夏の大会、決勝。
相手は、ここまでで一番強いチームだった。身体も大きい。打球も速い。守備も上手い。とはいえ、まだ低学年中心の大会だ。今の俺たちなら十分に勝負できる。
「プレイ!」
先発は玲。
一回表。先頭打者への初球はストライク。二球目。
カキン!
「センター!」
いきなりヒット。
「……」
いつもの相手なら空振りしていた球だった。それを普通に打ち返してきた。
「玲!」
「大丈夫!」
二番は送りバント。一死二塁。三番は最後にストレートで三振。そして四番。
「……でかいな」
同じ小学生でも身体つきが違う。
三球目。
カキィン!
「ショート!」
俺の右。追いついてグローブを出す。
「っ!」
触った。でも弾いた。
すぐに拾って一塁へ投げる。
「セーフ!」
その間に二塁走者がホームへ。
「セーフ!」
〇対一。
取れた。いや、取りたかった。
「伊織君!」
「ん?」
「次!」
「……おう!」
いつも俺が玲に言っていた言葉を、今日は玲に言われた。
◇
一回裏。二死一塁。俺の第一打席。
相手投手も三年生。球速だけなら特別速いわけじゃない。でもコントロールがいい。
一球目は外。二球目はストライク。三球目は内角。
「……!」
振る。
カキン!
三遊間。
「抜けろ!」
サードが飛びつく。
「……!」
捕った。
一塁へ送球。
「アウト!」
「うわ……」
いい当たりだった。でもアウト。
今までならヒットになっていたような打球を、普通に止めてくる。
「守備もうまいな」
決勝まで来るだけある。
◇
三回。〇対二。
玲はもう一点を失っていた。それでも崩れない。
「ストライク! バッターアウト!」
今日五つ目の三振。
ベンチへ戻ってきた玲が、少し俯いた。
「ごめん」
「何が?」
「二点取られた」
「まだ二点だろ」
「でも」
「取り返す」
「伊織君が?」
「俺だけじゃない。みんなで」
玲が少し笑った。
「うん」
◇
三回裏。一死二、三塁。俺の第二打席。
【得点圏に走者がいます】
【特殊能力《チャンス》取得条件進行中】
二点差。ここで一本。
一球目はボール。二球目は外角ストライク。三球目は低めのボール。ワンストライク、ツーボール。
四球目。
真ん中。
「来た!」
振る。
カキン!
「センター!」
打球が前へ落ちる。
「回れ!」
三塁走者がホーム。二塁走者も三塁を回る。
送球。
「セーフ!」
二対二。
「よし!」
【得点圏で安打を記録しました】
【複数試合にわたり、得点圏で高い結果を記録しました】
【特殊能力取得条件を達成しました】
【チャンス○を取得しました】
「きた……!」
【チャンス○】
得点圏に走者がいる際、打撃能力を発揮しやすくなります。
三つ目の特殊能力。
嬉しい。
でも今は、それよりも試合が振り出しに戻ったことの方が大きかった。
◇
五回。二対二。
玲はまだマウンドにいた。
一死一塁。
「水城! この打者までな!」
「はい!」
相手は四番。
一球目、ストライク。二球目、ファウル。ツーストライク。
三球目。
玲が投げる。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「よし!」
今日七つ目。
強い相手でも、玲のストレートは普通に空振りを取る。
「ナイス玲!」
「伊織君!」
玲が笑いながらマウンドを降りる。
五回途中、二失点、七奪三振。
十分。いや、かなりすごい。
◇
最終回。三対三。二死二塁。
俺の第三打席。
【チャンス○】
さっき取ったばかり。
一球目は外。二球目は内角をファウル。三球目は低めのボール。四球目は高めを見送る。
ワンストライク、スリーボール。
「歩いてもいいぞ!」
ベンチから声が飛ぶ。次の打者も今日打っている。なら無理する必要はない。
五球目。
真ん中。
甘い。
「これは!」
振る。
カキン!
右中間。
「抜けた!」
二塁走者がホームへ。
「セーフ!」
四対三。
勝ち越し。
「よし!」
【得点圏で安打を記録しました】
【チャンス○の効果を確認しました】
取ったばかりの能力が、すぐ試合で役に立つ。
気持ちいい。
でも。
野球は、俺一人で終わるゲームじゃない。
◇
最終回裏。一死一、二塁。
マウンドは玲から代わった投手。俺はショート。
一点差。
「守れ!」
「はい!」
相手四番。
三球目。
カキィン!
「……!」
三遊間。
俺の左。
「取れ!」
走る。飛ぶ。グローブを伸ばす。
あと少し。
届かない。
センター前。
「回れ!」
二塁走者がホーム。
「セーフ!」
四対四。一塁走者は三塁へ。
次の打者。
外野フライ。
「タッチアップ!」
送球。
ホーム。
「セーフ!」
四対五。
「ゲームセット!」
「……」
終わった。
◇
「ありがとうございました!」
整列して頭を下げる。
準優勝。
負けた。
俺は二本のタイムリーで三打点。チャンス○も取った。
玲は七奪三振。
それでも負けた。
ベンチに戻ってから、しばらく誰も喋らなかった。
「伊織君」
「ん?」
「僕、七個取った」
「うん」
「伊織君、三点取った」
「うん」
「でも負けた」
「……そうだな」
玲が不思議そうにスコアボードを見る。
「もっと三振取ればよかった?」
「違うと思う」
「じゃあ伊織君がもっと打つ?」
「それも違う」
「じゃあ何?」
「……」
答えられない。
野球は、一人で全部できる競技じゃない。
そんなこと、前世から知っていたはずなのに。
システムを手に入れてから、どこかで思っていたのかもしれない。
自分が全部できれば、全部解決できると。
「……みんなで強くなるしかないんじゃない?」
「みんな?」
「うん」
「じゃあ、みんなで練習する」
「……そうだな」
玲の答えは、いつも単純だった。
◇
大会が終わった翌日。
「伊織君」
「ん?」
「約束、覚えてる?」
「……覚えてるよ」
「今ちょっと間があった」
「気のせい」
危なかった。
詩織と遊ぶ約束。
負けた悔しさで、朝から素振りでもしようかと思っていたところだった。
「で、何する?」
「図書館行きたい」
「図書館?」
「うん。そのあと公園」
「それ遊びなの?」
「遊びです」
「そうですか」
詩織が笑う。
図書館では詩織が音楽の本を読み、俺は横で野球の本を読んだ。公園に移ってからは、久しぶりに野球とは関係のない話をした。
「伊織君、昨日負けたんだよね」
「……うん」
「悔しい?」
「めちゃくちゃ」
「そっか」
「でも次は勝つ」
「また野球」
「悪いかよ」
「悪くないよ」
詩織は少し考えてから言った。
「でも今日、ちゃんと来てくれたから」
「約束したし」
「うん」
その言葉に、少しだけ胸を張る。
【藤崎詩織の好感度が少し上がりました】
野球で負けた。
でも詩織との約束は守った。
どっちもやれる。
この時は、まだそう思えた。
◇
その後も秋、冬と試合と練習を重ねた。
能力値は以前ほど簡単には上がらなくなった。それでも、打席での判断、守備の一歩目、投球の組み立て。数字に出ない部分まで少しずつ変わっていく。
そして、二年生の終わり。
【成瀬 伊織】
年齢:8歳
【競技カテゴリ:少年】
弾道 2
ミート B70
パワー C61
走力 C65
肩力 C67
守備力 B70
捕球 C64
【投手能力】
球速 71km/h
コントロール B74
スタミナ C65
【特殊能力】
送球○
アベレージヒッター
チャンス○
「……Bが二つ」
ミートと守備。
少年カテゴリ全体でB。
能力値の上がり方は、もう昔ほど速くない。でも試合では、去年より明らかに強くなっている。
そして玲も、この冬に七十五キロを超えた。
球速差は、まだ数キロ。
「追いつける」
そう思っていた。
三年生。八歳。
少年カテゴリ、三年目。
ここから俺たちの野球は、少しずつ低学年の範囲からはみ出し始めることになる。