とてもやる気が出ます!
日曜日。
朝起きて最初に確認したのは。
今日の天気でも。
時計でもなかった。
【成瀬 伊織】
年齢:5歳
【野球能力】
《競技カテゴリ:幼児》
弾道 1
ミート E48
パワー F34
走力 E43
肩力 E49
守備力 E45
捕球 E42
【投手能力】
球速 44km/h
コントロール D51
スタミナ E41
【特殊能力】
なし
「……肩、あと一つか」
肩力E49。
五十になればD。
今のところ。
Dへ到達しているのはコントロールだけ。
今日。
二つ目ができるかもしれない。
ただ。
最近。
もう一つ気になっていることがあった。
「球速と肩って、絶対関係あるよな」
当然といえば当然だ。
野手として投げる時も。
投手として投げる時も。
同じ身体を使っている。
肩力だけ高いのに。
球速だけ全く伸びない。
逆に。
球速だけ上がって。
送球の強さが全く変わらない。
そんな方がおかしい。
詳細を開く。
【肩力】
送球時の強さ、遠投能力などに影響します。
投球能力の基礎となる身体能力の一部を含みます。
【球速】
投球動作によって生み出せるボール速度です。
肩力、筋力、投球技術、身体の使い方などの影響を受けます。
「やっぱり」
同じ能力ではない。
でも。
繋がっている。
肩力は。
投げる力そのものの土台。
球速は。
その力を投球動作でどれだけボールの速度へ変えられるか。
そんな感じらしい。
「じゃあ……」
球速を伸ばせば。
肩力にも。
何か影響する?
ちょうどいい。
今日は。
キッズクラスだ。
◇
「今日は最後に、みんなの球の速さを測ってみようか!」
「速さ?」
コーチの言葉に。
玲が首を傾げる。
「ボールがどれくらい速いか、数字で測るんだよ」
「数字で出るの?」
「出るぞ」
「やりたい!」
玲の目が。
一気に輝いた。
分かりやすい。
俺も。
少しだけ姿勢を正す。
スピードガン。
俺には。
自分の球速は見えている。
でも。
玲の球速は分からない。
つまり。
今日。
初めて。
水城玲の球速が数字になる。
「伊織君」
「ん?」
「僕の方が速いかな」
「さあ」
「勝負ね」
「いつから勝負になった」
「今」
「勝手だな」
「伊織君、負けたくないでしょ?」
「……まあな」
玲が笑う。
こいつ。
最近。
俺の扱い方が上手くなってきた気がする。
◇
まずは通常練習。
ランニング。
キャッチボール。
ゴロ捕球。
ティーバッティング。
三か月前と比べれば。
俺の動きは明らかに変わっていた。
「成瀬、いいぞ!」
「はい!」
正面のゴロ。
捕る。
握り替え。
一塁へ。
シュッ。
パシッ。
「ナイスボール!」
次。
少し深い位置。
捕る。
踏ん張る。
投げる。
シュッ。
「おっ、強くなったな」
「ありがとうございます!」
肩力E49。
数字だけではない。
最初の頃より。
遠くへ。
強い送球ができるようになっている。
「伊織君」
玲が言う。
「今の速かった」
「そう?」
「うん」
少し。
嬉しい。
ただ。
玲に言われると。
素直に喜べない。
だって。
こいつも。
日に日に速くなっている。
◇
キャッチボールが終わる。
【キャッチボールを行いました】
【筋力が少し上がった】
【技術が上がった】
【精神が少し上がった】
少し。
経験が貯まった。
「……試すか」
今日は。
球速。
【球速 44km/h】
【成長可能】
【蓄積した経験を使用しますか?】
はい。
【球速が上がった】
【44km/h → 46km/h】
「よし」
その直後。
もう一つ表示が出る。
【投球能力の成長に伴い、関連能力が成長しました】
【肩力 E49 → D50】
「……やっぱり」
球速を上げたことで。
肩力にも。
少しだけ成長が入った。
急に身体が変わった感覚なんてない。
当然だ。
一ポイント。
しかも。
能力値なんて。
現実の俺が感じ取れるものではない。
ただ。
画面の数字は。
確かに変わっている。
「これ、結構大事だな」
球速を育てることが。
ショートとして。
完全に無駄になるわけじゃない。
逆に。
肩力を鍛えれば。
球速を伸ばすための土台にもなる。
ただ。
同じ能力ではない。
肩が強いだけで。
投手として速い球を投げられるわけでもない。
投球フォーム。
身体の使い方。
技術。
色々必要になる。
「また一個分かった」
三か月使っても。
まだ。
システムには知らないことがある。
◇
「じゃあ測るぞー!」
練習の最後。
コーチがスピードガンを構える。
子供たちが順番に並ぶ。
三十八キロ。
四十二キロ。
四十キロ。
四十六キロ。
年齢も違うので。
数字はかなりばらつく。
「次、成瀬!」
「はい!」
俺の番。
「三球投げて、一番速いやつな」
「はい」
現在の表示。
【球速 46km/h】
なら。
目標は。
四十六。
一球目。
力まず。
投げる。
「四十四!」
二球目。
「四十五!」
三球目。
前世で。
何度も言われたことを思い出す。
速く投げようとして。
腕だけを振らない。
足。
腰。
肩。
最後に腕。
一つずつ。
今の身体で繋げる。
シュッ。
パシッ。
「四十六!」
「よし」
「五歳で四十六ならいい球だぞ、成瀬!」
「ありがとうございます!」
システム通り。
少し離れたところ。
詩織も。
「伊織君、すごい!」
手を振っている。
悪くない。
かなり。
気分がいい。
そして。
「次、水城!」
「はい!」
玲が前へ出た。
俺は。
自然と。
スピードガンを見ていた。
◇
「三球だからな」
「うん!」
「力みすぎるなよ」
「うん」
玲がボールを握る。
一球目。
シュッ。
「四十四!」
俺より下。
玲が。
数字を見る。
「……」
少しだけ。
悔しそう。
「まだ二球あるぞ」
「うん!」
二球目。
足を出す。
投げる。
シュッ。
「四十七!」
「……」
抜かれた。
玲が。
すぐ俺を見る。
「伊織君」
「一キロだけな」
「勝った?」
「まだ最後あるだろ」
「今は勝ってる」
「細かいな!」
玲が楽しそうに笑う。
そして。
三球目。
「水城、力入れすぎるなよ! いつも通りでいいぞ!」
「はい!」
玲が構える。
俺は。
今までより。
少し真剣に。
玲の投げ方を見る。
足。
腰。
肩。
腕。
初めて会った頃。
俺の真似をしていたフォーム。
でも。
今は。
少し違う。
俺より。
腕が遅れて出てくる。
柔らかい。
「……」
玲が投げる。
シュッ。
さっきより。
明らかに。
速い。
パシッ!
「おっ!」
コーチが。
スピードガンを見る。
「四十九キロ!」
「……」
四十九。
俺。
四十六。
三キロ差。
「伊織君!」
玲が駆け寄ってくる。
「四十九!」
「聞こえてた」
「僕の勝ち」
「三キロな」
「勝ちは勝ち」
「……」
ムカつく。
ものすごく。
ムカつく。
俺は。
この三か月。
練習して。
経験を貯めて。
システムを使って。
今日だって。
球速を二キロ上げた。
それでも。
玲の方が。
速い。
◇
「伊織君」
片付けの途中。
玲が隣へ座る。
「なに?」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「負けたから?」
「……」
「やっぱり怒ってる」
「怒ってはない」
少し考える。
「悔しい」
「僕も」
「お前勝ったじゃん」
「伊織君に負けた時」
「……」
「すごく悔しい」
意外だった。
玲は。
いつも楽しそうにしている。
負けても。
すぐ。
『もう一回』
そう言う。
「お前も悔しいんだ」
「うん」
「じゃあなんで笑ってるの?」
「次勝ちたいから」
「……」
シンプル。
驚くほど。
単純。
負けた。
悔しい。
だから。
次。
勝ちたい。
それだけ。
前世の俺は。
いつから。
そう思えなくなったんだろう。
負けたら。
才能がない。
無理。
向いてない。
理由を探すようになった。
「伊織君?」
「ん?」
「次は五十」
「球速?」
「うん」
「じゃあ俺も五十」
「僕は五十五」
「なんで上げるんだよ」
「伊織君より速くしたいから」
「なら俺も五十五」
「僕は六十」
「お前さ」
玲が笑う。
俺も。
少し笑った。
「じゃあ競争な」
「うん」
「でも無理して投げるなよ」
「なんで?」
「肩痛めるから」
「かたいめる?」
「……お父さんとコーチの言うこと聞けってこと」
「分かった」
五歳児に。
投球障害について長々説明しても仕方ない。
俺も。
気をつけないといけない。
システムがあるからといって。
身体そのものは。
普通の子供なのだから。
◇
午後。
俺と玲は。
着替えて。
詩織のピアノ発表会へ向かった。
「静かにしてね」
詩織のお母さんに言われる。
「はい」
「うん」
二人並んで座る。
しばらくすると。
詩織が舞台へ出てきた。
「……」
いつもと違う服。
少し緊張した顔。
椅子へ座り。
鍵盤へ手を置く。
音が流れ始める。
「上手」
玲が小声で言った。
「そうだな」
俺には。
ピアノの技術なんて。
ほとんど分からない。
でも。
詩織が。
何度も練習していたことは分かる。
俺が。
キャッチボールをして。
素振りをして。
玲と競争している間。
詩織は。
詩織で。
自分のやりたいことを練習していた。
演奏が終わる。
拍手。
俺も。
思い切り手を叩いた。
【芸術が少し上がった】
「……」
見て。
聞く。
それだけでも。
人生経験になる。
でも。
今日は。
そんな表示より。
来てよかった。
そう思った。
◇
「伊織君!」
発表会が終わると。
詩織が走ってきた。
「どうだった?」
「上手かった」
「ほんと?」
「うん」
「寝てない?」
「寝てないって」
「玲ちゃんは?」
「すごかった」
「ほんと?」
「うん」
詩織が。
嬉しそうに笑う。
【藤崎詩織の好感度が上がった】
「また来てね」
「うん」
「次も」
「野球と被らなかったら」
「伊織君!」
「冗談だって」
「ほんと?」
「行くよ」
「約束?」
「約束」
詩織が笑った。
午前中。
玲に負けた。
午後。
詩織の発表会を見た。
一日で。
まったく違う経験。
野球だけしていたら。
今日の詩織は。
見られなかった。
でも。
発表会だけなら。
玲に負けた悔しさも。
次に勝ちたいという気持ちもなかった。
「……人生、忙しいな」
「また言ってる」
詩織が笑う。
「伊織君、人生って言葉好きだね」
「五歳なのに」
玲まで笑う。
「うるさい」
三人で歩く。
俺は。
午前中の数字を思い出す。
四十六。
四十九。
たった。
三キロ。
でも。
俺には。
システムがある。
それでも。
玲の方が速かった。
追いつかれている。
いや。
球速だけなら。
もう。
少し追い越された。
「……」
不思議と。
嫌ではない。
前世なら。
才能のある奴を見るほど。
諦める理由を探した。
今回は。
違う。
抜かれたなら。
また育てればいい。
しかも。
球速を上げれば。
肩力にも繋がる。
ショートとしても。
無駄にはならない。
「次は五十」
小さく呟く。
「僕は五十五」
「聞こえてたのかよ」
玲が笑う。
やっぱり。
こいつ。
最高に面倒くさいライバルになりそうだった。