三年生になった。八歳。リトルリーグに入って三年目。
そして最近、俺には一つ気になることがあった。
「玲、もう一球!」
「うん!」
放課後。いつもの公園で、俺が捕手役になって玲の球を受ける。
シュッ!
パシンッ!
「……」
速い。
「どう?」
「もう一球」
「うん」
玲が振りかぶる。
シュッ!
パシンッ!
「……」
やっぱり。
「伊織君?」
「もう一球」
「また?」
「いいから」
三球目。
シュッ!
「っ!」
ミットが少し押される。
「……なんだこれ」
「なに?」
「いや」
球速だけじゃない。
それは、ずっと前から分かっていた。でも最近、その違いがさらに分かりやすくなってきた。
◇
家に帰ってから、玲の投球をシステムで確認する。
【水城玲の解析情報】
【ストレート】
球速:70km/h台後半
回転量:非常に多い
回転効率:非常に高い
軌道:通常より落下が少ない
【特殊能力候補】
ノビ
奪三振
「……」
俺の球速は七十キロ台前半。数字だけなら、そこまで大きな差じゃない。
でも玲の球は、明らかに数字以上に速く感じる。
システムが玲に何かを与えているわけじゃない。現実に投げている玲の球を、俺に分かる形で解析しているだけだ。
「玲」
「なに?」
「今度、打たせて」
「いいよ」
受けるのと、打つのでは違う。実際に打席へ立てば、もっと分かるはずだ。
◇
週末。フリー打撃。
「水城、無理に全力で投げんなよ」
「はい!」
「成瀬もムキになるなよ」
「はい!」
「特にお前な」
「なんで俺だけ……」
打席へ入る。
「玲」
「なに?」
「ストレートだけでいい」
「分かった」
変化球なんて、まだほとんど必要ない。真っ直ぐだけ。
「いくよ」
「来い」
一球目。
シュッ!
「……!」
振る。
ブンッ!
空振り。
「……」
バットがボールの下を通った。
「もう一球」
二球目。今度は最初から少し上を意識する。
カンッ!
ファウル。
当たった。でも差し込まれた。
三球目。玲が少し笑っている。
「何笑ってんだ」
「楽しい」
「こっちは結構真剣なんだけど」
「僕も真剣」
「その顔で言うな」
シュッ!
「……っ!」
振る。
カキン!
センター方向。
「よし!」
今度は捉えた。でも思ったほど打球が伸びない。
その後も続けて、全部で十球。安打性の当たりが三本。ファウルが三本。そして空振りが四つ。
「四回……」
俺はミートB70。アベレージヒッターも持っている。
少年カテゴリ全体で見ても、かなり打てる方だ。普通の同年代相手なら、ストレートだけと分かっていて四回も空振りすることなんて、まずない。
「伊織君」
「何?」
「僕の勝ち?」
「十球勝負じゃない」
「でも四回空振り」
「数えるな」
「嬉しい」
「……」
悪気がないから余計に腹が立つ。
◇
「成瀬」
後ろから監督に呼ばれた。
「はい」
「どうだった?」
「速いです」
「それだけ?」
「……思ってるより、球が落ちてこないです」
「だな」
「監督も分かるんですか?」
「そりゃ見てればな」
監督が玲を見る。
「水城は真っ直ぐがいい。球速もあるが、それだけじゃない。回転がきれいなんだろうな。打者が思ってる軌道より上を通ってくる」
「……」
システムの解析と、ほとんど同じことを言っている。
「成瀬」
「はい」
「逆に、お前は何が一番いいと思う?」
「俺ですか?」
「ああ」
「……コントロール?」
「投手としてならな」
「なら?」
監督が少し笑う。
「お前は野手やってる時の方が面白い」
「……」
「打つ。守る。走る。全部できる。特にショートは、同学年じゃもうかなり抜けてるだろ」
「ピッチャーは?」
「十分うまい」
「十分……」
「悪い意味じゃないぞ。水城と同じものを持ってるわけじゃないって話だ。逆に、水城が今のお前と同じショート守備できるわけでもない。同じ選手になる必要はない」
「……はい」
分かる。言っていることは分かる。
でも、同じ年に生まれて、同じ頃に野球を始めて、ずっと一緒にやってきた。
なら、同じ場所でも勝ちたい。
まだ、この頃の俺はそう思っていた。
◇
春の大会初戦。
「先発、水城」
「はい!」
「四番、ショート。成瀬」
「はい!」
もう、この形には慣れてきた。
一回。玲は三者凡退。二奪三振。
二回。三奪三振。
三回。さらに一つ。
「……三回で六個」
アウト九つのうち六つが三振。
普通の同年代の打者では、玲のストレートにまともに当たらない。速い。でも、それ以上にバットが下を通る。
◇
一回裏。一死二塁。俺の第一打席。
一球目は外。二球目はストライク。三球目。
甘い。
「……!」
振る。
カキィン!
左中間。
「抜けた!」
二塁走者がホームへ。俺は二塁まで進む。
「セーフ!」
【得点圏で長打を記録しました】
【チャンス○の効果を確認しました】
俺も打つ。
玲みたいに、分かりやすく三振を積み上げるわけじゃない。でも試合を重ねるほど、相手チームが俺の打席で守備位置を変えるようになった。
「成瀬だぞ!」
「外野ちょっと下がれ!」
「四番警戒!」
八歳。
それなのに、相手ベンチに名前を覚えられている。
◇
大会を勝ち進んだ。
準々決勝。俺は三打数二安打。玲は四回七奪三振。
準決勝。俺は四打数三安打、二打点。玲は四回八奪三振。
普通の相手なら、もう俺たちはかなり目立つ。
その頃、学校でも少しだけ変化があった。
「伊織君、また勝ったんでしょ?」
帰り道、詩織が聞いてくる。
「勝ったよ」
「玲君、またいっぱい三振取ったって聞いた」
「誰から聞いたんだよ」
「玲君のお母さん」
「情報早いな……」
詩織が笑う。
「伊織君も打った?」
「三本」
「ホームラン?」
「一本もない」
「じゃあ残念?」
「いや、勝ったからいい」
「へえ」
「何だよ」
「前だったらホームラン打ちたかったって言いそう」
「……俺も成長してるんだよ」
「野球だけ?」
「それどういう意味?」
「さあ?」
詩織は楽しそうに先を歩いていく。
前なら気にしなかったような一言が、少しだけ引っかかった。
でも、その週末には決勝がある。
俺の意識は、すぐに野球へ戻った。
◇
決勝。
「先発、水城」
「はい!」
「成瀬はショート、四番」
「はい!」
監督が俺を見る。
「守備で水城を助けてやれ」
「……はい!」
ピッチャーとして頼られるのは玲。
野手として頼られるのは俺。
その違いが、少しずつはっきりしてきていた。
◇
試合は三対一で最終回。
二死一塁。
玲が最後の打者と向き合う。
一球目、ストライク。二球目、ファウル。ツーストライク。
三球目。
玲が腕を振る。
シュッ!
打者も振る。
ブンッ!
「ストライク! バッターアウト!」
「ゲームセット!」
「……!」
優勝。
「勝った!」
全員がグラウンドへ飛び出す。玲も両手を上げる。
「伊織君!」
「玲!」
「優勝!」
「おう!」
「今日九個!」
「知ってる!」
「あと一個で十だった!」
「そこかよ!」
笑う。
去年の夏、決勝で負けた。
今年は勝った。
だから純粋に嬉しかった。
◇
表彰。
「優秀選手、水城玲!」
「はい!」
玲が前へ出る。
拍手。
俺も手を叩く。
当然だと思った。決勝でも、大会全体でも、玲は圧倒的に三振を取った。
でも胸の奥に、少しだけ何かが引っかかる。
羨ましい。
俺も、そこに立ちたい。
「次は俺も」
小さく呟いた。
◇
その夜。
【水城玲の解析情報】
球速 80km/h
【ストレート】
回転量:非常に多い
回転効率:非常に高い
軌道:通常より落下が少ない
【解析情報が更新されました】
【特殊能力:ノビC】
「……ついに」
ずっと候補として表示されていた特徴が、正式にノビCとして認識された。
もちろん、システムが玲に能力を与えたわけじゃない。
玲が現実に投げ続けた結果、そのストレートがノビCと評価されるところまで来たということだ。
【ノビC】
ストレートが球速以上に速く感じられます。
八歳。
まだ身体だって、これから大きくなる。
それなのに、もうストレートそのものにはっきりした武器がついている。
「俺は……」
自分の投手能力を見る。
【成瀬 伊織】
球速 74km/h
コントロール B76
スタミナ C67
投手として十分強い。普通の同年代相手なら、俺だってかなり抑えられる。
でも玲を見ると、足りないと思ってしまう。
「もっと……」
球速を上げたい。
打撃も。守備も。投手も。
全部。
俺はまだ、何一つ諦めるつもりなんてなかった。