ、誰でしょうか? ま、まさか、彼女!?」
そんなあなたと少女のやり取りを見て、ルージュが心配そうにシエルに小声で声をかける。
「違うわよ、ルーちゃん。あの人はアイエフ先輩。あーくんのひとつ上の先輩よ。あーくんと同じで初等部からエージェント養成科一本でやってる先輩で、まぁ、あーくんのライバルみたいな人ね」
そんなルージュの様子にため息を吐きながら、シエルが解説をする。
エージェント養成科の生徒は少なく、途中脱落も多い。それ故、一年違いとはいえ、初等部からずっと続けてきたあなたとアイエフはシエルの言う通り、ライバルのような関係にあった。
「そ、そうだったんですね。それにしては一緒にいるのを始めてみたような……」
「エージェント養成科は秘密のカリキュラムが多いからねぇ。普段は私達の知らないところで話してるんでしょ」
「そ、そうですか。私達の知らない、あーくん……」
少し複雑そうにルージュがアイエフとあなたを見る。その視線の意味に同意するように、シエルもアイエフに視線を向けるのだった。
「モテるってのも大変ね」
その視線を向けられた直後、アイエフがため息を吐く。
「モテる? 誰がです?」
「相変わらず、自覚なし、か。どうしてこうも鈍感なんだか」
呆れた様子のアイエフ。当然、ライバルに鈍感、などと言われては、あなたは面白くない。
「鈍感とは失礼な。エージェントとして必要な感覚は常に研ぎ澄ませています。アイエフ先輩にだって負けません」
「そうね、あなたはエージェントとしては優秀よ。ある一分野について以外はね」
「そんな分野ないと思いますけどね……」
(あるわよ、朴念仁)
(めちゃくちゃありますね……。まぁ、助かってますけど)
あなたの言葉に、シエルとルージュが内心で反発する。
「それで、アイエフ先輩、今日はどうされました? いつもはこのバスじゃないですよね?」
話が途切れたタイミングで、あなたは切り出す。
「流石ね。えぇ、ちょっと話があって来たの」
そう言って、アイエフが声を潜める。
「また、去年みたいな事件が起きようとしているみたいなの」
「去年……、というと、ネプテューヌ先輩達が大立ち回りしたあの?」
去年、女神候補養成科の生徒四人が大きな事件を解決する騒ぎがあったことを、裏でその手伝いをしていたエージェント候補であるあなたは知っていた。
「ちょっとちょっと、それは聞き捨てならないんですけど」
そこに口を挟むのはシエルだ。
「そ、そうですよ、あーくんを、また危険なことに巻き込むつもりなんですか?」
勇気を出したのか、ルージュも加わる。
「ふたりとも、気持ちは嬉しいけど、二人が女神候補としてモンスター退治をするのと同じで、それがボクの仕事だから」
二人をなだめようとするあなただが、アイエフは二人にも視線を向けた。
バスがトンネルに入り、バスの中が暗くなる。
「えぇ、そうね。だから、普通ならこんな場所でこんな話はしないのよ」
トンネルの僅かな明かりに照らされながら、アイエフが続ける。
「私がわざわざ三人揃っているところに言いに来たのはね、シエルさん、ルージュさん、あなた達二人も、他人事ではいられないかもしれないからなの」
それはこの世界を取り巻く新たな事件が、そして、シエルとルージュにとっては最初の、女神としての試練が始まろうとしていることを、告げる言葉だった。