二年生になった。七歳。小学校生活も、リトルリーグも二年目に入った。
去年は硬式球に慣れ、公式戦に出て、初ヒットを打った。試合で投手としても投げたし、送球○に続いてアベレージヒッターも取得した。改めて能力画面を開く。
【成瀬 伊織】
年齢:7歳
【競技カテゴリ:少年】
弾道 2
ミート C66
パワー D56
走力 C62
肩力 C64
守備力 C66
捕球 C61
【投手能力】
球速 65km/h
コントロール B70
スタミナ C60
【特殊能力】
送球○
アベレージヒッター
「……問題はこれだな」
パワー、D56。他の能力と比べると少し低い。
これまでの俺は、とにかくヒットを打つことを優先してきた。芯で捉える。打てる球を打つ。無理に飛ばそうとしない。その結果、一年生の公式戦では四割を超え、アベレージヒッターも取得できた。
なら、次は。
「ホームラン、打ちたいな」
めちゃくちゃ打ちたい。だって俺は、まだ本気でエースで四番を目指しているのだ。
◇
それからは素振りを増やした。ただバットを振るだけじゃない。下半身を使い、腰を回し、身体全体の力をバットへ伝える。前世で知っている知識も使いながら、今の身体でできる形を探していく。
【筋力がかなり上がった】
【技術が上がった】
ただ、以前のように能力値がすぐ上がることはなかった。
【パワー D56】
「……変わらないな」
何日練習してもD56。さらに続けて、ようやく表示が出た。
【パワーが上がりました】
【D56 → D57】
「一か……」
幼児期なら、もっと簡単に数字が動いた。でも今は違う。能力が高くなるほど、次の一段が遠くなる。
たった一。だけど、その一を上げるために必要な練習量は以前とは比べものにならない。
「まあ、そりゃそうか」
ゲームだって高能力になるほど必要な経験は増える。だったら積み重ねるしかない。
◇
「伊織君、最近いっぱい振ってるね」
「ホームラン打ちたいからな」
「僕も打ちたい」
「お前はまず投げる方だろ」
「打つのも好き」
「知ってるけど」
放課後の公園。玲も俺の隣でバットを振る。
ブンッ。
「……普通に速いな」
「なに?」
「いや、なんでもない」
投手として明らかに才能があるくせに、打撃も別に下手ではない。本当に面倒な奴だ。
「玲ってさ、ピッチャーだけやる気ないの?」
「ないよ」
「即答か」
「伊織君も両方やってる」
「……まあ、そうなんだけど」
人のことは言えない。俺も打つ。守る。走る。投げる。全部やるつもりなのだから。
◇
二年生になって最初の大会。監督が打順を読み上げる。
「四番、ショート。成瀬」
「はい!」
一瞬、返事が大きくなる。
四番。去年は二番や三番が多かった。それが今年から、ついに四番。
「伊織君、四番」
「聞こえてた」
「ホームラン打つ?」
「打ちたい」
「僕も」
「お前六番だろ」
「六番でも打てるよ」
「そういう意味じゃない」
そして今日の先発は玲。最近、投手としての登板は少しずつ玲の方が増えていた。俺も投げる。でも、打者から空振りを取れるのは明らかに玲の方が多い。
だから先発は玲。ショートは俺。
そんな試合が増え始めている。
◇
一回、二死一塁。俺の第一打席。
「お願いします!」
相手投手は三年生。一つ上なだけだが、身体は俺より大きい。
一球目は外。ボール。二球目は真ん中。
「……!」
振る。
カキン!
ファウル。
「強いな」
同学年より球に力がある。三球目は低めを見送ってボール。四球目は高めのストライク。二ボール、二ストライク。
五球目をファウル。六球目もファウル。
「成瀬、粘れ!」
ベンチから声が飛ぶ。
七球目は低い。
「ボール!」
フルカウント。
これまでの俺なら、とにかく当てることを優先したと思う。でも最近はずっと、強く振る練習をしてきた。
甘い球が来たなら、逃さない。
八球目。投手が投げる。
真ん中、少し高め。
「来た!」
踏み込む。腰を回す。腕だけじゃなく、身体全部でバットを振り抜く。
カキィン!
「……!」
音が違った。
打球が高く上がる。レフトが下がる。さらに下がる。
「いけ……!」
打球は、そのままフェンスの向こうへ消えた。
「……え?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
「ホームラン!」
「……!」
ホームラン。俺が、打った。
「うおおおお!」
ベンチから声が上がる。俺は一塁、二塁、三塁と回る。
前世では公式戦でホームランなんて一度も打ったことがなかった。高校まで野球を続けた。それでも、試合でフェンスの向こうへ運んだことなんて一度もない。
ホームベースを踏む。
「ナイスバッティング!」
「ありがとうございます!」
嬉しい。普通に、めちゃくちゃ嬉しい。
【公式戦で本塁打を記録しました】
【初本塁打を記録しました】
【筋力がかなり上がった】
【技術がかなり上がった】
【精神が上がった】
さらに表示が続く。
【長打能力に関する特殊能力取得条件が進行しました】
【特殊能力候補】
パワーヒッター
「……来た」
候補。まだ取得ではない。
一本ホームランを打っただけで、ホームランバッターになれるわけじゃない。当然だ。
「だったら、もっと打てばいい」
◇
三回、二打席目。
一球目。甘い。
「ホームラン!」
そう思った瞬間、身体に力が入った。
ブンッ!
「ストライク!」
「……」
二球目も強く振ってファウル。三球目は外。普段なら見送る。
でも。
「っ!」
手が出た。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「……」
三振。ベンチへ戻ると、監督が俺を見る。
「今、何狙ってた?」
「ホームランです」
「だろうな」
「……はい」
監督が俺のヘルメットを軽く叩く。
「一発打ったからって、全部ホームランにしなくていい。お前のいいところは何だ?」
「……芯で捉えられるところです」
「そうだろ。強く振るのはいい。でも、ホームランだけが正解じゃない」
「はい」
耳が痛い。でも、その通りだった。
◇
五回、三打席目。一死二塁。
【得点圏に走者がいます】
【特殊能力進行:チャンス】
ホームラン。パワーヒッター。一瞬、頭に浮かぶ。
でも、今必要なのは走者を返すことだ。
一球目は外。ボール。二球目、真ん中低め。
「……!」
振る。
今度は飛ばそうとしない。いつものタイミング。いつものミートポイント。
カキン!
「抜けた!」
右中間。二塁走者がホームへ走る。
「回れ!」
俺も一塁を回り、二塁へ。
「セーフ!」
タイムリーツーベース。
「よし!」
【得点圏で長打を記録しました】
【打点を記録しました】
【特殊能力《チャンス》の取得条件が進行しました】
ホームランじゃない。でも、こっちも気持ちいい。
◇
試合は五対二で勝利。俺は三打数二安打、一本塁打、三打点。玲は四回一失点、六奪三振。
「六個?」
「うん」
「多くない?」
「もっと取りたかった」
「またそれか」
玲が俺を見る。
「伊織君、ホームラン」
「打ったな」
「すごかった」
「だろ?」
「僕も打ちたい」
「お前は投げる方で十分目立ってるだろ」
「両方やる」
「……」
本当に、俺たちは似たようなことを考えている。
◇
詩織も今日は応援に来ていた。
「伊織君、ホームランおめでとう」
「ありがと」
「すごかった」
「また打つよ」
「ほんと?」
「……多分」
「さっきより弱くなった」
「ホームランってそんな簡単じゃないんだよ」
詩織が笑う。
【藤崎詩織の好感度が少し上がりました】
「……」
野球で活躍する。詩織も喜ぶ。
だったら、もっと強くなればいい。
この頃の俺は、まだそんなふうに単純に考えていた。
◇
夜。
【本日の公式戦】
3打数2安打
1本塁打
3打点
【特殊能力候補】
パワーヒッター
【取得条件進行中】
「一本じゃ駄目か」
なら、二本。三本。もっと打つ。
能力画面を見る。
【パワー D57】
今日まで貯めてきた筋力経験もある。
「使うか」
【蓄積した経験を使用します】
【パワーが上がりました】
【D57 → D58】
「……一つ」
かなり経験を使った。それでも一つ。Cまでは、まだ遠い。
でも、それでいい。
高くなるほど簡単には育たない。その代わり、今日初めてホームランを打った。数字が一つ上がる以上のものを、俺は確かに手に入れた。
そしてもう一つ。
ホームランを打つことと、ホームランだけを狙うことは同じじゃない。
能力を取ることと、試合で勝つことも、多分いつも同じじゃない。
俺は少しずつ。
野球そのものを、覚え始めていた。