数日間のオフが終わった。
久しぶりに城東シニアのグラウンドへ入る。
「おはようございます!」
いつもの声。でも、何かが違う。
「……静かだな」
「うん」
隣にいた黒田がグラウンドを見渡す。
橘さんたち3年生がいない。全国大会までは当たり前のように聞こえていた声が、今日はない。
「やっぱ寂しいな」
「黒田がそんなこと言うんだ」
「俺だって言うわ」
「そう」
「水城まで何だよ!」
玲が少し笑う。
「集合!」
監督の声に、全員がホームベース前へ集まった。
◇
「全国大会は終わった。3年生も引退した」
監督が俺たちを見る。
「今日から新チームだ。まずキャプテン。高瀬」
「はい!」
高瀬が一歩前へ出る。
「頼むぞ」
「はい!」
黒田が小声で言う。
「まあ高瀬だよな」
「うん」
捕手として全体を見ているし、玲にも俺にも普通に言いたいことを言う。一番向いていると思う。
高瀬が全員を見る。
「えー……何言うか考えてなかった」
「キャプテン!」
「早速大丈夫か!」
「うるさい」
笑いが起きる。
高瀬も笑ってから、少しだけ表情を変えた。
「全国優勝したけど、3年生が抜けた。橘さんもいない。だから、来年も同じように勝てるとは思ってない」
誰も喋らない。
「また一からやろう。目標は連覇。来年も日本一」
「はい!」
声が揃った。
新しいチームが始まった。
◇
最初は守備練習。
俺はショート。三上がセカンド。
カンッ!
三遊間。
一歩目で反応する。追いついて捕り、そのまま一塁へ。
パァンッ!
「ナイス!」
次は正面。
カンッ!
捕る。一塁へ。
パァンッ!
身体は普通に動く。全国大会が終わって数日休んだだけなのに、少し新鮮だった。
「成瀬!」
「はい!」
「今年はお前も内野引っ張れ」
「はい!」
今までは3年生についていく側だった。でも今日からは違う。
三上が声を飛ばす。
「伊織、次ゲッツー!」
「了解!」
カンッ!
俺の右。
捕る。
「二つ!」
三上へ。
パァンッ!
一塁へ。
パァンッ!
「よし!」
自然と声が出た。
◇
午後はバッティング。
黒田が打席へ入る。
カァァンッ!
左中間。
外野の頭を越えた。
「見た?」
「見た」
「今年はもっと打つからな」
「4番だもんね」
「来年は打点王だ」
「まだ気が早くない?」
「今から言っとくんだよ」
次は俺。
外角。
カァンッ!
右中間。
次は内角。
カァンッ!
レフト。
もう一球。外角低め。少し待つ。
カァンッ!
ライト前。
「いいな」
後ろから監督の声。
「全国の後半から、右への打球がかなり増えた」
「はい」
「でも右に打とうとしすぎるなよ」
「……はい」
監督がバットの先でグラウンドを示す。
「打てる場所が増えたんだ。自分から使う場所を減らしたら意味がない」
「全部使え、ですか」
「橘にも言われたか?」
「はい」
「なら忘れるな」
引っ張る。センター。逆方向。全部使う。その方が相手は嫌なはずだ。
◇
最後はブルペン。
玲が先に投げる。
バァンッ!
「140!」
もう一球。
バァンッ!
「141!」
相変わらず速い。全国大会が終わったばかりなのに、玲はいつも通りだった。
「次、成瀬!」
マウンドへ上がる。
高瀬が座る。
初球。ストレート。
バァンッ!
「131!」
もう一球。
バァンッ!
「130!」
「力むなよ」
「分かってる」
高瀬のサイン。
カーブ。
パァンッ!
次はチェンジアップ。
パァンッ!
最後にもう一度ストレート。
振りかぶる。
バァンッ!
「131!」
高瀬がボールを返す。
「今のが一番よかった」
「数字は同じだけど」
「数字しか見てないの?」
「見てるよ。いろいろ」
「本当かよ」
131km/h。
玲は141km/h。
まだ10km/h差。
でも、焦る必要はない。
「もう一球」
「終わり」
「まだ投げられる」
「今日は初日だぞ」
「あと一球だけ」
「キャプテン命令。終わり」
「……それ便利だね」
「だろ?」
高瀬が立ち上がる。
無理に投げても意味はない。今日はここまで。
◇
練習終了。
全員でグラウンドを整備する。
黒田がトンボを引きながら口を開いた。
「成瀬」
「何?」
「連覇するぞ」
「急だね」
「高瀬も言ってただろ」
「言ってたね」
「来年、俺らが3年だぞ」
そうだった。
まだ中学2年。でも、この新チームで迎える次の夏が俺たちの最後になる。
「また全国行って、また優勝する」
「うん」
「そんで今度は俺が決勝打」
「準決勝で打ったでしょ」
「あれはあれ。決勝は別」
「欲張りだね」
「成瀬に言われたくねえ」
少し笑う。
グラウンドを見る。
橘さんたち3年生はいない。高瀬がキャプテンになった。
新しい城東シニア。
全国優勝は終わった。
次は。
連覇だ。