転生したら人生がサクセスモードだった   作:ねるすと

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第22話

 二年生の夏。俺の頭の中には、ずっと一つの文字が残っていた。

【特殊能力候補】

パワーヒッター

「……欲しい」

 ものすごく欲しい。送球○、アベレージヒッター。そこへパワーヒッターまで加わる。

 育成ゲームをやっていた人間なら分かると思う。特殊能力が一つずつ増えていくあの感覚は、かなり気持ちいい。しかも今はポイントを払って取るんじゃない。自分で条件を満たして、その結果として取得する。

「絶対欲しいな……」

 

◇

 

 初ホームランを打ってから、俺は明らかに長打を意識するようになった。素振り、ティーバッティング、フリーバッティング。下半身を使って、最後まで振り切る。

【筋力がかなり上がった】

【技術が上がった】

 ただし、能力値はそう簡単には動かない。

【パワー D58】

「あと二でCなんだけどな」

 数字だけ見れば近い。でも、その二が遠い。幼児期なら、少し経験を使えば能力値はもっと簡単に動いた。今は違う。

 それでも練習する。ホームランを打ちたいから。

 

◇

 

「伊織君、今日遊べる?」

「今日?」

「うん」

「ごめん。素振りしたい」

「また?」

 詩織が少しだけ口を尖らせる。

「今度大会あるから」

「前も大会あったよ」

「今度は夏の大会」

「その前は春だった」

「……まあ、そうなんだけど」

 野球をやっていれば、大会なんていくらでもある。

「じゃあ明日は?」

「チーム練習」

「明後日」

「玲とバッティングする」

「……」

 詩織が黙った。

「どうした?」

「別に。ただ、伊織君って最近ずっと野球だなって」

「大会終わったら遊ぼう」

「ほんと?」

「うん」

「じゃあ約束ね」

「約束」

 詩織が笑う。

「何する?」

「まだ決めてない」

「じゃあ私が決めてもいい?」

「いいよ」

「忘れないでね」

「忘れないって」

【藤崎詩織の好感度が少し上がりました】

 野球もやる。詩織とも遊ぶ。両方やればいい。

 この時の俺には、それが難しいことだとは思えなかった。

 

◇

 

 夏の大会初戦。

「四番、ショート。成瀬」

「はい!」

「先発、水城」

「はい!」

 最近では、この並びも珍しくなくなった。

「伊織君、今日ホームラン何本?」

「三本」

「三本?」

「目標」

「じゃあ僕、三振十個」

「四回か五回しか投げないのに?」

「全部三振ならいける」

「計算するところそこじゃないだろ」

 玲は本気だ。俺も本気だけど。

 

◇

 

 一回。一死一塁。第一打席。

「……ホームラン」

 無意識に、そう考えていた。

 一球目は外。二球目も低め。ツーボール。三球目は真ん中寄り。

「来た!」

 思い切り振る。

 ブンッ!

「ストライク!」

 下。力みすぎた。

 四球目。また甘い。

「今度こそ!」

 強振。

 カンッ!

 高く上がる。でも伸びない。センターが数歩下がって捕る。

「アウト!」

 ベンチへ戻ると、監督がこっちを見ていた。

「成瀬」

「はい」

「ホームラン?」

「……はい」

「分かりやすいなあ」

 監督が苦笑する。

「ツーボールから、なんで自分から苦しくなる打ち方するんだ」

「すみません」

「ホームラン狙うなとは言わない。でも、お前はホームラン打った時も、そんな力んでなかっただろ」

「……はい」

 その通りだった。初ホームランの時は、甘い球をしっかり振っただけだ。今みたいに最初からフェンスだけを見ていたわけじゃない。

 

◇

 

 三回。第二打席。

 今度こそ普通に打つ。そう思って打席へ入った。

 一球目、ストライク。二球目、ボール。三球目、少し高め。

 打てる球。

 でも頭の奥で、パワーヒッターという文字が浮かぶ。もっとホームランを打てば、取得条件が進む。

「っ!」

 振る。

 ブンッ!

「ストライク!」

 ツーストライク。

 四球目は外。見送る。

 五球目。低め。普段なら手を出さない。

 でも、ホームランを打ちたいという気持ちが焦りに変わる。

 カンッ。

「サード!」

 ボテボテのゴロ。

「アウト!」

 二打席ノーヒット。

 去年の俺なら、こんな打席はほとんどなかった。打率四割を超えたのは、ちゃんと球を見ていたからだ。アベレージヒッターまで持っている。

 なのに今は、自分からその長所を消している。

 

◇

 

「伊織君」

 守備へ向かう途中、玲が寄ってきた。

「何?」

「今日打たないね」

「分かってる」

「ホームラン狙ってるから?」

「……監督の話聞いてた?」

「うん」

 玲が首を傾げる。

「普通に打てば?」

「それができたら苦労しない」

「なんで?」

「ホームラン打ちたいから」

「でもヒットでも点入るよ」

「……」

 正しい。腹立つくらい正しい。

「玲だって三振狙ってるだろ」

「うん」

「同じじゃん」

「でもストライク入らなくなったら、普通に投げるよ」

「……」

 言葉に詰まる。

 玲は三振が好きだ。空振りを取ると露骨に喜ぶ。でも試合では、それだけに固執しなくなっている。

「いつの間に覚えたんだよ」

「監督に言われた」

「俺も言われてるんだよなあ……」

「じゃあ同じ」

「できてないから困ってるんだよ」

 玲が笑った。

 七歳に諭される三十八歳経験者。情けない。

 

◇

 

 五回。二対二。一死二塁。第三打席。

【得点圏に走者がいます】

【特殊能力進行:チャンス】

 パワーヒッター。ホームラン。

 一瞬、頭に浮かぶ。

 でも今必要なのは、一点。

「……普通に打つ」

 一球目は外。ボール。二球目、真ん中低め。

「そこ」

 いつものスイング。力を入れすぎない。芯で捉える。

 カキン!

「抜けた!」

 右中間。二塁走者がホームへ。

「回れ!」

 俺も一塁を回り、二塁へ。

「セーフ!」

 三対二。勝ち越し。

【得点圏で長打を記録しました】

【打点を記録しました】

【特殊能力《チャンス》の取得条件が進行しました】

 ホームランじゃない。それでも、今日一番気持ちのいい打席だった。

 

◇

 

 試合は四対二で勝利。俺は三打数一安打、一打点。玲は四回一失点、六奪三振。

「六個か」

「うん」

「十個いかなかったな」

「もっと取りたかった」

「まだ言ってる」

「伊織君もホームラン打ってない」

「……お互い目標未達だな」

「でも勝った」

「そうだな」

 玲が笑う。

「最後のヒットよかった」

「ホームランじゃないけどな」

「でも点入ったよ」

「……そうだな」

 結局、試合ならそれが一番大事だ。

 

◇

 

 夏の大会を勝ち進んだ。

 二回戦は四打数三安打。三回戦は三打数二安打。準決勝は四打数二安打。

 ホームランは一本だけ。でも打点は増えた。

【特殊能力《チャンス》の取得条件が大きく進行しました】

 一方、玲は登板するたびに空振りを取り、三振を積み重ねる。

【水城玲の解析情報】

【特殊能力候補】

ノビ

奪三振

【取得条件進行中】

 これは玲にシステムが能力を与えているわけじゃない。玲自身の投球を、俺のシステムが分析した結果だ。

 俺は打つ。玲は三振を取る。

 少しずつ、伸びる方向がはっきりしてきていた。

 

◇

 

 そして夏の大会決勝。

「先発、水城」

「はい!」

「四番、ショート、成瀬」

「はい!」

 試合前、玲が俺を見る。

「伊織君」

「ん?」

「今日勝ったら優勝?」

「そう」

「じゃあ全部三振にする」

「また言ってる」

「今日はやる」

「じゃあ俺は……」

 少し考える。

 前なら、三本ホームラン。そう答えたと思う。

「点取る」

「ホームランは?」

「打てる球なら打つ」

「ふーん」

「何だよ」

「伊織君、ちょっと変わった」

「そう?」

「うん」

 玲が笑う。俺もバットを握る。

 ホームランは欲しい。パワーヒッターも欲しい。特殊能力が増えるのは楽しい。

 でも、目の前には優勝がある。

 なら、まず勝つ。

 そして大会が終わったら、詩織との約束もある。

 野球も、それ以外も、全部やる。

 この時の俺は、まだ本気でそう思っていた。

 

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