転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第22話

 二年生の夏。俺の頭の中には、ずっと一つの文字が残っていた。

【特殊能力候補】

パワーヒッター

「……欲しい」

 ものすごく欲しい。送球○、アベレージヒッター。そこへパワーヒッターまで加わる。

 育成ゲームをやっていた人間なら分かると思う。特殊能力が一つずつ増えていくあの感覚は、かなり気持ちいい。しかも今はポイントを払って取るんじゃない。自分で条件を満たして、その結果として取得する。

「絶対欲しいな……」

 

 

 初ホームランを打ってから、俺は明らかに長打を意識するようになった。素振り、ティーバッティング、フリーバッティング。下半身を使って、最後まで振り切る。

【筋力がかなり上がった】

【技術が上がった】

 ただし、能力値はそう簡単には動かない。

【パワー D58】

「あと二でCなんだけどな」

 数字だけ見れば近い。でも、その二が遠い。幼児期なら、少し経験を使えば能力値はもっと簡単に動いた。今は違う。

 それでも練習する。ホームランを打ちたいから。

 

 

「伊織君、今日遊べる?」

「今日?」

「うん」

「ごめん。素振りしたい」

「また?」

 詩織が少しだけ口を尖らせる。

「今度大会あるから」

「前も大会あったよ」

「今度は夏の大会」

「その前は春だった」

「……まあ、そうなんだけど」

 野球をやっていれば、大会なんていくらでもある。

「じゃあ明日は?」

「チーム練習」

「明後日」

「玲とバッティングする」

「……」

 詩織が黙った。

「どうした?」

「別に。ただ、伊織君って最近ずっと野球だなって」

「大会終わったら遊ぼう」

「ほんと?」

「うん」

「じゃあ約束ね」

「約束」

 詩織が笑う。

「何する?」

「まだ決めてない」

「じゃあ私が決めてもいい?」

「いいよ」

「忘れないでね」

「忘れないって」

【藤崎詩織の好感度が少し上がりました】

 野球もやる。詩織とも遊ぶ。両方やればいい。

 この時の俺には、それが難しいことだとは思えなかった。

 

 

 夏の大会初戦。

「四番、ショート。成瀬」

「はい!」

「先発、水城」

「はい!」

 最近では、この並びも珍しくなくなった。

「伊織君、今日ホームラン何本?」

「三本」

「三本?」

「目標」

「じゃあ僕、三振十個」

「四回か五回しか投げないのに?」

「全部三振ならいける」

「計算するところそこじゃないだろ」

 玲は本気だ。俺も本気だけど。

 

 

 一回。一死一塁。第一打席。

「……ホームラン」

 無意識に、そう考えていた。

 一球目は外。二球目も低め。ツーボール。三球目は真ん中寄り。

「来た!」

 思い切り振る。

 ブンッ!

「ストライク!」

 下。力みすぎた。

 四球目。また甘い。

「今度こそ!」

 強振。

 カンッ!

 高く上がる。でも伸びない。センターが数歩下がって捕る。

「アウト!」

 ベンチへ戻ると、監督がこっちを見ていた。

「成瀬」

「はい」

「ホームラン?」

「……はい」

「分かりやすいなあ」

 監督が苦笑する。

「ツーボールから、なんで自分から苦しくなる打ち方するんだ」

「すみません」

「ホームラン狙うなとは言わない。でも、お前はホームラン打った時も、そんな力んでなかっただろ」

「……はい」

 その通りだった。初ホームランの時は、甘い球をしっかり振っただけだ。今みたいに最初からフェンスだけを見ていたわけじゃない。

 

 

 三回。第二打席。

 今度こそ普通に打つ。そう思って打席へ入った。

 一球目、ストライク。二球目、ボール。三球目、少し高め。

 打てる球。

 でも頭の奥で、パワーヒッターという文字が浮かぶ。もっとホームランを打てば、取得条件が進む。

「っ!」

 振る。

 ブンッ!

「ストライク!」

 ツーストライク。

 四球目は外。見送る。

 五球目。低め。普段なら手を出さない。

 でも、ホームランを打ちたいという気持ちが焦りに変わる。

 カンッ。

「サード!」

 ボテボテのゴロ。

「アウト!」

 二打席ノーヒット。

 去年の俺なら、こんな打席はほとんどなかった。打率四割を超えたのは、ちゃんと球を見ていたからだ。アベレージヒッターまで持っている。

 なのに今は、自分からその長所を消している。

 

 

「伊織君」

 守備へ向かう途中、玲が寄ってきた。

「何?」

「今日打たないね」

「分かってる」

「ホームラン狙ってるから?」

「……監督の話聞いてた?」

「うん」

 玲が首を傾げる。

「普通に打てば?」

「それができたら苦労しない」

「なんで?」

「ホームラン打ちたいから」

「でもヒットでも点入るよ」

「……」

 正しい。腹立つくらい正しい。

「玲だって三振狙ってるだろ」

「うん」

「同じじゃん」

「でもストライク入らなくなったら、普通に投げるよ」

「……」

 言葉に詰まる。

 玲は三振が好きだ。空振りを取ると露骨に喜ぶ。でも試合では、それだけに固執しなくなっている。

「いつの間に覚えたんだよ」

「監督に言われた」

「俺も言われてるんだよなあ……」

「じゃあ同じ」

「できてないから困ってるんだよ」

 玲が笑った。

 七歳に諭される三十八歳経験者。情けない。

 

 

 五回。二対二。一死二塁。第三打席。

【得点圏に走者がいます】

【特殊能力進行:チャンス】

 パワーヒッター。ホームラン。

 一瞬、頭に浮かぶ。

 でも今必要なのは、一点。

「……普通に打つ」

 一球目は外。ボール。二球目、真ん中低め。

「そこ」

 いつものスイング。力を入れすぎない。芯で捉える。

 カキン!

「抜けた!」

 右中間。二塁走者がホームへ。

「回れ!」

 俺も一塁を回り、二塁へ。

「セーフ!」

 三対二。勝ち越し。

【得点圏で長打を記録しました】

【打点を記録しました】

【特殊能力《チャンス》の取得条件が進行しました】

 ホームランじゃない。それでも、今日一番気持ちのいい打席だった。

 

 

 試合は四対二で勝利。俺は三打数一安打、一打点。玲は四回一失点、六奪三振。

「六個か」

「うん」

「十個いかなかったな」

「もっと取りたかった」

「まだ言ってる」

「伊織君もホームラン打ってない」

「……お互い目標未達だな」

「でも勝った」

「そうだな」

 玲が笑う。

「最後のヒットよかった」

「ホームランじゃないけどな」

「でも点入ったよ」

「……そうだな」

 結局、試合ならそれが一番大事だ。

 

 

 夏の大会を勝ち進んだ。

 二回戦は四打数三安打。三回戦は三打数二安打。準決勝は四打数二安打。

 ホームランは一本だけ。でも打点は増えた。

【特殊能力《チャンス》の取得条件が大きく進行しました】

 一方、玲は登板するたびに空振りを取り、三振を積み重ねる。

【水城玲の解析情報】

【特殊能力候補】

ノビ

奪三振

【取得条件進行中】

 これは玲にシステムが能力を与えているわけじゃない。玲自身の投球を、俺のシステムが分析した結果だ。

 俺は打つ。玲は三振を取る。

 少しずつ、伸びる方向がはっきりしてきていた。

 

 

 そして夏の大会決勝。

「先発、水城」

「はい!」

「四番、ショート、成瀬」

「はい!」

 試合前、玲が俺を見る。

「伊織君」

「ん?」

「今日勝ったら優勝?」

「そう」

「じゃあ全部三振にする」

「また言ってる」

「今日はやる」

「じゃあ俺は……」

 少し考える。

 前なら、三本ホームラン。そう答えたと思う。

「点取る」

「ホームランは?」

「打てる球なら打つ」

「ふーん」

「何だよ」

「伊織君、ちょっと変わった」

「そう?」

「うん」

 玲が笑う。俺もバットを握る。

 ホームランは欲しい。パワーヒッターも欲しい。特殊能力が増えるのは楽しい。

 でも、目の前には優勝がある。

 なら、まず勝つ。

 そして大会が終わったら、詩織との約束もある。

 野球も、それ以外も、全部やる。

 この時の俺は、まだ本気でそう思っていた。

 

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