秋季大会、準々決勝。
相手は北陵シニア。長打を並べるチームではないが、とにかく足を使う。バント、盗塁、エンドラン。一人走者を出すだけで攻撃の形を作ってくる相手だった。
試合前、高瀬がスコアブックを見ながら口を開く。
「今日はランナー出した後が面倒だな。特に上位。塁に出たら何かしてくると思っていい」
「盗塁?」
玲が聞く。
「それもある。でも盗塁だけ警戒してストレート増やしたら、今度はエンドランされる。玲はいつも通り打者を抑えること優先でいい。走られたら俺が刺す」
「分かった」
「そこはもうちょい頼もしそうに返事しろよ」
「高瀬なら刺せるでしょ」
「……そういう言い方されると文句言いづらいな」
キャプテンになってから、高瀬は試合前に話す量が増えた。前から捕手として考えていたんだろう。でも今は、それを自分だけで持たずに全員へ伝えるようになっている。
「佐伯も今日はセンター前、一歩前を意識してくれ。浅い当たりでも二つ狙ってくる」
「了解。前に出すぎて頭越されたら?」
「その時は成瀬が怒る」
「何で俺?」
三上が笑う。
「成瀬は言わない代わりに顔で『今の取れたな』ってやる」
「分かる」
「佐伯まで頷くなよ」
「だってやりそうだし」
最近、扱いが雑になってきている気がする。
◇
1回表。
玲の初球が高瀬のミットへ突き刺さる。
バァンッ!
「ストライク!」
141km/h。
先頭をセカンドゴロに打ち取り、2番は粘られながらも高速落下球で空振り三振。3番にはセンター前へ運ばれ、この試合最初のランナーを許した。
北陵のベンチがすぐに動く。
「走るかもな」
俺が言うと、三上も頷いた。
「だろうね」
玲は気にした様子もなくセットに入る。次の打者への初球でランナーがスタートした。
「走った!」
高瀬が捕る。立ち上がって二塁へ。
バァンッ!
三上のグラブに収まる。
「アウト!」
チェンジ。
ベンチへ戻った玲に高瀬が言う。
「ほら、刺した」
「うん。言った通り」
「もうちょい喜べよ」
「僕、何もしてないし」
「それ言われると俺がすごいみたいじゃん」
「すごかったよ」
「……調子狂うな」
玲相手だと、高瀬も少しだけ面倒くさそうだった。
◇
1回裏。
三上がセカンドゴロに倒れ、ワンアウト。佐伯が外角をセンター前へ運んだ。
キィンッ!
俺の第1打席。
初球、2球目と外へ外れる。3球目は内角をファウル。相手投手は俺とまともに勝負する気が薄いらしく、結局は四球になった。
ワンアウト1、2塁。
黒田が打席へ向かう。
「歩かされたなら俺が返せばいいだけだろ」
初球。
カァァンッ!
左中間を破る。
佐伯がホームへ。俺は3塁まで進む。
1対0。
二塁上の黒田がこっちを見る。
「どうだ!」
「まだ俺帰ってないけど」
「今から帰れ!」
続く高瀬がセンターへ十分な飛距離のフライを上げる。タッチアップ。
ザッ!
ホームへ滑り込む。
「セーフ!」
2対0。
ベンチに戻ると黒田が満足そうに頷いた。
「俺が返した」
「半分だけね」
「俺が3塁まで進めたから高瀬の犠牲フライで帰れたんだろ?」
「それはそう」
「もっと素直に褒めろよ」
「ナイスバッティング」
「遅い!」
6番が倒れてチェンジ。
初回、2点。
悪くない立ち上がりだった。
◇
2回は両チーム無得点。
3回裏、三上がセンター前ヒットで出塁すると、佐伯がきっちり送ってワンアウト2塁。
俺の第2打席。
今度は勝負してきた。
初球は外角のストレートでストライク。2球目、低めの変化球はボール。3球目も外角。
振る。
カキィンッ!
ライト前。
三上が3塁を回る。
「回れ!」
ホームへ。
「セーフ!」
3対0。
外へ来たから、外へ打った。
それだけ。
でも広角打法を覚えてから、その「それだけ」が前より簡単にできるようになっていた。
◇
4回表。
北陵の先頭がライト前ヒットで出塁。次の打者は初球からバントの構えを見せた。
玲が投げる。
コツンッ。
三塁線への送りバント。ワンアウト2塁。
続く打者には外角ストレート、高速落下球で追い込んだ。3球目の内角はわずかに外れ、4球目。
カキンッ!
ライト前。
2塁ランナーが3塁を回る。返球は間に合わない。
3対1。
なおワンアウト1塁。
次の打者が高速落下球をなんとかバットに当てた。
カンッ!
浅いセンター前。
「前!」
佐伯が猛然と走る。
ザザッ!
滑り込みながらグラブを伸ばす。
パシッ!
「アウト!」
飛び出していた一塁ランナーも戻れない。佐伯から三上、そして一塁へ。
パァンッ!
「アウト!」
ダブルプレー。
「佐伯、今のデカい!」
ベンチへ戻った佐伯に高瀬が声をかける。
「前って言われてたからな。最初から一歩浅く守ってた」
「頭越されなくてよかったね」
俺が言う。
「それ試合前の話まだ引っ張る?」
「取ったからいいじゃん。ナイスプレー」
「最初からそう言えよ!」
佐伯は文句を言いながらも、嬉しそうに笑った。
橘さんなら取っていたか。
そんなことを考える必要はない。
今のセンターは佐伯だ。
◇
5回表。
玲は先頭をこの試合初めての四球で歩かせた。北陵は迷わず送りバント。ワンアウト2塁。
高瀬がマウンドへ向かい、俺たちも集まる。
「玲、投げづらい球ある?」
「高速落下球、ちょっと抜ける」
「じゃあ無理に使わない。低め中心でいこう。内野は一点やっても慌てるな。まずアウト一つずつ」
「了解」
黒田が高瀬を見る。
「キャプテンっぽくなったな」
「試合中に言うことか?」
「褒めてんだよ」
「だったら後で言え!」
次の打者はショートゴロ。俺が捕って一塁へ送り、ランナーは3塁へ進む。
ツーアウト3塁。
最後は玲が141km/hのストレートで押し込み、空振り三振。
無失点。
高瀬がベンチへ戻りながら玲に言う。
「高速落下球使わなくてもいけただろ」
「うん。高瀬がそう言ったから」
「お前、たまにすごい信頼の置き方するよな」
「嫌?」
「嫌じゃないけど、急に言われると困る」
玲は何が困るのか分からないという顔をしていた。
◇
5回裏。
9番が倒れてワンアウト。
三上がセンター前へ運び、続く佐伯も右前打。三上は一気に3塁まで進んだ。
ワンアウト1、3塁。
俺の第3打席。
相手内野は併殺狙い。
初球、外角低め。
カンッ!
セカンド正面。
二塁へ。
パァンッ!
一塁へ。
バシッ!
「アウト!」
ダブルプレー。
三上は先にホームを踏んでいたが、俺が一塁でアウト。
第3アウトがフォースプレーだから、得点は認められない。
「くそ」
ベンチへ戻ると黒田が笑った。
「珍しいな。成瀬が打点損した」
「嬉しそうだね」
「お前が悔しがってると安心する」
「何それ」
「人間っぽい」
「俺を何だと思ってるの?」
「野球やってる計算機」
「ひどくない?」
「半分褒めてる」
「半分は?」
「悪口」
「正直だな」
結局、3対1のまま6回へ。
◇
6回表。
ワンアウトから北陵の3番が左中間へツーベース。
続く4番。
玲の141km/hをファウル。高速落下球も見逃して2ストライク。
高瀬のサインはチェンジアップ。
打者の身体が前へ出る。
それでもバットに当てた。
カキンッ!
センター前。
2塁ランナーが3塁を回る。
佐伯が前へ出て捕球。そのままホームへ投げる。
バァンッ!
高瀬が捕った。
「セーフ!」
3対2。
一点差。
北陵のベンチが一気に騒がしくなった。
「いけるぞ!」
「もう一点!」
高瀬がボールを返す。
「玲、ここから抑えるぞ」
「うん」
「……それだけ?」
「高瀬がそう言うならそうする」
「またそれかよ」
次の打者。
バァンッ!
141km/h。
空振り。
もう一球をファウルにさせ、最後は高速落下球。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
ツーアウト。
続く打者はセカンドゴロ。三上が捌いてチェンジ。
追いつかせなかった。
玲は6回5安打2失点、1四球8奪三振。
監督が告げる。
「水城、ここまで」
「はい」
そして7回。
「白石、行け」
「はい! ……俺ですか?」
「お前だ」
「一点差ですよ?」
「見れば分かる」
「いや、その……もっとこう、水城さんとか」
「玲はもう投げた」
監督はそれだけだった。
白石が俺たちを見る。
「これ、結構大事な場面ですよね?」
黒田が肩を叩く。
「大丈夫だ。打たれたら俺たちがもう一回打つ」
「裏の攻撃ない可能性ありますよね?」
「……細かいな」
「そこ大事です!」
高瀬が笑った。
「白石。三者三振なんかいらない。今日ずっと見てただろ? 後ろに俺たちがいる。ストライク投げろ」
「……はい」
「声小さい」
「はい!」
少しだけ白石の顔が戻った。
◇
7回表。
白石の初球。
パァンッ!
「ストライク!」
先頭はショートゴロ。俺が捌いて一塁へ。
パァンッ!
「アウト!」
次の打者はスライダーを打ち上げた。
カンッ!
センターへ。
佐伯が落下地点に入り、
パシッ!
ツーアウト。
最後の打者。
初球、ボール。2球目も外れて2ボール。
白石が一度息を吐く。
3球目。
パァンッ!
「ストライク!」
4球目はファウル。
2ボール2ストライク。
5球目。
スライダー。
カンッ!
三塁へのゴロ。
黒田が前へ出る。
捕る。
一塁へ。
パァンッ!!
ボールがファーストのミットに収まる。
「アウト!! ゲームセット!!」
3対2。
白石がマウンドで大きく息を吐いた。
「終わった……」
「終わったな」
高瀬が笑う。
「マジで怖かったです」
「その割には普通に投げてたぞ」
「中ではずっと無理無理無理って思ってました」
玲が横から言う。
「でも抑えたならいいじゃん」
「水城さんは絶対こういう緊張しないですよね?」
「するよ」
「本当ですか?」
「多分」
「成瀬さんみたいなこと言わないでください!」
「俺を見るなよ」
◇
秋季大会、準決勝進出。
玲は6回5安打2失点、1四球8奪三振。
白石は1回無安打無失点。
俺は2打数1安打、1打点、1四球。
派手な数字じゃない。
でも今日は、それより印象に残ったものが多かった。
盗塁を刺した高瀬。浅い打球を捕った佐伯。一点差の最終回を任された白石。
帰り支度をしていると、高瀬が声をかけてきた。
「成瀬。今日、自分が全部やらなくても勝てただろ?」
「一点差だったけど」
「そういう意味じゃない。玲が投げて、お前が打つ。それだけでも強い。でも、それだけじゃ秋は勝てないってこと」
「キャプテンっぽいこと言うね」
「最近みんなそれ言うけど、俺は前からこれくらい考えてたからな?」
「口に出してなかったじゃん」
「それは……まあ、そうだけど」
高瀬が少しだけ照れくさそうに頭をかく。
「だから今は言うようにしてんの。俺が分かってても、みんなに伝わってなきゃ意味ないだろ」
なるほど。
高瀬はキャプテンとして変わっている。
佐伯も少しずつセンターになっている。
白石も、緊張しながら公式戦でアウトを取れるようになってきた。
ステータスには出ない。
でも、こういうのも成長なんだろう。
次は準決勝。
新しい城東でどこまで行けるのか。
少し楽しみになってきた。