転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第106話

 

秋季大会初戦の翌週。

 

学校では、全国大会の頃みたいに毎日声をかけられることもなくなっていた。

 

朝、席に着くと詩織が振り返る。

 

「昨日も勝ったんでしょ?」

「うん。6対0」

「伊織は?」

「3安打」

「……普通に言うけど、3安打って普通じゃないからね?」

「この前3本ホームラン打った時よりは普通でしょ」

「基準がおかしくなってるよ、それ」

 

詩織が呆れたように笑う。

 

「でも、昨日はホームランなかったんだ」

「なかった」

「ちょっと残念」

「詩織までホームラン期待するようになったの?」

「だって分かりやすいじゃん。打った瞬間にみんな盛り上がるし」

「ヒットも盛り上がるよ」

「伊織の場合、ヒットだと『また打った』って感じになってきた」

「ひどくない?」

「褒めてるの」

 

多分。

 

「次はいつ?」

「今週の土曜日。二回戦」

「近い?」

「全国大会よりは全然」

「じゃあ見に行こうかな」

「また来るの?」

「その言い方だと来てほしくないみたいなんだけど」

「そういう意味じゃないよ。毎回来るの大変じゃない?」

「伊織って、自分が毎週野球してるから感覚おかしくなってない? 私は座って見てるだけだよ」

「それもそうか」

「それに、伊織から『来て』って絶対言わないでしょ」

「……言わないかも」

「でしょ? だから私が勝手に行く」

 

言い切られた。

 

「じゃあ、来れば?」

「その言い方も微妙」

「難しいな」

「『来てくれたら嬉しい』くらい言えばいいのに」

「……来てくれたら嬉しい」

「言わせた感すごいね」

「詩織が言えって言ったんでしょ」

「まあいいや。行く」

 

満足そうに前を向く。

 

こういう時、どの答えが正解なのかよく分からない。

 

でも、土曜日に詩織が来ることは分かった。

 

「そうだ」

 

また振り返る。

 

「来月、ピアノの発表会あるんだけど」

「発表会?」

「うん。前に話したの覚えてない?」

「発表会があるとは聞いた気がする」

「その反応、絶対忘れてた」

「日にちは聞いてないよ」

「じゃあ今言う」

 

小さな紙を渡された。

 

日曜日。

 

頭の中で予定を確認する。秋大会が順調なら、その頃には終わっているはず。練習はあるかもしれないけど、時間は作れる。

 

「行けると思う」

「ほんと?」

「うん」

「じゃあ来て。今度はちゃんと伊織が私を見る番だから」

「見る番?」

「私、伊織の試合かなり見に行ってるでしょ?」

「それとこれ関係ある?」

「あるよ。私ばっかり伊織のこと見てるの、ちょっと不公平じゃない?」

「そういうもの?」

「そういうものです」

 

何を弾くのか聞くと、詩織は少し得意そうに笑った。

 

「秘密。当日まで楽しみにしてほしいから」

「家近いから、練習してたら聞こえそうだけど」

「聞かないで」

「無理じゃない?」

「じゃあ伊織が家にいる時間は練習しない」

「それはそれで練習できなくない?」

「細かいなあ」

 

詩織が笑う。

 

「でも、ちゃんと来てね。終わった後に『よかった』だけは禁止だから」

「まだ聴いてもないのに感想まで指定されるの?」

「伊織なら絶対それで終わらせそうだから先に言ってるの」

「そこまで信用ない?」

「野球以外に関してはちょっとだけ」

「ひどいな」

「じゃあ見返してください」

 

チャイムが鳴る。

 

詩織が前を向いた。

 

机の中へ入れた発表会の日付を、今度は忘れないように覚えておいた。

 

◇

 

土曜日。

 

秋季大会、二回戦。

 

相手は港南シニア。

 

スタンドを見ると、詩織は本当に来ていた。目が合うと、小さく手を振ってくる。

 

俺も軽く手を上げた。

 

「成瀬」

「何?」

「さっきからスタンド気にしてない?」

「してない」

「いや、してた」

「高瀬、試合前に人のことよく見てるね」

「キャプテンだからな。選手の状態確認してんだよ」

「便利な言葉だね」

「で、誰?」

「言わない」

「はいはい」

 

高瀬が笑う。

 

今日は俺が先発。玲はベンチ。

 

「今日は5回までな」

 

監督の言葉に頷く。

 

「はい」

 

◇

 

1回表。

 

先頭打者への初球。

 

バァンッ!

「ストライク!」

 

131km/h。

 

2球目はカーブ。

 

パシッ。

「ストライク!」

 

打者の身体が少し前へ出た。

 

高瀬のサイン。

 

チェンジアップ。

 

ブンッ!

「ストライク! バッターアウト!」

 

三球三振。

 

2番はストレートを打たせてセカンドゴロ。3番もカーブを引っかけてショートゴロ。

 

三者凡退。

 

「今日いいな」

「普通」

「玲みたいなこと言うなよ」

「玲ほどじゃないけど」

「そこは否定しないんだな」

 

ベンチの玲を見る。

 

普通に水を飲んでいた。

 

◇

 

1回裏。

 

三上がセンター前ヒット。

 

佐伯がきっちり送り、ワンアウト2塁。

 

俺の第1打席。

 

初球は外角へ外れてボール。2球目も外寄りだったが、今度は少し甘い。

 

カキィンッ!

 

一、二塁間を抜ける。

 

「回れ!」

 

三上がホームへ。

 

「セーフ!」

 

1対0。

 

タイムリーヒット。

 

一塁上からスタンドを見ると、詩織が拍手していた。

 

ほんの少しだけ、口元が緩んだ。

 

◇

 

試合はそのまま城東のペースで進んだ。

 

3回裏、黒田が左中間へのツーベース。高瀬がセンター前へ返して2対0。

 

4回裏。

 

先頭で俺に第2打席が回ってきた。

 

外角のストレート。

 

カァンッ!

 

右中間。

 

打球が外野の間を抜ける。

 

二塁へ。

 

ザッ!

 

「セーフ!」

 

ツーベース。

 

続く黒田。

 

初球をセンター前へ弾き返す。

 

キィンッ!

 

俺は3塁を蹴った。

 

ホームへ。

 

「セーフ!」

 

3対0。

 

「最近ほんと右に飛ばすよな」

 

ベンチへ戻ると黒田が言った。

 

「外に来るから」

「俺だったら引っ張りたくなるけどな」

「黒田は何でも引っ張りたがるでしょ」

「ホームランは左に飛ばす方が気持ちいい」

「そういう問題?」

「そういう問題だろ」

 

広角打法を覚えてから、右へ打とうと考えること自体が減った。

 

外なら右。内なら左。真ん中なら、一番強く振れる場所へ。

 

打つ方向を決めるんじゃない。

 

来た球に合わせる。

 

その方が自然だった。

 

◇

 

投げては5回まで。

 

5回表も先頭をショートゴロ、次をセンターフライ。最後はチェンジアップで空振り三振。

 

5回3安打無失点。四球0、奪三振5。

 

「今日はここまで」

「はい」

 

監督に言われ、マウンドを降りた。

 

その裏。

 

8番がレフト前ヒット。

 

9番が送りバントを決めて、ワンアウト2塁。

 

三上。

 

カキンッ!

 

左中間へのツーベース。

 

2塁ランナーが帰る。

 

4対0。

 

続く佐伯。

 

「俺も続く!」

 

初球を見送り、2球目。

 

カァンッ!

 

センター前。

 

三上が3塁を回る。

 

「回れ!」

 

ホームへ。

 

「セーフ!」

 

5対0。

 

一塁で佐伯が拳を握った。

 

「二試合連続2安打!」

「声でかいよ」

「成瀬が基準おかしくするから、ちゃんと自分で喜ばないとダメなんだよ」

「俺のせい?」

「半分くらい」

「残り半分は?」

「黒田」

「何で俺!?」

 

ネクストから黒田が叫ぶ。

 

俺の第3打席はセカンドゴロ。

 

その後も追加点はなく、5対0で最終回へ向かう。

 

◇

 

6回から白石。

 

公式戦二度目の登板だった。

 

先頭にヒットを打たれたものの、次をスライダーで三振。その後は四球を一つ出しながらも、後続を打ち取る。

 

「前より落ち着いてるな」

 

ベンチから見ていると高瀬が頷く。

 

玲もマウンドを見ながら言った。

 

「ストライク増えた」

「玲から見ても?」

「うん。でもまだ高い」

「厳しいね」

「打たれるから」

「まあ、それはそうだけど」

 

7回。

 

白石は先頭を四球で歩かせた。

 

次の打者に右中間へのツーベースを許し、ノーアウト2、3塁。

 

高瀬がマウンドへ向かう。

 

少し話してから戻った。

 

次の打者。

 

カンッ!

 

セカンドゴロ。

 

三上が一塁へ送る。その間に3塁ランナーがホームへ。

 

5対1。

 

白石はそこで崩れなかった。

 

続く打者を浅いセンターフライ。

 

最後はショートゴロ。

 

俺は前へ出る。

 

捕る。

 

一塁へ。

 

パァンッ!!

 

ボールがファーストのミットに収まる。

 

「アウト!! ゲームセット!!」

 

5対1。

 

秋季大会、二回戦突破。

 

◇

 

俺は5回3安打無失点。四球0、5奪三振。

 

打っては3打数2安打。二塁打1本、1打点。

 

新チームになってから、少しずつ形が見えてきた。

 

球場を出ると、詩織が待っていた。

 

「お疲れさま」

「ありがとう」

「今日も打ったね」

「2本」

「ホームランは?」

「だから毎回打たないって」

「残念」

「何を期待してるの」

 

詩織が笑う。

 

「でも、今日の最初のヒット好きだった」

「タイムリー?」

「うん。ホームランみたいに派手じゃないけど、なんか綺麗だった」

「右に打ったやつ?」

「そう。私、野球詳しくないから上手く説明できないけど、無理に打ってる感じがしなかった」

 

少し驚いた。

 

広角打法を覚えたことなんて、当然詩織は知らない。

 

それでも、見て分かるものなのか。

 

「ちゃんと見てるんだね」

「失礼だなあ。何回見に来てると思ってるの?」

「数えてない」

「私は結構覚えてるよ。伊織が最初に全国行った時とか、私の方がすごい緊張してたし」

「詩織が?」

「うん。伊織はいつも通りだったけど」

「俺も緊張してたよ」

「ほんと?」

「多分」

「また多分」

 

詩織が笑う。

 

少し歩いてから、俺を見る。

 

「だから、発表会もちゃんと見てよ?」

「その話に戻るんだ」

「大事だから。終わった後に『よかった』だけは禁止ね」

「難易度高くない?」

「私は伊織のヒットが右に飛んだとか分かるようになったんだから、それくらい頑張って」

「……それ言われると弱いな」

「でしょ? ピアノに詳しくなれとは言ってないよ。ちゃんと見て、ちゃんと聴いてくれればいいの」

「それならできると思う」

「思う?」

「できる」

「よろしい」

 

詩織が少し得意そうに笑った。

 

俺は野球なら、相手投手の癖も、打球方向も、配球も見る。

 

詩織のピアノ。

 

何を見ればいいんだろう。

 

その時になれば分かるのかもしれない。

 

少なくとも。

 

「ちゃんと見るよ」

「うん。約束ね」

 

今度は言わされなくても、そう答えた。

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