水城玲の球は。
数字以上に速く見える。
前回の勝負から。
その違和感が。
ずっと頭に残っていた。
【対戦相手:水城玲】
【対戦回数:1】
【現在解析可能な情報】
右投げ
球速:40km/h台後半
コントロール:不安定
【球質】
解析不足
「球質、ねえ……」
球速。
コントロール。
スタミナ。
それとは別に。
投げられたボールそのものにも。
違いがある。
前世。
野球をやっていた時にも。
『同じ球速でも速く見える投手』
はいた。
逆に。
数字ほど速く感じない投手もいた。
フォーム。
腕の出どころ。
回転。
球持ち。
色々な理由がある。
でも。
五歳児の球で。
そんなことを考える日が来るとは。
「……面白いな」
システムにも。
まだ解析できない。
なら。
何度も対戦するしかない。
ちょうど。
相手は。
毎週会う。
◇
「伊織君」
翌週。
グラウンドへ着くなり。
玲がやってきた。
「今日も勝負しよう」
「お前もそのつもりだったのか」
「うん」
「今日は打つからな」
「今日は三振」
「前も言ってたな」
「今日は本当にする」
「言ったな?」
俺たちの会話を聞いたコーチが笑う。
「最近、お前らそればっかりだな」
「勝ちたいから」
玲が即答する。
「俺もです」
「仲いいんだか悪いんだか」
仲は。
多分。
いい。
だからこそ。
負けたくない。
◇
その日の練習。
俺は。
少し投手を意識していた。
キャッチボール。
遠投。
投げ込み。
最近。
俺の中では。
『ショートもやりたい』
『ピッチャーもやりたい』
『打つのも上手くなりたい』
全部。
普通に。
成立している。
だって。
能力を育てられる。
だったら。
全部伸ばせばいい。
【キャッチボールを行いました】
【技術が上がった】
【精神が少し上がった】
【投球練習を行いました】
【筋力が少し上がった】
【技術がかなり上がった】
【精神が上がった】
「いいね」
今日は。
すぐには使わない。
最近。
少しだけ。
経験を貯めることも覚えてきた。
その時。
「伊織君」
「ん?」
玲が。
ボールを持って立っている。
「勝負」
「まだ練習中だろ」
「コーチに聞いた」
「早いな」
「いいって」
見ると。
コーチが。
少し離れたところから。
笑いながら手を振っている。
「三打席だけなー!」
「だって」
「分かったよ」
俺も。
バットを取りに行った。
◇
「危ない球は無理して振るなよ」
「はい」
「水城も速い球ばっかり意識するな。ちゃんと相手に投げろよ」
「はい!」
打席へ入る。
玲が。
ボールを握る。
「伊織君」
「何だよ」
「三振」
「まだ言うのか」
「する」
「じゃあ俺はヒット三本」
「だめ」
「なんでお前が決めるんだよ」
「僕が投げるから」
「……」
こいつ。
意外と。
こういうところあるな。
「いいから来い」
「うん」
玲が。
構える。
俺も。
バットを少し立てる。
一球目。
シュッ。
真ん中付近。
今日は。
振らない。
パシッ。
「ストライク!」
「……」
最後まで。
見る。
速い。
でも。
それ以上に。
やっぱり。
何か変だ。
自分の頭の中では。
もう少し。
下へ来ると思っていた。
二球目。
低め。
「ボール!」
三球目。
また。
真ん中。
今度は振る。
カンッ!
「おっ」
ファウル。
前回より。
差し込まれてはいない。
「惜しい」
「そっちがな」
四球目。
玲が投げる。
同じくらいの高さ。
「……っ」
振る。
ブンッ。
空振り。
「やった!」
「くっそ……」
また。
バットの上。
いや。
俺のバットが。
ボールの下を通っている。
「成瀬」
コーチが言う。
「ちょっと下振ってないか?」
「そんなつもりないんですけど」
「ボールの下にバット入ってるぞ」
「……」
俺も。
分かっている。
普通に振っているつもり。
なのに。
結果は。
少し下。
◇
二打席目。
一球目。
ファウル。
二球目。
ボール。
三球目。
ボール。
四球目。
ストライク。
そして。
五球目。
玲が投げる。
俺は。
少しだけ。
狙いを変えた。
いつもの感覚より。
高い場所。
そこへ。
バットを出す。
カンッ!
「おっ!」
今度は。
玲の横を抜ける。
「よし!」
「打たれた……」
「これで一勝一敗」
「まだ最後ある」
「分かってる」
楽しい。
玲の球。
変だ。
でも。
絶対に打てないわけじゃない。
なら。
攻略できる。
そう思った。
◇
三打席目。
一球目。
ボール。
二球目。
ファウル。
三球目。
ストライク。
追い込まれる。
「伊織君」
「何?」
「三振」
「まだ言うか」
「今度こそ」
「打つ」
四球目。
玲が投げる。
少し高め。
俺も。
高めを意識していた。
振る。
カンッ!
高い。
フライ。
「玲!」
「はい!」
玲が。
自分で追いかける。
ぽすっ。
「アウト!」
「やった!」
玲が。
嬉しそうに。
ボールを掲げる。
「二勝一敗」
「……悔しい」
「僕の勝ち」
「次は打つ」
「次も勝つ」
その時。
【水城玲との対戦経験が一定値に達しました】
「来た」
【球質情報を一部解析します】
画面を見る。
【水城 玲】
【ストレート】
球速:40km/h台後半
【球質傾向】
回転量:多い
回転効率:高い
軌道:通常より落下が少ない
「……なるほど」
全部。
詳細までは分からない。
でも。
少し。
見えてきた。
玲の球は。
俺が思っているより。
落ちない。
だから。
普通の感覚で振ると。
バットが。
その下を通る。
「伊織君?」
「ん?」
「難しい顔してる」
「玲」
「なに?」
「ボールってどう握ってる?」
「普通」
「見せて」
「いいよ」
玲が。
ボールを握る。
特別。
変な握りじゃない。
「投げる時、何か意識してる?」
「いしき?」
「こう投げようとか」
玲は。
少し考える。
「伊織君に打たれないように」
「それ以外」
「速くする」
「それ以外」
「……ない」
「だよな」
本人。
何も分かっていない。
多分。
無意識。
身体が。
勝手に。
自分に合う投げ方へ。
近づいている。
「玲」
「なに?」
「お前、やっぱ変だわ」
「え?」
「褒めてる」
「ほんと?」
「多分」
「多分?」
玲が。
不満そうな顔をする。
でも。
俺は。
少しだけ。
怖くなっていた。
俺には。
システムがある。
経験を貯められる。
能力を選んで。
伸ばせる。
玲には。
そんなものはない。
それなのに。
こいつは。
普通に練習して。
俺の横まで。
来ている。
◇
その日の最後。
玲が。
別の子を相手に。
何球か投げた。
一球目。
空振り。
二球目。
ファウル。
三球目。
空振り。
「水城の球、なんか速く見えるな」
コーチが。
そんなことを言った。
やっぱり。
俺だけじゃない。
そして。
システムに。
新しい文字が出た。
【水城玲の投球傾向を更新しました】
【特殊能力候補を確認】
ノビ
「候補……?」
まだ。
確定ではない。
実戦経験。
空振り。
打者の反応。
そういうものを。
もっと積み重ねれば。
特殊能力として。
玲に定着するのかもしれない。
「……マジか」
俺は。
経験を使って。
能力を伸ばしている。
でも。
特殊能力は。
実戦で。
結果を出さなければ。
身につかない。
玲は。
何も知らずに。
その条件を。
勝手に満たし始めている。
◇
帰り道。
「伊織君」
「ん?」
「今日、楽しかった」
「俺は負けたけどな」
「僕は楽しかった」
「そりゃ勝ったからだろ」
「違うよ」
玲が。
首を振る。
「伊織君が打つから」
「何それ」
「他の子より、伊織君に投げる方が楽しい」
「なんで?」
「いっぱい考えてくれるから」
「何を?」
「僕の球、どうしたら打てるか」
「……」
「みんな、速いって言うだけ」
玲が。
前を向く。
「伊織君は違う」
「そりゃ」
俺だって。
負けたくない。
「打ちたいからな」
「だから楽しい」
「……そっか」
「次も勝負しようね」
「言われなくても」
玲が。
笑う。
俺も。
少し笑った。
球速。
コントロール。
スタミナ。
ミート。
パワー。
それだけじゃない。
特殊能力。
球質。
まだ。
知らないものがある。
そして。
玲も。
まだ。
完成なんてしていない。
「次は打つ」
「次も勝つ」
「三振は?」
「取る」
「欲張りだな」
「伊織君も」
「……」
確かに。
俺は。
ショートも。
ピッチャーも。
四番も。
全部欲しい。
玲に。
人のことは言えない。
でも。
だからこそ。
今は。
それでよかった。
何でもできると思えるくらい。
俺たちは。
まだ。
子供だった。