夕食を食べている間も、俺の頭の中はそれどころではなかった。
「伊織、ピーマン残さないの」
「……うん」
「聞いてる?」
「きいてるー」
母さんへ返事をしながら、視界の端へ意識を向ける。
見たい。
そう思っただけで、半透明の画面が現れた。
【成瀬 伊織】
年齢:5歳
【人生能力】
学力 52
運動 21
容姿 46
芸術 18
社交 31
精神 63
出た。
どうやら、いつでも好きな時に呼び出せるらしい。
しかも他人には見えていない。
さっき父さんの目の前でも何度か確認したが、特に反応はなかった。
「……すげえな」
「伊織?」
「ピーマンおいしい」
「今日はどうしたの?」
危ない。
五歳児として振る舞うのも意外と大変だ。
◇
夕食と風呂を終え、自分の布団へ潜り込む。
両親からすれば、もう寝る時間。
前世の俺からすれば、ここからが本番だった。
「さて……」
まずは野球能力を確認する。
【野球能力】
《競技カテゴリ:幼児》
弾道 1
ミート G 10
パワー G 8
走力 F 24
肩力 F 20
守備力 G 12
捕球 G 11
【投手能力】
球速 36km/h
コントロール G 12
スタミナ F 20
【特殊能力】
なし
どう見ても、前世で散々遊んだ野球ゲームに近い。
そして昨日のキャッチボールで得た経験も残っている。
【蓄積経験】
筋力 少し
敏捷 わずか
技術 かなり
精神 少し
「これを好きな能力に使えるんだよな……」
試しにミートへ意識を向ける。
【ミート G 10】
【成長可能】
「おお」
昨日やったのはキャッチボールだ。
それなのに、ミートも成長可能になっている。
ということは。
練習によって筋力や技術などの経験を得て、その経験を何に使うかは俺が決められる。
まさしく、ゲームの育成システムだ。
「じゃあミートを……いや、待て」
まだバットすら振っていない。
いきなりミートだけ上げても、この身体がどんな感覚になるのか分からない。
それより。
昨日一番困ったのは、まともに父さんへボールを返せなかったことだ。
なら。
「コントロールだな」
【コントロール G 12】
【蓄積した経験を使用しますか?】
はい。
【コントロールが上がった】
【G 12 → F 20】
「……一気に?」
思わず身体を起こした。
G12からF20。
かなり上がった。
だが、自分の腕を見ても何かが劇的に変化したようには思えない。
「どういうことだ?」
能力表示の上にある《競技カテゴリ:幼児》へ意識を向ける。
【競技カテゴリ】
野球能力は、現在の年齢・競技環境を基準として評価されます。
能力ランクは同一カテゴリ内での相対評価です。
カテゴリが移行した場合、新しい基準に基づいて能力が再評価されます。
「……なるほど」
つまり。
今のコントロールF20は、プロ野球選手のF20とはまったく違う。
五歳児として見れば、ある程度相手の近くへ投げられる。
その程度のFだ。
仮に今後パワーAまで上げても、五歳児がプロ野球選手みたいに百メートル飛ばすわけじゃない。
『五歳児としては、とんでもなく飛ばす』
そういう評価なのだろう。
さらに説明を見る。
【現在カテゴリ:幼児】
【次回カテゴリ:少年】
「上に行くたびに再評価されるのか」
小学生になれば小学生の基準。
中学生なら中学生。
高校生。
プロ。
さらにその先。
今どれだけ能力を高くしても、次の世界へ進めば基準そのものが上がる。
「……いいじゃん」
思わず笑った。
その方が面白い。
五歳でオールSになって、そのまま一生無双。
そんな育成ゲーム、一時間で飽きる。
上へ行くたびに壁がある。
そのたびにまた育てられる。
俺は、こういうのが好きなんだ。
◇
次に人生能力を見る。
【人生能力】
学力 52
運動 21
容姿 46
芸術 18
社交 31
精神 63
こちらには《幼児》という表記がない。
詳細を開く。
【人生能力】
知識、経験、性質、習慣などを総合的に数値化したものです。
年齢カテゴリによる再評価はありません。
ただし年齢・肉体・社会的立場により、能力を発揮できる範囲は異なります。
「こっちはそのままか」
学力52。
精神63。
五歳児として考えれば明らかに高い。
だが俺には三十八年間生きた記憶がある。
その分が反映されているのだろう。
一方で運動21。
いくら高校まで野球をやっていた記憶があっても、今の身体は五歳。
だから低い。
芸術18。
「……これは前世からだな」
美術は昔から苦手だった。
音楽も特別得意ではない。
妙に納得できる。
人生能力の上げ方を確認する。
【学力】
学習・読書・授業・知識に関する経験などによって成長します。
【運動】
身体を動かす行動・運動習慣・競技経験などによって成長します。
【社交】
他者との交流・集団行動・人間関係に関する経験などによって成長します。
「こっちは経験を振るんじゃないのか」
野球能力とは違う。
人生能力は、実際の生活そのものによって自然に成長するらしい。
ゲームで言えば、コマンドを選んだ結果としてパラメータが上がっていくタイプ。
「じゃあ……人間関係は?」
そう考えた瞬間。
【人物情報機能は現在ロックされています】
【解放条件を満たしていません】
「あるんかい」
思わず突っ込んだ。
好感度。
イベント。
恋愛。
その辺まで本当に存在するらしい。
胸が高鳴った。
野球だけじゃない。
勉強も。
人付き合いも。
恋愛も。
全部育てられる。
「これなら……」
前世ではできなかったことを。
全部。
今度は取りにいけるんじゃないか。
俺には三十八年分の知識がある。
育成ゲームの知識もある。
そして、このシステム。
「人生攻略……か」
悪くない。
今度こそ。
最高の人生にしてやる。
そう思いながら、俺は眠りについた。
◇
翌朝。
「伊織ー。起きなさーい」
「……ねむい」
中身が三十八歳でも、五歳児の身体はよく眠る。
朝食を食べ、顔を洗い、幼稚園へ行く準備をする。
「伊織、早くしないと詩織ちゃん待たせちゃうわよ」
「……ん?」
歯ブラシを咥えたまま止まった。
「誰?」
「誰って、詩織ちゃんよ。いつも一緒に幼稚園行ってるでしょう?」
「……しおり?」
「寝ぼけてるの?」
母さんが笑う。
いや。
待て。
詩織。
幼馴染。
同い年。
ものすごく覚えのある組み合わせだ。
玄関のチャイムが鳴った。
「おはようございます」
女の子の声。
「ほら、来たわよ」
恐る恐る玄関へ向かう。
そこには、同い年くらいの少女が立っていた。
整った顔立ち。
年齢の割にしっかりした雰囲気。
俺を見ると、当たり前のように微笑む。
「おはよう、伊織君」
「…………」
「どうしたの?」
「……名前、なんだっけ?」
一瞬。
少女の顔が固まった。
「……伊織君、ひどい」
「あ、いや」
「昨日も一緒に遊んだのに」
母さんが呆れたように言った。
「何言ってるの。藤崎詩織ちゃんでしょう?」
俺は固まった。
「……藤崎」
「うん」
「詩織?」
「そうだけど?」
藤崎詩織。
前世で知っている育成型恋愛ゲーム。
その中でも、何でもできる男を求める最難関クラスの幼馴染。
そして今。
俺の人生能力には。
学力。
運動。
容姿。
芸術。
社交。
あまりにも見覚えのある項目が並んでいる。
「……マジか」
「また変なこと言ってる」
その瞬間。
【条件を達成しました】
【重要人物との交流を確認】
【人物情報機能を解放します】
「……え?」
少女の横へ、新しい表示が現れた。
【藤崎 詩織】
関係:幼馴染
好感度:???
恋愛条件:未解放
「…………」
二度目の人生。
どうやら。
野球だけを育てればいいゲームではないらしい。