新チームが始まって一週間。
最初の練習試合が組まれた。相手は武蔵野シニア。全国大会準決勝で3対2の試合をした相手だ。
試合前、監督から渡されたメンバー表を見て、黒田が首を傾げた。
「俺、7番なんですけど」
「知ってる」
「一応4番なんですけど」
「今日はお前を見る試合じゃない」
「ひどくないですか?」
今日の1番から5番は、全員新しいレギュラー候補。
6番が俺。7番黒田、8番高瀬、9番三上。
「今日は勝つための打順じゃない。上の5人にできるだけ打席を回す。守備も試すぞ」
「なるほど」
「成瀬は納得すんなよ!」
「俺も6番だし」
「そうだけど!」
監督が今度は投手を見る。
「白石」
「はい!」
前へ出たのは1年生の左腕、白石蒼太。
球速は120km/h前半。それでも左から投げるスライダーの曲がりが良く、最近監督がよくブルペンを見ていた。
「3回まで任せる。失敗していい。思い切って投げろ」
「はい!」
4回から6回は俺。
最後の7回だけ玲。
新しい選手を見るための試合だ。
◇
1回表。
白石の初球。
パァンッ!
「ボール!」
少し高い。
2球目も外れた。
「大丈夫! 腕振れ!」
高瀬の声。
そこからフルカウントまで持っていったが、最後は四球。先頭を歩かせた。
2番が送りバント。ワンアウト2塁。
3番。
カァンッ!
センター前。
「回れ!」
ホームへ返球。
パァンッ!
「セーフ!」
0対1。
白石が唇を噛む。
「次!」
高瀬の声に顔を上げた。
4番は真田。
初球のスライダー。
カンッ!
ショート正面。
捕る。二塁へ。
パァンッ!
三上が一塁へ。
パァンッ!
「アウト!」
ダブルプレー。
ベンチへ戻ってきた白石が頭を下げる。
「すみません」
「何が?」
「先頭を四球で……」
「まだ1点だろ。次は最初から腕振れ」
「はい!」
高瀬はそれだけ言って防具を付け直した。
◇
1回裏。
武蔵野の先発は真田。
初球。
バァンッ!
「137!」
「……上がってる」
全国大会では136km/hだった。
真田も成長している。
城東の1番、2番、3番は続けて倒れ、三者凡退。次の回は4番からだ。
ベンチへ戻る真田と目が合う。
ニヤッ。
「感じ悪い」
「聞こえてんぞ」
◇
2回表。
白石は少し落ち着いていた。先頭をスライダーで空振り三振にすると、次をセカンドゴロ。
ツーアウト。
でも7番に四球。
8番への初球。
カァンッ!
左中間を破った。
「回れ!」
一塁ランナーが一気にホームへ。
0対2。
また白石の顔が下を向きかける。
「白石! あと一人!」
「はい!」
9番をライトフライ。
チェンジ。
2回2失点。
四球は出ている。それでも、大崩れはしていない。
◇
2回裏。
4番、5番が続けて倒れる。
ツーアウト。
俺の第1打席。
真田がマウンドで笑っていた。
「久しぶりだな」
「そんなに経ってないけど」
「全国の借り、少し返す」
「練習試合で?」
「うるせえ」
初球は137km/hの外角。
「ストライク!」
2球目のスライダーはボール。
3球目、内角137km/h。
ファウル。
ワンボール、ツーストライク。
真田が投げる。
外へ逃げるスライダー。
待つ。
踏み込む。
振り切る。
カァァンッ!
打球はライトへ。
高い。
伸びる。
越えた。
ホームラン。
1対2。
ベースを回りながら真田を見る。
目が合った。
今度は笑っていない。
ホームへ戻ると、黒田が手を出した。
パンッ!
「真田から打つのずるくない?」
「何が?」
「俺も打ちたい」
「次打てばいいじゃん」
その黒田は三振。
「……速え」
「頑張って」
「腹立つ!」
1点だけ返した。
◇
3回表。
白石の最後のイニング。
先頭をセカンドゴロ。2番をショートフライ。
ツーアウト。
3番には追い込んでからスライダー。
少し甘く入った。
カァンッ!
ライト線へのツーベース。
続く真田。
初球。
カァンッ!
センター前。
「回れ!」
3塁ランナーがホームへ。
1対3。
白石は最後の5番をレフトフライに打ち取った。
3回3失点。
ベンチへ戻ると、監督が声をかける。
「どうだった?」
「四球が多かったです。あと、甘くなった球を打たれました」
「なら覚えとけ。次直せばいい」
「はい!」
3失点。
でも、初めて武蔵野相手に投げた1年生としては悪くない。
課題もはっきりしている。
◇
3回裏。
先頭は高瀬。
セカンドゴロ。
三上はライトフライ。
1番も三振。
真田は3回1失点でマウンドを降りた。
すれ違う時にこっちを見る。
「次は打たせねえ」
「もう降りるじゃん」
「次に決まってんだろ」
「了解」
◇
4回表。
「成瀬、行け」
「はい」
俺がショートからマウンドへ移る。
三上がショート。新しい二塁手が守備に入った。
監督が俺を呼び止める。
「今日は三振を取りにいかなくていい」
「打たせるんですね」
「そうだ。守備を見る」
「分かりました」
高瀬が座る。
初球。
バァンッ!
「ストライク!」
131km/h。
先頭への2球目。
カンッ!
セカンド正面。
でも。
ポロッ。
「あっ!」
ボールが転がる。
「セーフ!」
記録はエラー。
ノーアウト1塁。
次は送りバント。ワンアウト2塁。
3人目もセカンドゴロ。
今度は捕った。
一塁へ。
パァンッ!
「アウト!」
ツーアウト3塁。
最後はショートゴロ。
三上が前へ出る。
捕る。一塁へ。
パァンッ!
「アウト!」
チェンジ。
「ちゃんと打たせたな」
「はい」
「いい」
監督はそれだけだった。
◇
4回裏。
武蔵野は2番手投手。
打順は2番から。
2番が四球を選んだが、3番がショートゴロでダブルプレー。
4番もライトフライ。
得点なし。
1対3のまま。
◇
5回表。
俺はそのままマウンド。
先頭をライトフライ。次をセカンドゴロ。
どちらも早いカウントで打たせた。
ツーアウト。
次の打者にはセンター前ヒットを打たれたが、続く打者も初球を打つ。
カンッ!
ファーストゴロ。
パァンッ!
「アウト!」
チェンジ。
高瀬がボールを返す。
「楽だな」
「何が?」
「四球ないから」
「出すつもりないし」
「それでいい」
球数も少ない。
今のところ、監督の注文通り。
◇
5回裏。
先頭は5番。
センターフライ。
ワンアウト。
俺の第2打席。
相手はまだ2番手投手。
初球。
外角ストレート。
振る。
カァァンッ!
打った瞬間に分かった。
右中間。
伸びる。
越えた。
ホームラン。
2対3。
「またかよ!」
武蔵野ベンチから声が飛ぶ。
二本目。
真田からじゃない。
でも、悪くない。
黒田、高瀬も続けず、追加点は入らなかった。
◇
6回表。
先頭への初球。
カンッ!
セカンド正面。
新しい二塁手が捕る。
でも、送球が逸れた。
バシッ!
一塁手が伸びるが、グラブからこぼれる。
「セーフ!」
エラー。
ノーアウト1塁。
送りバントでワンアウト2塁。次のファーストゴロで走者が3塁へ進んだ。
ツーアウト3塁。
高瀬を見る。
まだ打たせていい。
低めのストレート。
カァンッ!
センターへ大きなフライ。
新しいセンターが下がる。
パァンッ!
捕った。
3塁ランナーがスタート。
ホームへ。
「セーフ!」
2対4。
犠牲フライ。
失点はつく。
でも、先頭走者はエラー。
自責点は0。
最後はショートゴロ。
三上が処理する。
パァンッ!
「アウト!」
3回2安打1失点。
自責点0。
四球0。
奪三振は1つも取っていない。
それでも、ほとんど早いカウントで打たせて終わった。
マウンドを降りる時、新しい二塁手が頭を下げる。
「すみません」
「何で?」
「俺のエラーで……」
「今日はそういうのを見る試合でしょ」
「でも」
「次取ればいいよ」
二塁手が頷く。
ベンチへ戻ると、監督も何も言わなかった。
多分。
それでいい。
◇
6回裏。
8番、高瀬から。
高瀬はセンターフライ。
三上はセカンドゴロ。
1番もショートゴロ。
三者凡退。
2対4。
あと1回。
◇
7回表。
監督が玲を見る。
「水城」
「はい」
「最後だけ行け」
「分かりました」
玲が立ち上がる。
監督が白石を見る。
それから、玲へ。
「先輩として、後輩に本物を見せてこい」
白石が顔を上げた。
玲は何も言わず、マウンドへ向かった。
先頭打者。
初球。
バァンッ!
「141!」
空振り。
2球目。
高速落下球。
ブンッ!
空振り。
3球目。
141km/h。
バァンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
三球三振。
二人目。
140km/h。
空振り。
141km/h。
ファウル。
高速落下球。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
また三球三振。
白石が黙って見ている。
三人目。
初球。
141km/h。
空振り。
2球目。
高速落下球。
空振り。
高瀬が最後のサインを出す。
玲が振りかぶる。
バァンッ!!
141km/h。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
9球。
3者連続三球三振。
白石が口を開けたまま玲を見る。
「……すごいです」
玲がベンチへ戻ってくる。
「白石」
「はい」
「別に同じ投げ方しなくていいよ」
「え?」
「自分の投げ方で抑えればいい」
「……はい!」
玲はそれだけ言って座った。
少しだけ。
先輩っぽかった。
◇
7回裏。
2番から。
2番がセカンドゴロ。
ワンアウト。
3番もライトフライ。
ツーアウト。
俺の第3打席。
武蔵野は3番手投手。
相手捕手がマスク越しに呟く。
「また成瀬かよ……」
初球は内角。
ボール。
2球目。
外角ストレート。
振り切る。
カァァンッ!
打球はセンターへ。
高い。
伸びる。
センターが下がる。
フェンス際。
見上げる。
越えた。
三本目。
3対4。
ベンチが一気に騒がしくなる。
「また打った!」
「マジかよ!」
ホームへ戻ると、黒田が呆れた顔をしていた。
「3本?」
「3本」
「俺ノーヒット」
「次、黒田だよ」
「絶対打つ!」
その黒田。
カァンッ!
いい当たり。
でも。
ライト正面。
パァンッ!
「アウト! ゲームセット!」
3対4。
新チーム最初の練習試合は、負けた。
俺は3打数3安打。
3本塁打。
玲は1回、9球、3奪三振。
それでも。
3対4。
◇
試合後。
監督が全員を集める。
「今日分かったことは?」
白石が手を上げた。
「コントロールが足りません」
「そうだな」
新しい二塁手も続く。
「守備です」
「そうだ」
監督が全員を見る。
「成瀬が3本打った。水城は9球で終わらせた。それでも負けた。今日はそれでいい」
誰も喋らない。
「今日はこいつらだけで勝つための試合じゃない。新しい戦力を作るための試合だ。失敗した奴は今日の失敗を覚えとけ。次できればいい」
「はい!」
◇
片付けをしていると、後ろから声をかけられた。
「成瀬」
真田。
「何?」
「3本はやりすぎだろ」
「真田からは1本だけだよ」
「1本でも余計だ」
「でも負けた」
「練習試合だろ」
真田が俺を見る。
「こんなんで全国の借り返したとか思ってねえから」
「じゃあ次?」
「公式戦で」
拳を出してくる。
パンッ。
軽く合わせる。
「次も打つよ」
「次は打たせねえ」
真田が戻っていく。
新チーム最初の試合は負け。
でも、悪くない。
玲もいる。高瀬も、黒田も、三上もいる。
そして、新しい選手も増えていく。
全国優勝したチームを、そのまま続けるんじゃない。
また新しい城東を作る。
その最初の一歩だった。