ベルナ村の風はどこまでも穏やかで、広場には名物のチーズの香りがほんのりと漂っていた。
だが、龍歴院の集会所前だけは、まるで異界の泥沼でも持ち込まれたかのような、重苦しく不快な空気に包まれていた。
「もー飽きたぁ。アイスちょーだい? てかさ、何? こっち見るの。気持ち悪りぃな……」
アッシュブロンドの髪を粗雑に染めた女――ケイコ・ヤジマが、ふらつく腰をだらしなく折り曲げ、受付のテーブルに体重を預けていた。年齢は35を優に超えているはずだが、発せられる言葉は幼児退行そのもの。自分より後に村へ入った若いハンターを見つけるや否や、恐ろしいほどの自意識過剰で先輩面をかまし、暴言を撒き散らす。
「美味しいの食わせてぇ……○○遅れじゃないもん……」
クエストに出る気などサラサラなく、現地ハンターの努力に寄生することしか考えないその姿は、もはや「公然わいせつ」に近い汚物として、周囲から激しい反感を買っていた。
その時、集会所の入口に静かな足音が響く。
「……また、来るところを間違えている方がいらっしゃるようですね」
現れたのは、藍色の法服――耐熱耐寒ジャッジメントコートに身を包んだ、銀髪の美貌の男。ルージュ機構の「レム判事」であった。中性的な美貌に紫の瞳を光らせ、彼は一切の感情を排した目でヤジマを見下ろす。ポーチにピッケルなど入っていないはずのその背には、どこから召喚したのか、巨大な採掘用ピッケルと「ロイヤルローズ」が整然と収められていた。
「なにあの陰気なおねえさん……」
追い詰められたヤジマは、いつものように懐から怪しげな睡眠薬を取り出し、飲み干して倒れるフリ――気絶の演技を打とうとする。見苦しく地べたに転がるその姿に、集会所のハンターたちが一斉に顔を背けた。
その背後から、さらに二つの影が歩み寄る。
「やってられるか……」と低音でため息をつくのは、属性強化の暴力を宿した大剣を背負うエリオット隊長。ポッケ村でドドブランゴやラージャンと同列に扱われる巨躯のナイスミドルだ。
そしてその隣、紫煙をゆらりとくゆらせながら、黒い軍服を着たレンブラント氏が「夜砲【黒風】」の銃身を軽く叩いた。ベルナ村でイビルジョー扱いされている彼だが、その眼光はすでに弾薬無限の殺戮態勢に入っている。
「判事、処罰の案件か?」
「ええ。学習の概念を失った自意識の獣……ここで一括して処理いたします」
ベルナ村の平和を守るため、ルージュ機構の規格外ハンターたちによる、地雷排斥の「審判」が静かに幕を開けようとしていた。