秋季大会、初戦。
新チームになって最初の公式戦。相手は青葉シニア。
試合前、監督がスタメンを読み上げる。
1番、三上。
2番、佐伯。
3番、俺。
4番、黒田。
5番、高瀬。
2番センター、佐伯蓮。
同じ2年生で、夏までは控えだった。足が速く守備範囲も広い。武蔵野との練習試合以降、センターで使われることが増えていた。
「佐伯、緊張してる?」
「してるに決まってるだろ。全国優勝したチームのセンターだぞ。橘さんの後って考えたら、ミスした時に絶対比べられるじゃん」
「別に橘さんになる必要ないでしょ」
「成瀬はそう言うと思った。でも、お前は全国であれだけ打ってるからな。俺はまだ何もしてないんだよ」
「今日すればいいじゃん」
「……そういう簡単な言い方、ちょっと羨ましいわ」
佐伯が苦笑する。
横から黒田が入ってきた。
「大丈夫だって。佐伯が塁に出れば俺が返す」
「黒田、それ俺が出塁する前提?」
「2番なんだから出ろよ」
「無茶苦茶だな、この4番」
「頼もしいと言え」
「お前ら試合前くらい静かにできないの?」
高瀬がため息をつく。
「キャプテンが固いんだよ」
「誰のせいだと思ってんだ」
笑いが起きる。
少しだけ、佐伯の表情も緩んだ。
監督が全員を見る。
「夏の優勝チームを再現する必要はない。橘も他の3年も、もういない。今いるメンバーで新しい城東を作れ」
「はい!」
先発は玲。
新しい城東の最初の公式戦が始まった。
◇
1回表。
玲の初球。
バァンッ!
「141!」
高瀬のミットが鳴る。
2球目も140km/h台。振り遅れた打球はファウル。
追い込んでから高速落下球。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
三球三振。
2番はセカンドゴロ。3番も141km/hに差し込まれ、力のないライトフライ。
三者凡退。
「全国の時と変わらないね」
「変わったよ」
「何が?」
「少し疲れ取れた」
「そういう話?」
「伊織が聞いたんでしょ」
普通だ。
全国優勝しても、玲はやっぱり玲だった。
◇
1回裏。
三上が初球を捉える。
キィンッ!
鋭い打球がセンター前へ抜けた。
続く佐伯。
初球を見送り、2球目。
カンッ!
三遊間。
ショートが飛びつく。
グラブの先を抜けた。
「よし!」
ノーアウト1、2塁。
俺の第1打席。
「成瀬、頼むぞ!」
佐伯の声。
初球は外角に外れてボール。2球目は外いっぱいのストライク。
3球目。
少し甘い。
振る。
カキィンッ!
右中間。
「抜けた!」
三上が3塁を回る。
ホームへ。
「セーフ!」
1対0。
佐伯は3塁。俺は2塁へ。
タイムリーツーベース。
続く黒田。
「俺の仕事残しとけよ!」
初球。
カァァンッ!
左中間を破る。
佐伯がホーム。
俺も3塁を蹴る。
「回れ!」
ホームへ。
パァンッ!
「セーフ!」
3対0。
黒田は2塁上で両手を広げる。
「見たか!」
「見たよ」
「もうちょい何かあるだろ!」
「まだ1回だぞ!」
高瀬の声が飛ぶ。
「キャプテン厳しくない?」
「お前がうるさいだけ!」
その後、高瀬、6番、7番が倒れてチェンジ。
新しい打線。
悪くない。
◇
玲は2回、3回も危なげなく抑えた。
3回表にはこの日初めてのヒットを許したが、次の打者をショートゴロ。
カンッ!
俺の正面。
捕る。二塁へ。
パァンッ!
三上がそのまま一塁へ。
バシッ!
「アウト!」
ダブルプレー。
「ナイス!」
センターから佐伯の声。
「佐伯も今の返球よかったよ」
「だろ? 俺、守備で生きていくから」
「1回にヒット打ってたじゃん」
「じゃあ両方で生きる」
「切り替え早いな」
玲は続く打者を空振り三振。
城東打線は2回、3回と追加点を取れなかった。
3対0のまま4回へ。
◇
4回表。
玲は先頭を高速落下球で三振。次をセカンドゴロ、最後はセンターフライ。
佐伯が落下地点へ入る。
パシッ。
スリーアウト。
4回1安打無失点。四球0、奪三振6。
「水城、今日はここまで」
「はい」
監督がベンチの端を見る。
「白石」
「はい!」
声が少し裏返った。
黒田がすぐに反応する。
「今の絶対緊張してるだろ」
「してません!」
「声ひっくり返ってたぞ」
「黒田さんが言うから余計緊張するんです!」
「俺のせい!?」
高瀬が白石の肩を叩く。
「初めての公式戦なんだから緊張して普通だよ。練習試合よりストライクが入ればそれでいい」
「それだけですか?」
「最初から玲みたいに投げようとするなってこと」
「……はい!」
玲が首を傾げる。
「僕みたいじゃダメなの?」
「お前を基準にしたらダメなんだよ」
高瀬の即答。
白石も笑った。
◇
4回裏。
6番から。
6番がセンター前へ運び、7番が送りバント。ワンアウト2塁。
8番。
カァンッ!
ライト前。
2塁ランナーが3塁を回る。
「回れ!」
ホームへ。
「セーフ!」
4対0。
続く9番はショートゴロ。
「セカンド!」
パァンッ!
そのまま一塁へ。
バシッ!
「アウト!」
ダブルプレー。
追加点は1点だけ。
でも、下位打線でも点が取れた。
高瀬がベンチへ戻りながら言う。
「こういう点が増えると楽になるな」
「俺と成瀬に全部返させればいいだろ」
「黒田、それで夏ずっと勝てると思ってる?」
「……無理?」
「無理とは言わないけど、しんどいだろ」
「じゃあみんな打て」
「急に雑になるな」
◇
5回表。
白石が公式戦のマウンドへ上がる。
初球。
パァンッ!
「ボール!」
高い。
一度息を吐き、ボールを握り直す。
2球目。
パシッ。
「ストライク!」
今度は低め。
3球目。
カンッ!
セカンドゴロ。
三上が軽く捌く。
パァンッ!
「アウト!」
ワンアウト。
白石の表情が少し緩んだ。
次の打者にはフルカウントから四球。
高瀬がボールを返す。
「気にすんな。今の一人は終わった。次だけ見ろ」
「はい!」
「腕は振れてる。そのままでいい」
「はい!」
次の打者。
スライダーで追い込む。
最後は外へ。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
公式戦初奪三振。
最後はセンターフライ。
佐伯が前へ出る。
パシッ!
スリーアウト。
ベンチへ戻った白石に玲が声をかける。
「よかったじゃん」
「ありがとうございます!」
「でも四球」
「……はい」
「僕も昔は出してたから」
「本当ですか?」
「うん」
「嘘つけ。お前全国で21回投げて四球0だろ」
高瀬が即座に突っ込む。
玲が少し考えた。
「もっと前」
「どれだけ前だよ」
白石が笑う。
練習試合の時より、明らかに表情が柔らかかった。
◇
5回裏。
三上が四球で出塁。
佐伯。
初球はバントの構え。
三塁手が前へ出る。
バットを引いた。
次の球。
カキンッ!
一、二塁間。
ライト前へ抜ける。
ノーアウト1、2塁。
「今の自分で?」
「うん。三塁手めっちゃ前だったから。バントしてほしそうだったし」
「いい判断じゃん」
「もっと褒めてもいいぞ」
「黒田みたいになってきたね」
「それは嫌だな」
「聞こえてんぞ!」
後ろから黒田の声。
俺の第3打席。
初球の外角低めはボール。
2球目。
真ん中寄り。
カァンッ!
センター前へ抜けた。
「回れ!」
三上がホームへ。
「セーフ!」
5対0。
佐伯は3塁。俺は1塁で止まる。
続く黒田。
「今度こそ長打!」
カァァンッ!
大きなセンターフライ。
佐伯がタッチアップ。
「セーフ!」
6対0。
黒田が満足そうに戻ってくる。
「打点」
「うん」
「今日3打点」
「ちゃんと数えてるんだ」
「4番なんだから当たり前だろ。お前が打率とか能力値気にするのと一緒」
「……そう言われると何も言えない」
「勝った」
嬉しそうだ。
高瀬は伊織を見て笑う。
「成瀬、黒田に言い負かされることあるんだな」
「俺も今びっくりしてる」
「おい!」
◇
6回表。
白石は先頭にセンター前ヒットを許した。
ノーアウト1塁。
次の打者へ初球、2球目とボールが続く。
白石の表情が少し固くなる。
高瀬がマスク越しに声を飛ばした。
「白石! 走者じゃなくて俺見ろ!」
「はい!」
「ストライク入れれば後ろが取ってくれる。全部自分で抑えようとすんな!」
「はい!」
3球目。
パァンッ!
「ストライク!」
そこからフルカウント。
最後は外れた。
四球。
ノーアウト1、2塁。
それでも高瀬はタイムを取らなかった。
次の打者。
カンッ!
ライトフライ。
ワンアウト。
続く打者はセカンド正面。
三上が捕る。
二塁へ。
パァンッ!
一塁へ。
バシッ!
「アウト!」
ダブルプレー。
無失点。
白石が大きく息を吐く。
「危なかった……」
ベンチへ戻ると高瀬が言った。
「四球は反省。でも、そこから崩れなかったのはよかった」
「はい」
「さっきなら多分、もう一個四球出してただろ」
「……出してたかもしれません」
「じゃあ一個進歩したな」
「一個だけですか?」
「欲張るな。一年だろ」
「はい!」
白石が笑った。
◇
6回裏。
6番、7番、8番が三者凡退。
6対0のまま最終回へ。
◇
7回表。
白石は続投。
先頭をセカンドゴロ。
次の打者。
キンッ!
センター前ヒット。
ワンアウト1塁。
続く打者。
初球はストライク。
2球目。
カンッ!
ショートへ。
俺の正面。
捕る。二塁へ。
パァンッ!
三上が一塁へ。
バシッ!
「アウト!! ゲームセット!!」
6対0。
新チーム最初の公式戦。
勝利。
◇
玲は4回1安打無失点、無四球6奪三振。
白石は3回2安打無失点、2四球1奪三振。
俺は3打数3安打。二塁打1本、2打点。
黒田は3打点。
佐伯は2安打。
数字だけ見れば、悪くない。
でも今日は、それ以外にも見えたものがあった。
公式戦を無失点で投げ切った白石。2番センターに入って2安打した佐伯。夏とは違う打順と、少しずつ変わっていく役割。
「佐伯」
「何?」
「初スタメンどうだった?」
「最初は普通に吐きそうだった」
「そんなに?」
「そりゃそうだろ。全国優勝したチームのセンターだぞ? 橘さんと比べられるし、ミスったら『やっぱ前の方がよかった』って思われるかもしれないし」
「俺は比べてないけど」
「成瀬はそうだろうな。でも俺は気にするんだよ。控えだった期間も長いし、やっと来たチャンスだから」
少し意外だった。
佐伯はグラブを見る。
「でも今日2本打てたし、守備でもミスしなかった。少なくとも次の試合で『こいつ使うの怖いな』とは思われないだろ?」
「多分ね」
「そこは『大丈夫』って言えよ」
「監督じゃないから分からない」
「ほんと成瀬ってそういうとこあるよな」
佐伯が笑う。
「まあいいや。お前みたいにいきなり3本とか打つのは無理だけど、俺は俺のペースでレギュラー取るよ」
「うん。その方がいいと思う」
「だからお前の3安打を基準にすんなよ?」
「してないって」
「本当か?」
「多分」
「その『多分』が怖いんだよ」
また笑う。
みんな同じように強くなるわけじゃない。
それぞれの速度で。
新しい城東になっていく。
秋の大会は始まったばかりだった。