高台の手すりにもたれかかり、レムは冷ややかな溜息を夜風に混ぜた。
「あのさぁ、何で賭けをしてるか、わかる? 村人は賭けでもしないと鉄鉱石を買い揃えることもできないんだよ」
グラスの氷を揺らす音が、音楽家の奏でる退廃的な弦の調べと奇妙に重なり合う。
「ドスジャギィやリオレイアが闊歩するこんな危険な場所に囲まれて、日々の糧を得るだけでも命がけなのさ。防壁の補修に必要な鉄鉱石や素材を買うために、彼らは身を削って生きている。……なのに、キミたち一家はどうだい? モガの村に転がり込んできた挙句、まともに働かず、借金だけを膨らませ、挙句の果てに村の経済を圧迫し続けた」
音楽家の弾く『The ruins of Love』の低音が、さらに重く、冷たく響く。
「自分たちがどれだけ周囲の人間からリソースを搾り取り、すり潰してきたか、その脳味噌じゃ考えたこともないだろうね? 村人たちがキミたちの死に様に金を賭けているのは、単なる悪趣味な娯楽だけじゃないんだよ」
美琴が手帳をスライドさせ、冷徹に言葉を継いだ。
「生きているだけで村の資源を浪費し、一文の利益も生み出さない害虫が、最後に残せるせめてもの『税の徴収』ですわ」
柵の向こうで、母親が「そんなの知らねぇべぇぇッ!」と狂ったように叫び声を上げ、父親はドスジャギィの牙を避けて泥の中に転がった。
「命の価値をゼニーに換算して、ようやくトントン。……キミたちのこれまでの人生の総決算が、あの露店で飛び交う安っぽいオッズそのものなのさ。せいぜい、村の生活費の足しになるくらい派手に散ってくれるんだね」
高台の手すりから、レムは呆れ果てたというように冷ややかな視線を泥まみれのレッドへと投げ下ろした。
「それから採掘ポイント見えないの? キミって視力どうなっているの?」
グラスの氷を軽く弾きながら、乾いた声が夜気の中に響く。
「目の前にある青く光る鉱石の塊や、特産キノコの群生地が見えていないのか、それとも見ようともしていなかったのか。……ハンターを名乗る人間が、足元の資源すら視認できないなんて、目玉の代わりに腐った木の実でも詰まっているんじゃないかい?」
「視覚情報の処理能力すら、極限まで退化しているということですわね」
美琴が手帳のページを冷酷にめくり、羽ペンで文字を走らせた。
「周囲の環境から資源や危険を察知するセンサーが完全に死んでいる。ただ目の前の欲望だけを追いかけて突進し、必要な備えも、目の前にある採取ポイントもすべてスルーする。……文字が読めない以前に、現実世界を見るための基本的な視覚機能すら使いこなせていませんわ」
背後で音楽家が奏でる『The ruins of Love』の不協和音が、一層冷たく空間を切り裂く。
「ねえ、親父さん。この息子は目が見えないわけじゃないだろう? 単に、自分の都合の悪いもの、面倒くさいものはすべて脳内でモザイクをかけて無視する特技でも持っているのかな?」
レムの底知れぬ嘲笑が、逃げ場を失い震えるペテン師一家の頭上へ容赦なく降り注いだ。
高台の手すりから、レムの冷え切った声が一際鋭く夜の闇を切り裂いた。
レッドの母親の無責任な叫びにレムは静かに怒る。
「そんなの知らない?! 馬鹿言うんじゃないよ!」
グラスを握る指先に力が込められ、氷がパキリと音を立ててひび割れる。
「目の前に転がっている資源や、生き残るための道筋を『知らない』『見えない』で済むのは、物心つくまでの赤ん坊だけだ。キミは自分で手足を動かし、自分で選択してその場所に立っている。知ろうともせず、見ようともせず、ただ他人が整えた環境に寄生して生き延びてきた結果がこれだろ?」
「その通りですわ、レム様」
美琴が手帳をパチンと閉じ、冷徹な視線を泥にまみれた一家へと突き刺した。
「『知りませんでした』『気がつきませんでした』という言い訳は、最低限の学習義務を果たした者が口にするからこそ免罪符になり得るのです。文字を拒絶し、計算を放棄し、現実から目を背け続けた害虫が吐く『知らなかった』は、ただの怠慢の告白に過ぎませんわ」
背後で音楽家が奏でる『The ruins of Love』の弦が、不吉なまでの緊張感を孕んで高く張り詰める。
「ほら、ドスジャギィの群れが完全に間合いを詰めてきたよ。キミたちの『知らない世界』の住人たちが、キミたちを歓迎するために最高の牙を研いで待っている。……さあ、言い訳の続きをそのお粗末な喉から叫んでみなよ」
父親は言い返す。
「そんな事誰も教えてくれなかったべ!」
高台の手すりから、レムは冷ややかに鼻で笑い、泥濘の中で震える父親へと視線を落とした。
「そんなの知らない?! 馬鹿言うんじゃないよ! だいたい、キミたちの故郷であるあのオクレマセ村の連中もいつもそうだったじゃないか」
グラスの氷を軽く揺らし、冷徹な声音が夜気に響き渡る。
言い訳ばかりが上手いあの村の連中は、口を開けば決まってこう言うのさ。
『うちの村は辺鄙な場所だから、読み書きなんて教えられなかった』『商売のやり方なんて誰も教えてくれなかった』『こんな田舎じゃ何をしても無駄だから、稼げないのは時代のせいだ』ってね」
「見事なまでの責任転嫁ですわね」
美琴が冷酷に羽ペンを走らせ、手帳のページをピシャリと音を立ててめくった。
「環境のせい、時代のせい、他人のせい。自ら学ぶこと、這い上がることを最初から放棄しておきながら、自分たちが不遇な被害者であるかのように振る舞う。あの村の住民が揃いも揃って社会の底辺から抜け出せないのは、地理的な問題ではなく、脳味噌の構造的欠陥が遺伝しているからですわ」
背後で音楽家の奏でる『The ruins of Love』の不協和音が、さらに重苦しく響き渡る。
「オクレマセ村の言い訳をそのまま引っ提げてモガの村にやってきた結果が、この48万ゼニーの借金と、モンスターの餌場での大惨敗だ。……ねえ、親父さん。自分たちが村の恥さらしだってこと、その縮こまった脳味噌でも少しは理解できたかい?」