季節は。
思っていたより早く進んだ。
春に始めた野球は。
夏を越え。
秋を越え。
冬を越え。
気づけば。
俺たちは六歳になっていた。
そして。
幼稚園を卒園する日も。
もうすぐそこまで来ている。
◇
「……結構育ったな」
夜。
布団の中で。
能力画面を開く。
【成瀬 伊織】
年齢:6歳
【野球能力】
《競技カテゴリ:幼児》
弾道 2
ミート B74
パワー C64
走力 B71
肩力 B75
守備力 B78
捕球 B72
【投手能力】
球速 55km/h
コントロール A80
スタミナ C66
【特殊能力】
送球○
「A……」
コントロール。
ついに。
A。
ミート。
走力。
肩。
守備。
捕球。
そこも。
Bまで来た。
パワーだけは。
まだC。
身体そのものが小さい以上。
これは仕方ないのかもしれない。
最初。
ミート G10。
パワー G8。
守備力 G12。
捕球 G11。
そんな状態だった。
それが。
一年もしないうちに。
ここまで来た。
「……やっぱり、このシステムやばいな」
改めて思う。
でも。
同時に。
少しだけ。
悔しい。
「オールAは無理だったか」
最初の頃。
経験の使い方なんて。
ほとんど考えていなかった。
打てなかったから。
ミート。
玲に球速で負けたから。
球速。
エラーしたから。
守備。
走るのが遅いと思ったら。
走力。
完全に。
その場の感情。
今なら。
もっと効率よくできる。
どの練習で。
何の経験が貯まりやすいか。
どの能力が。
他の能力と連動するのか。
どのタイミングで。
経験を使うのがいいのか。
少しずつ。
分かってきた。
「最初から分かってたら……」
もっと。
上まで行けたかもしれない。
そんなことを考える。
ただ。
まだ。
終わりじゃない。
小学校。
中学校。
高校。
その先だってある。
「次はもっと上手く育てればいい」
人生は。
まだ始まったばかり。
この時の俺は。
その言葉を。
文字通りの意味でしか。
考えていなかった。
◇
「伊織君!」
「ん?」
キッズクラス最後の練習日。
玲が。
スピードガンを持ったコーチの近くで。
手を振っている。
「今日も測るって!」
「嬉しそうだな」
「伊織君は?」
「まあ」
気にならない。
と言えば。
嘘になる。
今の俺。
【球速 55km/h】
肩力を上げ。
投球練習も続け。
ここまで来た。
「今日は五十六」
「僕は六十」
「いきなり六十かよ」
「出す」
「簡単に言うな」
「出したい」
「それなら分かる」
子供たちが。
順番に投げる。
そして。
「成瀬!」
「はい!」
俺の番。
一球目。
五十三。
二球目。
五十四。
三球目。
足。
腰。
肩。
腕。
流れを意識する。
投げる。
シュッ。
パシッ!
「五十五!」
「よし」
表示通り。
悪くない。
「次、水城!」
「はい!」
玲が。
前へ出る。
「伊織君」
「なんだよ」
「六十」
「出してから言え」
「出す」
一球目。
五十六。
二球目。
五十八。
「……」
俺。
すでに負けてる。
そして。
三球目。
玲が。
一度だけ。
深く息を吸う。
助走も。
大きなフォームも。
何もない。
ただ。
いつも通り。
投げる。
シュッ。
パシッ!
「おっ!」
コーチが。
スピードガンを見る。
「六十!」
「やった!」
「……マジかよ」
玲が。
飛び跳ねる。
「伊織君!」
「聞こえてる」
「六十!」
「聞こえてるって」
「勝った」
「五キロ差な」
「うん」
「そこは嬉しそうに頷くな」
六歳。
球速六十キロ。
もちろん。
もっと速い子供だって。
世の中にはいるだろう。
でも。
少なくとも。
俺たちのチームでは。
明らかに速い。
しかも。
玲の異常さは。
そこじゃない。
◇
「もう少し投げていい?」
「五球だけな」
「はい!」
コーチに許可をもらい。
玲が。
打者相手に投げる。
一球目。
ストライク。
打者。
空振り。
二球目。
ボール。
三球目。
ファウル。
四球目。
空振り。
「また下振ってるな……」
俺は。
少し離れたところから見る。
以前。
俺も。
同じだった。
普通に振ったつもりなのに。
玲のストレートの下を。
バットが通る。
システムを開く。
【水城 玲】
【ストレート】
球速:60km/h
【球質傾向】
回転量:非常に多い
回転効率:非常に高い
軌道:通常より落下が少ない
【特殊能力解析】
ノビ B相当
「……B」
前に見た時より。
上がっている。
俺には。
システムがある。
経験を使って。
能力を育てている。
玲は。
何も知らない。
でも。
ただ。
俺を抑えたい。
速い球を投げたい。
それだけで。
勝手に。
こんなところまで来ている。
「ほんと意味分かんねえな」
「何が?」
いつの間にか。
玲が隣にいた。
「お前」
「僕?」
「なんでそんな球投げられるんだよ」
「練習してるから」
「俺もしてる」
「じゃあ伊織君も速くなるよ」
「そういう話じゃ……」
言いかけて。
やめる。
玲に。
才能がどうとか。
説明しても。
多分。
分からない。
本人は。
ただ。
野球が好きで。
俺に勝ちたくて。
毎日投げているだけだ。
「伊織君」
「ん?」
「小学校でもピッチャーやる?」
「やる」
即答した。
「じゃあ勝負だね」
「何が?」
「どっちがエースになるか」
「……」
言われて。
少し。
胸が熱くなる。
「いいじゃん」
「僕が勝つ」
「俺だよ」
「僕」
「俺」
玲が。
笑う。
俺も。
笑った。
まだ。
俺は。
マウンドを譲るつもりなんて。
全くなかった。
◇
数日後。
卒園式。
「成瀬伊織くん」
「はい!」
名前を呼ばれ。
前へ出る。
卒園証書を受け取る。
父さん。
母さん。
詩織の家族。
玲の家族。
みんな。
いる。
前世。
俺は。
家族と。
仲が悪かったわけじゃない。
でも。
仕事。
疲れ。
面倒。
色々な理由をつけて。
会う回数は。
どんどん減った。
友達も。
同じ。
『また今度』
そう言って。
結局。
二度と会わなかった奴もいる。
「……」
「伊織?」
母さんが。
俺を見る。
「泣いてる?」
「泣いてない」
「泣いてるじゃない」
「目にゴミ」
「体育館なのに?」
「あるんだよ」
中身。
四十歳を超えている男が。
卒園式で泣いている。
我ながら。
どうなんだ。
とは思う。
でも。
悪くない。
◇
「伊織君」
式が終わったあと。
詩織から。
一枚の紙を渡された。
「これ」
「何?」
「卒園のメッセージ」
開く。
『しょうがっこうでもいっしょにあそぼうね しおり』
「……」
「なんで黙るの?」
「いや」
普通の。
子供のメッセージ。
でも。
妙に。
胸に残る。
「遊ぶよ」
「ほんと?」
「同じ学校だろ」
「そうだけど」
「なら遊ぶ」
詩織が。
笑う。
【藤崎詩織の好感度が少し上がった】
表示が出る。
でも。
今日は。
あまり。
気にならなかった。
◇
「三人並んでー!」
母さんが。
カメラを構える。
「伊織! 詩織ちゃん! 玲君!」
真ん中。
俺。
右。
詩織。
左。
玲。
「もっと近づいて!」
玲が。
俺へ。
ぴったりくっつく。
「近い」
「お母さんが言った」
「限度あるだろ」
反対側。
詩織も。
俺の袖を掴む。
「詩織も近くない?」
「写真だから」
「はいはい」
「撮るよー!」
三人で。
前を見る。
カシャッ。
【人生イベントを記録しました】
【幼稚園卒園】
【重要人物】
藤崎詩織
水城玲
「……」
重要人物。
二人。
前世。
三十八年。
生きた。
その人生で。
俺にとって。
本当に。
大事だった人は。
何人いた?
逆に。
俺は。
誰かにとって。
大事な人間だった?
少しだけ。
考える。
でも。
答えは。
出なかった。
◇
家へ帰り。
制服を脱ぐ。
机の上に。
卒園証書を置いた。
その瞬間。
【ライフステージの移行を確認しました】
「……来た」
【現在の競技カテゴリ】
幼児
【次回競技カテゴリ】
少年
【小学校入学時、競技能力を新基準で再評価します】
「ついにか」
カテゴリ変更。
ずっと。
気になっていた。
幼児カテゴリでは。
俺は。
かなり上まで来た。
B。
A。
そんな数字が。
並ぶようになった。
でも。
小学校へ入れば。
比較対象が変わる。
一年生から。
六年生。
身体も。
経験も。
全然違う。
「どれくらい落ちるんだろ」
怖い。
でも。
同じくらい。
楽しみだ。
画面に。
最後の表示。
【再評価は小学校入学時に実行されます】
「……今じゃないのかよ」
思わず。
声に出た。
あと少し。
俺は。
幼児カテゴリ最後の能力を。
眺める。
ミート B74。
肩力 B75。
守備力 B78。
コントロール A80。
「覚えとこう」
多分。
次に見る時。
この数字は。
大きく変わっている。
でも。
俺自身が。
弱くなるわけじゃない。
ただ。
次の世界へ。
進むだけ。
「少年カテゴリか」
六歳から。
十二歳。
六年間。
今度は。
どこまで。
育てられる?
俺は。
まだ知らない。
この六年間が。
野球選手として。
そして。
一人の人間として。
最初の大きな分岐点になることを。